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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

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ホレグスリ狂奏曲・第2楽章

リアクション

 第3章 耐久レース開始


「あら?」
 バレンタインの日にタダでアトラクション乗り放題という話を親友から聞いたターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)は、思う存分に遊園地を満喫して帰る所だった。そこで、噴水の前に倒れているぷりりー君を見つけたのだ。
「うーん……ムッキー……あとで殺す……いやそれはだめだ……どうしてくれよう……」
「どうしたの? 大丈夫?」
「…………!」
 座って覗き込んでくるターラを見上げ、ぷりりー君は固まった。なんという巨乳……!
「あ、ここにドリンクがあるわよ。飲む?」
 ターラはホレグスリの瓶を取ると、ぷりりー君の口に流し入れた。
「……! ……!」
 飲み込まないように抵抗を試みるも、一瞬、なんだか全てが馬鹿らしくなってぷりりー君は口の中のものを飲み込んだ。その途端に何かのスイッチが入り、ターラの胸に顔を押し付ける。ぽよん。
「あらあら」
 ターラが動じずに頭を撫でてやると、ぷりりー君は顔を火照らして上目遣いで、言葉に無駄な吐息を乗せて言う。
「ねえ、お姉さん……オレのパートナーになってよ……」
「ぷりりー君!」
「ぷりりー君!」
「死んでるかと思いきや何ちゃっかり誘惑してんだ! 心配して損したわ!」
「いやあれイっちゃってるよ……」
「解毒剤を突っ込め!」
「その前にホレグスリ追加してアリスキッスさせとこーぜ」
 むきプリ君は、通りがかったデート中の医者に治療してもらい、更に女性達からのヒールを受けて割と回復していた。ぷりりー君の調子が未だ良くないのは、むきプリ君が気絶している所為だろう。手持ちヒールを使った後に力尽きた彼を少年達は協力して運んできていた。
「SPが足りないの? それならSPルージュ持ってるわよ?」
 ターラがバッグからSPルージュを出すと、少年達はどよめいた。
「「「「ください!」」」」
「でも、コレ隠しとこうよ。折角の機会だからぷりりー君にアリスキッスを……」
「そうだな! 1人だけ良い思いをした罰だ!」
 そんなこんなで、ぷりりー君はむきプリ君ラブにされアリスキッスをさせられた。最早、必然性はどこにもない。

「エレンってばスタイルいいわよねー」
「祥子さんも素晴らしいですわよ。胸のサイズは敵いませんわ」
「私のスタイルから見れば、お二方とも凄く羨ましいですね……どうすればメリハリのある身体になれるのでしょう?」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は恋人の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)の身体を触りながら言う。胸のふくらみや腰のくびれ、ヒップのラインまで、スミからスミまで揉んだり撫でたり。その祥子の身体を同じように触っているのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だ。
 場所は写真スタジオ。遊園地のキャラクター衣装などを着て記念写真が撮れる施設である。3人は、沢山の衣装に囲まれて着せ替え相手のボディサイズを徹底的にチェックしていた。全てを脳裏に刻み込むように。目を閉じるだけでそこに浮かび上がってくるように。
「小夜子さんはこれくらいがちょうどいいですわ。大きければ良いというものでもありませんわよ」
 エレンの手の動きに時折ぴくりとしながら、小夜子は嬉しそうにはにかんだ。本来なら「あのー、メジャーがありますよー?」と言う役割である係員は、ホレグスリ霧吹き攻撃を受けて骨抜きになっている。
 ナース服に身を包んだエレンは、小夜子がバニーガールの衣装を着るのを手伝っていた。
「あっあっ、よろしいのでしょうか。このような肌を露出させる服装など初めてで……は、背徳感が……」
 本気で恥ずかしがっている小夜子に、祥子は香水をかけるようにホレグスリをスプレーする。
「その背徳感まで楽しめばいいのよ。そう……病み付きになるくらいにね」
「はい……そうですわね」
 再びキラキラとした瞳で両手を組む小夜子。その間に、エレンはゆっくりとレオタードを上げて、ちょこちょこと最終調整をしていた。
「出来ましたわ。早速撮影いたしましょう」
 前かがみになったりくっついたり絡み合ったりして3人ははしゃぎあった。他にも、エレンはスリット深めのぴちぴちチャイナ服や教導団女性用の制服を着たり、小夜子はボディコンや着崩れ浴衣を楽しんだ。祥子はミニスカートにフリルの付いた美少女戦士や日曜朝8:30から絶賛放映中! の魔法少女っぽいコスプレでポーズを決めて撮影した。
「さすがですわ……」
 何を着ても堂々としていてノリノリなエレンに、小夜子が憧憬の眼差しを送る。
 そして最後に、桜井静香校長のコスプレをして泣き顔を作ったエレンを中心に、えむぴぃサッチーと女王様ボンテージを来た小夜子がストロボの前に立った。
 ぱしゃっ!

 飲食系の売店が無い一角に、雪だるまが飾ってあった。遊園地が展示しているものではなく、顔にはみかんや野菜が埋め込まれている手作りのものだ。頭には青いバケツが乗っている。
 その脇でホレグスリ入りのジュースを配っているのは椎堂 紗月(しどう・さつき)有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)だ。なるべく歩き回らずに、雪だるまの側で呼び込みをする。
「無料のジュースあるぜー」
「味もいろいろ! コーラにオレンジ、お茶、紅茶もあるよ!」
 薬混入を警戒して通り過ぎる客もいたが、それと同じくらい寄ってくる客も多かった。
「ちょうどのどが渇いてたの。もらうわね」
「はい、まいどー」
 客がジュースを飲み干したタイミングで、紗月は女性に話を振った。
「これ、俺達が作ったんだぜ!」
「雪だるまかあ、懐かしいわね。子供の頃は良く……あ……ら? 突然すごく可愛く……」
 女性の、雪だるまを見る目がとろんとする。
「雪だるま王国ってのがあるんだけどさ、お姉さん、入らない? 国民大募集中だよ!」
「そうね……考えてみるわ……」
 ホレグスリを飲ませて雪だるまに惚れさせれば国民が増えるのではないか。そう思った紗月達の作戦は、今のところまずまずの成果を見せている。雪だるま王国が賑やかになる日も近いかもしれない。
「なにやってるんだ……?」
 そこに鬼崎 朔(きざき・さく)が通りかかった。無表情ながら、不思議そうな空気を漂わせてさっきの女性を見送っている。紗月は、慌てて事の次第を説明した。やましいことはないのだから慌てる必要はないのだが。
「てことでなー、国民を増やすチャンスかなって……ナ、ナンパじゃねーからな!」
「誰も、そんなこと疑ってないだろ……」
 彼女は少しだけ笑うと、すぐにその笑みをひっこめた。
「でも、ホレグスリのせいで擦れ違っちゃう人達もいるだろうな……うん……やっぱり……」
 実は朔はむきプリ君を粛清しに行く途中だった。恋人達にとって大切なバレンタインを、むきプリ君の勝手でめちゃくちゃにされたらたまらない。その思いが、今の会話で更に強くなる。
 せっかく会えたのだから一緒に居たい。雪だるま王国の国民としてもジュース配りを手伝うのもやぶさかではない。でも、やっぱりむきプリ君は許せなかった。
「じゃあ、また……今日、もう1回会えるよな?」
「お、おう!」
 その時のことを想像したのか、紗月は少し赤くなった。

「うん? 襲われそうだからついて来いって?」
「お願いします。か弱い私1人では心許ないので」
 寧ろ襲われるのはむきプリの方じゃねぇ? と思ったが口には出さず、アスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)島村 幸(しまむら・さち)についてきていた。幸は背中が大きく開いた黒のゴス服、アスクレピオスはピンク地の着物を基調にした和ゴスをして頭に赤いリボンを付けている。
 前を行く幸は目を光らせてにやりと笑い、ぶつぶつと独り言を言っていた。
「くくくっ、ホレ薬……素晴らしい実験材料です。なんとしてでも手に入れなければ……むきプリは女性に弱いらしいと聞きました。私の魅力でイチコロにして差し上げましょうっ!」
 とかなんとか。
 無事に復活を果たしていたむきプリ君は盗まれた薬を補充して、再び噴水の前で女性ウォッチングをしていた。こうなりゃもう意地である。ちなみに解毒剤を飲んだぷりりー君は、むきプリ君の感触や口臭を払拭しようといろいろ頑張ったが徒労に終わり、噴水の囲いにもたれて燃え尽きたボクサーのようになっていた。
「私にも1つ薬をいただけませんか」
 幸は早速、語尾にハートマークをつけて特技の誘惑を披露した。だがむきプリ君はどんびきした様子でこう言うだけだった。
「交換物は持ってきたのか?」
 その態度に幸はかちんときた。プライドにかけてメロメロにしてやろうと、引き続き誘惑を使って身体をしならせる。むきプリ君はますますどんびきした。後退る彼を、逃がさないとばかりに誘惑して追い詰める。
 だが、幸は男……にしか見えない。どんなにゴスロリの格好してみても男にしか……
 若干有利になる程度の効力では、まったくもってもう全然足りなかった。
 いや、男としての魅力が上がっているように見える。しかし残念ながら、むきプリ君は受精卵となったその瞬間から女好きである。
「幸、なんかチョコあげたらもらえるみたいだぞ……って、聞けよ」
 交換待ちの客から情報を得たアスクレピオスが教えるが、誘惑に夢中で幸は聞いちゃいなかった。
 というより途中から誘惑自体が目的に……あれ?
「お、おい、そこのろ……可愛い服のが……お嬢ちゃん!」
 口にしかけた『ロリコン』『ガキ』という言葉を飲み込み、むきプリ君はアスクレピオスに声を掛けた。パートナーらしき彼に頼んで幸にお引取りいただこうと思ったのだ。お気に入りの和ゴスを可愛いと言われてアスクレピオスはご機嫌になり――はたと気付いた。
「だーー、俺は男だっ!!」
「何っ!? いや……」
 むきプリ君はそこで、誘惑を使い続ける幸と彼を見比べた。
「ぶっちゃけ、男でもおまえの方がかわいいな」
「むしろそれがいいです」
 少年の1人が言う。
「なんですって……? 誘惑特技を持っている私よりピオス先生の方がかわいい…………くくくっあはははっ」
 幸は額に手を当てて高らかに笑った。瞬時に星輝銃を構え、轟雷閃をぶっ放す。雷を纏った光弾は、少年に直撃した。14日が始まって以降、散々な目に遭ってきたむきプリ君はそれなりに学習していた。彼は危険を察知して少年を盾にし、攻撃を避けたのだ。
「ぐはっ!」
 少年はそのまま幸にホールディングされた。彼女の手にはテロルチョコがある。
「むきプリ君酷い!」
「外道だ!」
「うるさい! さっきSP節約したいだのなんだの言っていたのは知ってるんだ! ヒールはまだあるんだろう!」
「……あいつら全員病院送りになったよ……」
「避けましたか……まあいいでしょう。ピオス先生、あなたを女と勘違いしたそこの筋肉を縛り上げてください!」
「言われなくても!」
 ヒロイックアサルトのアスクレピオスの杖を発動すると、氷蛇がむきプリ君の身体に巻きついた。その間に、テロルチョコが少年の体内に入っていく。
「あなたも同意しましたよね……? ピオス先生の方がかわいいという台詞に同意しましたよね……?」
 怪力の篭手を装備した幸の拳が光る。則天去私だ。
「乙女心を弄ぶ輩はナラカに逝くといいですよっ!」
 あれを食らえば少年は本気で天国に旅立ってしまう。そう思ったアスクレピオスは慌てて止めた。
「そ、そのへんで勘弁してや……イエ、ナンデモナイデス」
 ぎらりと睨まれ彼が引き下がると、直後、少年の身体から血しぶきがあがった。仲間達が、ぷりりー君ヒールとキュアポイゾン! とかSPルージュあるからさあさあ! とか言って少年を囲む。
「さて……次はあなたですね?」
 返り血を頬に張り付かせて、幸が振り返る。彼女の視線の先には、むきプリ君の口にテロルチョコ×2を押し込む朔がいた。何かどす黒いものが宿ったような目をして、容赦なく口をこじ開ける。
「ホレグスリと解毒剤が欲しいんだが……」
 と心にも無いことを言い、相手の顔が青ざめていくのを観察していた。氷蛇に縛られた寒さも相成り、むきプリ君はがたがたと震えていた。
「い、一体、何の恨みが……」
 口から血を零しながら、むきプリ君が問う。
「胡散臭い筋肉のことだ。どうせ裏で何か企んでいるんだろう」
「お、俺のどこが、胡散臭いと……」
「あの薬をイベントに使おうと考える奴なんてまともじゃないに決まっている……せっかく、皆が楽しみにしているバレンタインなのに、筋肉みたいな奴に邪魔されてたまるか! 粛清してやる!!」
 感情の昂ぶった朔は、叫ぶと同時にアルティマ・トゥーレを放った。当たった場所が氷漬けになり、むきプリ君が悲鳴を上げた。
「ほう……あなたもむきプリさんを粛清したいのですか。奇遇ですねえ」
 再び拳を光らせた幸が、横に並んだ。朔も雅刀にライトニングウェポンを纏わせる。
 そして――
 ぴくりとも動かなくなったむきプリ君を可哀相に思い、アスクレピオスはナーシングとヒールをかけてやった。その側に、ショコラティエのチョコをそっと置く。
「そのうちいーことあるから元気だせよ!」

 今度は仮死にはならなかったようで、影響が出なかったぷりりー君はしぶしぶ、SPルージュを塗りまくってヒールを使いまくった。もうさっきのような目に遭うのはごめんだ。
 SPルージュは使い切った。
 ヒールを使える少年達は病院送りになった。
 ぷりりー君のSPもすっからかんになり、アリスキッスにもSPが必要なのでそれすら出来ない。
 もちろんむきプリ君のSPもゼロだ。
 ここからは完全に、耐久レースである。