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リアクション
第四章 人はそれでも立ち上がる
蒼空学園の凍ったプールは、アイススケートを楽しむ生徒達で賑わっている。
その中央で、可憐で軽快なスケートを披露するリリィ・マグダレン(りりぃ・まぐだれん)の素晴しい舞に、スケート初体験で立ってるのもギリギリなジョヴァンニイ・ロード(じょばんにい・ろーど)が思わず見惚れ、そして今日何度目かわからない転倒をする。
「ほら、手を出しなさい」
見かねたリリィがジョヴァンニイに手を出すも、妙に意識して赤面するジョバンニ。
「オ、俺を真昼間から誘うとは……い、いい度胸だな」
「アンタまだ昼よ。お楽しみは夜まで取っときなさい」
その言葉に更に赤面するジョヴァンニイを見て、リリィはこらえ切れず大爆笑する。
「もう無理、おなか痛すぎる」
「だ、黙れメスブタ!」
リリィとジョヴァンニイの手が触れた瞬間、猛吹雪がプールを襲う。
突風気味の風にさすがのリリィもバランスを崩す。
「リリィ!!」
ガシッとリリィを両腕で抱くように支えるジョヴァンニイ。
「アンタ……立てるじゃん」
リリィを抱きしめたジョヴァンニイも思わず目をパチクリさせている。
「おわああぁぁー!?」
「きゃああぁぁぁー!!」
突風に悲鳴をあげたのは、スケートをしている生徒達だけではなかった。
プールの端を進む謎のコタツ集団も、突風により、掛け布団がめくれ上がり、切ない悲鳴をあげるのだった。
ブリッツと対話しているのは、クロス・クロノス(くろす・くろのす)である。
クロスの執拗な問い掛けに、ブリッツは天候を見ながら煩わしそうに呟いた。
「また猛吹雪かよ、あのバカ女」
「何故、あなたはフブキさんの事を慰めないんですか?もし、フブキさんが慰められるの拒んだとしても、一番傍に居るあなたが慰めるのがスジというものですよね?なのに慰めないのには何か理由があるんですか?」
「ああ?ねえよ、そんなもん、色恋なんて勝手に始めて一人で終わらすものだろうに。」
「なるほど、では質問を変えましょう。まさか、あなたがフブキさんの失恋の原因じゃないですよね?」
「なわけあるか!……まぁ、あの女を振ったヤツは知ってるけどな」
ふぅと息をつくクロス。他の生徒同様、アイスプロテクトで防御しているとはいえ、この寒さでは連続使用しなければならない。体力と魔力にも限界がある。それは恐らくブリッツの頑固さよりも下であろうと彼女は読んだ。
「わかりました。ですが今回の騒ぎに少しでも負い目があるなら、フブキさんに告白しようとしている人の邪魔は加減した方がいいですよ」
クロスはそう言うと踵を返して去っていく。
クロスとブリッツの対話を聞いていた二組、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)とアルマ・アレフ(あるま・あれふ)、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)とクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、互いに作戦の練り直しを強いられていた。
「アルマ、ブリッツさんの気を引いてくれ、その間に俺がカマクラへ突入するから」
「アタシ軽い男嫌いなんだけど……」
如月の作戦に難色を示すアルマ。同時に本郷もクレアと問答している。
「おにいちゃんの作ったチーズフォンデュ、もうガチガチになっちゃってるよ?」
「チーズはかまくらの中で融かすから、別に構わない。それよりブリッツに上目使いで俺のの話を聞いてもらえるようにお願いしてくるんだ」
不満げな顔を浮かべたアルマと自信有り無しのよくわからないクレアがブリッツに向かっていく。
ブリッツは美少女二人を見て微笑む。
「よう!こんな寒い中俺に会いに来るなんて、熱い嬢ちゃん達だねえ……そっちの嬢ちゃんも俺狙いか?」
ブリッツの言葉にコタツから機を伺っていたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)がギクリとした表情を見せる。
「私が話を聞いてるうちにと思ってたけれど、クロスが結構聞いちゃいましたね?どう、奉先?実力突破しちゃいます?」
寒さに耐性を持つためか呂布 奉先(りょふ・ほうせん)はブラックコートを風になびかせて腕組みをしたまま笑う。
「シャル、クール系美少女キラーの俺はあんな寒い男に興味はない」
「ですよねー……奉先は女の子だけど。ねぇ、六花はどう思う?」
シャーロットが眺めた先には、コタツの上にちょこんと座り、みかんの皮をカルスノウトで裂いた霧雪 六花(きりゆき・りっか)がいる。
「また、つまらぬ者を……ん?」
猛ダッシュで、アルマとクレアを弾き飛ばしてブリッツに迫るのはヴェル・ド・ラ・カッツェ(う゛ぇる・どらかっつぇ) 、後ろで束ねた黒髪が地面と水平になる程のスピードである。
「美女を独占する不届きな輩とは君ネ!!」
「あぁっ!?」
男の接近に気分を害したブリッツが、剣を構える。
「朕と一騎打ちするネ!!」
両腕から火術を放つヴェル。
――ドオオォォッ!!
先程までブリッツが立っていた位置が、一瞬でむき出しの地面になる。
ブリッツ、剣を構えてヴェルに向き直る。
「さっき、やって来たクイーン・ヴァンガードの嬢ちゃんとの約束だ。決闘じゃなく、試合・稽古形式でやってやるよ!」
ヴェルのパートナーの篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、その後方で面倒くさそうな顔で雪だるまの三段目を制作している。
「めんどくせぇ、ちょっとだけにしとけよ」
篠宮に話しかける本郷。
「あなた達もフブキさんに会いに行く気か?」
「らしいな、ヴェルが成功しようが失敗しまいが知ったこっちゃねえけど」
如月もその会話に加わる。
「篠宮さんは、じゃあ、どうして?」
「オレ?オレはぶっちゃけ、ヴェルのナンパの保護者。ダルイっての……」
この隙を12才でケンブリッジ大学を卒業した頭脳を持つシャーロットが見逃すハズはない。
「奉先! 今よ、さぁ、早く!!」
すぐさまカマクラに向かって駆け出す奉先。
篠宮がシャーロットに声をかける。
「どうでもいいけどよ、あのカマクラの周り、四方天 唯乃と、エラノール・シュレイクってヤツが作った落とし穴だらけだぜ?ヴェルに付き合ってオレも何度落っこちたことか」
「へっ!?」
――ズボッ!!
先程まで走っていた呂布の姿が突然消える。
「で、でも大丈夫です! 奉先ならすぐに出て来ます!!」
健気に叫ぶシャーロットの傍で、みかんのスジを丁寧に剣で取っていた霧雪がポツリと呟く。
「美少女がいない限りね」
呂布が落ちた落とし穴には、どりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)とふぇいと・たかまち(ふぇいと・たかまち)の二人がコタツの中でみかんを頬張りつつ激論を交わしていた。
「男なんて、みんな身勝手で乱暴でえっちすることしか考えてないんだからぁっ! フブキちゃんはかわいいし、とってもイイ子じゃない?あたしならほっとかないわっ! この際、男なんかやめてあたしとつきあえばいいのよ」
どりーむのフブキに対する発言に、ふぇいとがヤキモチを焼いたような顔をする。
「ちょっとまってー、どりーむちゃんとおつきあいしていいのはあたしだけなのー」
二人のやりとりをコタツの上から眺めている呂布に、どりーむが顔を向ける。
「ほら、ふぇいとちゃんもかわいいでしょ?無骨でだらしない男と違って女の子はいいものよっ」
呂布、笑顔を浮かべ黙って二人の肩を抱く。
「とりあえず、俺と付き合ってみないか?」
カマクラ内は混沌と化していた。
トラの毛皮と火術で暖をとりつつ、ようやくカマクラ内へ侵入した七尾 蒼也(ななお・そうや)が火術を放つ。
「辛かったら我慢せずに、思いっきり泣いてもいいんだ、だけどな、さらに泣かすヤツは絶対に許さないぜ!!」
泣いているフブキの傍らには、恐らく彼が持ち込んだであろう雑煮が雪まみれになって置かれている。
七尾の火術を見たレイナが叫ぶ。
「カマクラ内には防護のルーンを描いて強度を上げてますけど、そんな攻撃されたら……もたないです!!」
ウルフィオナが、ブロードソードを振りかざす。
「うっし、気合入れていくぜ!」
それを慌てて権堂が制止する。
「ちょっと待って!攻撃はちょっと待ったー!」
高らかに笑いながらカマクラ内を逃げ回る神代の表情が歪む。
「ア……アチィィーッ!!」
レイナ達が見ると、神代の尻に火がついている。
七尾は首を傾げる。
「俺じゃないぜ?」
カマクラの外に飛び出していく神代を追うレイナ。
カマクラの外では、ラル・バート(らる・ばーと)により、好き勝手に炎をバラまいて遊んでいたジル・バート(ばーと・じる)が、見事な雪だるまの刑にされたところであった。
そして、レイナの目の前には、雪だるまの刑になったジルを狂ったように自前のカメラで激写し続ける尼崎と、炎の巻き添えを喰らって髪がアフロ化し、呆然とする不幸体質少女のカリンの姿があった。
尻に火がついた神代が猛吹雪の中へ消えていくのを横目に神和 綺人(かんなぎ・あやと)、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)の三名は、ヴェルとブリッツの争う傍を行軍しているところであった。
ユーリがブリッツを呆れた顔で眺めている。
「天岩戸神話を再現するつもりなのか?何故、外のカマクラに籠もる必要があるんだ……パートナーのブリッツもよく付き合うよ、なあ、綺人?」
先導し、歩いていたクリスも綺人を振り向く。
「私は恋愛関係には興味がありますが、経験値が低いため、フブキさんの失恋に関しての良いアドバイスが浮かばないです……アヤは何か対策がありますか?」
「どうだろう?話を聞いてあげるだけでも、楽になるんじゃないかなって思うんだけど……あ、決まった」
綺人の声にユーリとクリスが振り向くと、ブリッツがヴェルに最後の一撃を叩き込んでいた。
敗れたヴェルを本当にダルそうな顔で引きずり去っていく篠宮。
綺人達の方を見るブリッツ。
「おうおう、とりあえず俺を通してからじゃないと、あのバカ女のところには行かせないつもりだぜ?」
綺人に促されたクリスがブリッツの元へ、説明に向かおうとしたその時、どこからともなく歌が聞こえてきた。
「なんだろう、この歌……?」
皆が立ち止まり、辺りを見渡すと、皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)が腰に装備したスタンド付マイクを手に持ち、歯をガチガチ言わせながらも必死に声を張り上げていた。
「♪一生懸命 メイクも 苦手な ヘアスタイルも 大好きなアナタのために アタシはグルグル ど・りょ・くっ☆ こてんぱぁあんに ノック・アウト☆ しちゃうんだからっ アナタの隣は誰なの もう好きな人がいるみたいよっ!? そんなのって アリ!?」
よく考えればちと終わりが暗い歌詞だが、妙に明るいその歌声に、皆呆然と聞き惚れてしまう。
中には足でリズムを取り出す者までいる。
カマクラ内にも、皇祁の歌は聞こえていた。
義娘のいる蒼空学園に来たものの、猛吹雪で遭難し、フブキのカマクラに身を寄せていた鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)が、歌に聞き惚れていたフブキに話しかけていた。
「なるほど。確かに失恋ってのはきついわな……でもな、いつまでもその恋に囚われているのはいけないとおじさんは思うぞ?」
「どうして?私に魅力が無いから振られちゃったのよ、ええ、きっとそう!!」
「それは今のキミの話じゃないだろう?誰かに失恋した人は、恋を知らない人よりも美しくなっていくもんだ。キミは昔よりもいい女になったんだ、自信を持っていいぜ」
「……」
静かに頷くフブキ。
やっとカマクラに辿り着き、その様子を見ていたレクスとシスティルも、互いに顔を見合わせ頷き合う。
「何とかなったようだな」
「昔は”バンシー”と揶揄されるほどの泣き虫だった私も、あんな感じでした?」
「あ?……さぁな、もう忘れたぜ」
ぶっきらぼうなレクスの言葉に、優しく笑うシスティル。
ゆっくりと立ち上がるフブキの肩に、カマクラに辿りついた如月がコートを優しくかけてやる。
「風邪ひくぞ。こんな場所に一人で居たら……」
皆に促されてカマクラから出て行くフブキ。
カマクラ前にはフブキを待っていた生徒、クイーン・ヴァンガートや、それと争っていた者達、罠や落とし穴から這い上がった者達等でカマクラ前は溢れている。その中には、やれやれといった顔のブリッツの姿も見える。
外は、先程までのフブキが止み、粉雪が僅かに舞っている。
フブキ、天を見上げて、
「この雪、私じゃない……本物の雪」
一部の生徒達が、鬨の声を上げる。どうやら雪だるま王国の面々らしい。
校庭では、先程までの猛吹雪を校舎でやり過ごしていた生徒達が再び遊び始めている。そこには、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)に連れられて雪遊びをするアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)、メイ・アドネラ(めい・あどねら)、アレクサンダー・ブレイロック(あれくさんだー・ぶれいろっく)の姿があった。
赤嶺は集会用のテントを立て、その下で火術を利用しストーブやココアなど温かい飲み物を準備している。
「槲(かしわ)!アレクサンダーを助けてあげなさい」
赤嶺の声に、短足の犬が彼を振り返り、見事な御神楽環菜の雪像を作るアイリスの傍を通り、メイと、逃げ回るアレクサンダーのところへ走っていく。
「ゴメンなさーい! もう、メイちゃんって男の子みたいだよねなんて、思っていても言わないからぁ」
「まだ言うか!? ボ、ボクは女だぁ!!」
「助けてー、霜月!!」
楽しそうにアレクサンダーと並走する槲。
赤嶺の袖をクイクイと引っ張るアイリスが、何か言いたそうな顔をしている。
「何ですか?」
「雪像を建立しました。どうでありますか?」
アイリスが指差す御神楽環菜の雪像を見る赤嶺。
「凄い! 見事だよ、アイリス」
褒められたためか、顔を赤らめるアイリス。
しかし、メイがアレクサンダーに向かって投げた雪玉が、雪像の腕を破壊する。
「ア、アイリス……?」
恐る恐る赤嶺がアイリスの顔を覗き込む。
「やはり、戦いは嫌であります……が、しかし」
ゆっくりと地面から手にとった雪を全力で握り締めたアイリスの参戦とともに、雪合戦第2ラウンドが開始された。
猛吹雪が止んだためか、校内のあちこちに設置されたスピーカーから夏侯 淵(かこう・えん)の元気な声が鮮明に聞こえてくる。
「ルカが便所だから、しばらくの間この俺、さっきまで、休憩所での100円カイロ配布でお馴染みとなった夏侯 淵が実況してやるぜ! さぁー、先程の猛吹雪も止んだ第1回コタツムリレース!! ……と、ここで、突然だけど優勝賞品の発表だ。優勝は、な、なんと三重県は松坂牛の高級しゃぶしゃぶセットとミカン、どうだ、すごい豪華だぜ? 準優勝もすごい、愛知県は名古屋コーチンの鍋セットとミカンだ、もってけドロボー!! 三位も負けてない、福井県は江川の水ようかんとミカン、くぅー、旨そう!! 尚、完走参加賞として愛媛県のミカンがあるぜ。さぁ、ゴールまで残りわずか、各選手、最終コーナーに入っていく!!……あ、ルカ戻ってきた?」
実況放送に生徒達がザワザワと騒ぎ出す。
「観に行こうぜ、ゴール地点すぐそこだろう?」
「なんか、おもしろそうよね?」
生徒達が大群となりレースのゴール地点に向かい動き出す、フブキも誘われるようについて行くのであった。