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リアクション

 マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)はやる気に満ちあふれていた。
 持ち込んだ『世界のスイーツ―この星が目に入らぬか!』という謎キャッチのガイドブックをめくって、ふくふくしたほっぺたを期待に膨らませて想像をめぐらせていた。
 相方のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はやりたいことがある、とさっさと別行動してしまったので、スイーツについてやかましくストップをかけてくるやつはいなくなった。かつ電脳空間では、いくらでもお菓子を食べることができる、それでいて虫歯も太る心配もまったくないのである!
「なんと素晴らしい……よしっ、今日は思いのままに食べ尽くしてくれよう!」
 光の導くままトコトコとビル街に向かい、適当なケーキ屋に入ると、何故かフューラーがいた。
「リトル・ミス、世界のスイーツをご所望とのことで、準備をさせていただきます、まずどれをお望みですか?」
 マナはガイドブックを開いて、ひとしきり悩み抜いたあと、伝統ある有名ホテルのカフェで出される、ザッハトルテのページをちっちゃな手で指さした。
「かしこまりました」
 すぐに出てきたケーキは、写真とほとんど相違なく、さっそくマナは鑑賞もそこそこにフォークを突き立てた。
 今まで食べたことのあるザッハトルテなど目ではない、甘さ、ほろ苦さ、触感、香り、フォークの手応えまでもが尋常のザッハトルテではあり得ない…!
「……んーっ! これが、これが至福なのかっ!!」
 一口ひとくちを噛みしめながら、マナはこの後に続くであろう幸福を想像していた。


 クロセルは、相棒のためにお菓子の城を絶賛制作中だった。甘いものは苦手だが、城制作のためにすでに出来上がったクッキーやキャンディ、クリームといったものを用意してもらったので、味見がいらないことに胸をなで下ろしている。棒キャンディの柱にクッキーの階段、チョコレートの壁、ロールケーキの塔やジンジャークッキーの兵隊、砂糖菓子のドラゴンは、相棒に気づいてもらえるだろうか?
 普段何かとお菓子を我慢させていますから、こういう時こそ自分が彼女を驚かせてあげます、と一生懸命になっていた。普段のトレードマークであるマントも脱いで、腕まくりで頭に三角巾を巻き、エプロンをつけて完全装備の気合いの入れようである。唯一仮面が彼であることを証明していた。
「この世界なら虫歯もメタボも気にすることはありませんしねえ。あんまり大きくなられると、乗せて歩くのも一苦労になりますし」
 ひとまずお菓子の城の完成を見、フューラーを呼び出して、自分とマナを小さくしてもらえるように頼んだ。
 フューラーは、ふと思いついたことをクロセルに提案する。
「相棒さんといいますと、あの小さなドラゴンさんでしたね?」
「ええ、いつも何かとお世話になってますのでね、ここは一つお菓子の城をプレゼントしたいと思ったのですよ」
「それだと、逆にお菓子の城の方を大きくするのはどうでしょうか? 周りの建造物と比較して、スケールがもっと大きく感じられます」
 確かに、森からどかんと突き出るお菓子の城となると、かの有名な海沿いのネズミアイランドにも負けないインパクトである。もとより小さな相棒が見上げる城は、どのような大きさになるだろうか。森の向こうの方に遊園地も見えることだし、あっちに負けてはいられません!
「いいですね、是非そうしてください!」

 マナはクロセルに呼び出され、森へと赴いた。ガトーショコラをじっくり食べきって、次は何を出してもらおうかと思っていたところなのに、そんなものよりもっと凄いものがありますから!と携帯越しにわめかれてはかなわない。
 森にたどり着くと、何故か光るキャンディの包みがあちこちに転がっていた。
「おや、キャンディがこんなところに。うむ、光るのなら目印であろう」
 甘いものに目がなさすぎるマナはついつい拾って歩いた。この先にヘンゼルとグレーテルみたいに、お菓子の家があれば楽しいのにと思いながら、キャンディを集め歩く。
「む、キャンディがなくなったということは、クロセルのところだな」
 ずっと下を向きながらキャンディを拾いつつ、森を進んでいたマナは、そこで初めて顔をあげた。
 ものすごくでかいお菓子の城を、そこで初めてマナは見た。
「く、クロセルっ! それはっ!?」
「ふはははは! どうですかマナさん!? 俺は作ってみせましたよ!」
 バカとなんたらは高いところの例に漏れず、クロセルはどでかいお菓子の城のてっぺんから、マナにアピールした。
「喜んでください、このお城はマナさんのためのものですよ!! さあ存分にかじりついてください!」
「クロセルよ! でかしたぞ! 私の野望が叶う時が来たのだぁぁ!」
 マナは飛び跳ねながら、チーズケーキの庭石を踏み越え、ゼリーの池に飛び込んだ。
 思わずのぞき込んだクロセルは、ジャムで足を滑らせそのまま落っこちて、スポンジに埋まった。


「ええと、わんこな俺と遊びたい…だって?」
「うん! それであーそーぼー!」
 専用ポッドに入る前、椎名 真(しいな・まこと)彼方 蒼(かなた・そう)に力一杯わんこになることをねだられた。
 真は超感覚を使用すると、犬耳と犬尻尾がついて、兄弟のように蒼とよく似た外見になるためだ。是非とも叶えてあげたいのだが、いかんせんこれから行くのは未知の世界である。
「仕方ない、喜んでるから、いいかな」
 思い切りはっちゃけて、思い切り蒼と遊んであげよう。
 そう思って犬耳犬尻尾状態で電脳世界に望んだ。
「ねえ、蒼、大丈夫かい?」
「なにがー?」
 気や霊といったものに敏感で、それ故に真が被った被害ははかりしれない。それにプラスされて超感覚状態である、未知の世界でそれらがどう作用するか、警戒するのは仕方がなかった。
 けれど蒼はまったく普段どおりで、純粋に世界を楽しもうとしているのだ。そうだなあ、楽しむほうがいいのかも知れない。
「さて、これから何をして遊ぼうか」
「わーい! 真兄ちゃんとあーそーぶーんーだーい!」
 もう蒼は興奮しっぱなしで、目が回りそうなくらいにぐるぐると回りを回っている。
「蒼、落ち着いて、転んだら多分痛いぞ」
 笑いながら観光をし、時々弟分にタックルをくらってまた笑いながら転がる二人は、とてもほほえましい光景である。
「真兄ちゃん、このばーちゃる世界っての、すごいね。普通の世界じゃできないことも、できるんだよね?」
「みたいだよ」
 そういわれ、真はここでなら、現実では食べさせることのできないチョコレートなどを食べさせてあげられるのではないかと考えた。
「ねえ蒼、チョコレート食べてみようか、料理とかお菓子とか作るよ」
「!!!」
 驚きのあまり言葉もなく、蒼は顔を真っ赤にして跳ね回った。
 ビル街ですぐケーキ屋を見つけ、厨房を借り、チョコクッキーやカップケーキなどを作る。
 蒼は待ちきれず板チョコに手を出しかけたが、兄ちゃんが作ってくれるからがまん、である。
「じーぶーんーもーてーつーだーうー!!」
 と大騒ぎされたが、蒼はゲストなんだからと言いくるめておとなしくさせている。
「はい、出来立てだよー」
「!!!」
 チョコチップのいっぱい入ったカップケーキはふかふかでおいしかった。
 チョコクッキーはさくさくしておいしかった。
 それこそ本当に『食べたことのない』おいしさで、うれしさのあまり蒼はぎゅうぎゅうと真に抱きついた。
 笑いながら背中に蒼をくっつけたまま立ち上がると、背中の蒼は森のほうに何かあることに気付いた。
「にいちゃん、あれなんだろう」
 窓の向こうに広がる森に、何かメルヘンなお城のようなものが見え、二人は向かうことにした。

「うわあ、ほんとのお菓子の城だあ」
「す、すごいー!」
 チョコレートやクリームやクッキーやいろんなお菓子でできた城は、ものすごいインパクトがある。
「こんにちわ、えへへ、すごいでしょう。お菓子好きの相方へのプレゼントです」
 クロセルがあらわれて、二人に挨拶した。
「すごいですね、俺もチョコが食べられないこの子のためにチョコ菓子を作ってみたんですけど、これは桁違いだ」
 クロセルはその隣で目をきらきらさせ、よだれを垂らさんばかりの獣人の少年を見た。なるほど犬ですね。
「クロセル、どうした? …なんだおまえは?」
 マナはすぐそばでじっと見上げてくる獣人の少年に気付いた。
「マナさん、彼にもお菓子を分けてあげてくれませんか? 彼は普段犬型の獣人なので、チョコレートが食べられないんです」
 なんだと? あのザッハトルテの幸福を知ることができないなんて…それはなんという不幸なのだ…!
「よし、お前にもこの幸福をわけてやろう! 来るがいい!」
「わんっ!」

「ほんとうにいいんですか?うちの蒼まで」
「マナさんもいいって言ってますし、いいんですよ、仲良く分けましょう」
 しかしそのマナは、今まさに城の支柱であるキャンディに噛り付こうとしている。
「マナさんいけません!支柱なんて食べたらお城が!」
 静止むなしくキャンディは折れ、城が傾きだした。
「蒼っ!」
 城の下敷きになる前に、真は蒼を引っつかんで脱出した。
「マナさんっ、マナさーん!!!」
 クロセルが、クリームにもひるまず埋まったマナを探し出そうとしている。
「ああっ、マナさんがこんなになっちゃいましたー!」
 探り当てた何かの大きな塊にクロセルは全力で謝った。
「あの、マナさんこちらにいますよ、それ砂糖菓子じゃないですか?」
「クロセルよ、失礼だな!」
 崩れる瞬間、蒼がマナを捕まえ、その蒼を真が助けていたのであった。
「えらいぞ、蒼」
「わーいほめられたー!」


 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、あたりをひたすら散策して、怪しい気配や場所がないか探していた。
「特に、バグとかそういうものは見当たらなさそうなんだけど…」
 今のところそれらの行為は全て徒労に終わっている。
 ふと手近な植木の葉っぱを拾い、つまみあげて高いところから落としてみると、風を受けてひらひらと回るのだ。
「ここまで再現できるんだ…!」
 となると、考えられることは一つだった。
「もしそういう危ない場所があったとしても、自分達の目からは完全に隠されてしまうのかもしれない」
 そうなると、管理者本人に聞いてみるしかないだろう。

 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は、アリアがフューラーを呼び出す現場を見かけ、身を隠して盗み聞くことにした。超感覚を使用して猫耳を装備し、気配をひそめ聴覚もばっちりである。
 彼女が自分達と似たようなことを考えているだろう、という予想はあった。果たして彼女はそのとおりに行動し、フューラーと接触した。
 彼も【スカイヴァンガード】の一員であり、フューラーから情報を得ることを目的にしていたので、ちょうどよかったのだ。
「はい、何か御用でしょうか?」
「あの、ヒパティアさんは大丈夫ですか」
「大丈夫、とはどのような? なにか不安なことでもございますか?」
「こんなにいっぱい人を集めて、その全員の願いを叶えるって、尋常なことじゃないと思うんです。やっぱりよからぬことを考える人は多いと思うので、そういう人の影響でバグとかがないか、そういったもののお掃除のお手伝いができないかと思ったんです」
 翡翠の方も、他にウイルスとか発生してもおかしくないな、と考えた。
 それを聞いて、執事はとても心外だ、という顔をした。
「何おっしゃるんですか、私最初に皆様にお伝えしたでしょう?」
 アリアはとっさに思い出せなかった、翡翠も同じくである。
「お客様の安全を最優先に考えております、と」
 フューラーは胸をはり、また慇懃に微笑んだ。うさんくさい、が言っていることは間違ってはいない。
「ウイルスやバグなんて、そもそも私どものプライドが許しませんとも。願いを叶え続けることのひずみ?そうならないように私が管理者として調整してますし、そもそもそれは我が主が今回のゲームで得たデータを処理して、多少なりと不確定要素をとりこんでからの、次回からの懸案事項です。このように大人数を呼ぶのは今回が初めてなので、ちょっとぶっつけ本番なところは、なきにしもあらずなので」
 今現在遊んでいただいている方々への安全対策は何重にも敷いておりますから、と執事は約束する。
「というわけで、アトラクションなり、この世界の観光をしてみるなりいかがですか?」

「ちなみに特にお伝えしてませんでしたが、このゲームはまあ、ヤバいことやっちゃうとログアウトされちゃいます」
「あの、その基準は?」
「私です、主に見せられないものは、ログアウトしてどんどんしまっちゃいます」
 すでによからぬ人は何人かいるんですが、なかなか全部張り付いていられませんし、他の方のサポートもしなければなりませんしで、手が回らないんですよね……
「というわけで、特にあなたの目的は果たせそうにないと思うので、私のお手伝いをしていただけませんか?一時的に権限を拡大しますので、このマップ上にマーカーがあります、これがプレイヤーのいるところになります。怪しいことしてる人がいたら、何もしなくていいのでお知らせください、それだけで随分助かるんですよー」
 アリアはびっくりした、ある意味手の内を晒されているようなものじゃないだろうか。
「わ、わかりました」
 体よくパトロールを押し付けられたのだが、困っているようだし、まあいいかと地図を受け取った。

「そこのにゃんこさん、隠れているのは存じておりますので、出てきてくださいませんか?」
 翡翠はびくっとした、この辺りには誰も隠れてなどおらず、自分しか当てはまらないからだ。
 フューラーをにらみつけながら、茂みの中から姿を表した。
「ばれてたん、ですか?」
「ええ、先ほどのお嬢さんとの会話も、最初から聞いておられたでしょう」
 敵意はありませんよ、という風にフューラーは手を広げながら答える。
「あのとおり、ウイルスもバグもいませんし、テストケースでの想定は全て対策済みですし、私自らトラブルを解消して回っておりますのでね」
「本当に全部、トラブルは対処できてるんですか?」
「しましたとも、結果私の仕事が増えただけですけどね…」
 ちょっと執事がげっそりしていたことに翡翠は気付いた。
「そうですよ、あなたのお友達さんのおかげで、オルターエゴまで作っちゃって」
 まったく、その発想はなかったよ…とぼやいている。
 いきなり活動範囲が広がってしまって、フューラーのフォローの範囲を超えつつあるというのだ。。
「何を嗅ぎ回っているかは別にいいです、私どもはあなた方に対して後ろ暗いところなんてありませんのでね」
 というわけで、大事なことですからもう一度解説させていただきます。
 そう言って、また延々と愚痴めいた解説にとっつかまった彼は自分を呪って耳を伏せた。


「もしもし私、私です、いや詐欺じゃないです古いです。そこにひなおねーさまもいますか? あのね」
 電話の向こうは、チームメイトの恭司である。先ほどフューラーから得た(むしろ強制的に聞かされた)情報をかいつまんで伝える。
 噴水の広場で落ち合って、三人は情報を交換した。総司が呼ばれないのは、まさにヒパティアという本丸にいるからであり、邪魔をするまいという計算なだけである。
「―ということ、らしいです」
「そうなのですかー」
「俺達の考えは杞憂にすぎないってことですか」
「ここはもう、普通にゲームで遊んだほうが一番よくわかるってことなのかもしれませんね」
「じゃあバーチャルなんだからっ、刺身定食にマヨをいくらかけても怒られませんねー?」
「「普通にやめてください」」