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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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第4章 第四師団包囲網(2)

「お前らは邪魔だ、とりあえず死ねよ」
「ひっ、湖賊?!」「な、なんだこいつ、て、敵だ、乗り込んできやがった!」
 湖賊の船から放たれた沼舟。炎を燃やしながら、突っ込んできた。
 そして黒羊軍船の舳先に降り立った……
「俺は"死神"、樹月 刀真(きづき・とうま)……黒羊郷の神と司祭を殺す者だ」
 一斉に、黒羊兵らの注意を向ける。
「な、何許せん! 討て」
 剣を抜き襲い来る黒羊兵。
 するりと、剣を抜き放つと、そのど真ん中に下り立ち、敵兵の首を撥ね上げた。
「ほら、お仲間の成れの果てだちゃんと供養してやれよ、」
 切り取った首を敵兵の集団に向かって蹴り渡す。
「なっ」「……」「ひ……」
 兵らのたじろぐ間もなく、「……お前らが生きてたらな」切っ先を向けて飛び込んだ。
「あ、悪魔だ」「死神……ウワァ!?」
 船の後方からは……
「我が一尾より炎がいずる」
 炎にゆらめく尾をしなやかに振るい、兵を焼く……「月夜もいないし、思う存分やらせてもらうぞ。我は"白面金毛九尾"玉藻 前(たまもの・まえ)! 我に刃向かうならば炎に抱かれて死ぬがよい」火を移された兵らが、その周りでのたうち回っている。
 前方で兵を次々斬り倒す、刀真の殺伐とした表情を愛おしそうに見て、嬉しそうに微笑む。「ふむ、その顔は我といる時にしか見えない我だけのものよの……こちらも行くか、我が二尾より雷嵐がいずる」



4-01 水軍始動

 黒羊水軍が、ブトレバ水軍と共に南下との報が入ったとき。
 湖賊砦の、樹月刀真(きづき・とうま)。――黒羊より歴史のあるブトレバが、新たな神が現れたとはいえ、いきなり黒羊と手を組むとは考えられない。それでもこちらにかなりの戦力を向けてきた理由として考えられるのは、……
 刀真はそこまで考え、ふ、と脇の方を見やる。
 黒羊郷で俺が保護した、この、"王子"か?
 まだ本当に幼い、ほんの子どものよう。
 王子がこちらを向き、目が合う。無邪気な、瞳だ。
 刀真は立ち上がり、王子にすっと近付く。「今から……」語りかけ、
「敵を追い払ってきます、その間コレで月夜を護ってくれませんか?」と、刀身が王子に渡したのは、女王の短剣だ。「俺の大切な人なんです」
「でも、ぼく……」
「……。では」
 もう出発の準備のできている船へと向かう刀真。教導団と同盟し、敵……河を南下してきたという黒羊水軍を打ち払う湖賊らと、出撃する。最後まで、付き合うつもりだ。
「あの男の子、ほんのお子様じゃない。どうするの、あんな短剣なんか渡して?」
 教導団のローザマリアが呼びかける。教導団の兵らも、湖賊に借り受けた船へと、乗り込んでいくところだ。
「……いいんですよ。そう言うなら、俺にしても、それにおそらく君にしても」
「そうね。もっと子どもの頃から、私だって訓練を受けてきたわけだけれど」
 刀真は、それ以上はとくに語ることはしなかった。
「刀真」
 砦に残る月夜には、わかっている。刀真の在り方は、両親を殺されその復讐で生きてきた結果で、自分自身がそれを良しとしてない部分のあることを。王子に自分のことを頼んだのも、復讐ではなく護ることを覚えて欲しかったからだ、とそう月夜は思う。
「私の名は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、君の名は?」
「月夜、さん……うん。ぼくは」



 腕組みし、河の前方を見やる、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。さながら、水軍都督のいでたちだ。
 だが、彼女には、それに見合う十分な自信があった。
 ついに……ついに実戦だ。このローザマリア、14歳の時より、政府の意向で極秘裏に立案された特殊幼年兵養成計画の一環として、バージニア州リトルクリーク海軍基地にて特殊部隊訓練を受けた海軍下士官兵適性区分コード所持者(「ローザマリア伝」より)。……絶対に負けないわ、絶対に。
「ローザマリア」
 隣の船より、刀真が語りかけている。
「えぇ。刀真、どうしたの。湖賊の方は、戦う準備は万端?」
「そうですね。戦いになれば、黒羊水軍の力はこないだの戦いでおおよそ検討がついていますから、一ヶ月でそうそう鍛え上げようはないだろうと。頭は言ってますね。
 問題はブトレバ水軍ということですが。ただ、黒羊は間違いなく敵でしょうが、ブトレバは敵か味方か、不明な点がまだ」
「敵よ」ローザマリアは、確信的に言う。「あたり前じゃない? 私たちの敵、黒羊水軍と仲良く肩並べて南進して来ているっていうんだから。
 うん。ブトレバ水軍は、私に任せて! 見てなさい、フフ、この河底に沈めてあげるわよ」
「そうですか。わかりました。ではこちらもあたった敵は全滅させる意気でゆきます」
 何というでもない表情で言ってのける、刀真。
 ローザマリアもそれ聞いて、少し微笑すると、そのまま、きっとまた前方に目をやるのだった。



いよいよ、敵船影が見え始める。
「き、来た。……いよいよだわ。皆いいわね!」
 教導団兵のほとんどには、水戦の経験がなく、不安げだ。湖賊と協力関係にあり、今回は教導団の船に乗り込んでくれることになったみずねこ(今回は教導団の勝利の女神ミューレリアから預かり分)らの士気は十分のよう。
 一方、
「さぁ。今こそ、湖賊の力を見せつけてやろうじゃないか」
 湖賊戦闘員らの士気を上げる、湖賊頭シェルダメルダ
 自軍の士気を高めるのが頭なら、敵軍の士気を殺ぐ役割を担おう。
 刀真は、シェルダメルダに、
「お頭、水軍を追い払ってきます。直接乗り込むのに良い手はありますか?」
「何。直接? 刀真あんた……」
 シェルダメルダは、黒羊郷での一戦で、刀真の秘めている強さを存分に知った。その戦い振りも見ている。自分の命を護ってくれた刀真を、他の湖賊ら同様、家族のように親身に思う部分も出てきていたのだろう。だが、心配したところで、また、刀真が自らの戦いを貫くこともまた承知していた。
「今回は緒戦だからね。無理はしすぎないようにね」
 緒戦だからこそ。派手に追い払うことで、印象付ける。
 刀真の表情が、だんだんと変わりつつあった。
 間もなく、戦闘開始だ。



4-02 教導団=湖賊同盟

 遡って……湖賊と教導団の同盟が成ると、教導団の側から、湖賊の砦に幾人かがまず送られてきた。
 友好を深めるということもあるし、三日月湖から南北どちらへもつながっている水運を仕切るのは、湖賊だ。北へ行けばそのまま黒羊郷に至る。ここから攻めあがることもできるが、同時に、相手からも攻められることを意味した。湖賊だけでは、兵力が足りない。協力し合う必要があろう。
 また、南の下流域には、また辺境の辺境諸国が乱立している……南部諸国に至る。黒羊郷から連れ帰ってきた諸侯らの多くは、この辺境国の者たちということになる。ここがまとまらなければ、クレーメックの言った通り、教導団にとっては後顧の憂いとなる。それに、三日月湖の周辺には、湖賊以外に、教導団の味方となる勢力は存在しない。北の、黒羊郷の周囲の列強国は全て、黒羊郷への恭順を示しているのだ。すなわち、南は、教導団が味方に引き入れる必要性が高い(そうでなければ……攻め取ってしまうか)。ここも肝要なところだった。

 以前、教導団からの使者となり、湖賊と接触を持った比島 真紀(ひしま・まき)
 彼女も、その由縁から湖賊のもとに送られた者の一人だ。
「敵水軍襲来に備える必要がありましょう」
 湖賊と共に戦うことになる教導団側の部隊の運用や編成についての話し合いで、比島は積極的な提案を行った。
「湖賊頭殿は、敵水軍が襲来した場合、およそ半数を迎撃に差し向けるとのこと」
「現時点ではね。東河の広さなどからして、それくらいは最低、必要だろうね。相手が黒羊水軍なら、そんなもんだろう」
「ですが、黒羊水軍ならともかく、この地方で聞こえてくるのは、ブトレバ水軍」
「ブトレバ水軍……やはり、あれも動くか」
「その強さは、侮り難し」
「だね。あたいらは……今までの歴史の中で、直接あそこと争ったことはない。だが、あたいらはじかにその戦いを目の当たりにしたことはある。
 ブトレバは、今は国も豊かになり落ち着いた国になっているが、この十数年程前までは、東河の荒れくれとして、河岸の国々を襲い、その領地を攻め取った」
 水戦自体を経験したことのない教導団員らは、ただ聞くばかりだ。
「そうなると無論、水軍は湖賊だけでは足りなくなってくるかもしれないね」
「むう……」「では、やはり我々から兵を」「誰が指揮を?」
 比島は、続ける。
「そうであります。それにその場合、万一に備え、湖賊殿らと共同し、ここ本拠及び周辺の防備を固めた方がよいでありましょう」
 教導団水軍の指揮には、すでに、訓練の経験があるローザマリアの名が挙がっている。
 士官候補生だが、それ以上の者で水軍を指揮できる者がいない。部隊にしてもそうなのだが……
「現在、三日月湖に待機しており、まだ運用の決まっていない【黒豹小隊】。士気の高い一隊です。
 また、指揮官は、自分と同じく【にゃんこ小隊長】である黒乃殿と言います。三日月湖に、援軍としてニャオリ兵が送られてきておりますが、これらは自分らにゃんこ小隊長の指揮下にあります」
「にゃんこか……にゃんこと言えば」
「みずねこがいるにゃ!」
「そうであります。現在、【教導団の勝利の女神】ミューレリア殿も、三日月湖に滞在しており、みずねこ殿らと共に戦った経験がある、とのことであります」
 とりあえず、以下のような編成になった。


湖賊=教導団水軍連合軍(に向けて) 350
 湖賊 シェルダメルダ(刀真、夏野) 湖賊(Lv4-5※水軍Lv4-5) 250
 教導団水軍練習兵 ローザマリア(セオボルト) 一般兵(Lv1※水軍Lv0) 100

湖賊砦及び周辺防備(現在、待機) 300
 湖賊 テバルク兄弟 湖賊(Lv2-3※水軍Lv2-3) 250
 教導団水軍練習兵 比島 ニャオリ兵(Lv3※水軍Lv0) 50

?協力要請中?
 【黒豹小隊】 黒乃音子 ニャオリ兵(Lv3※水軍Lv0) 50
 *【みずねこ小隊】 ミューレリア みずねこ(Lv4※水軍Lv4) 50


 また、比島のドラゴニュートサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)からは、湖賊への訓練の指導要請があった。
「そうだね、それは必要だろうね。」
 それから、サイモンは、乗り物として使えそうな生き物はないかと、問う。
「あたいら湖賊にとっちゃ、この船が生き物みたいなもんだけど……敵船の間をもっと小回りに動き回ろうってのなら、沼人の沼舟を使うしね」
「そうかぁ。俺の思うには、水棲動物を乗りこなして戦力化できればと思って……たとえば騎狼みたいにね」
「それこそ、南部諸国へ行けば、あそこは河の流域だから……獰猛な水棲動物や、水辺の魔物は多いと聞くけどね」
 更に、サイモンは、民兵を募りに行くことになる。

 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は、芋ケンピを食べながら、会議に出席していた。
 会議も終わり、人が散っていくと、セオボルトは湖賊頭に声をかけ、戦闘の際には自分も出撃する、と申し出た。
「ははは。自分も、船を指揮した経験もありますしな」
「船って……沼舟かい?」
「ええ」
 セオボルトはお任せあれというふうにさわやかに自信ありげに答える。
「……そうかい。しかし、あんたなら頼れそうな男だ。教導団に貸す船に乗り込んでもらって、何かあったときには、頼むよ」
「無論ですとも。このセオボルトにお任せを。
 ローザマリアのお嬢さんも自分がしっかり守ってみせましょう」
「お嬢さん……私? 私はこう見えて、特殊部隊の訓練を受けているのよ。そう簡単にやられはしないわ」
「ええ。どうぞよろしくお願い致します。
 ……むっ。文治が来たようですな」
「文治? あの、こっちへ歩いてくるしっぽの子かい」
「か、可愛い」
 チャキッ。館山 文治(たてやま・ぶんじ)はお決まりにトミーガンを取り出した。
「え、えっ?」
「文治。こちら、教導団の水軍を指揮するローザマリア嬢です。
 そして湖賊のお頭、シェルダメルダ殿。これから暫く、力を合わせ、共に戦うことになる方々です」
 文治はじっと、ローザマリアらの顔を見て、「おう。よろしくな」と言った。セオボルトの契約者である、ゆる族である。
「よろしくね。……何で私にトミーガン向けてるのよ」
「シェルダメルダだよ。よろしく。ところであんたそれ、何持ってきたんだい」
 文治が、セオボルトに何やら怪しげな袋を手渡した。
「もちろん、これが京都の老舗和菓子店の芋ケンピですな。このセオボルト秘蔵の修学旅行先で入手した……」
「は、はぁ?」「ああ、ああ。……」
「芋ケンピだけじゃない。敵の情報集めも怠っちゃいないぜ」
 文治は元バーテンである。その経験を生かし、バンダロハムや湖賊など酒の場も多いこの地方での活躍が期待される。
「さて、何はともあれ、芋ケンピ、いかがですかな?」



4-03 運命の出会い

 セオボルトは、お頭やローザマリアに芋ケンピを渡して喜んでもらうと、意気揚々、これから暫くの間滞在することになる湖賊砦を歩いて回った。
「はは、なかなか風流なところですな」
 湖賊の酒場では、早速、文治がバーテンとして働いていた。
「むぅ。こ、この酒は……芋ケンピにとてもよく合う。バーテン、この銘柄は?」
「その酒には、湖賊二千年の歴史が沁みている」
「成る程。何と深い味わい」
 セオボルトは次に、湖賊の地下牢にやって来た。
 がらんとした何もない場所だったが、牢の一つに、一人ぽつんと寝かされている女の子の姿が。セオボルトが近付いたとき、その子の胸の辺りが、光り輝き始める。
「何と。これは……? 牢番殿。この子は?」
「その娘は、三日月湖の遺跡で彷徨っておったのを、我々が保護したのです。
 不思議な。この光は一体」
 これは、光条兵器だ。この光は何度か見たことがある。だが、しかし、このセオボルト。まさかこのようなところで剣の花嫁とまみえることとなろうとは。意外だ。
「しかし、何故地下牢に?」
「……それは。まあ色々と問題がございまして」
 問題? まあ、いい。整った、純真そうな顔をしている人だ。湖賊たちに騙され連れて来られたのかも知れない。
 だがこうなった以上、自分が面倒を見てやらねば。
 素直な瞳で、こちらを見てくる女性。
「これからは、このセオボルトが」
「は、はい。……末長く、お願い致します」



 湖賊砦の酒場。
「なんだ……冗談だったのか。ちょっと信じてしまったぞ……」
 プロポースだと思って、契約したのに。
 勘違いだったことに気付いてがっかりの、このちょっと残念な子の名は、
「ミズキ。名前以外の記憶はないです」
 バーテンとして働く文治、
「うむ、じゃあ瀬尾ってのはどうかな?」
「セオ? ……セノオ?」
「ああ。おまえの姓の方さ」
「……」
 そしてセオボルトの方をじっと見るミズキ……瀬尾 水月(せのお・みずき)
 本人はセオボルトの姓を分けて貰ったと思っているが、発音が違うし「セオボルト」は姓じゃなかったりする。の始まりがここにあった。
「さて、何はともあれ、芋ケンピ、いかがですかな?」



4-04 湖賊に就職

 セオボルトが更に湖賊砦を歩いていると、
「む。あの女性は確か……?」
「今、この階は掃除中だよー」
 すっかり湖賊のいでたちで掃除中の、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)だった。

 三日月湖動乱もひと息つき、教導団におけるこれからの自らの任務を思案していた夏野。彼女は、湖賊さんとの信頼関係を築くことに一役買おう! と思い至った。
 しかし、面識がない状態で行っても、門前払いされそうなので、と上官に一筆書いてもらおう、というふうに考えた。
 夏野はとりあえず戦部少尉のもとを訪れてみたが、過労に倒れたとのこと。戦部が会議の折、机に突っ伏してその後しばらく眠り続けていたときのことであった。
 この間に、橘カオル(たちばな・かおる)が湖賊のもとから帰ってきて、戦友戦部の見舞いに来た。そのとき、夏野とばったり会い相談に乗ったのであった。
「湖賊のとこへ行きたいのか。
 一筆? そんなのいるのかなぁ。そんなものなのか。あまり軍律とか軍のマナーとかはわかんないけど……
 湖賊とは仲良くなったし、オレでよければ一筆書くぜ。上官でも何でもないけど」
 というわけで、夏野は、橘カオルの紹介状を持って、湖賊のもとへ向かったのだった。夏野はここでも律儀に、いきなり湖賊のところへ押しかけず、湖賊さんと連絡の付けられる窓口を……と探すうち、沼人のところに行き当たった。
「イイヨ。ネーチャンモ、湖賊ニ就職希望ネ。コレデ二人目ネ。オッパイ先生ハ就職ダメダッタミタイネ。最近フキョウ、キビシイラシイネ。デモ、アンタ紹介状モッテル、バッチリネ」
「わぁー。嬉しいな、これで湖賊さんとこに行けそうね、アーシャ
「夢見……。ほんとに大丈夫なのでしょうか。何か、余計遠回りをしているような……」
 ここで、沼人のススメに従って、わざわざ着てきた教導団軍服を沼人の所有するぼろぼろの面接用のスーツと交換し着がえると(夏野「覗いちゃ駄目だよ!」)、沼人の舟に乗せてもらい、湖賊の面接試験会場に向かった夏野なのであった。
 橘カオルの紹介状には、「オレの友人、夏野夢見を紹介します。よろしくお願いします。前回湖賊のとこにいた橘カオルより」としか書かれていなかったが、お頭が橘カオルならよく知っている。ちょっとドジなところがあるがいい男だ、その紹介なら間違いないだろうと、夏野は(教導団としてでなく)普通に湖賊の就職試験に合格するはめになった、という次第であった。
 湖賊に弟子入りした夏野とアーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)は、甲板掃除や料理の手伝いをしつつ、誰よりも、湖賊と信頼を結び、そして湖賊の仲間として認められたのであった。
 と、いう長い話を、酒場で聞くセオボルト。
「ふむ、ふむ。成る程わかりました、ではどうぞよろしくお願い致します。
 (本シリーズでは)湖賊の、夏野夢見さん」
「よろしくね!」



4-05 ブトレバ水軍

 ここで、シーンは、冒頭の戦いに戻る。
「邪魔するな、殺すぞ」
 向かってくる敵逃げる敵片っ端から切り刻む刀真。「時々はっちゃけるのは仕様です」
「仕上げだ、我が一尾より煉獄がいずる」



 接触から半刻と立たない内に、炎上する黒羊水軍の一隻。
「何とも、派手にやってますな」
 教導団の船上から眺める、セオボルト。(ローザマリアの姿は見えないが……?)
 刀真らは、次の船に飛び移ろうとしている。
「おぉ。我らは、まだかえ!」
 敵を前に、船の舳先に立ち、張り切っているヴラド・ツェペシュ(ぶらど・つぇぺしゅ)
「串刺しじゃ、そなたら全員串刺しにしてやるのじゃ!!」
 そんな台詞を無邪気に言い放つ、ほんの少女の姿の彼女、実はルーマニア独立のかつての英雄。かの有名な串刺し公なのであるから頷ける。不敵な笑みに生来の性格が残っていることが垣間見える。セオボルトが英霊として契約する際に、召還事故で現在の姿にしてしまった。
「もうちょっと待って、だねー♪ きっともうすぐ、ローザが……そしたら」
 船に残ったローザ組の一人ネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)
 ふわふわした箱入り娘な精霊だ。が、
「一艘一艘、確実に葬り去ってあげるからねぇ♪」
「よーし。串刺しじゃ、一人残らず串刺しにしてやるのじゃ!」
 セオボルト、「…………恐いですな」。文治、「ああ」
 夏野も、スナイパーライフルを持ってきた。アーシャが台を用意している。「今日も快晴、狙撃日和だねっ」
 セオボルト、「…………さて、船室で芋ケンピでも」。文治、「ああ。酒でも用意しよう」



「おい何だ黒羊水軍のあの様は」
「奴ら、水上砦も黒焦げにされたというに、また同じことやられているではないか」
「相手が湖賊だ。侮ってはいかん。我々があちらへ向かうべきだな。見よ、教導団の船の方は動いて来ぬ」
カピラ将軍! 我々の後方の船団より、火の手が上がっております!」
「馬鹿な? ……慌てるでない。おそらく少数の特殊兵が乗り込んだか。速やかに消火にあたり、各船に水中からの敵に警戒を呼びかけよ。
 黒羊のあの船はもう駄目じゃな。これ以上被害を拡大せぬよう、遠ざけた方がいい」
「あっカピラ将軍。教導団の船が動き出しました」



 ブトレバ水軍後方。
 潜水した上で、超感覚の音響定位(ソナー)を使用、水中から極秘裏にブトレバ水軍へ急接近していた、ローザマリアとシルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)。敵船団の真下を潜水し一気に後方へ抜けると、最後尾辺りの船舶のうち、比較的小柄な船へ取り付き、音を立てないように、慎重にそれぞれが二方向から乗り込む。二人の遂行した作戦だ。
 極力音を立てないように敵を無力化し、船を制圧。これをできたのは光条兵器のためだ。ローザマリアは、ペットボトルの底をくり貫いた即席のサイレンサー狙撃銃も用意してきていた。
 制圧後、可燃物も燃やすと、二人はすぐに次の船に取り付き、注意が向いている敵の背後から襲いかかるゲリラ戦術を行った。
「はぁ、はぁ」
「ローザ。おそらく、旗艦はあれだわ」
 これもまた、混乱を生じさせ、指揮を下している敵旗艦を探し出すための作戦であったのだ。
「はぁ、はぁ。グロリア(グロリアーナ)に合図を……」
「ローザ大丈夫?」
「ええ、獣人のあんたのようにはいかないね。超感覚でも、あたしの場合は半獣化(下半身が鯱の人魚形態)だし、水中に長時間いるには、……」
 兵が来た。
「あっ。いたぞ!」「敵、発見しました」
「くっ」
 ローザマリアはグルカナイフ(リターニングダガー)を抜く。
「ローザ。ここは任せて。」
 スプレーショットを掃射する。
「……旗艦まで行ける?」
「ええ、行ける……。この緒戦は絶対にものにする。私は負けない」



 湖賊の船は、算を乱した黒羊水軍に近づくと、一斉に攻撃を始めた。
 それに比べると教導団水軍の方はまだ動きが悪く、ブトレバ水軍の一艘と何とか競り合う。
「おおっ、とっ。船がゆれるっ。これじゃなかなか狙撃も定まらないよね、アーシャ」
「ええ、っ、夢見。そうです、ね、おっと……わたくしも敵船に乗り込めばよかったですね。このホーリーメイスで、回復するだけがプリーストでないということを、……うーん船酔いしそうです」
 ローザマリアに容姿格好が瓜二つなグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)。船の指揮を執る。
 グロリアーナは、船上でおろおろするばかりの兵に向け、高らかに語り始める。
「ブトレバ水軍が如何程の戦力であろうと、既にそれは形骸に過ぎぬ。それは歴史を紐解いてもスペインの無敵艦隊が証明して見せた通りである。そも我がロイヤル・ネイヴィーはユリウス歴1580年の英西戦争の折り、この妾エリザベス1世が私掠の許可を与えた事により発展の歴史を幕開けるに到った。諸君。煌めく星々の光を、恵の光を放ち続ける太陽を、そして目映くも美しい母なる水面を見よ。この共有すべきパラミタの恩恵を、一部の矮小なる者どもの蹂躙に任せる事は即ち、人間としての尊厳を捨て去る事に他ならない。諸君、我々は新たなる決意の時を迎えたのだ――これが、新生シャンバラ水軍史の幕開けだ!」
 後に、"Elizabeth The Golden Age"とも呼ばれる演説(ヒロイックアサルト使用)である。
 まさに戦いは始まったばかりであったが、これによって教導団兵らの今後の水軍に向けての団結は固まることになる。我々の手で、水軍を担っていくのだ。



「教導団。まだまだ水戦には不慣れなようだが、士気の高さは見るべきものがあるな。侮れん。早めに潰しておかねば。
 しかし……厄介な奴が。まだ、捕まらんのか。一匹二匹の仕業であろう。惑わされるな」
「あっ、いた。カピラ将軍、あそこを!」「敵だ。あいつか」
「おお、鯱(の獣人)とな。教導団め、このようなものを南部に持ち込みおって。我が旗艦を狙っておったとは……恐るべし。ええい、射殺せ。射殺すのじゃ! あっ!!?」
「将軍?!」
 将軍の肩から血が噴出し、倒れた。
 シルヴィアが水上で敵の注意を引く間に、乗り込んでいたローザマリアの銃弾だ。
「はぁ、はぁ。やった……?」
「将軍!」「女……あいつが狙撃手か?」「捕えろ!!」
「く、大丈夫じゃ。何と……まだ幼い少女ではないか。何故じゃ、そなたのような……」
「将軍、危険です。おい、周りを固めろ。女を逃がすな」
「しくじった……か」
 ローザマリアは二撃目を定めるいとまはない。ナイフに手を伸ばす。
 水面からシルヴィア、
「ローザ。こちらへ! 敵の損害は十分でしょう」
「でも、……あっ」
 カピラの剣が一直線に飛んできて、ローザマリアのナイフを甲板に叩き落した。
「観念せい。そなたのような少女兵が戦うとは、教導団」
「次は必ず」
「おおっ待てっ」
 ローザマリアは船を飛び出し河へ飛び込んだ。



 水軍緒戦は、教導団=湖賊同盟の圧倒的な勢いに飲まれるようにして、黒羊、ブトレバ両水軍の幾艘かが、東河に沈んだ。東河の水蛇と謳われたブトレバにも些かの動揺は与えたろう。
 だがまだ全局を見れば、ほんの始まりに過ぎず、敵に与えた打撃は大きくはない。
 黒羊水軍については、ブトレバの後方支援に回りつつあった。これからは、ブトレバ水軍が前面に出てくるだろう。
「湖賊め。それにあの少女、なかなかに面白い」
 黒羊側は、自国の水軍に投資するよりも、ブトレバに援助を回し、自らは、水上砦を運河のように河いっぱいに拡げ防備を固め始めていた。運河が完成すれば、河を北上し水路から黒羊郷を攻略するのが難しくなる。



 燃え盛り、沈んでいく船。水面に浮かぶ死骸。
 その中から……
「うっ、危なかったぜ……」
 顔を出したのは、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)だ。
「兄貴。無事か?」
 アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)も何とか無事なようだ。
 ノイエ・シュテルンのうち黒羊郷に潜入していたうちの一組の筈だが……彼らは、谷底に落ちたアクィラを捜索したところ、ザルーガ(彼は地下方面も含め探索していた)が彼らを発見するに至った。ハインリヒを交え話し合い、彼とアクィラが引き続き、黒羊郷での潜伏組として残り、ケーニッヒがアクィラの調べ上げた黒羊郷の地図を書き写し、持ち帰ることになった。油紙に包み服地の中に縫い込んだ上で。これなら、戦いに巻かれようが水に落ちようが大丈夫だ。
 こうして黒羊郷を出た彼ら。
 敵地を通過する際、彼らは怪しまれないよう、ブトレバ水軍に傭兵として潜り込んだのだった。
 おかげで、教導団の勢力圏内にも一気に近づくことができた。
 その後は、船から落ちたふりをして、戦線を離脱、というわけだ。
「兄貴? おい……」
 しかし……あのとき。
 ブトレバの軍船。敵が侵入したという。敵……無論、教導団ということになろう。いや、同盟を結んだ湖賊かも知れない。
 いずれにしても、とケーニッヒには思った。「いくら任務のためとは言え、味方を傷つけたとあっちゃあ、寝覚めが悪いからな」
 しかも、どうやらほんの少女らしい。「おっ」剣の峰で傷つけないよう、戦おう、と思っていたところ、不意に相手と出会った。不覚……さすがは同じ教導団、かなりの使い手で、手加減したところまったくこちらが斬られてしまった次第。それから間もなく、船は沈んだ。
「兄貴。切られていたのか。大丈夫か? 肩につかまれ」
「いや、ザルーガいいのだ。傷は浅いんだ。おぉ、すまんな……」
 としているところへ……
 ブトレバの小船が来た。
「……」「……」
「おっ! おいそこのドラゴニュート傭兵、生きてるか! そっちの男は、どうした?
 早く乗れ、一旦本国に引き上げる。損害も少なくない、見ろ周りは死体だらけだ」
 ブトレバまで逆戻りしては、何にもならない。しかしここで逃げれば、怪しまれる……。
「……兄貴、潜れるか」「ザルーガ?」
「おい……どうした、今引き上げる」
「兄貴だけでも戻るんだ」「おいザルーガ」
「こいつはもう駄目だ。死んでる。俺以外に、もう生き残りはおらんようだ」
 ザルーガはケーニッヒを肩から下ろし水中へ放った。
 ケーニッヒは、水底をたどって、岸辺まで泳ぎ着いた。ここからなら三日月湖はそう遠くない。だが、「ザルーガ……」
 ザルーガはブトレバ本国へ向かい、再び教導団を攻める先陣に加えられることになる。