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【第2章・餌たちと雲魚】

 しばらくして上も下も一段落し、再び待ちムードになっていた。
 そんな中、なぜかバンジージャンプ用のロープで釣り下げられているのは、佐々木真彦(ささき・まさひこ)。そしてそれを上で支えるのは関口文乃(せきぐち・ふみの)マーク・ヴァーリイ(まーく・う゛ぁーりい)だった。
「アーデルハイトさん、ルミーナさん、こんにちはです。ぶら下がっている間、一緒にお話しませんか」
 真彦は傍にいたふたりに話しかけていた。
「なんじゃおまえは。私は今、クモサンマ探しに忙しいのじゃぞ」
「アーデルハイト、そんな邪険にしないで。袖擦り合うも多生の縁、一つ一つの出会いを大切にしましょう」
 早くも飽き始めて機嫌の悪いアーデルハイトと、柔和な笑みを絶やさないルミーナ。
「例えば、雲魚についての思い出とか。自分はこういう釣りをするのは初めてですし、それ以前に雲魚を食べたことはありませんし、見た記憶がないのですが、どんなものでしょうか」
「うん? ふふ、そうか。それなら見たら驚くことじゃろうな。クモサンマをはじめどれも相当な大きさじゃからのぅ」
「あ、後ろ……!」
 意味深に含み笑いをするアーデルハイトと、ルミーナが驚いた表情をして。それに真彦が後ろを振り返った直後。彼の視界は真っ暗になった。
 そして。
 上にいた文乃とマークは、釣竿がしなるのに気がついた。
「きたっ! いくわよ、マーク!」
 ドラゴンアーツを応用し、思いっきり引き上げようとする文乃。普通そんなやり方では糸が切れてしまうところだろうが、バンジーロープだったおかげでそれは避けられた。
 雲海から顔を出すその魚は10メートル近い体躯で、ロープをびょんびょんと引っ張りまわしていた。
「よしっ、このまま一気にいくぜっ!」
 マークはそう気合いを入れ、文乃と共に力の限り釣竿を引っ張り……ついにはその魚を上へと引き上げたのだった。
「やったわ! これはクモイワシ。これもこの時期、旬な雲魚よ。一匹目としては上々ね」
 クモイワシは陸にあげられ観念したのか、口から真彦を吐き出してぐったりとしていた。
「アニキ、大丈夫ですか。これも日頃の筋トレや勉学の指導のおかげです、いつもありがとうございますっ!」
「はぁ、はぁ……まさかここまでの大きさとはな。さすがに食べられるかと焦っ――」
「アニキ! この調子で、再度魚を誘ってください」
「え?」
 そして。余韻に浸る間もなくそのまままた真彦は雲海へと投下されていたのだった。
 そんな餌たる人物の不遇さを眺めながら、同じく餌であるヤジロ アイリ(やじろ・あいり)もやや憂鬱になりかけるが、すぐに上物を得る決意を固めなおしていた。
 彼女は魚なら習性で光に寄ってくるはずと考え、光精の指輪の人工精霊に光ってもらい魚の興味を引いている。
「アイリー……だいじょうぶですかー……言ってくれればすぐ助けに行きますよ……」
 そんな様子を心配そうな面持ちで箒の上で待機しているのは、パートナーのセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)である。
「セス、邪魔はするな。きっと俺は最高の餌になる運命だったんだ」
「しかし……しかし……」
 アイリを見つめるその目はすっかり涙目になってしまっていた。
「セス。めそめそするでない。アイリが身体を張ってるのだぞ! 何かあったら墓を建てて供養すればよいっ! 巨大物に挑んで死ねるとは羨ましい事だっ」
 決して悪気なくそんなことを言っているのはユピーナ・エフランナ(ゆぴーな・えふらんな)。それにちょっと引き気味になっているのはネイジャス・ジャスティー(ねいじゃす・じゃすてぃー)。ふたりも共にアイリのパートナーである。
「ヤジロ、貴方の肉付きは悪いですが魔力は魅力的なはずです。美味し〜いご飯を作ってあげますから、しっかりと食いつかれて下さいね」
 ネイジャスのその言葉に、アイリは文句のひとつでも言いたくなったが。その時。光に誘われてかこちらへと近づいてくる魚に気がついた。
(来た……! クモサンマだ!)
 アイリは静かにそのまま待ちに徹し、クモサンマが大口を開けてくる際も、抵抗することなくそのまま大人しく飲み込まれた。刹那、勢いよく釣り針に見立てたエンシャントワンドを、体内に突き刺した。
「よし! これで、逃がしはしないぜ!」
 そして。上の三者もクモサンマが釣れたことに気がついた。
 一番先に動いたのは、やはりセスである。
「アイリィイイイイイイイ!」
 名前を叫びながら暴れるクモサンマに接近し、雷術を浴びせ痺れさせる。
 そこまではよかった。が、セスは早くも杖で口をこじあけようとしていた。それに焦ったのは陸側のふたりである。
「なっ! セス、こら馬鹿! 釣り上げる前に助けてどうする……ってダメだ聞いてない! 仕方ない。ネイジャス、こうなったらこのまま先に我らが引き上げるぞ!」
「わかりました」
 ユピーナの掛け声に、ネイジャスが同意しふたりで竿を引っ張り、
「ファイトー…………一、発、だ!」
 ユピーナはSPリチャージで精神力を回復させ、その勢いで一気にクモサンマ(セスも付属)を陸の上へと打ち上げさせた。
「ふう、やりましたね」
 最後は意外とあっけなくすんだことに息をつくネイジャス。そしてまだ暴れそうになるクモサンマを肉体言語で黙らせているユピーナ。
 そしてようやく魚の口からアイリを救助したセスは、
「しっかり、アイリ! はっ! そうです! こういう時はマウストゥマウスで!」
「え? おい、ちょっ、セス! 意識ちゃんとあるから! こ、こら、やめ――――っ!」
 バチーン! と、アイリに平手を炸裂させられていた。
 そんな具合に、徐々に生徒達の中で釣果が出始める中。
 立川るる(たちかわ・るる)は、黒猫の姿をしたアリスである立川ミケ(たちかわ・みけ)を、
「よーし、ミケ! がんばっておいでっ」
「なー? なーなーっ、なーっ。……な〜」(訳・あたしが餌なのぅ? ムリムリっ、ムリっ! 第一、ネコは魚が好きっていうのは迷信だよ? ……まぁあたしは魚好きだけど)
 というミケの言い分(?)も聞かず雲海に投下していた。
 それも「せっかくだからフライフィッシングにチャレンジだよ!」という、るるの思惑によって、ミケはまるでどこかの歌劇団のように羽根飾りをたくさん背負わされていた。
 その飾りに誘われたのかどうなのか、クモワカサギなる魚が何匹か集まってきていた。クモサンマより小ぶりで細長いとはいえ、7メートルほどの全長のそれはミケを飲み込むには十分であった。
「なー!」(訳・きゃー!)
 食べられたミケは、消化されないように、何が何でも飲み込まれないよう踏ん張りネコパンチとか繰り出してがんばっていた。
「な〜〜……」(訳・るるちゃん、早く釣りあげてぇ……)
 そして引きに気づいたるるはというと、
「フライフィッシングの魅力は何と言っても、ダイレクトに魚とやり取りするエキサイティングなファイト! 向こう(+ミケ)の動きや力が直接手に伝わってくるよー」
 とはしゃいでいた。
 そして一方。その隣には、
(今日から私も太公望です。それとも、グランダーを名乗るべきなんでしょうか?)
 と思いをはせながら釣り竿を握るシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が座っており、そんな彼女の餌には国頭武尊(くにがみ・たける)がなっていた。
「かつて釣り大好き×平君は、竿を通して地球の魚と戦った。だから、オレは餌の立場で雲海の魚と戦うぜ!!」
 とご機嫌に叫ぶ彼は『トラッパー』を自分に用い、餌と言う名の罠になって雲海を泳ぐ仕草等を行い、元気の良い所をアピールしていた。
 そんな様子にクモワカサギの中の一匹が引き寄せられて来た、それに対し大人しく食われる武尊だったが、その直後、
「オレを餌だと認識し、喰らい付いた事がお前の敗因だ」
 武尊はそう呟き『雷術』と『弾幕援護』を組み合わせた『雷撃弾幕(仮)』を使い、クモワカサギを痺れさせ、体力を奪った。
「今流行の弾幕系だ。どうだ、痺れるほどにウマイ餌だったろ」
 そして携帯電話でシーリルに連絡をする武尊。
 釣上げの合図である着信音(小さな翼)が鳴ったのに気づき、
「きたみたいね。よぉし、いくわよ……っ」
 シーリルは『パワーブレス』を使って身体能力を強化して一気に、リールを回転させ、
「フィーッシュ!!」
 最後は一気に釣竿を引っ張りあげてクモワカサギを釣上げていた。
 そんな叫びながらの一本釣りを目にして、猫塚璃玖(ねこづか・りく)は初体験なのでそれとなくその様子を少し真似し、釣上げる練習していた。
 が、パワーブレスのスキルが無い彼としてはどうしても、力に差異があることを自覚し、
「……まあ、てきとーに頑張るか」
 結果。そんな風にのんびりやることにするのだった。
 そして雲海のルゥース・ウェスペルティリオー(るぅーす・うぇすぺるてぃりおー)の方も、
(釣り餌としては、魚に飲まれて、針をどこかに引っかければいいのでしょうか……? それとも私が魚の体内のどこかにしがみ付けばよろしいのでしょうか)
 と悩んでしまっていた。
「よぉ……あんたも餌か」
 そんな彼に片手をあげて挨拶してきたのはアンバー・クラーフ(あんばー・くらーふ)
「なんか悩んでるみたいだけど、どうかしたのか? 俺は自主的に餌になったクチだけど、そっちは上の相方に餌にされたのか?」
「え? いえいえ。リク様が餌なんてとんでもありません! いつかリク様を食べるのはわた……(げふげふ)」
「? なんだって?」
「な、なんでもございません。それより、よろしければ釣り方を教えて頂きたいのですが」
「ん? ああ、いいぜ。まあ本番は食われてからだろうな。手持ちの武器で上顎をきっちり狙いをつけて刺すことで、普通の魚釣りの釣り針のように引き上げさせることが出来るようにするんだ。後は中でビクンビクン動いて上に獲物の捕獲を伝えるようにするつもりだ」
 アンバーの熱弁にルゥースが感心する中、そこへ割ってくる人物がいた。アーデルハイトとルミーナである。
「なんじゃおまえら。それより大事なのは、どうやって魚に食いつかせるかじゃぞ?」
「あ、校長」
「そうですわね……わたくし達は、それにすこし苦労をしていますもの」
「これはルミーナ様も。ご機嫌よう」
 その後、アーデルハイトが何やら釣りに関する薀蓄を語り始める一方。
 アンバーのついた釣竿を握っているラーチェ・グランゼント(らーちぇ・ぐらんぜんと)はひとり、ある光景を眺めてニヤニヤとしていた。
 彼女はアンバーから釣りを通じて親交を深めるように言われていたりするのだが。自分から他人に話しかける気はあまりない彼女としては、エリザベートが環菜につっかかっているのに夢中だったりした。
 そんな彼女に、
「悪い、ちょっといいかな?」
 隣に腰掛け話しかけてくる人物がいた。ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)である。
「はい、私ですかぁ」
「うん、あのさ。俺、こういうの初めての参加だからちょっと勝手がわからないんだけど。釣ってる方と、餌の方で何かすることってあるのかな?」
「さぁ……私もあまり詳しくはないですからぁ……」
「あ、そうなんだ。悪かったね」
「いえ」
 そしてウェイルは雲海の中で髪がきらきら光るパートナーのベル・ゼフィール(べる・ぜふぃーる)を眺めつつ、
(しかたない、やっぱり愛? のコンビネーションでカバーだ)
 と、ひとりなんか決意を新たにしていた。
 一方のラーチェは、別に二心があって話しかけてきたわけでもないのだから、もう少し話が膨れるような返し方をした方がよかったかなと、ちょっとだけ思うのだった。
 そして、今度は反対側の隣から奇妙な音がしてきた。
 ビキュン、バキューンという、電子音が気にかかりそっちを向くと山本夜麻(やまもと・やま)がなにやら携帯のゲームをやっていた。ちなみに釣竿はちゃんと支えてはいるが、自分以上に余裕なこの相手に、ちょっとビックリなラーチェだった。
 そして。そんな夜麻の餌になっているヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)は、雲海で困惑していた
 実は、ヤマはクモサンマを発見していたのである。なので乗っている空飛ぶ箒を駆使し、さっそく食べられようとするが、相手は逃げるばかりで。
 更に相手の食欲をそそるような動きをしてみようと思い。
(とりあえずくねくねうねうねしてみるか。ほーれ、餌だぞ、餌〜)
 なんてことをやってみるも、やはり近づいては来てくれず、逃げるばかり。
「っつーか狙って食われるとか、出来んのコレ?」
 などとぼやいているのを聞きとがめたベルは、
「やっぱり、狙って食べられたいなら……愛の力だよね」
 そんなことを呟いていた。
 のんびりムードで餌となっていた高月芳樹(たかつき・よしき)。彼はたまにビクッと活きのいい動きを見せ、魚たちが寄ってくるように工夫したりしていたが。一向に釣れてくれないので、なんとなく聞こえてきたそのベルの言葉を頭の中で反芻した。
 芳樹の釣竿を握るアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)は、不安そうに下の様子を眺めていた。芳樹を餌にしたことに罪悪感を感じているアメリアとしては、クモサンマを必要なだけ釣ったら、早く中止しようと考えていたのだけれど。
 残念ながらまだアタリは来ず、困っていた。
「芳樹、だいじょうぶー? 疲れてきたらいつでも言ってねー」
 そう声をかけるアメリア。それに、芳樹の声が返ってくる。
「ああ、心配するな。全然平気だからな」
「そ、そう? わかったわ」
「ありがとうな。アメリア」
「???」
 芳樹のなんだか奇妙に優しいその調子に、なんとなくアメリアは首を傾げるのだった。