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【十二の星の華】悪夢の住む館

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【十二の星の華】悪夢の住む館

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第2章 隣人と困惑(前編)

『フリッカ。何か判りましたか?』
 携帯電話から聞こえるルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の声に、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は廊下の窓から外を眺めた。
「難航中よ。無いのかしらね、『失踪人年鑑 最新版』みたいなの。空京大学の図書館っていうから期待してきたのに、ちょっと肩すかしだわ」
『……それは、図書館のせいではないと思いますけど』
「彼方さんも意外とケチね。事件解決に協力するんだから、クイーン・ヴァンガードのデータベースくらい、ちょこちょこっと覗かせてくれればいいのに」
『個人情報と機密情報の塊ですから……なかなか難しいんでしょうね』
「行方不明の兄さんの照会、ちょっとしてもらうだけよ?」
『フリッカ? あの、フリッカ?』
「協力の代償としては高くないと思うんだけどなぁ」
『フリッカってば!』
 ややトーンの上がったルイーザの声に、フレデリカはきょとんとした声を返した。
「なーに、大きな声だして?」
『「なーに」じゃないです。その肝心の「協力」の方はどうなってるんですか? さっきから一言も出てきてませんよ』
「ああ、そっちね。あははは……そっちも芳しくないんだよねぇ。『鳴動館の所有者の情報』『設立目的』『建物の構造』……どれも当たらずよ。何これ? すごい機密情報ってこと? 私たち、何か危ないもの手を出してる? 消される?」
『……別段歴史のある建物でなくて、単に新しいということも考えられますね』
 広がっていきかけたフレデリカの思考に、ルイーザが一瞬でブレーキをかけた。
「ということは、近隣の人たちの方が詳しいってことね」
『かもしれませんね』
「じゃ、ルイ姉にお任せだわね。彼方さんには合流できたんでしょ?」
『ええ』
「私も今から行くけど、頑張ってよね。ルイ姉が活躍すれば彼方さんに恩も売れて、剣の花嫁の立場も向上! もしかしたらデータベース覗かせてくれるかも知れない! そしたら、兄さんだってすぐに見つかるかも知れないんだから!」
 活気のみなぎるフレデリカの声。
『……そうですね』
 返ってきたルイーザの声には曇りが滲んでいたのだけれど、フレデリカはそれに気がつかなかった。

「なぁ、とりあえず正面から鳴動館に乗り込んでって調べちまった方が早いんじゃないのかー?」


 鳴動館周囲の住人への聞き込み。
 住宅を除けば後は背の高い木々が生えるばかりという道を歩きながら、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が少し退屈そうに呟いた。
「いいえ、まだまだ。いい? 優秀な報道は、必ず地道な――足を使った頭を使った地道な取材から生まれるんだよ! まずはしっかり足下を固めなくちゃ!」
 ウィルネストの言葉に元気よく答え、羽入 勇(はにゅう・いさみ)は拳を握りしめた。
「俺、別に報道目的で来たわけじゃないけどなぁ」
「むむ。でも、いいの? あんな洋館、突然飛び込んだらゲジゲジしたやつにワシャワシャしたやつ……そう、害虫だらけってこともあるかもしれないよ?」
 目に見えて怯んでみせるウィルネストに、勇は少し意地悪そうな表情を浮かべた。
「そういうロマンの欠片もないものは遠慮する。ホントの超常現象が盛り沢山な館だったらなぁ……俺、すげぇ幸福なんだけどなぁ」
「そこだよ」
 キラキラと目を輝かせるウィルネストの横で、勇は顎に手を当てる。
「普段の鳴動館への人の出入り状態の不思議さ」
「昼間はほとんど静まりかえってるって話だったな」
 ウィルネストは、周辺の住人から聞き込んできた情報を頭の中でなぞり返した。
「顔の見えない館の所有者」
「夜だけしか人がいないなら、接点って生じにくいよな。それに、たまに人がいてもだーいたい一人。おまけに、それが毎回違う奴なんだろ?」
「囁かれる様々な噂。そのでどころ」
「周辺の人たちの経験の詰め合わせってとこだよなー」
「……なんかあおりが並んでるだけの方が面白そうだね」
「……いや、真実を求める記者さんだろー? おまえ」
 ウィルネストの言葉に、勇はふるふると頭を振った。
「はっ! とにかく、超常現象と言うには明らかに人為的だよ。特に、あれ」
 勇が指さした先には一本の木。
 途中からバッキリと枝が折れてしまっている。
 さらにその先には住居の屋根。
 こちらも、何か重量のあるものがぶつかったかのように損壊している。
「鳴動館だけじゃなくて、他の人の家まで被害が出てるってとこが変だよ。もしかして鳴動館はおとりで……本命は、こういう破壊活動じゃないのかな?」

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「おう、兄ちゃん達、細っこい腕してなかなかやるじゃねーか――こいつもいけるかい?」
 豪快に笑いながら。
 大工の棟梁が、「ほらよっ」とばかりに角材を一本追加。

『はいっ!』

 和原 樹(なぎはら・いつき)月島 玲也(つきしま・れいや)は明るい声を上げた。


 トンカントンカントンカン……。
 金槌が釘を打つ音が周囲に響き渡る。
 目の前では、鳴動館の騒ぎで庇が破壊された家が、まさしく修理中だった。

「よくはわからないんだけど……大丈夫? 玲也さん、クイーン・ヴァンガード、だろ?」
 ひょいっと角材を担ぎ直し、樹が前を歩く背中に向かって声をかける。
「なにが?」
「えーと、つまり……こんなとこで角材担いでていいのかってことだけど」
「……やっぱり、怒られると思う?」
 あまり表情には表れなかったが、玲也の声には不安が滲んでいた。
「い、いや、知らないけどっ! なんかテティスさん捕まってるし、クイーン・ヴァンガードはそっちに全力投入かと思ってたから」
 樹の言葉に、玲也は少し考え込み。
 それから、
「僕は、クイン・ヴァンガードとして誇りも持っているし、テティスさんの事も信じてる。あ、クイーン・ヴァンガードだからってことじゃなくて、あの人を見いてそう思うってことだよ」
 ゆっくりと考えをまとめるようにして言葉を紡いだ。
「確かにクイーン・ヴァンガードは、女王を護るのが仕事。でも他の方を傷つけても良いと思っているわけじゃない。……少なくとも僕はこの世界に暮らす皆が幸せであれば良いと願っているし、テティスさんや彼方さんも、真っ直ぐで良い人達だと思う。だから、少なくとも『クイーン・ヴァンガード』ってだけでみんなが眉ひそめるのは悲しいなぁって。とりあえずこういう小さなとこからでも関わってみようかなって思ったんだけど……なんか、言い訳っぽいかな?」
「いや、うん、いいと思うけど。俺がここにいるのだって似たような理由だし。クイーン・ヴァンガードだからとか、そうじゃなくて、ひっくるめたら誰かが誰かを嫌うのは、やっぱりなんだか悲しいし」
 玲也は、やや表情の読みにくい瞳を樹の顔に合わせる。
「樹さんは、いい人だね」
「うん、それは、真正面から言われるとすごく恥ずかしい言葉だ」

「セーフェル、危険表示だ。何やらほんわかしたオーラが出ている。割って入って止めた方がよかろう」
「見苦しいですよフォルクス。マスターから情報収集は一任されたではありませんか」
 笑い合う樹と玲也の姿に、飛んでいこうとするフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)は必死で羽交い締め。なんとかそのままズルズルと引きずっていく。
「放せセーフェル。あの角材運びは樹には酷だ。我の力があった方が効率的というものだ」
「この際角材運びの効率云々は置いておいてください。この家の住人があなたに興味津々なんですから」
「我は樹にしか興味はない」
「一途なのはわかりました。とりあえず立っているだけで構いませんからこっちへ来てください」
 セーフェルの恐るべき努力でフォルクスは引きずられていく。
「あ、フォルクスちゃ〜ん」
 フォルクスの姿を認めたこの家の婦人が黄色い声を上げた。
「それでは――」
 「フォルクスちゃんが来なければ話をしない」と言い張る婦人に頭を抱えていたヒナ・アネラ(ひな・あねら)は、それでも努めてにっこりと笑みを浮かべてみせた。
「屋根が壊れたときの様子をお話いただけますわね」
「ええ、もちろん! もうね、大騒ぎっ! こーゴゴゴゴゴって地響きがするでしょ! そしたらバキバキバキーって木が折れる音がして、次の瞬間にはドゴーンっ! 慌てて飛び出てみたらもうこの有様。庇ごとごっそりやられちゃったわよっ! そしたら向こうの鳴動館でも同じような大騒ぎっていうじゃない。何だか不気味な家ねぇって思ってたけど、同じ被害者だと思うと親近感も湧くわねぇ……え、犯人の姿? クイーン・ヴァンガードのせいじゃないの? 私、怖いわぁ、フォルクスちゃん」
 つい一瞬前まで貝のように押し黙っていた婦人から、滝の如く言葉が流れ出すのを見て、ヒナは口許に思わず苦笑いを浮かべる。
「まったく、現金な話で」
 隣に立ったセーフェルの呆れたような響きで、今度こそヒナはクスクスと笑った。
「いえ、いっそ潔いかと」
「フォルクスが抵抗しまして手こずりました。ご迷惑をかけましたね」
「いえ、結果が大事です。今お話しいただいていることが解決の一助となれば私の感情など些細な問題です。少しでも良い方に動けば、いいですわね」
 辟易した様子のフォルクスを面白そうに眺めながら、ヒナは婦人の話に耳を傾けた。

「ナナー」
 降ってきたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)の声に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は頭上を振り仰いだ。
「わ、なにそれ、泥だらけじゃないかっ」
 鳴動館の屋根を、空飛ぶ箒でフワフワと越えてやってきたズィーベンは、ナナの姿にギョッとした声を上げた。
「足跡を探していただけです。降りてこなくていいですよ、自分ではらいますから」
 慌てて高度を下げようとするズィーベンを制して、ナナは自分の正面についた汚れをはたき落とす。
「足跡、あった?」
「ありますね。普通の人間サイズのものが複数。あとは……あれは、足跡なのでしょうか」
 ナナが見つめる先、さっきまで腹ばいになっていた辺りには、テーブルほどの楕円が複数、土の地面にヘコみを形作っている。
「そちらはどうです?」
「うーん、こっち、木がバッタバタに倒れてるよ」
「倒れている方向はどうですか?」
「あっちー」
 箒の上で、ズィーベンが人差し指を伸ばしてみせる。
「……同じ方向に何本も倒れてますか?」
「あ、うん。うんうん。そうだよ、全部同じ方向だし……なーんか倒され方も似てるなぁ」
「切り口はどうですかっ?」
 ズィーベンの言葉に、ナナは少し勢い込んで聞いた。
「切り口っていうか……バッキバキに折られちゃってるよ、これ」
「テティスさんの武器の跡とかではないですか?」
「えー? テティさんの武器って光条兵器でしょ? 違うんじゃないかなぁ。テティさんが実はすっごい怪力の持ち主だって言うならわかんないけどさ――あ」
 館の反対側で、少し高度を下げたズィーベンが小さく声をもらした。
「どうしました」
「ここ、壁が剥がれてるや。何かにぶつかったのかなぁ」
「……壁……やっぱり、館が木をなぎ倒した、ということなのでしょうか?」
 ナナは、腕を組んで宙を睨んだ。