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リアクション
女王器『青龍鱗』と人質にアリシア ルード(ありしあ・るーど)の交換が行われた直後のこと。
「毒苺のなる巨樹の下」では、『青龍鱗』を受け取ったパッフェルが実は影武者だったと判明した直後に、全身を水晶化された「剣の花嫁」たちが瞳を赤く輝かせて、生徒たちを襲い始めていた。
続けざまに起きた状況の急転に、場は混乱を極めていた。
女王器奪還を狙う生徒と応戦する中、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)がグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)に背をつけて問いた。
「ちょっと、あれ、どういう事?」
「あぁ、まさか本当に操れるとはな…」
「そっちじゃないわよ、影武者をたてるなんて聞いてないわよ」
「この手の策は内密にするもんだろ」
「それもそうね」
ヴェルチェは瞳を赤く輝かせて動き出した如月 葵(きさらぎ・あおい)を見て呟いた。
「一体、どんな仕掛けなのかしら」
葵は無表情のまま、パートナーである如月 玲奈(きさらぎ・れいな)とレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)に拳を振っていた。
「お姉ちゃんっ!」
「アイ、やめなさい」
2人の声は届いているはずに、意識がないのか、それ以外なのか。葵は普段よりも勢いのある正拳突きを放っていた。モンクの拳だけに、玲奈もレーヴェも避けるのがやっとのようだった。
「ちょっと! ねぇ、どうなってるの?」
「わかりません、でも、私たちの言葉は聞こえていない、もしくは操られているのでは…」
「操られて… そんな…」
「レナ、やはり攻撃は…」
「ダメだよ! 絶対にダメ―――」
避けていて体勢を崩した玲奈は、葵の拳をハーフムーンロッドで受けてしまった。それなのに、葵は拳が感じているであろう痛みなど無かったかのように次なる拳を繰り出してきた。
「そんな… 痛みも感じないの?」
意を決して玲奈はロッドで拳を弾いた。再びに痛みを与えてしまった事への後ろめたさを滲ませる玲奈に対して、葵は表情を変えぬまま、弾かれた腕を鞭のように撓らせて引き戻すと、その拳を振り上げた。
このままじゃ、受けてるだけでお姉ちゃんの拳を傷つけちゃう、でも避け続ける事もできないし、お姉ちゃんに攻撃するなんて… もっとできない…。
玲奈に手が出せないでいる玲奈と同じように、御風 黎次(みかぜ・れいじ)も赤い瞳をしたノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)の攻撃を避けていた。ノエルはホーリーメイスを振り、殴りかかってきていた。
単純な戦闘であれば華奢な腕が振るメイスなど容易に打ち落とせるが、黎次にそれは出来なかった。
メイスを失えば拳を使うであろう、そうなればノエル自身にダメージを与えてしまう可能性がある。黎次は、葵の戦い方を見たアニエス・バーゼンリリー(あにえす・ばーぜんりりー)の助言に従っているのだった。
黎次の手助けをしているのがルクス・アルトライン(るくす・あるとらいん)である。黎次が体勢を崩せばそれを支え、ノエルが勢い余って地面を殴り叩こうとするならその腕を押さえてから距離を取る、などをしていた。
2人に助言をしたアニエスは、自身の左腕に火術を唱えていた。直ぐに振り払っても、焼けた皮膚は悲鳴をあげている。刺すような痛みと打圧感が伴ってくる。
得意な魔法も、ノエルに向けて発する訳にはいかない。今はただ、誰も傷付けぬように動くしかない、そう判断したのだった。
全身を水晶化されたアリシア ルード(ありしあ・るーど)も瞳を赤く輝かせて、立ちあがっていた。モンクである葵と同じように機敏でキレのある身のこなしから拳を繰り出す姿は、静かで穏やかな笑みを見せる普段の姿とは、到底一致しなかった。
アリシアの拳を避けていた樹月 刀真(きづき・とうま)は大きく後ろに跳んで間合いを取ると、体の力を抜いて俯いた。
(アリシアを、頼む)
ノーム教諭が頭を下げて告げたのだ、彼女を助けてくれと。
自分は学校に残り、現場は「特選隊」である俺に指揮を任せたんだ、本当は一番に駆けつけたいはずなのに。
それなのに……。
全身を水晶化されたばかりか、暴走しているかのような… こんな… こんな事が……。
「何だ? 諦めたのか?」
俯いたままの刀真に、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が嘲笑うかのように言った。それでも刀真は俯いたままだった。
「まぁ、いいぜ。野郎共、撤収するぞ!!」
トライブの言葉が場の空気を変えた。
パッフェルの影武者として女王器『青龍鱗』を受け取った李 なた(り・なた)は煙幕ファンデーションを、そしてソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)はメモリープロジェクターを発動した。
辺り一面を煙幕が包みこんだ。
李はソニアの元へ近寄ってから駆け出すと、同じように駆け出した幾つもの李の姿が八方に一斉に飛び出した。
「俺は『青龍鱗』をシャウラに届けるんで、ここで失敬!」
パッフェルの名が告げられた瞬間、刀真とウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が目の色を変えて李の姿に飛びかかっていた。
四方向に散り逃げる李を、刀真の乱撃ソニックブレードが斬り裂いたが、どれも映像であった。
ウィングが飛び出したのを感じて、ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)も李の前に回り込んだ。
「えいっ! そっちも!!」
ファティは目の前の李に、そして離れた李の姿に向け、続けてバニッシュを放ったが、その光りはどちらも李の姿を透き通っていった。
「ウィングっ!!」
「言われなくても」
ウィングが放った爆炎波は、手応えなく李を斬り裂いた。
「くっ、これもハズレ… ということは」
森に入ってゆく李、そして枝影から夕凪 あざみ(ゆうなぎ・あざみ)がウィングに瞳で合図をしてから追うのを見て、ウィングとファティも後に続いた。
「刀真、待って!」
「離せ! 奴を追う」
「落ち着いて! あれを見て!」
刀真を背中から抱き止めた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が煙幕の外に視線を送った。そこにはトライブを含め、数名の生徒たちが集まって森に駆け込む所であった。そこにはヴェルチェ、グレン、ソニアの姿もあった。
「アリシアさんを助けて、女王器を取り戻す! でしょう!」
一行の行動は不自然である、考えれば考えるだけ、その一言に尽きた。今一度、全身の力を抜いた刀真は同志たちに声をかけた。
「奴らを追うぞ!」
「了解ですわ」
「あぁ」
「私も行くですぅ」
ナナ・ノルデン(なな・のるでん)、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)、神代 明日香(かみしろ・あすか)がパートナーと共に刀真に続いた。
「花嫁たちは任せろ!! てめぇら、武器を俺様に貸しやがれ!!」
アンブレス・テオドランド(あんぶれす・ておどらんど)は花嫁の攻撃を避けている生徒たちに呼びかけて武器を集めると、操られている花嫁たちを場の中央に集めるように指示を出した。
「どうするつもりです?」
「集めたわよっ!」
「上等だ、離れてな!!」
御風 黎次(みかぜ・れいじ)や如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の言葉をきっかけに、アンブレスはヒロイックアサルトで「剣の檻」のイメージを構築させると、集めた武器をイメージのとおりに投げ撃って地面に刺していった。
カルスノウトやランス、グレードソードなどが護封剣のように檻を成して花嫁たちを一網に閉じ込めた。
「なるほど、考えましたね」
「こうでもしねぇと、キリがねぇからな」
黎次が差し伸べた手を、アンブレスはしっかりと握り返して笑みを見せた。
煙幕が完全に晴れた時、パッフェルに協力する者たちの姿は完全に消えていた。
安堵のため息をついたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の元に、パートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が、顔の横で携帯電話を振りながら歩み寄ってきた。
「どうですか?」
「ばっちり映ってるわ」
携帯電話の画面を見せるテレサ。画面には、先程の戦闘の様子が映し出されていた。
「煙幕で隠れてるのは、ご愛嬌って事で♪」
「十分です。早速エリザベート校長に連絡しましょう」
「あっ、私も、ヴァンガード本部へ連絡しなきゃ」
慌てて携帯電話を取り出す小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の肩に手を乗せて、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が優しく笑みかけた。
「その前に、一息、入れませんか?」
「一息、ですか?」
唯乃の視線を追って毒苺のなる巨樹を見上げれば、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)とシィリアン・イングロール(しぃりあん・いんぐろーる)が顔を見せて手を振っていた。
「気を張りっぱなしだったでしょう? 情報をまとめる意味も込めまして、落ち着いたほうが良いと思いますわ」
唯乃は戦闘の直後で力の抜け切らない一同に向けて、柔らかい声で呼びかけたのだった。
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