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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
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chapter.10 対セイニィ戦1・風乗り 


 呼雪とセイニィの会話を遮るように現れたのは、トナカイに乗ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)、そして飛空艇に乗ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。ルカルカの飛空艇を操縦しているのは、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)である。彼女らを呼雪のところに行かせまい、邪魔はさせまいとファル、ヌウが彼女らを防ごうとペットのキノコで催眠を促したりトラッパーで仕掛けた網で捕らえようとするが、その程度の足留めにかかるアリアとルカルカではなかった。
「スズちゃん、大分この風に慣れたみたいね」
 アリアはどうやら、この時に至るまで風を掴む練習を繰り返していたらしく、その身のこなしはなかなかのものとなっていた。戦艦島でフリューネに教わった、乗り物を活用した戦い方がしっかり身についているらしい。すぐそばのルカルカも、ダリルとの阿吽の呼吸で上手に連携を取り、トラップを上手に回避していた。アリアとルカルカは、ファルたちのバリケードを突破すると、そのまま彼女らの標的、セイニィへと直進した。
「コユキ! ごめん、何人かそっちに行っちゃったよ!」
 ファルのそんな言葉を無視するかのように、ルカルカはダリルから星輝銃を受け取り、その銃口をセイニィへと向けた。
「話し合いはこないだの様子だとあまり意味ないだろうし、あの時やられた悔しさをぶつけられるのは今しかないよねっ!」
 そして、その先端から光線が放たれる。呼雪は背後から光が迫ってくるのを感じ取り、慌てて回避する。
「違うっ……そうじゃない……! こいつは、セイニィは……!!」
 呼雪が掴みかけたものをぷつんと切るように、ルカルカの砲撃がセイニィを襲う。当然それらをひょいっとかわすと、セイニィはその爪の先端をルカルカたちに向け構えを取った。
「どうせまた集団でかかってくるんでしょ? あたしひとりで全部倒してあげる」
 ルカルカは眼前の敵を見据え、口元を緩ませた。
「そんなに強敵と会えたのが嬉しいのか」
 ダリルが操縦しながらルカルカの様子を感じ取り、話しかける。
「強いヤツに一泡吹かせることが出来たら、気持ちいいじゃない?」
 ルカルカはセイニィとの距離を縮めると、武器を銃から高周波ブレードへと持ち替えた。
「さっきの銃が当たるなんてどうせ思ってなかったもの。あれはただの挨拶。こっちが本番よ!」
 ドラゴンアーツとヒロイックアサルトを前回と同じように併用し、飛空艇ごと突撃するルカルカとダリル。が、ただの突撃ではセイニィに何の効果ももたらさない。セイニィはふたりの背後を取ると、その爪で背中をむしろうとする。
「ダリル!」
「ああ、分かってる」
 しかしルカルカたちもそんなにすぐ雲海へ沈むような生徒ではなかった。ダリルは背後に回りこむであろうことを予期し、自らの飛空艇を則天去私で軽く打ち、目くらましを行った。狙いが僅かにそれたセイニィと一旦距離を置くルカルカたち。
 すると今度は、アリアが私の番とでも言わんばかりの勢いで交代でセイニィに迫る。アリアは風がそこまで強く吹いていないことを確認すると、重心移動を活かした華麗に空中で立ち振る舞う。といっても、彼女のそれは攻撃ではなく、もっぱら回避のための舞いだった。強いて言えば、セイニィが乗る飛空艇が右から来れば左へ、左から来れば右へという具合に、一定の距離を保ちつつ時折軽く剣を出す程度の攻め方だ。しかしこれは彼女の作戦のうちだった。アリアは風が強まってきたことを肌で感じると、北側へとトナカイごと移動した。北側。そう、風上である。アリアは、この強風に乗って一撃を繰り出さんとしていた。
「思いの力よ……」
 アリアは静かに、その剣に力を込めた。彼女が剣に託したもの。それは、クイーン・ヴァンガードとしての使命。フリューネとした特訓の成果。そしてもうひとつ。
 彼女は、剣を握りしめながらある一言を思い出す。戦艦島でヨサークに訓練をつけてもらおうとした時に、「後に戦いがあればきっとその時は」と言ったアリアにヨサークが返した言葉。
 ――未来の話を軽々しくすんじゃねえ! 女はいつもそうだ! 先のことばかり語ってそれをどうせ実現しねえんだ!
 アリアが剣にこめたもうひとつのもの、それはヨサークに言ったいつかの約束だった。
「この剣に輝きを!」
 ヨサークさん、ちゃんと私、持ってるよ。ヨサークさんと一緒に戦った時の記憶も、自分の言葉に対する責任も、誰かを守る力も。
 アリアは追い風を受け加速すると、持っていた高周波ブレードでセイニィを上回る一撃を与えようとした。セイニィが気流を読めると考えたアリアは、それを逆手にとってギリギリで加速をしようという試みだったのだ。
 だがしかし、彼女の渾身の一撃は空しく宙を切った。
「えっ……!?」
 彼女は、ひとつ誤解をしていた。セイニィに気流を読む力は存在しなかったのだ。代わりにセイニィが持っていたものは、圧倒的な神経伝達能力。つまりはアクションに対する反応速度だ。故に、アリアが不意をついて加速をしても、セイニィは「加速した」という情報を脳に伝えることさえ出来ればそこから回避することは困難なことではない。決死の攻撃がいとも容易くかわされショックを受けているアリアに、セイニィが反撃しようと爪を伸ばす。が、それをルカルカが轟雷閃で防いだ。
「ぼーっとしないで! まだ戦闘中よ!」
 一命を取り留めたアリアは我に返り、再度闘志を復活させた。
「その通りよね……攻撃はかわされても、まだ負けたわけじゃない!」
 決意新たにセイニィに挑み直そうとするアリア、そしてルカルカだったが、そんな彼女たちを襲ったのは2本の鞭と大きな不安だった。
「危ないっ!」
 突然自分たちを絡めとろうとした鞭を慌てて避けるアリア、ルカルカ。その視線の先にいたのは、朝霧 垂(あさぎり・しづり)だった。後ろにはパートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)夜霧 朔(よぎり・さく)も飛空艇に乗って戦闘体制に入っている。
「あ、あなたたち十二星華の味方をするの……!?」
 驚くアリアに、垂がきっぱりと答える。
「そうだ。別に俺はどっちの空賊にもついていなかったし、何より元々十二星華に興味があったんでな。常に自分だけが正義と思うなよ?」
「し、垂……あなたが十二星華の味方につくなんて……」
 垂と知り合いらしいルカルカが動揺を隠しきれない様子で漏らす。
「もう一度言おう。正義の形は人それぞれだ。俺にとっては、より面白そうな方が正義だ」
 会話を遮断するように、垂が2本の鞭を交互に操ってアリアとルカルカを攻める。光条兵器とダークネスウィップを巧みに使い分けるその姿は、その外見からは想像出来ないほど冷静かつ猟奇的であった。
「……前も似たような子がいたけど、あたしひとりで充分なんだってば」
 彼女らの後ろでセイニィが文句をたれるが、垂は「別に仲間にしろと言ってるわけじゃない。ただ、俺のことを好きに使ってほしいだけだ」と取り合う様子もない。
「えーい、溶けちゃえーっ!」
 垂が鞭を振り回す一方、ライゼはアシッドミストを発動させルカルカの武器を溶かそうとしていた。が、彼女の射程距離よりも運転手ダリルが持つ光条兵器の方が有効範囲が広かった。彼はカタールと呼ばれる鋭利な刃物に似たその光条兵器の先端を、レーザーのように放った。慌ててそれをライゼがよけると、それを待っていたかのようにルカルカが高周波ブレードにアルティマ・トゥーレで冷気をまとわせ、ライゼの飛空艇を急激に冷やす。
「わっ、わっ」
 動力部が凍ったのか、飛空艇は静かにその高度を下げていった。それを見て朔は、仇を取るべく恐ろしい容姿に変貌する。ガコン、と重々しい音を立てたそれは、機晶姫用レールガン、六連ミサイルポッド、機晶キャノン、星輝銃をつけた彼女の姿だった。おまけに重装甲アーマーや固定具付き脚部装甲まで身にまとい、その姿は機晶姫というより完全にロボットである。
「しっかり当てて見せますからね」
 戦慄の言葉と同時に、彼女からあらゆる弾丸が放たれる。ぼひゅっ、ぼひゅっと次々と音を立て、それらは一斉にルカルカとダリルの乗る飛空艇に襲いかかる。
「……っ!」
 さすがにいかなる体術を持ってしても、この弾の嵐を防ぐのは不可能だったらしい。ルカルカとダリルの飛空艇も、あえなくここで撃沈となった。と、その恐ろしい攻撃を行った朔の姿も同時に飛空艇ごと姿を消していた。どうやら固定具をつけていたとはいえ、元々超重量級装備でふらふら状態だった飛空艇上でこの砲撃を行ったのが問題らしく、反動で朔も落ちたようだった。これを勝機と見たアリアは、再度風に乗りその剣を垂の飛空艇へと向けた。垂が鞭で撃墜させようとするが、すっかり空中戦に慣れた彼女はそれを難なくかわし、その剣先を飛空艇に突き刺した。バチバチ、と音を立て飛空艇が煙と共に沈み始める。
「ちっ、もうちょっと暴れたかったがな……」
 そんな捨てゼリフを残し、垂も太平洋へとその身を預けることとなった。ほっと一息ついたアリアだったが、突然その腕に鋭い痛みを覚えた。見ると、両腕に綺麗に一本の赤い線が入っていた。
「……え?」
 アリアは目を見開いた。彼女の目に血しぶきが上がる。それはまるで、スプリンクラーを逆さにしたようにアリアの腕から溢れ出ていた。
「戦闘中にぼーっとしないでって、さっきお友達に言われなかった?」
 彼女の腕を切りつけていった犯人、セイニィはアリアから既に離れたところでその様子を眺めていた。
「そんな……」
 アリアがぐら、と体勢を崩し、トナカイから落ちる。虚ろな目でアリアが見たものは、フリューネのところに向かい、その周辺の生徒を片っ端から沈めているセイニィの姿だった。

 セイニィがヨサークとフリューネ両軍の対セイニィ部隊第一陣を全て片付けたのを見て、緋山 政敏(ひやま・まさとし)はそろそろ自分の出番か、と動き出した。彼の目は、真っ直ぐセイニィを捉えている。彼女は何やらヤンチャそうな男子生徒と少し会話をした後、再び上空へとその身を移していた。
「行くなら今、か」
 政敏は飛空艇をセイニィに向かって発進させると、無謀にもそのそばまで飛空艇をよせた。その背後には谷の壁面である雲がそびえたっている。
「よっ、騒がしいと思ったらこないだの牛乳女か」
 政敏は喧嘩を売っていると勘違いされてもおかしくない話し始めでセイニィに絡んだ。彼が牛乳女と呼んだのは、前回島で彼女がその身に牛乳を浴びせられたからなのだが、何を隠そう、それを浴びせた張本人がこの政敏なのである。
「牛乳は浴びるもんじゃなく、飲むもんだぜ。じゃな!」
 政敏は自分がやっておきながら、それだけを言い残しその体を反転させた。
 これで、セイニィも怒りで我を忘れて追ってくるはず。
 彼の狙いはそういうことだった。水を嫌うのではないかと予想した政敏は、水分の多い雲の中にセイニィを誘い込もうとしたのだ。攻撃されないうちにずぼ、と雲の中へその身を隠す政敏。少し待ってみるが、追いかけてくる様子はなかった。政敏はそっと顔を雲から出した。と。鋭い爪が、政敏の顔を襲った。慌てて顔を引っ込める政敏。そんな彼の耳にセイニィの声が届く。
「あたしをそこに引き入れたいみたいだけど、そんなとこ行くわけないでしょ。雲に突っ込む理由がないし」
 セイニィは、政敏が思っていたよりも冷静だった。
「……仕方ない、かったるいけどやるか」
 政敏は軽く頭をかくと、左右に目配せをした。と、彼の両脇から彼のパートナー、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が雲を抜けて現れる。どうやら隠れて機会を窺っていたらしい。
「うまく風に乗ってよねっ」
 リーンがセイニィの風上からゴム風船を投げつける。中には鉄粉が仕込まれており、おそらくこれを破裂させる作戦なのだろう。その作戦を成功させるべく、3人は次の段階へ移る。風船をかわすセイニィを確認すると、リーンが火術を放ちゴム風船は燃え散らせる。すると中の鉄粉が弾け飛び、辺りにばら撒かれた。あとはカチェアがそこに雷を打ち込んでジ・エンド……のはずだった。が、以前一度風船で痛い目を見ていたセイニィは、同じ手を食わなかった。彼女はひょい、と風船を容易くかわした後、風船が弾けるよりも先に距離を広げ、仕込まれていた鉄粉から逃れていたのだ。
「くっ……こうなったらそのままお見舞いしてあげる!」
 カチェアはやむなくセイニィに直接轟雷閃を放つ。当然、ただの直線攻撃が彼女を捉えるはずもなく、3人のコンビネーションは空振りに終わった。それを見た政敏、カチェア、リーンの3人は反撃を恐れ、慌てて雲の中に避難した。それを見たセイニィは彼らの消えた方向に冷たい視線を向けると、そのままその場を去っていった。



 セイニィとの戦いが空のあちこちで激化し始めた頃、路々奈はヒメナと共に戦地からやや離れた場所で風上から氷術を唱えていた。
 中央の谷での戦いが始まる前、もちちなどを使いテストをしていた理由はこれだった。彼女たちは、風上から氷を放り、それが水に変わるタイミングを繰り返し実験していたのだった。上流からこれをばら撒けば、中央エリアはあれだけの混戦だ、戦闘中に生じる熱などで勝手に溶けて雨に変わってくれるだろうという目論みである。
 しかし一体なぜふたりは雨を降らそうとしているのか? それは、これまでに集めた情報から路々奈がある推理を働かせたからだった。
「どうやらセイニィは、雨の時はあまり活発に動かないみたいだしね。弱点かどうかまでは分からないけど、何かしらの障害にはなるでしょ」
 そんな憶測からの行動である。と、ヒメナが疑問を口にした。
「路々奈さん、私たち、ずっとここで氷の粒を流しているだけでいいんでしょうか?」
「……そうね、これでセイニィの邪魔立てが出来れば、こっち側には義理を果たしたことになるし。じゃあそろそろフリューネの方のお手伝いにもいこっかな」
 そう答えた路々奈は一通り氷の粒を空に撒いた後、自らの放った氷の後を追うようにヒメナと谷を進んでいった。