リアクション
* 会議は、続く。拠点となる三日月湖そのものの統治についても詰めねばならない。 「評議会という意見もあったが、これは危険だ」 クレアの意見だ。 「民の発言力が増せば、相対的に統治者の発言力が減る。女王政治復古を踏まえ、有力な貴族・豪族も多いことを考えると、そういう形態を教導団が率先して示せば、周囲の権力者からは煙たく見えよう。 ともあれ"教導団主導で"そういう形をとることは、望ましくない。 代わりに、民間の声を統治者に届けるための場を作るというのがいいであろう」 戦部の意見は、そもそもこれに対するものだった。 「我からすれば、共同体案は、後始末は丸投げの無責任極まりないものと思えますね。たとえ街の反発があろうと、教導団が前に立って、現状復帰までは責任を持ってやりきる必要があると考えますが」 バンダロハムを占領せずに他に拠点を築いたとしても茶を濁すだけであり、バンダロハムを戦乱に巻き込んだことは消えない。復興を他人任せにすれば、ただ街を破壊しただけになる、とリース・バーロット(りーす・ばーろっと)は付け加える。 リースは、更に強く意見を述べる。 「補給線を考えると、ここバンダロハムやウルレミラが寝返っただけでこちらの負けとなってしまいますわ。 そのため、現状復帰の責任を果たす意味でも、日和見のウルレミラに無言の圧力をかけて、離反を防ぐ意味でも、教導団が入って占領統治をすべきですわ」 あくまで教導団が前に立ち、その後の統治までを含めた復興を進めていく。バンダロハムやウルレミラに離反されないためには、完全に教導団による統治としてしまうべき、か。 復興についても教導団主体で、責任をもって果たす。そのことで、世間からの不満は出ないようにする。 戦部は机に手を置き、「理想論だけではお腹は膨れないし、身を守れないですよ」 そうなのかも知れない。しかし? クレアも、腕組みし考え込む。 共同体案にも、教導団による支配やウルレミラによるバンダロハムの併合などでないことを世間に知らしめるという意図があった。教導団は発言権を確保することで、あくまで後見的な位置に立ち、政治はこの土地の人間に任す。あくまで、軍事的な拠点としてのみ。 ともあれ、教導団はすでに、復興には乗り出していることにはなるのだが。 あとはこの地を教導団が正面から治めるか、後見の位置にとどまるか。そこで出てくる違いは。 後者の場合、統治には、ウルレミラも認め得るバンダロハムの没落貴族を探し、統治にあたらせる、ということは前回も話された。ただ、新領主……その具体像はまだ見えてこない。(丘上に残る貴族や旧家らは、代表各が首を飛ばされたことで表向き大人しくなっていたが、皆何がしかの悪評が聞かれる者たちだ。これらはむしろ未だバンダロハム市内に残る不満分子と言え、彼らについての対策は誰も講じてこなかったが、この頃、その貴族らが少しずつ、姿を消すことになる。) 現在のところ、実質的には、教導団が統治を始めている、ということにはなるか。(現在行われているのは、街の復興作業が中心だが、他地域間との街道整備や、治安維持を教導団が行うのは、教導団による統治を意味しないか。三日月湖の防備に兵が入り、街道にもクレーメックが兵を展開する。現状は、軍事に備えてのことだが、結局それは、その後(戦後)を見据えてのことにもなるのではないだろうか。) この後を、どこに落ち着けどころを見出すかによるのか。 「おにぎりが食べたくなってきたな」 「私も、おにぎりが食べたいな」 「我もそれには賛成ですね」 こうして、クレーメック、クレア、戦部少尉らは一旦会議を打ち切り、三人揃ってウルレミラのおにぎり屋さんへ小走りで走っていった。 *ここで少し(前シリーズを)振り返りながら真相に触れてみると、もともと教導団の生徒らは、理由を聞かぬまま、三日月湖に遠征して来た(修学旅行と聞いてきた者もいた)。それは実質、(第四師団としては)大規模な遠征軍であり、教導団上層は黒羊郷における反教導団の動きを察知していた。なのでそもそも、後々、黒羊郷を制圧するための拠点を求めての行軍でもあったわけだ。 そこで選ばれたのが、その中間にある三日月湖地方。 ウルレミラとバンダロハムは三日月湖地方にある二つの小国のようなもので、この地方を外敵から守っていたのはバンダロハムの存在によるものだったと言える(二つの国がそれを意識することなく。バンダロハムはバンダロハムで国内の管理をできず(せずに)に荒んでいたし、ウルレミラは自国の防衛手段(強力な軍事力)を持たない無防備な国だったということになる。それでもバンダロハムがウルレミラを攻め取ったりしなかったのは、統治を行う貴族ら(傭兵を軍事力として持つ)が民から吸い上げ、満足して暮らしていたからか。吸い上げられる層の者(食い詰め等含む)らには、上の軍事力(傭兵)に対抗する力もないし、さすがにウルレミラに略奪を行うほどの力はなかった)。バンダロハムの傭兵はその存在性としてはむしろ、王や諸侯にとっての騎士に近かった。(そもそもこの二小国がどうやって同じ三日月湖に発展してきたかは、歴史を紐解いてみなければ……。) この地方は比較的豊かで、周囲に大きな勢力もなかった。(湖賊や山鬼。) 教導団はおそらく、ウルレミラにあくまで滞在先として宿の提供を求めただけであったのだろう。 ここで問題を起こさせ、それに乗じてバンダロハムを占領してしまおうというのがそもそもの、(総大将パルボンの(今唯マスターのじゃなく))策だったことになろう。バンダロハム貴族は、教導団が三日月湖を支配するのをよしとする筈はなく、教導団にとってそもそも邪魔な存在であったわけだ。 しかしまた、黒羊郷の方でも教導団の動きを察知していたというわけになる。 ともあれ教導団は黒羊軍を撃退、黒羊軍に加担したバンダロハムを抑えるという形でひとまずは占拠することができた。(そうでなければ(黒羊軍が来ていなければ)、(生徒に)バンダロハムとの間に問題を起こさせ、言いがかりを付けることで占拠することになっただろうか。この場合、どう違っていただろう。) あとは、どう統治していくか、が今の問題となっていることになろう。(読者の皆様もこの用意されたモデルについて意見がございましたら掲示板等で交わしてください。) 1-02 復興していく街 鋼鉄の獅子、ノイエ・シュテルンらと共に、第四師団を支えてきた隊、【騎狼部隊】。戦場においては、常にその要となってきたイレブン、デゼル、騎狼部隊は今、彼らの不在により一時戦線からは離れ、主に一条・林田らによって三日月湖の復興支援において、力を発揮していた。 「じゃあ、私たちは、北の森方面へ見回りに」 「ああ、候補生(一条)。では、私の方は、引き続きバンダロハムで活動を行う」 一条と別れ、騎狼部隊の半数を率いてバンダロハムで動く林田 樹(はやしだ・いつき)。 「青年(イレブン)、姉御(デゼル)……。今頃、どうしているのだろうな。黒羊郷の風景を、どのように見ているのであろう」 一方、林田の見てきた光景は…… ――およそ一ヶ月前。 バンダロハムの戦いが終わった直後だ。 ……荒れ果てた大地を見ると、昔のことを思い出す。 瓦礫に埋もれ、随所に煙の立ち昇る、バンダロハムの街。林田は、しばし思いにふける。 全てがなくなって、身一つでパラミタの地にやってきた十年前を……。 兵器に拘った昔と違い、今は別のものが見え始めた。 その気持ちを、祈りに変えられないだろうか…… と。 その日から、林田は、プリーストの衣を纏い(転職し)、復興に力を注いできた。 戦いの終わった直後、バンダロハムの街には、累々たる死体の山が築かれていた。北の境界までずっと……林田は、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)や緒方 章(おがた・あきら)と一緒に(コタローはバックパック)、騎狼で回った。民、浪人、傭兵、仲間の兵、無論、敵……黒羊兵の遺体も。 「樹様。この大八車に乗せて運びましょう」 民に聞いたところ、北の森を東に抜けたところに、少々荒れているが河の見下ろせる丘陵がある。付近に共同の墓地もあり、その辺りがいいだろうということになった。 力持ちの騎オークどもが穴掘りをする。皆も一緒に穴を掘った。 「樹ちゃん。そうだね、宗教のことを考えると……」 手伝っていた三日月湖の民には、黒羊教の弔いを知る者はなかった。 緒方は、 「ま、樹ちゃんが思う通りにやりなよ。万物に祈る形でも良いし」 「そうだな。よし、……私に英霊の力が宿るのであれば、その力現れるが良い!」 「へぇ、僕のチャフは、樹ちゃんではこうなるんだ……」 林田が祈りを込めると、周囲に、蛍のような淡い灯火が無数に浮かび上がり、それが戦死者たちの眠る大地に優しく降り注いだ。 「樹ちゃん……」「樹様」 そしてただ、静かに黙祷する林田。緒方も、ジーナも(コタローはバックパックから出てきて)同じように祈りを捧げた。 「ねーたんの、のんのん(お祈り)、ほたるさんらお。きれー」 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は少しはしゃいだが、 「……」静かに目を閉じている三人を見て、「のんのん……」自分もそれに倣った。 その後…… 騎狼部隊は、農地整備にあたることになる。 これは無論、本営チームとの間でも話し合われた筈であり、林田はその必要性を説いたことになる。 今日も、騎狼部隊を引き連れ、騎狼に乗ったプリースト姿の林田が三日月湖を駆けている。 戦死者の墓地に参り、帰りには、河の近くの農地を通る。あの始まりから長い日々が経ち、整備され出した農地がかつての泥沼帯に広がりつつある。緒方の博識や、コタローのヒラニプラ知識がここに役立っている。「こた、ぱしょこんれ、けーさんいっぱいしたお。きょーのーなんの、けーさんそふと、こた、つかったれす」 バンダロハムに戻ってくる林田。 楽しそうな声が聞こえてくる。丘上の、かつての貴族の屋敷の一角を借り受けて作った、孤児院だ。併設された寺子屋では、緒方が先生役になって子どもたちに読み書きそろばんを教えている。 「あ、きろうぶたいだ。樹ねーちゃん、帰ってきた」 「はーい、子どもたちも、騎狼部隊の皆さんも(騎オークさんも)、ご飯ですよー」ジーナが言う。 子どもたちには、笑顔が戻り始めている。動乱から三ヶ月……ここまで来るのは、大変だった。 「樹様」 「ん? どうした、ジーナ」 「ワタシが、ついてますよ」(「い、樹ちゃん! 僕がついてるよ!」「こたもれすよ」) |
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