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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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第3章 巡礼

 遅れて旧オークスバレーを発った教導団の一人、琳 鳳明(りん・ほうめい)
 お人好しで苦労性なところがある彼女は、前日中に押し付けられた諸々の雑務が夜になっても終わらず、夜明の刻の出立となった。
 同じ頃合に出立した教導団の仲間は誰もおらず、独り旅となってしまった琳。
 プリモ温泉を出てからは、人家も灯りもまばらな街道沿いを歩き、丘陵帯を抜け橋を渡ると、早朝には草原地方に達した。
 草原の果て、かすかに山岳の影が浮いて見える。
 あの辺りに、谷間の宿場があるのだろう。
 山の上空は厚い雲に覆われており、この一面に見渡す草原にもちぎれた雲が流れてきている。
 風が冷たい。
「うう、それに一人旅っていうのも、何だか心細い、寂しいな……」
 琳は歩き出した。
 しかし程なくすると、東の方角から、ゆっくりと同じく北へ向かっている一団が目に入る。
 琳は目をこすった。
 黒い衣を来た、数十人にもなる集団だ。
 幽霊でもまぼろしでもないみたいだし……
 琳は集団の方に、少しこわごわとだが近付いて行った。


3-01 ノイエ・シュテルンの休憩

 早朝、メンバーが集い次第ただちに旧オークスバレーを出立した【ノイエ・シュテルン】。
 行軍するのは、隊長のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)、パートナーの守護天使クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)、魔女クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)、ドラゴニュートアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)
 整然とした行軍だ。
 解放戦のときに、ノイエ・シュテルンと知り合いその後を共にすることになったアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)の姿が見える。また解放戦ではアクィラと別地にあり連絡を取り合ったパートナーのクリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)も、今日はしっかりと彼と一緒にある。更に、アカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)。アリスながら、機甲科の車長課程に所属。今回の遠征では、戦車に乗ることは叶わないため、道すがら少々の愚痴もこぼれているかも知れない。それは内心、戦車好きのアクィラにしても同じかも知れないが……でも今日は馬に乗っての堂々たる行軍、アクィラは歩兵から騎兵へとグレードアップ! した気分で意気揚々とは見える。
 そして後方でどっしり書物を熟読しながら、こちらはノイエ・シュテルンの古兵青 野武(せい・やぶ)黒 金烏(こく・きんう)は、医薬品等を多数含む荷を携えている。……もう一人、列の最後尾にいる人物は、今はシルエットだ。

 なお、第二章で触れた通り、香取 翔子(かとり・しょうこ)は一足先に三日月湖地方に入っていることになる。

 やがて……
「見えたな。草の家だ」
 クレーメックがすっと手を上げ、一行はここで最初の休憩をとることとなった。
「ほっ。ようやく休憩だね」
 と、息をつくアクィラ。皆も、言葉を交わしたり、馬を下り、背伸びしたり。
「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませー」
 草の家の主人らが出てきて、丁重にお客達ご一行を出迎える。
 草の家は、茶店と言っても比較的大きな二階建てで、一階は草原に向けて開け放たれた幾つかの座敷部屋が並び、上階は旅人の泊まる旅室となっている。
 クレーメックや青、ヴァルナなどは早速、礼儀正しく座敷に座り、出されたお茶を啜っている。
 ケーニッヒとザルーガは前の草原で体をほぐし、ラジオ体操をしていた。
 アクィラ達は二階に駆け上がり、辺り一帯を見渡している。
「わあアクィラさん、見渡す限り草原ですねぇ。少し冷たいですけど風も気持ちいいです。雲が、北の空からたくさん流れてきますね……」
「そうだね。(この草原を戦車でつっぱしるってのも気持ちよさそうだけど?)
 もと来た方に見えるのは、旧オークスバレーの鉱山か。遠く北にかすんで見える山に、谷間の宿場があるんだよなあ」
「今日中に着けるのでしょうか……」
 この草原地方は、ヒラニプラの丘陵帯に開けた数少ない平野。その平野の中では最も面積が広い。
「あれ? アカリもこっちへ来て見れば?」
「つん」
「……。
 ん? 北東寄りの方角を、何か黒い粒々みたいなのが進んでいくな。クリス、見える?」
「蟻……じゃないでしょうねぇ??」
 そのとき、階下から美味しそうな匂いが立ち上ってきた。
 ノイエ・シュテルンの一行はこの草の家で、少し早い昼食となった。
 草原うどんや、梅干おにぎりが出される。各種おにぎりは、お持ち帰りしても売っているので、旅人にはとってはとても嬉しい。
 ノイエ・シュテルンのナンパ男、ハインリヒは早速、草の家の女中……とくに可愛い女の子を見つけ声をかける。
 クレーメックやパートナーのヴァリアも同席している以上、あからさまなナンパはできない。
 軽い話題をふり、
「これから三日月湖地方に行くんですが、最近、その近辺やそこに向かう道で何か変わった事はありませんでしたか?」
 クレーメックの手前、ノイエ・シュテルンの一員としての役目も忘れない。
 もちろん用心深さも発揮し目的地が黒羊郷であることには触れない。
 きょとんとした店の女の子。心配はなさそうだが……
「さあ。とくに……。
 毎年この時期になると、北への旅人がぽちぽちと増えるんですが、あやしい人はいませんでしたし……」
 ……この子可愛いな。ウブで。
 昼食中、ハインリヒのナンパはどんどんエスカレートしていった。
 ヴァリア、「……(こめかみぴくぴく)」。

 暫しの休憩後、草の家を発ったノイエ・シュテルン。
 クレーメックは、ハインリヒに、「ヴェーゼル。皆が昼食をとっているときに、ナンパはよくないぞ。それに、店員の人も困っている顔をしていたのがつらつら……(以下、小言が続く(但し棒読み))」。リーダーとしての立場上彼を叱るが、その場限りの効果しかないとわかっているので内心諦め気味、というか、完全に諦めている。
 それより……
「あなたね、ああいう子が好みですの!!!」
 ヴァルナの癇癪が爆発。
 クレーメックはリーダーとしての立場上、……いや、もう止めなかった。二人の痴話喧嘩はすでにノイエ・シュテルンの日常風景として組み込まれていた。

 ちなみに、シナリオガイドにあるように、草の家の店員はゆる族であり、お店の女の子も、草原の可愛い小動物ふうのゆる族である。



 それから間もなく、ノイエ・シュテルンは巡礼の一団に行き当たることになる。
 アクィラが草の家の二階から見つけた集団で、そのことをクレーメックに報告していた。彼らの速度は遅く、すぐに追いついた。
 クレーメックは一団を見るや、彼の直観で、この巡礼は何かおかしい……と感じたのだ。「よく調べてみた方が良い」。こうして彼らは巡礼に近付くことになる。
「そんなに怪しそうには見えないけど……? ここはジーベックさんの勘を信じてみるか」
 つぶやくと、アクィラも皆に付いていく。
 クレーメックは巡礼の男と、すでに話し始めている。
 巡礼の男はにこやかだが、クレーメックが尋ねるのに答えるよりむしろ男の方が、何やらかんやら話を持ちかけているようだ。
 ハインリヒは、立ち止まってめいめいにくつろぐ黒い衣の間を歩き回り……
「ふむ」
 一人の巡礼に近寄る……
「お嬢さん」
 ハインリヒのナンパが炸裂した。
「え? わ、わ、私……? は、はい何か……」
 黒い衣をとって現れた顔は、教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。



3-02 巡礼

「お嬢さん」
 獅子小隊のナンパ男は、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)
 今日は私服での一人旅。
 彼も、巡礼の一団に行き当たっていたのだ。
「え? わ、わ、私……? は、はい何か……」
 黒い衣をとって現れた顔は、やっぱり琳 鳳明だった。
 ルースは、ゆるゆると歩き続ける巡礼の後方に付いて、琳に話しかけていた。
「へぇ、巡礼の旅をしてるんですか。
 オレも興味があるんですよ。詳しく教えてくれますか?」
「えっと、あの、私はだから教導団の琳で、私もこの人達に声をかけたところ、……って聞いてるのかな」
「なんなら続きはベッドの中ででも……退屈はさせませんよ」
 掌にキスをする。ちゅ。
「いやぁぁん。わーん」



「わー、ピクニック、ピクニック♪」
「かなっ、かなっ♪」
「……」
 草原亭でくつろぐ、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)ご一行。
 草団子をぱく付く、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)
 草原亭は、草原の真ん中にぽつんと立つ、小さな一軒屋だった。
 簡素なカウンター席に、椅子が五つ六つ。屋台に近いふうである。
 おやじも、屋台のおやじふうな五十代くらいのちょび髭おやじだが、本人によると「俺は剣の花嫁だ」らしい。
 今は、レオンハルト達三人しかいないが、夜になると草原に住む生きものが何処からともなくやって来ては、酒と肴を飲み食いするという。
「あはー、何時でもお気楽極楽マイペースが僕の良いところです」
「シルヴァ様、シルヴァ様、はーい、あーん」
「……」
 シルヴァにサンドイッチを食べさせるルイン。……一体、誰の花嫁なのか(ええ、御約束ですとも)。
「ところでレオンさん。
 さっきキスの効果音がしましたよね。おそらく、ルースさんが何かやらしかしたものかと」
「かなっ、かなっ。はい、シルヴァ様もう一つ、あーん♪」
「……」
 一人、草餅を口にほおばるレオンハルト。
「……」
 いじけてはいないと思う。
 ルース。そう、ルースを追っていたのだ。
 今日は、サングラスにコート、Yシャツにスラックスという私服姿。(で、草餅をほおばるレオンハルト。)
「大丈夫ですよ。
 どうせ僕達も、間もなく行き当たりますから、お気楽極楽に行きましょう☆」
「かなっ、かなっ。あ、レオ君ゴメンなさいだよっ」
「……」
 ぼてっ。
 ルインの肘をくらって草餅が落ちた。
「草まみれになってしまいましたね」
「これがほんとの(略)かなっ、かなっ。……あ、レオ君、ゴメン。……かなっ、かなっ」
「……」
 レオンハルトは、この遠征について、幾らか考え込んでいた。物語の最初でもそうだったが、幾つか聞こえてくる情報、また逆に聞こえてこない情報、からしても、今回の旅はどうにも、簡単にはいかない、という感じがする。
 そこへ、新たにやって来た旅人達。
「おっ。よーやく休めるとこを見つけたと思ったら、席がいっぱいか?
 せっかくなんで、草餅とやらでも買っていくか。オヤジー」
「武尊さん、他のお客さんもいるのに、あまり大きな声で……」
 そう、やって来たのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)と、シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)だった。
「ああいらっしゃい。席は、まだ空いてるよ。相席になるけど(カウンター席しかないけど)。
 えっと、お二人様、じゃない、えっとこちらの方……猫も?」
「なめんじゃねーぞ。この野郎!!」
 『鬼魔狗野獣会』の旗印を背負った、猫井 又吉(ねこい・またきち)もご一緒だ。
「わー、なめぬこ、なめぬこ」
「可愛い♪ かなっ、かなっ」
「な、なめんじゃねーぞ。この野郎!!」
 こうして、レオンハルトらは、国頭一行と軽く挨拶を交わすと、先へ向かうこととした。
「じゃあ、草餅の大食い勝負といくか」
「いいぜ。ガチで叩き潰してやる!」



 シルヴァの予言通り、やがて巡礼の一団に行き当たるレオンハルトの一行。
「ふむ。奇遇ですね。私達も北へ、黒羊郷という場所に用があって向かう所なのですが、宜しければご一緒しても?」
 巡礼の一人にそう話しかけるレオンハルト。
「何と、そうですか! あたなも、黒羊郷へ。では、あなたも巡礼……」
 男は、黒羊郷を知っているようだ。
 だが、言いかけて、レオンハルトの姿をまじまじ見つめた。そして、隣の男達と何やらぼそぼそ話し始める。
「それにしてもシックでクールで地味な装いですよねー」
 装い何処となく辛気臭い集団でも、にぱーっとお日様笑顔で混ざっていこうと、その辺の巡礼達に話しかけているシルヴァ。
「えへへ、ルイン達は旅行中なんだよっ。
 貴方達は、何処へ何しに行くのかなっ行くのかなっ♪」
「何処へって。それは無論、……」
 ぼそぼそ話す巡礼の向こう、ルインは何かに気付いた。
「あれー、シルヴァ様シルヴァ様、あの方達って……かなっ、かなっ」
「あ……ほんとだ。レオンさんレオンさん、……」
「どうした、シルヴァ? ……」
 列の後方にいた数名。近付いてくる。黒い頭巾をはだけると、……クレーメック達だった。
「それにしてもシックでクールで地味な装いですよねー」
「えへへ、ノイエ・シュテルン様ご一行も、旅行中なのかなっ、なのかなっ」
 クレーメック、「……」。
 クレーメックの周りで相変わらずはしゃぐ二人。
 レオンハルト、「ええい、やめぬか!
 ……クレーメック、そちらもこの集団を?」
 顔を見合わせる、それぞれの部隊長、レオンハルトとクレーメック。
「ああ……」
「あ、ルースさん」
 そこには、同様に黒い衣装に身を包んだルースの姿もあった。もちろん琳も、一緒だ。
 クレーメックの話すには、彼らに北(三日月湖)へ行くことを告げ、目的を曖昧に返事すると、更に幾らか北へ進むと黒羊郷で祝祭があるので是非それを見に共に行こうと、かなり強引に誘われ、断るわけにもいかない雰囲気だったのだという。
 この巡礼の目指していた聖地にあたる場所が、黒羊郷だったのだ。
 彼らはどういった目的で? 何を見に……
 しかしそれを問い質されるのは、レオンハルトの方だった。彼は目的地を明言してしまったので……
「失礼ですが、あなた方は黒羊郷へどんなご用が?」
 丁寧のようだが、鋭い眼差しで聞いてこようとする。
 もう一人の男が、
「まあ、いいではありませんか。最近は、一般の観光客にも、黒羊郷の復活祭を見学しに行こうという方があるのでしょう。
 さあ、しかしかの地へ入るのは、この正装を纏いませんとな。間近で、我々の新しい神の誕生を、目の当たりにしましょう。是非、我々と共にまいりましょう」
「……」
 レオンハルト一行も、かくして巡礼と道を共にすることとなった。
 というわけで、全員ではないが、獅子小隊とノイエ・シュテルンが思いがけずここに集った。
 しかし、これはおそらく偶然ではなく……
 今回の主力とされた二部隊の隊長が、共に何がしかの異を察知したのだろう。
 そしてどちらかというと、お人好しと好奇心から、巡礼に加わることになった琳 鳳明。すでに二部隊のナンパ師、ルースとハインリヒからナンパを食らう嵌めにはなったが……。彼女の今回の選択は果たして貧乏くじか、それとも……。
 物語は、思わぬ方向へ動き出すことになる……。