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攻城戦・あの棒を倒せ!

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第1章 あの手この手の守備固め

 シャンバラ教導団秋の大運動会の三日前。
 教導団本校に隣接した野外演習場に、二つの巨大な天幕が出現した。向かって左側の天幕の支柱の先端には紅の旗。右側の天幕の支柱には黄色の旗が、それぞれなびいている。工兵科の生徒が総出で設置した、陣地を敵軍の目に触れないようにするための覆いだ。中からは、槌の音や地面を掘る音、そして生徒たちの声が聞こえて来る。
 「うーん、ちょっと材料が足らないかも……?」
 黄軍の天幕の中では、陣地構築の総指揮を取っている憲兵科の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、難しい顔でクリップボードに挟んだ図面を睨んでいた。
 「イリーナ! そっちの状況はどう!?」
 「外側のバリケードが、当初考えていたよりだいぶ低くなりそうだ」
 祥子を手伝っている、技術科のイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が、少し離れた場所から答える。
 「まあ、高低差をつける目的なら、壕を深めに掘るという手もあるかなとは思うんだが」
 「それはそうなんだけど……深すぎると危険行為と見做されるから、難しいところよね」
 クリップボードを指でトントンと叩きながら、祥子は唸る。
 「いっそのこと、全部バリケードに使わんと、丸太のまま転がしとくって手もありますえ」
 祥子のパートナー、ゆる族の山城 樹(やましろ・いつき)がのほほんとした京言葉で言う。
 「それは、時間が足らなくなった時の最後の手段にさせてもらおうかしら」
 祥子は答えた。そこへ、
 「時間がないからって、慌てて怪我するなよ」
 歩兵科の教官、林偉が作業の様子を見にやって来た。
 「林教官、ちょうど良いところへ。お聞きしたいことがあったんです」
 祥子は林に駆け寄る。
 「氷術で地面に氷を張って、障害物にするのはルール違反になりますか?」
 「最初から見えている障害物にする分には構わんだろう。滑って倒れ込みそうな場所に岩かなんか置いたら危険な罠と判断されるだろうがな」
 林は本校に戻って来たと言うのに、相変わらず無精髭の浮いている顎を撫でながら言った。祥子はほっと息をつく。
 「教官、私も確認したいことがあるんですが」
 月島 悠(つきしま・ゆう)も手を挙げる。
 「光条兵器は、使う時にダメージを与える対象を選べますよね。防具だけを攻撃し、着用者は攻撃しない、という形で対人攻撃に使うのも禁止なんですか?」
 「ああ、光条兵器も含めて、特殊攻撃は一律、対人攻撃禁止だ。光条兵器に関しては、安全上の理由と言うより、両軍の装備にあまり差がつくと、競技として成立しない可能性が出て来るってのが主な理由だがな」
 林はうなずいた。
 「そうですか。ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げると、まあ頑張れや、と手を振って、林は去って行った。
 「余計なことは言わないって感じだねぇ」
 それを見送って、イリーナのパートナーの守護天使、フェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)が言った。
 「陣地の構築も、競技のうちだからな。ルールに関する質問には答えても、アイディアに対するアドバイスはしないということなんだろう」
 「敵軍がどんな準備をしているかも、ね」
 フェリックスは上をふり仰いだ。陣地の周囲はもちろんだが、上にも目の細かいカモフラージュネットを張ってあり、飛行能力を持つ種族が上空から偵察に来ても、上から覗くことが難しいようにしてある。そのため覆いの中は若干薄暗くなっているが、日中は作業に支障をきたすほどではない。
 「青先輩にプリモ、深山も今回は敵だからなぁ。戦部もあっちだし、デゼルは味方だけどオフェンスに回ったし」
 イリーナは不安そうに息をつく。技術科の青 野武(せい・やぶ)プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)深山 楓(みやま かえで)、それに《工場》探索で防御陣地の構築をしていた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)も紅軍になった。《工場》では小次郎と一緒に防御陣地を担当していたデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は、同じ守備でも棒を倒しに行く生徒の護衛を選んだので、今回は陣地の構築には積極的に関わっていない。
 「特に青先輩! 何を思いつくか予測がつかない人だからな……」
 「今ここで心配をしていても始まらないと思うよ? 向こうも同じように、周りを囲って作業してるんだし。人事を尽くして天命を待つしかないんじゃないかなぁ」
 フェリックスはなだめるようにイリーナの肩を叩く。
 「そうだな。このところあまり技術科らしいことはしていなかったし、気持ちを切り替えて、まずは自分が出来ることを頑張るか」
 イリーナはやっとうなずいて、シャベルを担いで移動を始めた。

 「掘ってー掘ってーまた掘ってー……うーん」
 壕を掘っていた手を止めて、歩兵科の昴 コウジ(すばる・こうじ)は腰を伸ばした。
 「……何と言いますか、こう、圧迫感を感じるのですがな」
 コウジとパートナーの平 教経(たいらの・のりつね)が作業をしているのは、黄軍の陣地の一番外縁にあたる部分だった。右を向けば覆いのシート(しかもこれは、上に張られたカモフラージュネットと違ってメッシュではない)、左を向けば構築中のバリケード、その間の巾2メートルほどの地面を、浅く掘り返している最中だ。バリケードは彼の胸あたりまでの高さしかなく、しかもまだ出来上がっていないので、完全に視界が遮られてしまうわけではないのだが、片側がシートで塞がれているので、やはり随分と圧迫感がある。
 「これ、話が違うやないか」
 コウジの頭を、教経がどこかから取り出した扇子でぺし、と叩いた。
 「百歩譲って、泥くさい仕事するのはまあええとしよ。本来なら高貴な俺様がする仕事やないけど、戦場の雰囲気味おうたり、体動かすんは別に嫌やない。けど、べっぴんな姉ちゃんが多数参加で目の保養になるっちゅう話はどこ行ったんや? 見えるもんは幕と柵ばかりやないかい」
 「いや、それは僕も計算が違ったと言うか。確かに、掘りながら見張りも、と申し出たのは僕なんでありますが」
 コウジは首をひねる。
 「結局、自分のせいやないかい!」
 教経はさらに、コウジの頭をぺしぺし叩いた。
 「いたたたたた。ら、乱暴はいけないであります。女子に嫌われますぞ。あ、ほら、視線が痛い……」
 コウジは、少し離れた場所からこちらを見ているアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)を見て言った。教経は慌てて作業に戻る。
 「……何をしているやら」
 珍しく、ずっと黙って地道に作業をしていたアマーリエのパートナー、ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)がぼそりと呟く。
 「まったくです。時間がないのですから、どつき漫才をしている暇があったら手を動かして頂きたいものです」
 返事をしている間に、アマーリエも再びスコップを動かし始める。
 (そうそう、こうやって真面目なところを見せて、締めるところは締めておかなくては。馬鹿騒ぎばかりしていては、良い評価は得られませんもの……)