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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

リアクション

 着替えたむきプリ君にケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が近付く。前回は、本命がいるにも関わらず校長にキスをしようとした某金ぴかさんに怒っていたが、今回はむきプリ君に怒っていた。ちなみに、遊園地で騒ぎたがっていた某金ぴかさんは、普通にお願いして事前に止めてきている。メイスなんて使ってないよ? 本当だよ?
 最初から惚れていると思わせれば、わざわざ惚れ薬を飲ませる必要なんてないと思われるかもしれない。
 どてらを着たケイラは、むきプリ君に精一杯熱い眼差しを送り、言った。
「ムッキーさん……あの……ホレグスリが、欲しいな?」
 上目遣いをされて、むきプリ君の頭が混乱する。こいつはどっちだ? また騙しか、それとも告白か? ええいもうどうでもいい、とにかく上玉だ、今度こそモノにしてやる!
 やられっぱなしの彼の心に火がついた。攻撃をされないようにケイラの両腕を掴む。押し倒してホレグスリを飲ませようとするが――
 涙目で睨んでくるケイラを見て躊躇する。
「前回あんな騒ぎになったのはモテないムッキーさんのせいだよね?」
 いや、前回は一概にそうとはいえないのだが――
「それなのに今回もそんな風にぽいぽいホレグスリを配って……許せない!」
「…………!」
 光術を使ってむきプリ君の目を眩ませ、彼が腕で顔をかばったところでケイラは身を起こした。どてらの中に隠していたブレスドメイスを電光石火取り出し、瞬時にパワーブレスをかけると振り回す。
 ぼぐっ!
 側頭部にメイスが当たる直前、ぎりぎりで距離を取って避けるむきプリ君。メイスは、アスファルトにめりこんでいた。
「……………………」
 その場の全員が、凍りついた。
「怒るのは苦手だけど、今回も頑張って怒るんだから!」
 どこが苦手!?
 少年達とむきプリ君の心の叫びなどなんのその。ケイラはメイスの攻撃を次々に繰り出した。
「おまえはどこの撲殺天使だ……!」
 これにはたまらず、むきプリ君は逃げ出した。少年達も逃げ出した。
「しょうがないなあ、んじゃオレが配るか。年上からは結構かわいいって言われるし、ムッキーみたいにはならないハズだ!」
 1人残ったぷりりー君に女性達がチョコレートを持ってくる。今回はむきプリ君に付き合わされたが、彼と違ってぷりりー君は――モテるのだ。

 観覧車のゴンドラの中。
 下での騒動などなんのその、そんな事とは無縁の静けさと共に緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)はバレンタインデーを過ごしていた。
「綺麗な夜景ですね。深夜に遊園地が開くなんて珍しいと思いましたが、いつもの夜とはまた違った空気が楽しめます」
 オフィス街も住宅街も活動を止めたこの時間、静謐な空京の中で浮き上がる喧騒は遊園地の非現実性を際立たせる。誘われるままに観覧車に乗ったが、2人っきりでいられるというのはなかなか良かった。
「遙遠」
 窓の外を眺める遙遠に、遥遠はホレグスリを差し出した。リボンを巻きつけた、原液の小瓶である。
「プレゼントです。どうぞ」
 小瓶を見た遙遠はきょとんとする。
「……ん? プレゼントですか? 何でまた急に……というかなんですかそれ……? まぁ……折角なので頂きますけど……」
 少しばかり訝しく小瓶を眺め、蓋を開ける。にこにこしながら見詰める遥遠は、わくわくしてその様子を見守った。
ちらしを見た彼女は「これは!」と思い、即決で遙遠を連れてきた。相思相愛の関係である彼がホレグスリを飲んだ時、普段と違ってどうなるか楽しみだった。
(この密室なら邪魔が入ることも逃げられることも無いですしね♪)
 ゴンドラは10時の位置まで到達している。ふ、と彼女は遙遠の背後に目をやった。その先のゴンドラでは、妖艶な絡み合いが行われていた。

 観覧車に乗ってホレグスリを口移しで飲ませあった明智 珠輝(あけち・たまき)桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、身体を密着させながら制服の上から薬をかけあっていた。
 ひなは制服の下にスクール水着を着ていた。ホレグスリの色に染まったシャツが透けて水着の輪郭がはっきりとわかる。
「今日はたっぷりレクチャーしてくださいね〜」
「……私の全てのテクニックを貴女に……!」
 水着を舐めていた珠輝が制服を脱ぐと、意外に鍛えられた肌が露になる。薬と汗で濡れた肌に、ひなは舌を這わせる。
「じゃあちょっと脱いでみましょうか、ふふ」
 シャツを脱がせ、お互いホレグスリを水のようにかけあった。スク水を肌に貼りつかせたひなが、顎から薬を滴らせて言う。
「明智さん、さっきはかっこよかったですよ〜」
「ひなたんの悲鳴も素敵でしたよ……!」

(えー、ま、まさか、あそこまで!? あそこまでいっちゃうんですか!? それは、あの、まだ、心の準備が……! あ、そうです解毒剤があります!)
 真っ赤になって慌てて、自分の服を確かめたりする。
(で、でも、遙遠に限ってそんな……! 遥遠達はちゃんとお互い好きですし……え、でもだからこそあそこまで……!?)
 プチパニックになる遥遠に、遙遠の顔が接近する。
「んっ……」
 小瓶が床に転がり、少しばかり液体が零れる。唇を合わせたまま、遙遠は遥遠の髪をやさしく撫でた。唇を離すと、遙遠は淡く笑う。
「おかしいですね、遙遠は今なら、何でも言えるような気がします。こんなに素直な気持ちになったのはいつ以来でしょう。好きですよ、遥遠。あなたほどに大切な人はいない」
「遙遠……」
 触れてくる遙遠の手はいつも以上に優しい。胸がきゅんとなって、同時に涙が零れてくる。
「よ、遥遠はそんなっ、別に、遙遠のことはっ、ふ、双子みたいで、それでっ……!」
「相変わらず素直じゃないですね、遙遠と同じです。でも……伝わってきますよ。わかります。ありがとうございます」
「だ、だからっ……」
 再び唇を合わせてくる遙遠。遥遠の服から解毒剤の瓶が落ちる。どうしてです? こんな……面白い展開になると思ったのに……遙遠が逃げられないからって観覧車を選んだのに……これじゃあ……遥遠が逃げられないです……。好きなことなんて知ってる。でも、たまに凄く確かめたくなるから……だから……
 満たされる。
 今はキスだけ、キスだけでいい。それを遙遠もわかってくれてる。
 ホレグスリ……素敵な媚薬をありがとう。

「……………………」
「……………………」
 神野 永太(じんの・えいた)は、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が不機嫌オーラを漂わせているのを感じながら、ゴンドラの中で肩身の狭い思いをしていた。
「あのー……ザイン?」
「…………」
「もしかしてさっき……何かありました……?」
 最近キャラが薄いことを自覚して、新たな自分を発見したいと願っていた矢先だった。今回の話を聞きつけたのは。
 薬飲んでヒャッハー状態になってみれば新たな可能性が花開くのではと期待を持って遊園地を訪れると、交換場所には女子ばかりが集まっていた。チョコレートと交換だし、やはり女子じゃないと駄目なのか。そう考えた永太は、ザイエンデにテロルチョコと同サイズで市販されている普通チョコを渡し、ホレグスリと交換してきてもらった。
 その時に、何かヒャッハーな事をされたのだろうか。素面でヒャッハーできる羨ましいやつがホレグスリを配っているのだろうか。
「別に、何もありません」
 薬の交換自体は滞りなく終わった。茶色っぽい金髪の少年は、小さなチョコレートにも嫌な顔1つしなかった。ザイエンデが怒っているのはそんなことではない。彼女は、初めて来る遊園地を楽しみにしていた。多種多様なアトラクションにも興味があった。
 だが、全てをさしおいてという感じで頼まれたのが、『ホレグスリ』の交換だ。
 大事なことだから2回言おう。
『ホレグスリ』の交換だ。
 小瓶の正体を告げなければ大丈夫だと思ったのかもしれないが、噴水前にはプラカードがあったし彼女にわからない訳もない。
 ホレグスリなるものを何に使うかくらいは知っている。
 永太が自分に『恋愛感情』を持っていないことも知っている。
 ザイエンデ自身も『恋』というものが何なのか、疑問には思っても未だ理解にはいたっていない。
 それでも。
 これから2人の間で薬使おうと思うんだけど取ってきてくれる的なことはいくらなんでも無神経ではないだろうか。ただ、その相手に選ばれた事に対してはあまり怒りを感じないのが不思議ではあったが。
 ヒートアップしていた身体が少し治まり、ザイエンデは改めて外に目を移した。初めての夜景は、彼女には実際よりも輝いて見えた。夜景に夢中になって永太のことを完璧に忘れるまで、そう時間は掛からなかった。
 そんな心の機微に全く気付いていない永太は、機嫌を直したザイエンデに安心して、いざ計画を実行に移すことにした。薬を飲んで理性がヒャッハーなるのは己の勝手だが他人様に迷惑掛けるのは違うだろうとザイエンデを観覧車に連れ込んだのだ。
 迷いなくホレグスリを飲み干して数秒後。
「ザイン!」
 永太は制服姿のザイエンデに抱きついていた。胸部に頬をつけてすりすりしてみるが見事にぺったんこで硬くて冷たくて、お尻を撫でてみるが見事につるつるで硬くて冷たい。それでも全く構わず、永太は次にキスを迫った。
 ザイエンデが、きっちりと固めた拳をその顔面に見舞った。手加減無しである。
「…………!」
 声も出せずに吹っ飛んで、ゴンドラの壁に頭をぶつける永太。蹴りを入れられ、頭突きを食らわされて目を回す。
 絶対零度の瞳で見下ろすザイエンデ。触られたからといって別に何も感じないが、別の意味で危険なものを感じる。もう一度襲ってきたら最高速度で拳を叩き込もうと準備は万端だ。
 だが、焦点の定まった目で顔を上げた永太は、予想外の事を言った。
「結婚しよう!」
 一足飛びである。
「!?」
 言語を判断する回路が完全に機能不全になり、コンマ5秒後には永太はゴンドラからおさらばしていた。扉ごと外に突き飛ばされたのだ。
 あーーーーーーーーーーーーー…………ぐしゃ。
 ザイエンデは戦闘モードを解除すると、座席に座りなおして夜景を堪能した。先程言われた言葉は、記憶回路も一時的機能不全になったので覚えていなかった。
 ホレグスリは獣になるための薬ではない。あくまでも、相手を好きになる薬なのである。

「おい紅……俺、眠いんだけど……」
「まあまあ、たまには遊園地というのもいいものですよ。いえ実はですね、メールでお誘いを受けたんですけど顔を合わせるのは初めてなもので」
「メール?」
「はい、皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)さんという方ですね。虚雲くんはいとこの方とは顔見知りでしたよね?」
「ああ、あいつの……」
「あ、あそこですね」
 鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)が知り合いの顔を思い浮かべていると、紅 射月(くれない・いつき)は噴水へと歩いていった。何やら人だかりが出来ていて、特に女性が多いようだ。射月はチョコレートを持ってその中に混ざろうとする。
(本当は薬の力に頼りたくなかったのですが……けれどもし、ほんの少しだけでも僕の事だけ見て愛してくれるなら……)
 射月は自嘲ぎみに1人笑った。
(いつから、僕はこんなに貪欲になったのか……)
「誰か、チョコをあげたいやつでもいるのか?」
 そんな彼の想いを知らない虚雲は、ちくりと胸に何かを感じながら訊く。
「ごめーん待ったぁー?」
「わっ!」
 その時、射月は頬に冷たい刺激を感じて振り返った。そこには、ジュースの紙コップを持ったゴス服のツインテール少女が立っていた。髪を一部ピンク色に染めている。上背があるわりにぺったんこのような――
「ん? あぁ〜、お前がメールしてた子か?」
 虚雲の問いをナチュラルにスルーしてくすっと笑うと、璃宇は射月に紙コップを差し出した。当然の如く、そこにはホレグスリが入っている。手に入れるのは簡単だった。噂で聞いていた筋肉男は空手5段の腕前で倒すつもりだったのだが、配っていたのが可愛い感じの少年だったのでスムーズに交換できたのだ。
「璃宇だよ。はい、ジュース!」
「ありがとうございます」
 射月はそれを何の疑いもなく飲んだ。自身も虚雲に薬を飲ませようとしていたのだからもう少し疑っても良いようなものだが。
 コップを空にした射月は璃宇に笑いかけると、柔らかできらきらとした眼差しで璃宇の手を取り口づけした。
「なっ……!」
 驚いたのは虚雲である。サービスにしてもそれはやりすぎだろう!
「これが運命というものでしょうか。璃宇、今日1日……いえ、これからも僕とつきあってもらえますか?」
「あ、あたりまえじゃん!」
 嬉しそうに璃宇が言う。
「ではよろしくお願いします」
 射月は虚雲そっちのけで、璃宇と共にアトラクションへと向かっていく。無理矢理連れてきてその態度はなんなんだ、と虚雲は訳が分からない。苛々する。
(な、何で俺がアイツにヤキモチなんか妬くんだっ!)

 その頃、むきプリ君はケイラに捕まって見事、地に伏せていた。少年達も何人か倒れている。かろうじて屍にはなっていないが、しかし、中身がどうなっているのかはあまり考えたい事柄ではなかった。
 パワーブレス+ブレスドメイス+新特技の白兵兵器を使ったケイラは、朦朧としているむきプリ君の側にしゃがみこんで、ショコラティエのチョコを差し出した。
「チョコレート……欲しかったんだよね?」
「…………」
「まだ悲惨な目に遭うと思うけど、がんばってね」
 ケイラが遊園地を後にすると、遠巻きにしていた無事な少年達が駆け寄ってきた。無事じゃない少年達はスタッフが回収していく。
「むきプリ君!」
「むきプリ君!」
「むきプリ君とりあえず自分でヒールしといて! あと1回使えるよな!」
 むきプリ君はヒールをかけると、三途の川に旅立って半分程渡った。これを完全に渡ってしまえばお陀仏である。
「他にヒール使えるやつ、生き残ってるか?」
「……………………」
「ぷりりー君の所に連れて行こう! 捕獲してアリスキッスさせるぞ! あとヒール!」
「あっちも死んでるんじゃ……?」
「相手が死ななければ基本、影響はない筈だよ?」
「いや死んでるよこれ、所謂仮死ってやつだ」
「お医者さまー! お客様の中にお医者さまはいらっしゃいませんかー!」

「ううっ……」
 噴水前では、ぷりりー君が倒れていた。それをいいことに、ホレグスリが客に強奪されていく。
「……オレはもうダメだ……死ぬんだ……ムッキーの野郎……あのくらいのメイス避けろよ……何のための筋肉だよ……」
 ぷりりー君を心配して女性達が介抱してくれたが、いくら介抱されてもむきプリ君が元気にならないとどうしようもない。
「オレを心配するなら……ムッキーを探して……筋肉がとりえの……白人茶髪角刈りの……見た目までプリンみたいなやつだから……多分どっかで……死にかけてるから……いやもしかしたら死んでるから……」
 ぷりりー君を助けようと、女性達は散っていった。