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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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chapter.1 1日目(1)・フラッシュバック、フラッシュダンス 


 その酒場には、様々なものが集まるという。人が集まれば情報も集まり、寄り合ったそれらはやがて水のような思考を引き起こす。時にはスプリンクラーのように数多の野望や思想が散乱し、また時には蛇口を捻り出したように一方向にまとまって勢い良く意思が放たれる。
「一体、何が起こってるって言うんだい……」
 酒場の名は、蜜楽酒家。タシガン空峡の空賊たちが集まる、エスニックな酒場だ。そこの女主人、マダム・バタフライはグラスを布で拭きながら、いつもと少し違う酒場の様子を眺めていた。紫の髪にゆったりしたドレスをまとい、眉間にしわを寄せている表情は、齢40というその数字よりもやや老けて見えた。
 彼女が覚えた違和感は、空賊たちの様子だった。蜜楽酒家は非戦闘指定地域。普段ならいがみ合っている空賊たちも、ここでは楽しく酒を飲んでいるのが日常だった。しかし今マダムの目に映っている空賊たちは、揃って一方向へある意思を向けていた。それは、殺意。そしてその感情の矛先にいたのは、女義賊のフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)だった。今まさにマダムは、集った人と情報が生み出した大きな意思の流れを目の当たりにしていたのだ。
「あの子……フリューネが、こんなに恨まれるなんて信じられないよ。あたしの知らないところで何があったのか……あの子と一緒にいた学生の子たちにでも聞けば、何か分かるのかねぇ」
 マダムがそう呟くと、カウンターにふたりの生徒が腰掛けて彼女に話しかけた。
「僕で良ければ、話そうか? フリューネが、僕たちといた時のことを」
 それは、今までフリューネを近くで見てきた黒崎 天音(くろさき・あまね)と彼のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だった。マダムはひとりごとに反応があったことに少し驚きつつも、「聞かせてくれるかい」とノンアルコールのドリンクをグラスに注ぎ始めた。
「そっちのドラゴニュートさんは、お酒の方が良いかい?」
「む……では我は蜂蜜酒を……」
 言いかけたブルーズの視界に、目尻を下げ、口元を緩ませた天音の顔が映った。
「……そんな面白そうな顔をして見るな。すまない、今日は酒はやめておく。我も天音と同じものを」
 どうやらブルーズは以前ここを訪れた際、大酒を食らい天音の前で醜態を晒したことを未だにからかわれ、それを気にしているようだった。
 トン、とふたりの前にドリンクの入ったグラスが置かれると、天音は軽くお礼をしてからその口を開き始めた。
「そうだね、じゃあせっかくだから、順を追って話そうか」
 天音はその記憶を、一月半ほど巻き戻す。
「僕たちが最初に彼女に会ったのは、この空峡を荒らしていた空賊を取り締まろうとしていた時だった。僕たち生徒とその空賊が戦っている戦場に、颯爽と彼女は現れ、僕たちと共闘してくれたそうだよ」
 そう、と付けたのは、天音が実際にはその場にいなく、後ほどそれを噂で聞いたからであった。そのことを示すかのように、天音は「もっとも、僕はその時この酒場にいたんだけれどね」と言葉を付け加えてから話を続けた。
「そして、次に僕たち生徒が彼女と会ったのは戦艦島という未調査の島だった。そう、他ならぬマダム、貴女からの依頼で」
「あまり依頼内容に沿った行動をお前は取ってなかったがな」
 マダムに聞こえぬよう、小さく呟いたブルーズをちらりと目だけでたしなめ、天音はその時の様子を話した。
「戦艦島では、ずっとフリューネと行動していたお陰か、大分僕たちとフリューネの距離は縮まった感じがしたよ。彼女の親衛隊なんかも出来たみたいだしね」
「へえ……あの子に親衛隊、ねぇ……」
 フリューネのイメージにそぐわない言葉のせいか、マダムはそれを聞いて思わず笑みをこぼした。
「じゃあ、あの子にも信頼出来る仲間を、と思って頼んだあたしの依頼も、無駄じゃなかったってことなんだね」
「そうだね。途中空賊狩りに襲われはしたけれど、ユーフォリアの手がかりもそこで手に入れることが出来たようだしね」
「ユーフォリアって言えば、あの子……」
 マダムがその単語に反応を示すと、天音はその先にマダムが何を言おうとしていたのかが分かっていたかのように、言葉を続けた。
「そう、戦艦島で手に入れた情報を元に彼女はユーフォリアのある雲の谷へと向かった。僕たち生徒も、そんな彼女の手助けをするため行動を共にしたんだ。そして様々な戦いを経て、ついに彼女はユーフォリアを手に入れた。その時の光景は、一月経った今でもはっきりと憶えているよ」
 ただの船首像ではなく、石化した古代のヴァルキリーであったユーフォリア。しかもそれは、フリューネの遠い先祖でもあった。天音は、フリューネがそのユーフォリアにキスをし、石化を解いた時の様子を思い起こす。
「夜明けの光をまとい、彼女によって蘇ったユーフォリアはその羽を羽ばたかせ、彼女を抱え空を飛んでいた……まるで、スポットライトを浴びて風と踊っているように、ね」
「そしてあの子は、ご先祖様と一緒にこのタシガン空峡を去っていった……ってわけだね」
 一通り天音の話を聞き終えたマダムは、自分のグラスにカクテルを注ぎ、一口飲んでから少し淋しそうに言った。
「ユーフォリアを取り戻した、ってことだけは電話であの子から聞いたけど、そんな経緯があったなんて知らなかったよ」
「……そういえば。マダムとフリューネは何か関係が? 彼女は良家のお嬢様のように見えたけど、マダムが実は昔その家に仕えていたとか」
 天音の何気ない疑問に、マダムは一瞬きょとんとし、笑って答えた。
「あはは、面白いこと言う子だねぇ。あたしはあくまでこの酒場の主人、ただあの子がいつもひとりだったから、ちょくちょく気にかけてただけさ。良いとこの子ってのはおそらく合ってると思うけど、あの子の場合ちょっとやんちゃなお嬢様、ってとこかね」
 ここにはいないフリューネのことを思い出すように、マダムは目を細めた。彼女はグラスに口を寄せ2、3回喉を鳴らすと、ふとあることを思い、その疑問を言葉にした。
「それにしても、今の話を聞いた限りあの子は恨まれるどころか、ちゃんと仲間が出来て慕われているようにあたしには思えたけど……」
「確かに、僕も彼女がここまで憎まれているとは意外だったね」
 酒場の様子を見て、同じ思いを抱くマダムと天音。と、黙っていたブルーズがその口を開いた。
「フリューネがユーフォリアを復活させたことで、獲物を失った空賊たちがそのわだかまりをフリューネにぶつけようとしている……というのは、勘繰りすぎか?」
「ここの空賊たちは、そこまで腐ったヤツばかりじゃないさ。まあ、色んな空賊が集まるから、そりゃあ中にはそういうヤツがいてもおかしくはないだろうけどねぇ」
「むう……」
 マダムにやんわりと否定されたブルーズだったが、天音は薄く笑い、ブルーズの言葉に興味を示した。
「ブルーズ、君はたまに面白いことを言うね」
 天音はグラスをことりとテーブルに置くと、くるっと椅子ごと向きを変え、酒場の空賊たちに目を向けた。
「集まった情報は、時に思いがけないうねりを生む。しばらく彼らの様子を見てみるのも一興かもしれないね」
 こうなると天音はもう引き下がらないことを、ブルーズは知っていた。ブルーズは小さく息を吐いて、彼の行動に従うことにした。
「それに、マダムには他に客人もいるようだから、僕たちがいつまでも引き止めていてはいけないよ」
「む……」
 天音がブルーズを諭すように言う。ブルーズがその言葉を聞きマダムの方をちらりと見ると、数人の生徒がマダムに話しかけようと近付いていた。
「おやまあ……かわいい女の子たちがこんなに集まるなんて、何事かねぇ」
 マダムは自分の前へとやって来たリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)緋桜 ケイ(ひおう・けい)サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)、そしてケイとサレンそれぞれのパートナー、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)ヨーフィア・イーリッシュ(よーふぃあ・いーりっし)らを見ると、にっこりと笑った。
「いや、俺は女じゃなくて……」
「綺麗、の方が嬉しかったけど、褒め言葉として受け取っておこうかな」
 若干人付き合いに難のあるリカインは、不器用な間と言葉遣いでケイの言葉を遮りながらもお礼をした。ちなみに当のケイは、カナタにポン、と慰められるように肩を叩かれていた。そんなやり取りなど露知らず、リカインはマダムへと本題を持ちかける。
「ねえマダム、私をここで働かせてくれない?」
「これまた、いきなりの申し出だねぇ……どうしてまた、ここで働きたいなんて思ったんだい?」
 突然のアルバイト志願に、質問を返すマダム。リカインは少し考えてから、その理由を口にした。
「ここの馴染みになれれば、色々面白い話とかも聞けるかなって思ってね」
 彼女のその答えには、一部嘘が紛れていた。いや、正確に言えば本当ではあるが、理由の一部を隠していたのだ。リカインが隠した理由とは、この場所に集まっている情報を確認すること。殺気立っている空賊たち、その意識の出どころを探るには、この酒場で店員として働き、直接話を聞き回るのが確実と読んだのだった。そしてもうひとつ、出来れば前回雲の谷での戦いで傷を負った【獅子座】の十二星華セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)についての情報も手に入れたかった。リカインは雲の谷での戦いの際怪我を負ったセイニィの逃亡を助けたものの、その後行方不明となってしまった彼女が気がかりだった。しかし、空賊狩りとして名を馳せた彼女の名をここで出すわけにはいかない。ここにいる空賊たちやマダムが、空賊狩りイコール十二星華のセイニィと結びつけていなかったとしてもである。
「そっちのお嬢ちゃんたちも、バイト希望かい?」
「だから、俺はお嬢ちゃんじゃなくて……」
「そうッス! ウエイトレスとして頑張りたいッス!」
 サレンがあまりに元気良すぎて、ケイの言葉はまたもや掻き消された。カナタは「不憫よのう……」とただ哀れむばかりであった。
「サッちゃんと私なら、きっとこういう仕事に向いてると思うのよね」
 ヨーフィアがサレンに続けとばかりに、自分たちの採用を促す。マダムは5人の顔を一通り見ると、あっさりと許可を出した。
「こんなかわいいレディーたちなら、酒場も盛り上がってくれるだろうしねぇ」
「だーかーらーっ、俺はレディーじゃ……」
「そういえば、成人を迎えているわらわには関係ないことなのだが、この酒場は仮に未成年だとしても働けるのであろうか?」
「……」
 ケイの3度目となるつっこみを遮ったのは、相方のカナタだった。全員女性で通した方が、スムーズにことが運ぶとの判断からとっさに彼女は口を挟んだのだった。もしくは、この流れならこっちの方がおいしくなると踏んだのかもしれないが。ジャパニーズカルチャー、テンドンである。
「まあ、ここはそんな細かいこと気にするところじゃないからねぇ。前にここでバイトしてくれた子も確か未成年だったし、ちゃんとやることやってくれればあたしは何も言わないよ」
 大らかなマダムの言葉に一同はほっとした。何せ、5人中半分以上の3人が未成年だったのだ。すっかり安心した彼女らは、早速マダムから仕事内容を教わり、バックヤードへと向かった。なお、元空賊狩りの十二星華、セイニィに助力したリカインも働くことが出来たのは、おそらく彼女がセイニィを助けたところを見た者がほとんどいなかったからであろう。もし大勢の生徒にその様子を見られ、酒場まで情報が流れていれば、大らかなマダムと言えども許可は下りたかは甚だ疑問ではある。が、ともかく彼女は無事店員になることが出来たのだ。そしてリカイン同様、残りの4人にもそれぞれ目的はあったが、誰ひとりとしてそれをマダムには告げなかった。

 マダムとバイト志願の生徒たちとのやり取りが一通り済んだのを見て、天音とブルーズは再びカウンター席から酒場内を見渡していた。すると天音は、少し離れたところによく見知った顔を見つけた。それは、友人の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だった。
「おや、彼にしてはいつもの冷静さが少しばかり足りないようだね」
「そうか? 我にはいたって普通の表情に見えるが……」
「ふふ、ブルーズ、君は少しばかり観察力が足りないね。その人の様子を見る時は、一部ではなく全体を見なくちゃいけないよ」
 微笑を浮かべながらブルーズをたしなめる天音。その視線は、呼雪の足元を捉えていた。酒場のテーブル間をすり抜けていく彼の歩幅は普段のそれよりも広く、時折向きを変える首は、何かを探しているようにも見えた。
「……もしやアレは、お前を探しているのではないだろうか。話しかけなくて良いのか?」
 ブルーズの問いかけに、天音は落ち着いたトーンで答える。
「それなら携帯に連絡してくるはずだよ。同じく、助けが必要な時もね。つまり今彼は、自分で何かをしたがっているんじゃないかな。そこに目的を知らない僕が話しかけるのは、少し野暮な気もするよ」
 天音とブルーズのそんな会話が呼雪の耳に届くことはなく、呼雪はやや速いテンポで足音を鳴らしていた。



 昼間でも、この蜜楽酒家が空くことはない。様々な人で賑わう酒場を、呼雪はパートナーであるヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)を連れて歩き回っていた。獣人で、滅多に人型に戻らないヌウもさすがに人の姿になっている。が、歩き方が違うせいか、それとも周りに人が溢れているせいか、ヌウはどこかそわそわとしていた。
「コユキ、コユキ」
 前を歩く呼雪を呼び止め、彼が振り返るとヌウは嬉しそうに、けれどどこか淋しそうに思ったことを口にした。
「ここ、なんだか色んな人がいて、色んな匂いがする。ざわざわしてて、だんちょの空賊団に似ている」
「……ああ、そうかもな」
 返事をした呼雪の声色も、やや憂いを帯びているようだった。それを表情には出していなかったが、パートナーのヌウにははっきりとその感情が表れていた。ヌウは事実上解散してしまったヨサーク空賊団の団員であり、彼や彼の空賊団に親しみを持っていた。それが突然なくなってしまったのだ、無理もないことである。そしてそれはまた、呼雪にも当てはまることであった。ヌウと同等以上か以下かは分からないが、言葉にはしないものの彼もまたその空賊団を気にかけていたことは否定出来ない事実だった。そんな彼らがこの酒場で懸命に探していたのは、空賊団を去っていった団員たちだった。ここならば、空賊同士の繋がりから元団員の居場所が分かるかもしれないと踏んだのだ。もちろん、空賊たちの溜まり場である以上、元団員がそのままここにいてもおかしくないという期待も含めつつ。
 しかし半日足らずで発見出来るほど、この蜜楽酒家は狭くもなく、人も少なくはなかった。
「やはり、地道に聞き込んでいくしかないか……」
 呼雪が着合いを入れ直そうとしたその時、彼に声がかかった。
「あのー……もしかして、元団員探しの最中だったり、します?」
 驚いた呼雪の目の前に現れたのは、声の主、影野 陽太(かげの・ようた)だ。
「……よく分かったな」
「あ、あのですね、俺も実は元団員を探してて、そしたら同じようなことをしてる人を見つけたので、もしかしたら……って思って」
 たどたどしく説明をする陽太だったが、呼雪は目的が同じと知るや否や、陽太に確認を取りだした。
「元団員たちの顔は、知っているか?」
「え、あ、全員とはいかないですけど、ある程度なら見れば……」
「充分だ。じゃあ俺のパートナーと3人で聞き込みをしつつ、彼らがここにいないかを探していくぞ」
「は……はいっ! 特技が一応捜索なので、そのへんで役に立てればっ!」
「……充分だ。ああ、充分だ。充分だ」
 張り切る陽太に、呼雪は「充分充分」と繰り返しどうにかテンションの均衡を保った。年齢的にはほぼ同じなはずだが、なぜか完全に先輩後輩の雰囲気になりかけていた呼雪と陽太。しかし実際年齢的には陽太が先輩であり、さらに「捜索」という作業に限って言えば、陽太の方が得意分野であった。もっとも、仮に互いがそれを知っていたとしてもこの立ち位置に変わりはなさそうだったが。ふたりの上限関係はともかく、呼雪と陽太はヌウを引き連れながら酒場での人探しを始めた。
 そんな彼らの様子を何とはなしに見ていた酒場の人気芸者、ザクロはゆっくりと腰を上げ、外へと続く扉へしゃなりしゃなりと歩き出した。