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小ババ様騒乱

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小ババ様騒乱

リアクション

 
 
2.小ババ様は無慈悲な魔女の女王
 
 
「光ケーブルが好物なら、餌が集中している場所にある程度集まっているに違いない」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、小ババ様を捕まえるべく蒼空学園の中を進んでいった。
「甘いな、ケイ。闇市で知り合いが転売していたパイのごとく甘いぞ」
 すたすたと緋桜ケイの後を歩きながら、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言った。
「しょせんは紛い物。情けは無用」
「でもさあ。ここまで生きのびてきたんだ、もう別の生き物だと思ってもいいんじゃないのか」
「その甘さが、命取りとならねばいいがな」
 冷ややかに悠久ノカナタは言った。
 まったく、ただでさえロリババは自分一人でいいはずであったのに、最近は何人も幼女で老獪な人物を自称する者が増えている。その筆頭を自称するアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)のことだ、事件を装って自分のアイドル人形を普及させようと企んでいるに違いないのだ。
「許せぬ……」
 ライバル意識をむきだしにして、悠久ノカナタはつぶやいた。
「ああ、それなら、この少し先を右です」
「コンピュータ教室は、あっちにあるんだな。ありがとう、助かったぜ」
 二人の進む先で、光ケーブルと虫取り網を担いだ片良木 冬哉(かたらぎ・とうや)が、斎藤邦彦に道を訊ねていた。
「コンピュータの集中している場所が分かったのかい」
 同じイルミンスールの制服を着ている片良木冬哉に、緋桜ケイが声をかけた。
「ああ、こっちみたいだ」
「よし、なんとしても、イルミンの生徒で小ババ様をすべて捕まえるぞ。蒼空学園の手に渡してなるものか」
 片良木冬哉の返事を聞いて、緋桜ケイが決意を新たにした。
「もちろんだとも」
 なんとしてもパートナーへのお土産にするんだと、片良木冬哉も心の中で誓いを新たにする。
「やれやれ、意気投合するのはいいが、先を急ぐぞ」
 悠久ノカナタが二人を急かした。
「ほら、やっぱり私たちの出る幕はないでしょう。他校からもたくさんの助っ人が来ているんですからね」
 三人を見送った斎藤邦彦が、ネル・マイヤーズに言った。
「人手が多いのはいいことですが。何も起こらなければいいのですが……」
 ネル・マイヤーズは、先ほどコンピュータ室の場所を教えた別のイルミンスールの生徒のことを思って、ちょっと顔を翳らせた。
 
    ★    ★    ★
 
「ようし、たくさんケーブルが集まった。さってと、参りますかあ。これで、絶対小ババ様をおびきだせるぜ」(V)
 床下の光ケーブルを引きずり出して、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は自信満々で言った。さっき道を聞いてここへ来ることができたのはラッキーだった。苦労せずにこうして餌が手に入ったのだから。
「いや、拙者も助かったでござる。これで、ケーブルの換装が完了したのでござるからな。メタルケーブルなら、小ババ様に囓られることもなく、安心して通信を確立することができるでござる」
 自らのアイディアに酔いしれて、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が言った。
 光ケーブルが食べられてしまうのであれば、ケーブルを別の物に変えてしまえばいいのである。ファイバーを捕食する小ババ様でも、銅線は食べられないであろう。
「まったく、何を手伝えと言うのかと思えば、これではただの荷物運びではないか」
 ツァンダ市内の電気屋からケーブルの束をかかえてきた山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)が呆れながら言った。そもそも、なんでこんなに騒ぐのかが彼には理解できない。パソコンという物は、勝手にネットに繋がっている物ではないのか?
「それにしても、こんなことで解決するのであれば、環菜殿が最初からこのケーブルを使っていたのではないのか?」
 さっぱり分からない山中鹿之助が、余ったケーブルの束をかかえて言った。
「そこは、拙者の考えが斬新であったがゆえでござる。常人では、この発想は浮かばないでござるよ。これで、ネットゲームも安心して遊べるというものでござる」
 そう言って、はんだごてを持った坂下鹿次郎は胸を張った。
 せっかく買ってきたケーブルであるが、コネクタがあわないので両端を切断し、直接はんだづけして接続したのである。
「ええと……」
 ウィルネスト・アーカイヴスは、どこをどう突っ込んだらいいのか困って何も言えずにいた。
 そもそも、光通信とそれ以外では送受信される信号自体が別物である。現在は光ファイバーによるレーザーバルスを高速で送受信し、それを専用回路で電気信号に変換するのが一般的になっている。プロトコル自体はメタルケーブルでも問題ないが、信号自体は光と電気ではまったく伝導体が別物である。
 坂下鹿次郎が店から買ってきた物は、GP−IB用のセントロニクスケーブルであったのだが、なぜそんな物がツァンダで売られていたのかは永遠の謎であった。
 当然、金属は光を通すはずもなく、この教室のLAN回線は切断されるどころか、コネクタごと破壊されるという恐ろしい結末となってしまった。
「まっ、蒼空学園の末端のLAN回線がいくつ死のうと構わないか」
 ウィルネスト・アーカイヴスは、そうつぶやいた。Xサーバーと携帯電話の基地局さえ無事であれば、ツァンダで携帯電話を使えることができる。蒼空学園の教室が情報の孤島と化しても、イルミンスールとしては知ったことではない。
 かさかさかさ……。
「おっ、来たかな?」
 釣り糸よろしく、光ケーブルの先端を固結びにして床下に垂らしていたウィルネスト・アーカイヴスは、すっとそれを引き上げた。床を一段高くして各種ケーブルを這わしているOAフロアのメンテナンスパネルを開けた穴から、引き上げられた光ケーブルに食いついた小ババ様たちが、まとめて上がってくる。
「大漁だぜ!」
 ウィルネスト・アーカイヴスがほくそ笑んだ。素早く、用意しておいたビニール袋に、小ババたちを詰め込む。
「でかした」
 横合いから、小さな手がすっとのびてきて、ウィルネスト・アーカイヴスから小ババ様の詰まった袋を横取りした。
「ああ、何をしやがる」
「ふっ、しれたことよ。このまま、すべて叩き潰すのだ」
 悠久ノカナタが、容赦なく言った。袋の中に手を突っ込んで、小ババ様を一匹取り出す。
「アーデルハイトを圧倒できるのは、わらわだけであるのだ。たあいもない分身とはいえ、誰が、他の者などに自由にさせるものか……」
 すわった目で、悠久ノカナタが言った。鬼気迫る雰囲気に呑まれて、さすがにウィルネスト・アーカイヴスが後退る。
「こ、こばぁ……」
 悠久ノカナタの手の中で、握られた小ババ様が、ちょっと苦しそうに声をあげた。
「カナタ、もうそれくらいでいいだろう。逃げられないように箱にでも入れてイルミンに持って帰ろうぜ」
 さすがに見かねて、緋桜ケイが言った。
「ならぬ。このようなもの、このようなものなど……」
 小ババ様をつかむ手に、悠久ノカナタは力を込めようとした。
「こ、こ、こば……こば……ば……ばー」
 苦しそうに顔を顰めた小ババ様が、すがるような目で悠久ノカナタを見あげた。
「ううっ、ううううう……。で、できぬ……」
 その潤んだ瞳に負けて、悠久ノカナタが手に持った小ババ様とビニール袋を思わず手放した。そのまま、がっくりと床に両手をついてうずくまる。床の上に、悠久ノカナタの美しく光る銀髪が髪溜まりを作った。
「こばばば……!」
「ああ、なんてことしやがる。せっかく捕まえたのに逃がしやがって」
 次々とビニール袋から逃げだして教室中を駆け回る小ババ様たちを見て、ウィルネスト・アーカイヴスが怒鳴った。
「早く、捕まえないと」
 緋桜ケイも叫ぶが、なかなかに小ババ様たちはすばしっこい。うずくまったままの悠久ノカナタの周りで、追いかけっこが始まった。
「待てー」
 光ケーブルを振り回しておびきよせようとしていた坂下鹿次郎であったが、あわてて振り回しすぎたために、光ケーブルその物で鞭のように小ババ様を叩き潰してしまった。
 しゅわわーん。
「ああ、だめではないか」
 山中鹿之助が呆れる。
「ここは、俺に任せろ!」
 虫取り網を持った片良木冬哉が、床の上をそれで薙ぎ払った。素早い動きの網と棒に薙ぎ払われて、多数の小ババ様がしゅわわーんと光になって散っていく。
「ああ、どんどん光に……」
 あまりの結果に、緋桜ケイが唖然として立ちすくむ。
「何をやってやがる。俺様が手本を見せてやるぜ!」
 言うなり、ウィルネスト・アーカイヴスが、狙いをつけた小ババ様に飛びかかった。みごと、両手で小ババ様を押さえ込む。
「やったぜ!!」
 捕まえた小ババ様をつかんだ右手を力強く高々と掲げてウィルネスト・アーカイヴスが叫んだ。
 しゅわわわーん。
「あっ……」
 突きあげた手で小ババ様をそのまま握り潰してしまい、ウィルネスト・アーカイヴスが呆然として立ちすくんだ。
「もうよい、もうよいのだ」
 まだ床に突っ伏していた悠久ノカナタがつぶやいた。
 カリカリカリ……。カリカリカリ……。
 何か不吉な音が、悠久ノカナタの耳元で聞こえた。
 顔をあげてみると、彼女の銀髪を、小ババ様たちが美味しそうに囓っていた。
「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
 自慢の髪を囓られて、悠久ノカナタが壮絶な悲鳴をあげた。さすがの緋桜ケイでも、今までこんな声は聞いたことがない。
「おのれ、許さぬ。許さぬぞ、アーデルハイト!!」
 小ババ様たちを振り払って立ちあがると、憤怒の形相で悠久ノカナタが言った。小ババ様たちに囓られた銀髪は、途中で変な方向に折れ曲がってしまい、ピンピンとあらぬ方向にはねてしまっている。
「ふふふふふ……」
 不敵に嗤う悠久ノカナタの周囲でゆっくりと風が渦巻き始めた。みるみるうちに、教室内の温度が上昇していく。
「逃げ隠れしても無駄だぞ。覚悟するのだな。すべて焼き尽くしてくれるわ!」(V)
「くっ、そう来るか。カナタ、や、やめ……」(V)
「こばーーーーー!」
「こら、放火は俺の専売特許……」
「教室が……」
「拙者たちを巻き込……」
「もう遅いのであ……」
 緋桜ケイたちの制止も聞かず、悠久ノカナタのファイヤーストームが教室内で炸裂した。