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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション

 モーナ・グラフトンの工房に着いた一行は、庭や外に積まれたパーツの量に驚いた。先行組が持ってきたものが山を作っている。襲撃時に動いていたと思われる機晶姫は埋葬したはずだが、跡地にまだこれだけ部品があったとは。
「あっ、ファーシーちゃん、元気してたっ?」
 パーツの乗った大八車を引いていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が駆け寄ってくる。
「うん。一昨日は村長を説得してくれてありがとう!」
 再会に喜び、ファーシーが声を弾ませた。
「パーツを運んでいるんですか?」
 フィアが言うと、ミルディアは頷く。
「あたしは技術的なことはわかんないからね。服装とか言われても無骨になっちゃうし……そのかわり、運搬はこれを使って超特急でやるから、下手な手持ちよりも速いよっ! あ、モーナさんの所に案内するね!」
 彼女について工房に入ると、既に沢山の生徒達が立ち働いていた。風祭 隼人(かざまつり・はやと)ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が近付いてくる。
「ルミーナさん、皆も、道中何もありませんでしたか?」
「ええ、みなさまのおかげで安全でしたわ」
 ルミーナが微笑む。ティエリーティアは大地からファーシーの身体を受け取ろうとする。
「大地さん、お疲れさまですー。僕が持ちますよー」
「「と、とんでもないっ!」」
 大地だけじゃなく、スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)までもが慌ててすっ飛んでくる。
「だ、だめですよティティ! 機晶姫の機体は見かけによらず重いんです! それはおまかせしましょう」
「あと少しですし、俺が運びますよ」
「そうですかー? あ、大地さん、僕、アーティフィサーになったんですよー」
 4人に案内されて奥へ行くと、つなぎを着たモーナが準備万端で出迎えてくれた。ごちゃごちゃな周囲とは違い、作業台の上は綺麗に片付けられている。
「よく来たね、ここに載せて。えーと……ファーシーさんってのは……あ、銅板の方」
「あなたがモーナさんね! はじめまして、ファーシーです」
 ファーシーが挨拶すると、モーナは目を丸くした。
「あ、うん。……うわあ、本当にしゃべるんだね。話に聞いててもびっくりするよ」
「すごいでしょー! わたしも信じられないくらいよ! みんなが助けてくれたの!」
 布を開きかけていた手を止めて、モーナは笑った。
「何だ、素直ないい子じゃない。小生意気だとかって噂もあったけど……」
「近くで見てもいい? あたしも機晶姫の修理をしてるの」
「もちろんだよ。カレン、あんたもおいで! 司君も!」
 未沙が言うと、モーナはカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)白砂 司(しらすな・つかさ)を呼び寄せた。ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共にやってくるカレンと司に場所を開ける。サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)も後から来て、ファーシーに話しかけた。
「直接話すのは……あれ、会うのも初めてですね! サクラコです。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ! よろしくね」
 サクラコは、5000年前のファーシーの話について、不謹慎とは思いつつも心を揺さぶられる物語だと思っていた。科学者である司はまだ修理に不安を持っているようだったが、語り手である彼女はファーシーが身体に戻れる奇跡を素直に願っていた。
「魂と銅板の融合か。興味深いサンプルだな」
「さ、サンプル?」
 冷ややかな司の物言いに、ファーシーはびっくりした。サクラコが声を出さずにおかしそうに笑う。司が本心では、意識ある1人の善人としてファーシーに幸せになってもらいたいと思っていることを知っているからだ。
「ファーシーは、ルヴィと結婚式というものをやるらしいな」
「うん、そうよ!」
 ジュレールが訊くと、ファーシーは明るい声で言った。
「ふむ……」
 これまで沢山の人と接する事で様々な『感情』というものを理解してきたつもりであるジュレールだったが、よく周りの者が口にする『愛』と言う感情は未だ良く分からなかった。自分がカレンに抱く感情も『愛』らしいが、いわゆる異性への愛情と言うのは皆目理解し難いものだ。
 そしてカレンをちらりと見る。
(まあ……もっとも、カレンが異性への愛と言うものを理解していない様だから、我に分かるはずも無いか……。ファーシーを見て、少しは理解出来るといいのだが)
 モーナは、2日前にメンテナンスを見せた2人にも声を掛ける。
「翡翠君と蘭華もご苦労様。もう少し見えるところまで来ていいよ」
 ラズが、前に出て言う。
「自分も構わないかな?」
 どんな些細なことであっても、機晶姫に関する知識を得たい。彼はそう思っていた。
「うん、いいよ。じゃあ、診断を始めるね」
 布を少しめくった所で、モーナはファーシーに目を向けた。
「ルミーナさん? だったよね。ファーシーさんはあっちに行ってた方が良いかも……」
「え? どうして……あ……」
「大丈夫」
 ファーシーはそこで、はっきりと言った。
「魔物化しかけた時に、壊れた身体は見てるから、大丈夫」
「そう? ……開けるよ」
 布を取ると、そこにはかろうじて人型を保っている機体があった。破損箇所が多く、内部のコードがそこら中から覗いている。少女型と分かるのはそのフォルムと、ショートボブにした水色の髪が少し残っている為だ。
「…………!」
 皆、一斉に息を呑む。巨大機晶姫の体内で一度見ている面々も、一瞬心臓が止まるような気がした。ファーシーとの交流が深まっていれば、余計に。
 モーナはまず、直接機体に手を入れた。左胸部分を重点的に、何かを探るように指を動かし、目を閉じる。
「……魔の気配はあるか?」
 兄からその可能性について伝えられていた隼人が訊く。
「……おかしな気配は感じられないね。元の石が壊れた時に、きれいさっぱり消えたんじゃないかな。魔法に敏感な人とか、何か感じる?」
「ううん。悪いものは無いと思うよ。ね、ジュレ」
 メモを持つカレンが真剣に言うと、ジュレールも首を縦に振る。
「うむ」
「私も感じないわ」
「その点については、安心して良いだろう」
 唯乃と司が請け負うと、モーナは笑って工具を取った。
「後は、これが修理可能かの確認だね」
 丁寧に外部装甲を外し、コードとパーツの繋がりをチェックしていく。
「……………………」
 長いとも短いとも分からない緊張した時間が過ぎていく。やがて、それを解くようにプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が言った。
「時間が掛かりそうですし、全員で見てても何ですからプレナはお掃除してますね」
 気遣いの込もった声に数人が顔を上げた。いつの間にか、22人の瞳がモーナの手元を注視している。それではいくらなんでもやりにくいだろう。他の面々も、何人か雑用を済ませようと散っていく。
「いくらお掃除してもきりがないですねー。ソーニョ君、その隙間に入ってるゴミ取れる?」
 ソーニョ・ゾニャンド(そーにょ・ぞにゃんど)が肩から降りて、奥に転がっていた空き缶を取って来る。
「これ、パーツの材料にするわけじゃないですよね?」
「それは無いと思うよ……」
 缶を一度洗ってから、分別したゴミ袋に入れる。
「ファーシーさん、やっぱり無理してるよね……」
 ソーニョはあの日、ファーシーが死ぬ事を選ぶようなら力づくでも止めるつもりだった。それは杞憂に終わったと思うし、安心したけれど。
 プレナも表情を曇らせる。ファーシーが直面した現実は、想像を遥かに超える重たいものだった。それでもファーシーは負けなかった。ルヴィへの想いの強さも、生きたいって意志も、全部全部確かなモノだって再確認できて、素直に嬉しい。でも――
「大変な事があった後なのに明るいファーシーさんを見ているのは、ちょっと辛いな……」
「少しでも気を楽にしてあげれるよう、協力は惜しまないつもりだよ」
「うん、そうだね」
 その時、モーナの呼ぶ声がして再び全員が集まった。
「本当に必要な部分は残ってたよ。これなら、なんとかなるかもしれない」
 ホッと、場の空気が弛緩する。
「では、私達は集まってきたパーツを仕分けましょうか。まだ、部位ごとになっていませんから。判断は任せますね、フィック」
「う、うん……」
 島村 幸(しまむら・さち)が、メタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)を連れて集団を離れていく。ミルディアは運びかけだった大八車の所へと一旦戻り、唯乃は修理に興味を持っているエラノールを残してフィアと玄関前に移動していく。
 隼人は、黙っているファーシーに目を遣ると、ルミーナに言った。
「ルミーナさん、工房の中を見てまわってみたらどうですか? 彼女にとって、懐かしいものもあるかもしれません」
「そうですわね。よろしいですか? モーナさん」
「いいよー、好きにまわって。パーツに躓かないように気をつけてね」
「…………」
 ルミーナの背中が遠ざかるのを確認してから、隼人はモーナに向き直った。
「彼女の身体にプロテクト機能を付けたいんだ」
「プロテクト? 何か、抑制する必要があるということ?」
「今回の事……彼女が鏖殺寺院に襲われたことが全ての始まりだ。考えたくはないけど……身体を入手し、自由に動けるようになったら鏖殺寺院への復讐を開始するかもしれない。そうなったら、亡きルヴィ氏や当時の仲間……何より、ルミーナさんが悲しむだろう」
「そんな……そんなこと……」
 ティエリーティアやプレナ、カレン達が悲しそうに目を伏せる。
「だから、鏖殺寺院の者を攻撃しようとする場合には、その行動がキャンセルされるようにプログラムを組み込みたいんだ」
 ルヴィは、ファーシーに戦いとは無縁に、幸せに生きて欲しいと願っているだろう。だが、簡単に復讐心を抑え込めるほどルヴィは彼女にとって軽い存在ではない。抑えたくても抑えきれない可能性が高いだろう。
 ――その時の為に、友人として、彼女の新たな人生が復讐に染まらないように、手助けをしたい。
「出来ないことはないけど、正直、あたしはそこまで手が回らないと思うよ。身体を機能させるようにするだけで、何日も掛かる。絶対にバグが起きないような完璧なものを――1人で作る覚悟……自信はある?」
 相手を射竦めるような視線。それを真っ向から受け止めて、隼人は頷いた。
「ああ。……あと、そういう訳だから彼女の身体には武装を施さないでほしいんだ」
「わかった」
 幸とは別に、彼等の話を聞いていたメタモーフィックがそっとその場を離れた。話し合いの中、カレンが手を上げる。
「ボクも手伝うよ!」
「私も協力します」
 言いながら翡翠は、魔改造は自重しようと改めて思った。元々、勝手に変なものを組み込んで失敗したら洒落にならないとは考えていたが。
 ……すごく後ろ髪を引かれるけど。
「加速ブースターは武装に……なりますよねそうですよね」
「もちろんですよマスター。加速ブースターはこの上なく武装です」
 相当数ブースターが積まれている蘭華は、重ブースター装備のピーキーさはよく判っていた。加えて、突進攻撃に非常に有効な加速ブースターは種別がグッズであろうと武装である。
「やだなあ冗談ですよー」
「知ってます」
「あ、そうですか……」
「僕も何かお役に立てれば……まだ新米ですけどー……」
「……転職したての子はやめといた方がいいと思うよ……。君はあたしと未沙の手伝い! こっちもやることは一杯あるんだから!」
「は、はいっ!」
 ティエリーティアに言うと、モーナは未沙を振り返った。彼女は、診断時に行ったやりとりで、未沙の技術に信頼を寄せていた。
「ということで、完成までよろしくね? 君にはあたしの右腕になってもらうよ!」
「うん、任せて! でも、あたしも勉強中だから、ヒラニプラの技術も教えてね」
「OK、分からないことがあったら何でも訊いて。じゃあ、解散!」
 そして、本格的に修理作業が始まった。