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【番外編】金の機晶姫、銀の機晶姫

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【番外編】金の機晶姫、銀の機晶姫

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その2 次の戦いへの備え


 楽しく準備が進められているころ、空京で会議室を借りて集まった者たちがいた。壇上に立ったのは、青い髪をたなびかせた百合園女学院の生徒だった。

「明日のお茶会前に、集まっていただきありがとうございます」

 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は壇上で深々と一礼をした。正面の大型ディスプレイには、今までのルーノ・アレエに関する事件の概略を描き出していた。

「あくまでも、明日はルーノさんたちの心労を軽減していただくための催しです。ですが、私たちにできることがあると思いますので、可能な限り情報を共有したく集まっていただきました」
「改めて、自分達も話を聞きたいと思ったのでありますが、確認からしていただいてもいいでしょうか?」
 
 初めてルーノ・アレエが各学校に知れた事件で彼女を捜索するチームに参加していた黒髪の少尉、比島 真紀(ひしま・まき)はドラゴニュートのパートナーサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)と共に出席していた。彼女たちの言葉に、ロザリンド・セリナは小さく頷いた。

「まず、ルーノさんが百合園女学院に現れたことから事件は始まりました。彼女はいくつかの記憶がかけており、言語回路に支障が出ていました。数日で彼女は失踪、その後、イシュベルタ・アルザスなる人物から依頼を受けて、遺跡へ彼女を探しに向かいました。この遺跡の名称を、【エレアノールの遺跡】と仮定させていただきますね」
「言語回路は、意図的に破壊されたものだというのは、事件後修理に当たった朝野 未沙さんからの報告で確認済みです」

 豊満なバストを潰すように腕組みしながら、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が言葉を重ねる。

「そのあとは、金葡萄杯かしら?」

 茶髪のツインテールをたなびかせながら、一連の事件の概略を記した書類を配りながら、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が言葉を投げる。その問いかけに頷いたのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。赤い目を細めて、ゆっくりと口を開いた。

「ああ。金色に光る葡萄を商品にしている武術大会だったな。あそこでルーノ・アレエの中にある【金色に煌く機晶石】の謎を解く手がかりがあるんじゃないか、そういうことで彼女はディフィア村へ向かった」
「ですが、結局葡萄はただの葡萄でしたね。そりゃ、ちょっと不思議な葡萄ではありましたが……」

 影野 陽太(かげの・ようた)が残念そうにうつむいた。銀の髪を耳にかけながら、一式 隼(いっしき・しゅん)は口を開く。

「だが、あそこでアンナ・ネモが出てきた。恐らくだが、鏖殺寺院のメンバーで間違いないだろう」
「そうです。そしてその後、機晶姫誘拐事件が起こります」
「幽霊列車やら、騒音騒動があったあれですね」

 白い正装をまとったエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、配られた書類に目を通しながら言った。彼自身はその事件に携わっていないが、ルーノ・アレエと手紙のやり取りをしてその事件については知ることができた。

「ええ。そこで、彼女は初めて鏖殺寺院と見られる方々から呼び出されることになりました。機晶姫を偶然誘拐することに成功した彼らは……」
「偶然誘拐、というのはどういうことでありますか?」

 比島 真紀の問いかけに答えたのは、一式 隼だった。

「奴らが【たまたま作った自動演奏機】が奏でた音色が、ルーノの歌の逆さ歌で、それが機晶姫たちの何らかの回路に働きかけ、夢遊病を引き起こした、らしい」
「らしいとは?」

 サイモン・アームストロングの問いかけに答えられず、誰もが顔を見合わせて困った表情を見せる。

「事実を確認しようにも、その自動演奏機は破壊されてしまったのです」

 カチュア・ニムロッドが哀しそうにそう告げると、サイモン・アームストロングは顔をしかめた。

「なにゆえ、壊されたのだろうか、持ち去るならまだしも……」
「その事件の際、【兵器と姫の命は等価か?】と書かれた手紙がルーノさん宛に残されています。この手紙の封筒、その筆跡が問題でした」

 そういって、ロザリンド・セリナは大型ディスプレイにある筆跡を映し出した。一つは封筒に書かれた文字。もう一つは、エレアノールの遺跡で発見された、エレアノールの日記の筆跡だ。
 コンピュータ処理を行うと、その二つが同一人物に書かれた文字であることを指し示していた。

「エレアノールの筆跡と、全く一緒です。この手紙を出した人物は、恐らくアンナ・ネモです」
「今は、ニフレディルと名乗っているらしいな」

 ぼさぼさの髪をかきながら、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は退屈そうにそう呟いた。その言動とは裏腹に、彼が一番この事件にかかわっていることを知っているものたちは、その様子に非難の声を浴びせたりはしなかった。
 ロザリンド・セリナは頷いて続ける。

「ええ。ただ、イシュベルタ・アルザスやルーノさんの証言から考えると、彼女は既に死んでいると考えるのが妥当なのですが、イシュベルタ・アルザスのあずかり知らぬところで生かされていたのではないかと、そういう可能性もあります。そして、彼女は鏖殺寺院の完全な仲間となっていないのではないか、というのが私たちの見解です」

 ああ、と比島 真紀は手を叩いた。

「エレアノールだから、自動演奏機を持ち去るのではなく、破壊したのではないか、と。そういう考えもありか」
「だが彼女自身はエレアノールという名前には反応しなかった。その点で考えると、イシュベルタ・アルザスと同じく再教育ならぬ、洗脳された可能性がある。もっとも、イシュベルタは記憶をなくすようなことにはなっていないが……」
「それに、エレアノールさんは日記から察するにアーティフィサーのはずです。でも、先日の彼女は魔法を使ってきた。【クラスチェンジ】云々も言っていましたし、今はその技術は失われているかもしれませんね」

 一式 隼の言葉に、影野 陽太は続けた。

「なるほどね。そして、先日の爆弾……」
「連れ去った機晶姫たちから、機晶エネルギーを奪い、悪用しようとしていたところを、目覚めたばかりのニフレディさんに拾われました。その輝きを、エレアノールの遺跡の中に大量に残された、イシュベルタさんのお手製ルーノさん人形に埋め込み、いまだ見ぬ姉への想いを込めて旅立たせました。それが、結果機晶エネルギーの小さな暴走、爆発に至ったと思われます」
「まだニフレディさんから事情は聞いてないけど、このお茶会の後にしたいと思うの。いきなり取調べなんて、品がないしね」
「そういえば、あの瓶はまだ残っているのか?」

 リーン・リリィーシアが茶化した後、四条 輪廻(しじょう・りんね)がめがねに手を置きながら呟いた。それなら、とアーティフィサーの影野 陽太が取り出したのは、ニフレディが持っていた、抱えられるほどの瓶だった。中には、蛍のように儚げな光がまだいくつか残っている。百合園女学院の校長の許可を得て、彼らが一旦預かることになったのだ。

「ただこの機晶エネルギー、どうやらただのエネルギーではなく、魔術で加工してあるみたいなんです。だから、俺の力だけでは調査しきれませんでしたが……」
「ふむ、ならば俺も協力しよう。少し、試したいこともあるから、調査させてくれないか?」
「わかりました」

 四条 輪廻の言葉に影野 陽太は快く受けると、その瓶を持って一旦会議室を後にした。一通りの経緯を聞いて、比島 真紀は小さくため息をついた。

「忌むべき存在は、イシュベルタ・アルザスでも、アンナ・ネモ……ニフレディルですらなく」
「その背後にいる、鏖殺寺院を名乗る老人達であるのだな?」

 サイモン・アームストロングがきっぱりとはなった言葉に、ロザリンド・セリナは頷いた。

「そうです」
「一つ、頼みがある」

 緋山 政敏が声を上げた。言葉少なに参加していた彼が声を上げたからか、一同彼のほうを振り向いた。

「ニフレディルの奴も、助けてやってくれないか?」
「……奴も、ということはイシュベルタ・アルザスも、ということか?」
「ああ。奴は、【望むことなど、許されない】といっていた。望みはある。だが、あいつには手が届かないらしい」
「そうです! 少なくとも、彼はあの状況でルーノさんを捕らえなかった……きっと、望みは同じはずなんです」

 カチュア・ニムロッドが笑みをこぼしながらはしゃぐと、ロザリンド・セリナも微笑みながら答えた。

「私もそう思います。彼は、彼らは、兵器としてのエレアリーゼさんではなく、ルーノ・アレエさんの幸せを望んでくれていると……」

 一同がそれを確認すると、緋山 政敏は自嘲気味に笑った。

「言うまでもなかったわね?」

 そうツインテールのパートナーに囁かれ、小さく肯定の頷きを返した。 

「話がまとまったところで、こっちも頼みがあるんじゃが」

 長身の美女、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、相変わらずの妖艶さを湛えながら、一見すると人間の女性にしか見えない機晶姫、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)の後ろに立っていた。
 金色の髪を高く結い上げた同じく美女と呼ぶにふさわしい彼女の口から洩れるのは、一昔前のやくざ映画の親分のような口調だった。

「今日一日、ルー嬢やニー嬢の前では絶対……」
「この話はしない、ということか?」

 一式 隼が付け加えるが、シルヴェスター・ウィッカーは首を振る。

「盛大にこの茶会を楽しむんじゃっ!!」

 一瞬、誰もがぽかん、としてしまったが、ロザリンド・セリナはシルヴェスター・ウィッカーが言わんとすることを悟り、小さく頷いた。

「ええか、この茶会はニー嬢のためじゃとルー嬢はいっとるようじゃが、わしらはあくまでもルー嬢を励ますためにやるんじゃ。ちぃっとでも暗くなるような話しよったら、ただじゃおかんけぇのぅ!」

 真っ白な細腕を捲り上げるようなしぐさをしていきまくと、その場にいたものたちは強く頷いた。それを見て、ガートルード・ハーレックも口元を緩めた。