天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション公開中!

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回) 空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション


chapter.2 雷雲ルート・まぼろし 


「頭領、頭領ー」
 すっかり戦闘準備が整ったヨサークに、箒に跨った佐伯 梓(さえき・あずさ)が話しかける。ヨサーク空賊団団員としてすっかりお馴染みになった彼は、いつも通りふんわりしたオーラを放っている。が、その目だけはいつもと少し違っていた。
「頭領、悪いけどこれ預かっててくれないかなー」
 そう言うと、梓はヘッドホンを頭から外し、ヨサークへと渡す。
「おめえ、これ大事なもんじゃねえのか」
 彼がいつもそれを装着していたことを知っていたヨサークは、受け取るのを少しためらった。
「俺、雷雲ルートで戦うから。さすがにこれ壊れちゃうかなーって思って」
 彼が自身の脱落を前提としてそう言ったのか、それとも雷雲に突入するということでそう言ったのかは分からない。が、梓の目はヨサークにそれを受け取らせるほどの真剣さを帯びていたのは確かだった。
「おめえ……」
 梓のそんな様子を見て小さく呟いたヨサークに、梓が話す。
「頭領、こんな俺でも仲間にしてくれてありがとー。俺、皆で騒いだあの夜の宴とか見てたら思ったんだー。もしユーフォリアがなくても、頭領ならきっと、自由に楽しく飛べる空に出来るんじゃないかなあって」
 それはもちろん、ユーフォリアを手に入れるのを諦めろというメッセージではない。ヨサークを認め、思慕を念を抱いているという気持ちの表れだった。
「分かってんじゃねえか。けどよ、俺はユーフォリアを手に入れる」
 ヨサークのそんな言葉を聞き、梓はゆるく微笑むと箒を雷雲の谷へと向けて走らせた。
「それでこそ頭領だー、あ、そうだ頭領、やっぱ女には優しくしなきゃっ。俺、母さんに死ねなんて言えないもん」
 普段と同じような、そんな軽口を叩きながら。
「へっ、うるせえよ。後でこれ取りに戻って来たらちょっとだけお灸を耕すからな」
 ヨサークはその手に梓のヘッドホンを持ちながら、去っていく彼の背中を眺めていた。少しすると彼の姿も消え、ヨサークの視界には真ん中の風が吹き付ける谷、西側にあるもちち雲の谷、そして今梓が消えていった雷雲の谷が映った。この3つの谷で、これから激しい戦いが始まろうとしているのだ。ヨサーク自身は、各ルートの生存者とセイニィの相手をすべく、3ルート戦には加わらず本陣で構えている。
「おめえら、今日は刈り放題だ。狩り残した草は、俺が一本残らず刈り取ってやるぞ!」
 ヨサークのその言葉をきっかけに、生徒たちは思い思いのルートへと自身の乗り物を走らせていった。



 雷雲ルート。
 梓は箒に乗ったまま、自陣を振り返りぽつりと心配ごとを漏らした。
「あんなこと言っちゃったけど、戻った時、頭領に怒られちゃうかなー。ヘッドホン、ちゃんと返してくれるかな」
 そんな梓の目に、一機の小型飛空艇が飛び込んできた。始めはそれに乗っている小さな少女が運転しているのかと思ったが、近くまで来たそれをよく見ると、運転していたのはさらに小さな黒猫のような生き物だった。
「ひとりでかっこいい空中戦なんてさせないぜ! なあカカオ!」
「むぅ……カカオはここに来たくなかったにゃ。雷なんて大嫌いにゃ」
 梓を追いかけるようにしてやってきたのは、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)とそのパートナー、カカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)だった。ミューレリアは運転手であるカカオの後ろで、びしっと梓に向かって告げた。
「私とカカオもこのルートから攻めるんだ、一緒に行こうぜ!」
 あまり乗り気ではないカカオに対し、ミューレリアの方はノリノリなようだった。
「空中戦って憧れるぜ。ぴゅんぴゅんって敵の攻撃を左右にかわして、弾幕をお見舞いしたり出来るなんてかっこいいに決まってるぜ!」
 どうやらミューレリアは、買ったばかりのゲームで空中戦のかっこよさを味わったらしく、もろにその影響を受けてきたらしい。反対にカカオは、そんなミューレリアに猫缶を餌に連れてこられたらしく、一刻も早くこの雷雲から逃げ出したがっていた。
 彼らのいる場所は既に本陣からは離れ、雷雲の谷へと入り込んでいた。辺りには黒雲が立ち込め、その雲からは激しい雨が降り注いでいる。
「おー、じゃあ一緒にこのルートを制しちゃおうなー」
 箒に乗った少年ひとりと、飛空艇に乗った少女ひとり。それを運転する猫一匹。その数と内訳は、戦力としてあまりに小さい。が、梓はそんなことを感じさせない軽快な口調で、ミューレリアたちと共に雨の中を進み始めた。

 少しばかり雷雨の中を進んだ頃、超感覚と殺気看破を併用していたミューレリアが前方に小さい5つの影を発見した。同時に、それらが放つ敵意にも。
「前方に敵を確認! 5機いる模様だぜ!」
 雨で視界が遮られていた梓にも聞こえるよう、ミューレリアが梓に近付いて告げる。そしてミューレリアは持参していた水筒を取り出し、口の中に中身を流し始めた。彼女はどうやら事前にギャザリングヘクススープを水筒に入れてきていたらしい。
「お、何かするのかー?」
「ふふふ、先手必勝だぜ!」
 ミューレリアはスープを飲んだことで高まった魔力を糧に、その身を蝕む妄執を発動させた。瞬間、ミューレリアの周りにおびただしい数のムキムキマッチョな兄貴が現れた。もちろん服装は、全員競泳用の水着のみ着用だ。これには梓も、いや、パートナーのカカオもすっかり言葉を失っていた。しかしミューレリアはそんなことお構いなしに、その幻覚を敵へと仕向けた。
「兄貴に抱かれて溺死しろ!」
 ミューレリアの言葉を合図に、様々なポーズを取りながら兄貴たちが飛んでいく。基本は体を水平にしながらきりもみ回転をしつつ頭から向かっていくスタイルだが、何人かの兄貴は完全にボディビルダー気取りでありとあらゆるポーズを決めながらその姿を風に任せていた。
「これで相手はすっかり混乱状態になるはずだぜ! 後は今のうちに……!」
 ミューレリアが意気揚々と兄貴たちの後に続く。梓は驚きつつも、箒の高度を上げた。その身にはしっかりと気配を消すためのブラックコートをまとっている。夜の闇と相まって、彼の姿を視認するのは困難となっていた。
「敵が混乱してるんだったら、今がチャンスってことだよなー。俺、もっと高いとこ上ってでっかい雷つくってみるよ」
 そして梓は、気配を消したまま上空へとその身を移した。
 一方のミューレリアは、SP切れに備えてSPタブレットを噛んでいた。
「よーし、カカオ、今のうちに攻め落とすぜ!」
「むぅ、猫使いが荒いにゃ」
 カカオは渋々といった様子で飛空艇を敵へと接近させる。やがてミューレリアの目にはっきりと敵の姿が映った。
 身長156センチほどと思われる上品そうな長髪の女と、モノトーンゴスロリ(以下モノゴス)の服を着た金髪の女がふたり乗りした飛空艇と、近くを飛ぶ飛空艇がもう一機。こちらに乗っているのは、足の長い白髪の女。見た目は若いが実年齢は87くらいいってそうなので便宜上ここでは足長おばさんと呼ぶことにする。
 彼女らの横には、大正時代のような和服姿を着た女と、なんか変な仮面被った、北海道あたりから出てきたっぽい怪しい男がふたり乗りしたトナカイが一匹。とりあえずそれぞれを大正、北海道仮面と呼称する。
 その後を箒で飛んでいるのは、先ほど佑也を打ち落とした銀髪の悪魔ともうひとり。頭からツノが生えているのでおそらくアリスなのだろうが、まとっているオーラがとても不吉なため本当にアリスかと疑いたくなるような少女だった。長いのでエセアリス、略してエアリスと呼んでおく。
「全部で7人……先手を打ってなかったら危なかったぜ」
 ミューレリアは敵の数を数え、自陣の倍以上の戦力がこのルートに集まっていたことを知る。しかしミューレリアには、幻覚によって現れた幾多の兄貴たちがついていた。兄貴に紛れ敵を襲撃しようと試みるミューレリア。しかし、それを行動に移すよりも早く、敵の攻撃がミューレリアを襲った。兄貴と兄貴の間から鎖十手がミューレリア目がけ飛んできたのだ。
「わっ!?」
 慌ててそれを避けようとするミューレリア。超感覚のお陰で直撃は免れたが、急に態勢を変えたせいでカカオの運転する飛空艇がバランスを崩し、その衝撃でミューレリアたちは落ちそうになった。
「にゃーっ!!」
 思わず悲鳴を上げるカカオ。どうにか軌道を修正したが、驚いたミューレリアは兄貴たちの幻覚を解いてしまった。そこに、モノゴスのサンダーブラストが襲いかかる。同時に横から銀髪悪魔も同じ魔法を放った。銀髪悪魔の素行の悪さはあらゆる生徒たちの間で噂になっていたのでモノゴスは意外そうな顔をしたが、銀髪悪魔は平然と顔の向きを変えぬまま言った。
「数で押した方が有利になるのは当然じゃなくて?」
 モノゴスと銀髪悪魔が立て続けに放つ雷の群れを、ギリギリのところでかわしていくミューレリアとカカオ。
「こんなに早く幻覚がバレるなんて思わなかったぜ!」
 しかし小回りの利かない小型飛空艇は、やがてその逃げ場を失った。追い込まれ、ふたりがとどめとなる雷を呼び寄せようと空に手をかざしたその瞬間だった。彼女たちの頭上に、バチバチと音を立てて巨大な雷の塊が浮かび上がっていた。
「遅くなってごめんなー。でもお陰で、でっかいのつくれたぞー」
 それは、ひたすら気配を隠し雷雲からエネルギーを受け取りながら電力を上げ続けていた、梓のサンダーブラストだった。銀髪の悪魔はそれを見た瞬間、自らのパートナーであるエアリスの名を呼んでいた。
「ロザ! 早く上に行って守りなさい」
 呼ばれたと同時にエアリスは銀髪悪魔の真上に箒を運び、彼女の盾となる。同時に足長おばさんも、156センチとモノゴスの乗っている飛空艇を庇うため雷と飛空艇の間にポジションを取る。
「シェリス、不本意だけど、守ってあげる」
 足長おばさんのその言葉の直後、彼女の背後から巨大な雷が降ってきた。辺りが目も開けていられないほどまばゆく光る。そこにいた生徒たちが目を開けた時、エアリスと足長おばさんの姿はどこにもなかった。黒煙が尾を引いていたことで、一同は彼女らが雲海へと落ちていったのだと知る。
「セラさんに、なんてことを……!」
 156センチがハンドガンを梓に向け発射し、力を出し尽くした梓の箒を弾がかすめていく。一方ミューレリアのところには、銀髪悪魔がパートナーの落下を気にした様子もなく、サンダーブラストを引き続きミューレリアに向けて放っていた。カカオが運転の合間に工具などを投げつけ雷を防ごうとするが、運転しながらではそれにも限界があった。
「ミュー、もう持たないにゃ!」
 銀髪悪魔の後ろから大正もサンダーブラストを撃っていたことで、ミューレリアたちの飛空艇は限界を迎えていた。そして。
「にゃっ!?」
 ついにその閃光は、彼女らの飛空艇を捉えた。ブスブスと煙を上げ高度を下げていく飛空艇。
「この飛空艇もここまでか……しょうがない、離脱だぜ!」
 ミューレリアが箒をすっと取り出し、落ちていく飛空艇から乗り換える。カカオも慌ててミューレリアの肩にぴょんと乗っかった。
 その時、敵陣営の中からこの場に不釣り合いな明るい声が聞こえてきた。
「あ、猫だー! 見て見て、タツミ。かっわいいよー!」
 声の主は大正だった。どうやら大正は極度の動物好きらしく、乗っていたトナカイから身を乗り出していた。と。あまりに上半身を前に出したせいで、大正はバランスを崩しトナカイから落ちた。
「てぃ……ティアッ!」
 北海道仮面が慌てて仮面を外し、雲海を見下ろす。その一部始終を見ていたミューレリアは、仮面を外した北海道が自分の友人だったことに気付いた。
「わ……私のせいじゃないんだぜ!」
 友人のパートナーが不慮の事故で落下してしまったことに動揺したミューレリアは、その場から逃げるように箒で去っていった。
 残された梓は、敵方の人数を確認する。銀髪悪魔、156センチ、モノゴス、北海道がじりじりと自分に迫ってきていた。銀髪悪魔が稲妻を梓に仕向けてきたが、かろうじて梓はそれをかわす。が、その呼吸は明らかに乱れていた。魔力を放出し過ぎた反動が、梓を襲っていたのだ。そんな彼に、銀髪悪魔が声をかけた。
「そういえば、あんたには礼をしようと思ってたのよ。覚えてるかしら、あんたのせいであたしが海に落ちた事を……」
「そ、それはこっちのセリフだろー。俺よりいっぱい魔法使ってた人に言われたくないなー」
 そう、ふたりは前にも一度、ヨサークと敵対する空賊の船内で対峙していた。その時互いの魔法がぶつかったせいで、船に穴が開きふたりとも空に放り出されたのだった。
「あら、言い訳が聞きたいわけじゃないのよ。ただここで塵になってくれればそれでいいわ」
 薄く笑った銀髪悪魔が、じりじりと距離を詰める。この人数差と残りの体力では、勝ち目がない。けどここで逃げたら、頭領のところに敵をやることになる。どうにか食い止めなければならない。が、そんな意思とは反対に、危険を感じ取った本能が彼の箒を後ろに進ませた。
「セラさんの仇はとらせてもらいます。絶対に逃がしませんよ……!」
 その退路を塞いだのは、156センチだった。正確には彼女の放った銃弾が、梓の後方を通り抜け彼の動きを止めたのだ。
「……そうだよな、逃げようとしてる場合じゃないよなー」
 梓は内側から発せられている危険信号に抗うように左手で箒をぎゅっと握りしめた。そして、右手に魔力を集める。全員とはいかないまでも、あとひとりかふたりは倒せたら。しかし、そんな梓の気力を押し返すかのごとく、大きな声が辺りに響いた。
「そうはさせるかッ!」
 梓は思わず声の方角に目を向けた。彼の頭上から聞こえてきたその声の主は、トナカイに乗った北海道だった。彼は再び仮面を被っているので、北海道仮面だ。北海道仮面はトナカイから勢い良く飛び上がると、より一層声のボリュームを上げてその技を繰り出した。
「ソォクゥッ! イナヅマッ! キィィィィックッ!」
 轟雷閃をまとった足が、梓に襲いかかる。魔力の収束に集中力を費やしていた梓は避けることが出来ず、直撃を受けた。その威力は、梓を空中に吹き飛ばし撃墜させるには充分だった。
「うわっ、わっ、わーっ!」
 反動でトナカイに着地した北海道仮面とは逆に、電撃と蹴りによる衝撃をダブルで受け梓は下へ落ちていく。

 耳を切るような強風が梓の体の自由と感覚を奪う。雲海へとその体を投げながら、梓は思う。
 風がうるさいなー。ヘッドホンしなきゃ。いつもつけてる、あのヘッドホン。
 しかし、落下中で力も使い果たしていた彼に腕を動かす余力は残っていなかった。いや、待てよ、と。梓は思い直した。
 あー、ヘッドホン、頭領に預けてきたんだった。参ったな。これじゃ、風の音しか聞こえないや。
 耳に入るゴウゴウという音に、梓は目を瞑った。そして彼は、ふと出陣前に漏らした心配ごとを思い返していた。
 女に優しくしなきゃなんて言って、頭領に怒られないかな。ヘッドホン、ちゃんと返してくれるかな。
 梓は目を開いた。既に雲海へとその身を預けた彼の視界は真っ白だったが、彼はそこに見えるはずのないものを見た。そうだ。もうひとつ、心配ごとがあったんだ。
 これからも、ヨサーク空賊団の団員でいてもいいかな。
 梓の体が、再び雲から空へと放り出された。

 ヨサーク側生存者0人、フリューネ側生存者4人。フリューネ側、雷雲ルートを制圧。