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【十二の星の華】悪夢の住む館

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【十二の星の華】悪夢の住む館

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第4章 隣人と困惑(後編)

「要するに……」
「やっぱり……」

『……生きてる?』

 影野 陽太(かげの・ようた)ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、二人並んで地面を眺めながら、どこかでまだ信じられないものを確認するように呟いた。

「館が動いたのなら、合点がいきますよ」
「家財道具がめちゃめちゃなのも」
「周囲の樹木が薙ぎ払われているのも、です」
「いやいやいや……まだだよ、まだ。もう一周して地下通路や隠し階段とか探してみてから……」
「もう三周しましたよ?」
 歩き出そうとするケイラの服の裾を、陽太が掴む。

 周囲と色が変わっている土。
 複数回に渡って相当な重量のものがドスドス離着を繰り返して沈下した地面。
 鳴動館の外周をまわって、二人が確認した痕跡たちだった。

「ええー? ……これ、ほんとに動いちゃうの?」
 ケイラは口を開けたままで鳴動館を見上げた。
「地響きにうめき声に轟音……館自身の立てた音ということだったんですね」
「大胆すぎる話だけどね」
「どうします?」
「どうするって言っても……」
「とりあえず、脱出手段と破壊準備は必須ですよね――俺、パラソルチョコは持ってきてますから安心してください! それから、飛行手段に――ああーっ! 色んな証言からすると、こいつ、暴れるってことですよねっ、きっと! 非常事態に備えて、外にも攻撃要員も残しておくべきでしょうか!?」
 陽太があせあせと自分の荷物の中身をその場にばらまき始める。
「ちょっ! 落ち着いてっ! 急にテンパるタイプの人っ!? 生きてるって言っても館がなんなのか確かめなくちゃ」
「あ、ごめんなさい。取り乱しました。そ、そうですねっ! ひっそりと暮らしていたい“何か”なのかもしれませんし、平和的に話し合いを――あ、でも生きている館との会話って、どうすればっ! どうすればいいんでしょう!?」
 パタパタと陽太が腕を振り回す。
 ケイラは天を仰いで首を振り、
「落ち着け、落ち着け自分。こういう時は、素直に誰かに頼れ。情報の共有。まずは連絡だ」
 言い聞かすように、玖朔の携帯ナンバーを叩いた。

 絨毯はめくり返り、シャンデリアは砕けてバラバラ。
 どこから吹っ飛んできたのか、階段の手すりにはテーブルが突き刺さり、壁に掛けられた絵画にはしっかりした作りの椅子がチークダンスを踊るように絡みついている。
 廊下の隅で粉々になっている白磁は、元々大きな壺か何かだったのだろうか。

「これはまさしく……“ぽるたーがいすと”」

 一番乗りで鳴動館の玄関をくぐったナディア・ウルフ(なでぃあ・うるふ)は内部の様相を確認し、予測の的中に満足する一方、想像以上の惨状に眉をひそめて見せた。
「『実験』のすさまじさが伝わってきますね……一体、どんな怨霊、悪魔の類を呼び出したんでしょう? 恐ろしい話です。輝寛さん、さあ早くお経をあげてあげてください」
「このメチャクチャ度合いはそりゃ確かにすさまじいですけどね……怨霊云々は関係ない……と思うなぁ」
 守屋 輝寛(もりや・てるひろ)は鳴動館のホールを見渡した。
「なんですか? お経あげるの嫌なんですか? お寺の息子って、嘘なんですか?」
「嘘って、そんなもんついてどうするんですか。いや、別にそういう訳じゃないですけどね……。怨霊以前に人の気配も無いんですよねぇ」
 輝寛は、綺麗に剃り上げた頭をペシペシと叩いた。
「それに……仮に怨霊がいたところで、パラミタの怨霊にお経なんか効くとも思えないんですが……」
「お経は言葉じゃありませんっ、心です!」
「なんですかそりゃ」
 輝寛はしばらく頭に手をやっていたが、期待を込めたナディアの視線にため息を一つ。根負けした様子で両の手のひらを合わせ、読経を開始した。

 一分……
 二分……

 変化はない。

 十分……
 二十分……

「このくらいでいいですか? 効果は無いみたいですけど」」
 輝寛は経を読むのを切り上げた。
 ナディアは唇を引き結んで考え込んでいる。
「むぅ。宗派が違うんでしょうか」
「さっき心だって言ってませんでした?」
 ナディアの言葉に、輝寛は苦笑してみせる。
「まぁ……これで少なくとも『怨霊の仕業』って可能性はつぶせたから、良しとしましょうか」

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 鳴動館にほど近い警備隊詰所で。

「じゃあなにかい? ぼくがテロ活動に関与してるってのかい?」
 鳴動館でテティスを捕まえたという若い警備員は、そう言って不満げに鼻の頭に皺を寄せた。
「き、決めつけているわけではありませんっ!」
 アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)は顔の前でパタパタと手を振った。
「でも疑ってる」
「そ、それは……空京のあんな郊外で起こった騒ぎなのに警備隊がすぐ動いたのは何でかって思うだけで――」
「そうだねっ! あたしたちはあんたを疑ってるよっ!」
 アンナの声を遮って、クラーク 波音(くらーく・はのん)は警備員に指を突きつけた。
「は、波音ちゃんっ!?」
 アンナが悲鳴に似た声を上げる。
「んっふっふ、いいんだよ、アンナ。このタイプには真っ正面から行った方がまともな答えが返ってくるとみたよ」
 波音は警備員の顔を真正面からのぞき込んで言葉を続けた。
「今回の騒ぎはテロの一環。鳴動館はテロの拠点――当然、真犯人はテロ犯って考えるのが妥当だよね。テロが終わって撤収しようとしたらテティスお姉ちゃんがやって来る。後ろから『えいっ』てやったのか、方法はわからないけどあんたは何とかテティスお姉ちゃんを気絶させるのには成功した」
 警備員の顔から表情が消えていく。
 視線を逸らさないように、波音はペロリと唇を舐めた。
「次に必要なのは……わーって一気にテロ活動の証拠を消して、倒れてるテティスお姉ちゃんに罪を着せる方法……。それって何だろう? それが、きっと鳴動館屋敷の中の破壊。あと暴れた印象を強めるため周辺にも被害を付け、テティスお姉ちゃんを放置して通報する」
 警備員の顔に変化はない。
「でも、これってすごく不確実だよね? だって――テティスお姉ちゃん、すぐに目を覚ますかも知れないもんね。だから、一刻も早くテティスお姉ちゃんを犯人として捕まえてしまう必要がある。それが出来るのって――一番始めに捕まえた人、だよね?」
「なるほど」
 警備員はおかしそうに笑って、グゥッとその顔を波音に近づけた。
 それから、口の端を歪める。

「だったら君たちは――たった二人で乗り込んでくるべきじゃなかったね」

 バッと波音が身を固め、
「下がってっ! 波音ちゃんっ!」
 アンナが、波音と警備員の間に割り込む。
 と、その時。

 Trrrrrrrr、Trrrrrrrr……

 波音の携帯電話が鳴った。
「出ないのかい?」
「……」
 波音は動かず、アンナは強ばったままの姿勢を崩さない。

「なーんてね」

 警備員は肩をすくめて見せた。
「冗談だよ。僕は犯人じゃない。ま、信じる信じないは自由だけど。実はね、鳴動館の隣――って言っても結構離れてるんだけど――の住人から『家が壊された!』って通報があって出かけたから、僕はあんなところにいたのさ。周囲のパトロール中にあのクイーン・ヴァンガードを見つけたって訳」

 Trrrrrrrr、Trrrrrrrr……

「出なくていいのかい?」
 未だ若干強ばった手で、波音は携帯電話を操作した。
『あ、波音おねえちゃん! 何ででてくれないの〜?』
 電話の向こうで、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)がプウと頬を膨らませた気配があった。波音の肩から、やっと力が抜けていく。
「うん、ちょっといじわるな警備員のせいでね」
 知らずに、口調が少し恨みがましくなる。波音の視線の先で警備員が苦笑していた。
『なにそれっ!? おねえちゃんたちのこといじめたらララ、ゆるさないよっ!』
「う、ううん。大丈夫。大丈夫だよ」
『そう? あ、ほーこくほーこく! 「めいどうかん」の壊されちゃったものね、テティスお姉ちゃんが持ってる武器で壊されちゃったものじゃないよ。みーんな何かがぶつかって壊れたみたいになってるし――ララの他に調べてた人たちもそう言ってたよ!』
「うん。じゃ、ま、少なくともテティスお姉ちゃんの冤罪の証明にはなりそうだね」
『波音おねえちゃんの方は〜?』
「ん〜、こっちは、外れちゃった」
 ララの明るい声に、波音は少し残念そうな声を返した。