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リアクション
4.蛮族ランチ
正午を少し回った頃。
採水場の前にはたき火が組まれ、それを取り囲んだ蛮族たちが騒いでいる。何か儀式をしている、というわけではなく単純にランチに支度をしているのだ。
「ドージェ様、お食事に支度ができましたぜ!」
蛮族たちは採水場の備品の酒を持ち出し、昼間から宴会を始めている。
ド−ヅェも「昼休みは一時半までだぞ」などといいつつ宴会に混じっている。
椿は、蛮族たちの好きなようにさせている。暴れて採水場を壊すようなことはないようだし、酒に酔わせておけばそれだけつけいる隙ができるはずだ。
「おい新入り! 隅に座ってないでこっち来いよ」
若いモヒカン頭が凱を手招きする。
「へへへ、どうも」
凱は頭をかきながらドーヅェからほど近い席を確保する。モヒカンに手渡された鳥の丸焼きにかぶりつく。
スパイスなど何もなく、採水場備品の塩を振りかけただけの代物だ。しかし、直火であぶられた鶏皮からは香ばしい香気が立ち上り、凱の食欲を刺激する。
一噛みするごとに野趣あふれる肉汁が口の中に広がる。
「そういえば、おまえの連れの機晶姫はどうした?」
「あぁ、あいつだったら一人で事務所の片付けをしていますよ」
凱が命じたのではなく、ヤードが自主的に申し出たことだ。彼女は、行方不明になった主任の手がかりを見つけ出そうと躍起になっている。
凱が視線を巡らせると、意外なものが目に入った。ドーヅェの手にぎにられた特大ジョッキに、パラミタウォーターを注ぐ椿の姿だ。
彼女の目は真剣そのものだ。凱は思わず立ち上がる。椿がドーヅェに毒を盛ったのではないかと考えたのだ。
「む、うまい!」
2リットル以上は入るだろう特大ジョッキを一息で空けたドーヅェは、まるでビールをあおった後のようにため息を漏らす。
「ドージェ、様? 大丈夫ですか?」
ドーヅェをどう呼ぶべきか、凱は戸惑いながらもとりあえずドージェと呼んでおくことにする。
「うむ――むぅ!!」
ドーヅェの体が膨れあがった。
「さっすがドージェ様! ドージェ様のマッスルパワーは百万パワーだぜ!」
オレンジ色のモヒカンの若者が叫ぶ。
ドーヅェの体、というか筋肉は、先ほどまでとは違うつやが感じられる。まるでワセリンを塗り込んだボディービルダーの筋肉を思わせるつやだ。
いや、ドーヅェの筋肉は、地上のどんなボディービルダーよりも美しい。内側からにじみ出る美しさとはこのことだろうか。
(う、美し……)
凱は慌てて自分のほほをたたく。凱にはそちらのケは全くないが、ドーヅェの筋肉に思わず見とれてしまった。女性がきらめく宝石に引き寄せられるようなものなのだろうか。
「これはいったい……」
「ドージェ様は、自らが降臨なされた地より湧き出す水を飲むことによって、体の裡より無限にわき出る筋肉力(マッスルパワー)を回復することができるのだ」
蛮族の頭目らしき初老の男が解説する。凱は思わず自分の手に握った鳥の丸焼きとパラミタウォーターに視線を落とし硬直してしまう。
「心配することはない。我々のような常人にとってはただの水に過ぎん」
初老の男の言葉に、ようやく凱は納得して腰を下ろした。
椿の目は、輝いている。蛮族たちがドーヅェを最初に発見した場所のヒントが、というよりあからさまな答えが初老の男の言葉の中にあったからだ。
そこを調べれば、ドーヅェの正体も、対処法もわかるのではないか。
椿は、ドージェの特大ジョッキにパラミタウォーターを継ぎ足しながら、一人ほくそ笑むのだった。
「たのもーーう!」
体全体を揺さぶるような大音声が響いた。
弐識 太郎だ。
「おい、ドーヅェ。俺と勝負しろ!」
たき火の向こうの太郎の姿は、揺らめいて見える。
酒に酔った蛮族たちが一斉に立ち上がる。
「ドージェ様、我々が排除しましょう」
蛮族のリーダー格の男を、ドーヅェは手で制する。
「どうした? 何故戦おうとしない。何故消極的なんだ?」
太郎はなおもドーヅェを挑発する。
「お前は御神楽の傭兵達を打ち負かすだけの力があるのだろう? それだけの力を持ちながら、何故こんな砂漠のど真ん中でいつまでも燻っているんだ。戦え! 猛れ! もっと熱くなれよ!!」
ドーヅェは、まるで太郎の言葉が少しも届いていないかのように無言で特大ジョッキをあおる。
「お前が他所でなんて呼ばれているか知っているか? 『偽ドージェ』だぞ?」
偽ドージェという言葉に、蛮族たちは敏感に反応する。彼らが長い長い間砂漠に描き続けてきた魔方陣に応えるように出現した記憶喪失の大男は、間違いなくドージェなのだ。少なくとも彼らの世界にとって、それは真実だ。
そのとき、砂漠にチャイムが鳴り響いた。
椿は携帯電話で時間を確認する。午後一時半。かつて採水場が正常に稼働していたころの昼休みの終了を告げるチャイムだ。
「逃げなさい!」
椿は叫ぶ。その声と同時にドーヅェによって蹴り飛ばされた巨大なたき火が、機関銃の弾丸を思わせる速度で太郎に殺到した。
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