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雲のヌシ釣り

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【第3章・雲海の死闘?】

 支倉遥(はせくら・はるか)は雲海で漂っていた。上で待機中なのは、ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)と、伊達藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)である。
 開始当初。誰が餌になるかはうやむやだったのだが、ベアトリクス達の結託により、
「誰かがやらないといけないとはいえ、私は嫌だからな」「すまんな、支倉の……」
 というふたりの言葉と共に、容赦なく遥は釣り餌に仕立てられ突き落とされていた。
 とはいえ実際遥もふたりが共謀しているのを知っていたので、たまにはサービスもしないとという思いで大人しくしているのだが。
「『電波の天使』様。ちわー」
 そんな遥は軽快な調子でルミーナに挨拶をしていたが、その呼び方がいけなかったためかそっぽを向かれてしまった。仕方なく他に誰か知り合いはいないかなと探すうち、
「師父? 師父ですよね?」
 そう声をかけられた。その声の主はサラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)
「ああ。奇遇ですね、こんなところで」
「ホントに。まさかこんなところで会うなんて。でも、手加減はしないからね! 師父には負けないよ!」
 そうサラスは意気込み、あちこちに目線を動かし魚を探し始め、ある獲物に目を止めた。
 そしてそんなサラスを餌にして釣りをしているのは御厨縁(みくりや・えにし)がおり、それを眺めているシャチ・エクス・マシーナ(しゃち・えくすましーな)がいた。
「姉者たちも来ていたのじゃな。これも何かの縁かのう」
 ふたりはベアトリクス達と話していた。いや、シャチはひとり釣竿を握ってボーッと雲海を眺めていた。起動したばかりの機晶姫であるシャチとしては、状況把握ができていないのが原因であるのだが。
「…………?」
 そんな調子でも、縁の竿がくいくいと引いているのに気づき、話に没頭して気づいていない縁に対し口を開かせ、言葉を紡ごうとして、
「あれー、何でボクが釣り針の先で揺れてるんだろ? っていうか、足場ないし! 糸切れたら落ちるし! って何かきたし!?」
 先にそんな叫びが雲海の下から届いてきた。
 それは釣り竿の先で揺れるズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)のもので、釣竿を握るナナ・ノルデン(なな・のるでん)は、
「きたみたいですねっ! さぁクモサンマ、獲得ですよ!」
 釣竿を引き引き張り切っていた。そんな様子に触発され縁も自分の竿が引いていることに気づき、リールを回転させていった。それがなぜかちょっと寂しいシャチだった。
 一方の雲海の中では、クモサンマが暴れていた。サラスと、ズィーベンが共に食いつかれ一緒にクモサンマの中におさまっていた。
 そしてそんな中でズィーベンは、口のなかに棒を引っ掛けてそれから雷術で感電させて動きをとめる。それは見事に成功したが、同時に、
「わわわわわ、わー!」
 サラスも巻き添えを食ってちょっと痺れていた。
「ああっ、ご、ごめんなさいです。ボク、ついうっかり!」
 それでもとにかくクモサンマはぐったりとしたので、縁とナナはやすやす釣上げることには成功し。結果、盛り上がっていた。
 そんな様子を遠目に見ていた緋山政敏(ひやま・まさとし)
 彼ははじめ、随時ムスッとした顔で雲海に漂っていた。
 それは単に餌にされたからだけでなく。彼は、パートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)から、子供が雲海で迷子になったから捜索する依頼だと聞かされてやって来て、蓋を開けると釣りということで。
 騙されたことを、雲海の中からふたりに対し「楽しみたいのは分かるけど。よそはよそ、うちはうちだろ?」的な視線で非難していたりした。
 だが、実際周りが楽しんでいる様子を見せられ、
(ふたりも楽しみたいからなんだよな。普段の俺なら面倒だって嫌がる訳だし、嘘でもつかないと誘えないよな……なんだ、悪いの俺か)と、心入れ替え始め、
「いっちょ、やってみるか!」
 そう意気込むと、体を揺らしつつ、餌として元気な感じでクモサンマにアピールを始めていたのだった。
 そんな政敏の様子に、カチェアは釣りの為にわざわざかぶってきた麦藁帽子をくいっとあげながらリーンに笑いかけ、
「やったね、政敏もやる気になってくれたみたい」
「うん。嘘をついたのはよくなかったかもしれないけど、結果オーライだね」
 そんな様子を雲海の下から見つめ、政敏も少し頬を緩めていた。が、すぐにまた顔を引き締める。それはこちらに近づく気配を感じてのことだった。
(あれがクモサンマか。よし……来るなら来い)
 迫り来る10メートル近いクモサンマは、揺れ動く餌に喜び勇んでばっくりと大口を開けてそのまま政敏を飲み込んだ。
 そして当の政敏は飲み込まれたのを見計らい、納刀状態のカルスノウトを引き抜きつつ、歯の間に針を引っ掛ける具合に突き刺し、そして。
 轟雷閃! と、スキルを発動させ一気にクモサンマを痺れさせた。
 政敏が弱らせてくれたその隙を見逃さず、カチェアとリーンは竿の揺れが収まった一瞬に、一本釣りよろしく一気に竿を持ち上げた。それはさながら麦藁帽子をかぶった×平の一コマの如くだった。

 如月玲奈(きさらぎ・れいな)は、パートナーであるジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)レーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)に釣り糸をつけていた。
 が、当のふたりはどっちが餌になるかまだ決まっておらず言い争っていた。
 レーヴェとしては運動神経と勘、見た目で行くべきという考えで。
「J(ジャック)の方がサバイバルなどでこういう事は慣れてるだろう。見た目的にも、いい感じだし」と言っていたが、それに対しジャックは、
「こういうのは頭を使わないとダメなんだよ。だから魔法使いのレーヴェか玲奈がいいだろう」と反論していた。それに対しまたレーヴェは返すが、
「レナが餌では釣れないでしょう。あの体型では色気がな……」
「ちょ、馬鹿!」
 ジャックは慌ててレーヴェの口を塞ぐが、時既に遅かった。
 体型(ぺったんこ)を気にしている玲奈は「ゴゴゴゴゴ……」という威圧感を背に纏い、
「2人とも餌になって来い!」
 そう叫ぶや2人を容赦なく蹴落としていた。
 こういう時。力関係や日頃の行いが物を言うものである。
 近くにいる樹月刀真(きづき・とうま)漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻前(たまもの・まえ)の間でも同様なことが起こっていた。
 餌にされているのは月夜。彼女はうらめしそうに刀真を見て。
「刀真、酷い」
「酷いのは我が家の食料事情です。月夜、君また食費を使い込んで本を買いましたね?」
「違う、あれは食費が本に化けたの」
「食費は自分から本に化けたりしません」
 そしてぷいっとそっぽを向いてしまっていたので、助けを求める対象を変更する月夜。
「うう……玉ちゃん助けて」
「知らん。よりによって食費で本なんぞを買うからそんな事になる、自業自得だ。あと玉ちゃんと呼ぶな」
 両方に無下にされ、結果仕方なく釣りのほうに集中することにした月夜。そして。ある程度時間が流れていき、
「刀真、まだ釣れんのか? いい天気だし我は寝るぞ、釣れたらいや料理が出来たら起こしてくれ」
「そうですね、もうしばらくかかると思いますから寝ていてください静かになります」
 玉藻が早くも寝始め、そしてまた時間が流れる。
 隣では玲奈が「まだ〜?」と機嫌悪そうに呟く。しかしそれさえも釣りの空気というものであった。
「たまにはこんな過ごし方も良いですね」
 加えてこのぽかぽか陽気に、刀真はのどかにそう呟いていた。が、
「あれは! 雲魚の中でも、重要な食用魚として有名なクモガツオだわ! しかも二匹!」
「大きさは20メートルはあるな! 待ってろ玲奈! 今捕まえるからな!」
 雲海からそんな月夜とジャックの声が聞こえた瞬間、刀真はのどかさを吹っ飛ばして目の色を変えていた。寝ていた玉藻もがばっと起き上がり、玲奈も気を引き締める。
 そして。近くで餌になっている如月佑也(きさらぎ・ゆうや)と、釣竿を握るラグナ アイン(らぐな・あいん)は、まるでアタリが来ていなかったのでその言葉に過敏に反応した。
 佑也はジャック達と月夜のほうへとすばやく移動し、光精の指輪で魚の興味をそそるなり、用意したBB弾を投げて魚の注意を引こうとする。
「ちょっとキミ! 横入りはよくないよ!」
 上から玲奈が文句を言うのに対し、
「こっちは食糧事情が世紀末なんだよ! このままだと飢えて死ぬんだよ! だから譲ってくださいお願いします」
 下で佑也も必死に訴えていた。
「それはこちらも同じことだ! 昨夜は夕食だと言って、油揚げを二枚置いて終わりだったんだぞ、ふざけているとしか思えん(怒)」と、玉藻が叫ぶと。
「仕方が無いでしょう食料無いんですから、元々狐なんですから油揚げは好きでしょう?」と、刀真が呟いて。
「なにを贅沢なことを。食べられるだけでもありがたいじゃないか!」と、佑也も叫んでいた。そんな風に口論が発展する一方で。
「あ、ゆ、佑也。早くしないとお魚が」
 アインの声が届く頃には、件のクモガツオ達はジャックと月夜に食いついていた。
 ジャックはそのままスプレーショットで体内から攻撃し、レーヴェは外側から釣り糸が切れない程度の雷術で更なる攻撃で弱らせる。
 そして玲奈もまた注意深くゆっくりとリールを巻いていった。
 一方の月夜は光条兵器の黒い光の弾頭斧を口に差し込んで、「フィッシュ!」と、上へと教える。玉藻と佑也がまだ口論している間に、刀真も静かにリールを巻き、そして。
 結果。釣果を上げたのは、
「やったね! クモガツオ、獲ったよ〜!」
「良し食料ゲット! 早速捌いて焼きましょう!」
 玲奈達と、刀真達であった。
 ただ。玲奈に先程の失言を謝るレーヴェとジャック(なんで俺も?)は、玲奈から「釣り上げた魚は私のだから食べたければ釣って来い」と言われ、そのままクモガツオを没収されていたが。
 肩を落とすふたりだが、それ以上に落胆しているのは、
「あああああ……」
 佑也だった。
 そんなパートナーの様子に、アインはぐっ、と何やら決意を固めた顔をしたかと思うと、おもむろに自分を糸で括ってなんと雲海へと飛び込んだ。
「ア、アイン? なにやってるんだよ」
「一緒に餌になります!」
「え? それはいいけど……で、誰が糸を引き上げるんだ」
「えっ」
「えっ、て。おい……」
 ふたりして一瞬の沈黙の後、
「「……誰か助けてェェェ!」」

 そんなふたりが上にいたジャックとレーヴェに竿を支えられ事なきを得ていた頃。
 生徒達の喧騒とは少し離れた場所。人の近付かない様な狭い崖っぷちで釣りをしている人物がいた。それはカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)
 彼女は餌を目立たせるため、釣り下げているパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)付近に向かって光術を放ち魚をおびき寄せる様にしていた。
「ボクは地球じゃ、デビル・ソードと呼ばれた大カジキを相手にしてたんだから……釣れなかったけど」
 そうひとりごちて、魚を待った。ただ、彼女が待つのはレアな魚である。
 カレンの手元にはイルミンスール大図書館で借りてきた、「一目で分かるパラミタ魚類大図鑑」があった。
「カレン! 身体が楕円形で、両目が左側にある魚がいる。目のある側は暗い褐色、反対側は白い色をしてる」
 という声が響いてくる。実はカレンの考えは、パートナーのジュレから寄って来た魚の特徴を大声で伝えてもらい、図鑑に載っていた場合は、
「あー、それはクモヒラメね。パスしていいよ」
 というようにスルーさせるというものだった。
「やれやれ、そもそも我を喰う物好きな魚がいるかどうか」
 ジュレは、パートナーの指示通りクモサンマなどの取り立てて珍しくなさそうな魚はやり過ごして、そんな風に呟いていた。
 そのとき、遠目に何か大きな影が見えた気がした。
「ん?」
 慌てて目を凝らしてみるが、残念ながらその影は既に別の場所へと泳ぎ去ってしまった。
(あの大きさ……まさかあれがこの雲海のヌシだったんじゃ)
 なんとなく、そう思うジュレだった。