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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚

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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚
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1.霧深き城
 
 
 タシガンは霧が深い。
 初めて訪れた者は、一様に驚くだろう。
 自らの手の届く場所が、いかにわずかで儚いものであることか。
 それを思い知ったとき、人は霧の中に隠された物を求める。それが本当に存在する物かどうかも分からずに。あるいは、それを真実にとすり替えるために……。
 
 霧のために、タシガンの正確な地理を把握している者は少ない。合成開口レーダーが正確に使えればいいのだが、そのようなデータは公開されていない。
 古き者が住まう地ゆえか、あるいは大陸から離れた地ゆえなのか、この島には忽然と姿を現す地形が多い。それは、人が知らなかっただけではあるのだが、自然その物が人を忘れていたのかもしれない。あるいは、人が忘れていた物を覚えていたのは自然だけであったのだろうか。
 いずれにしろ、その古城は霧にすっぽりとつつまれながら学生たちの前に存在していた。
 見えていたという言葉ははばかれるだろう。青白くも見える霧のせいで、古城の全景は肉眼では分からないのであるから。
 古城のすぐ手前に、ジャワ・ディンブラたちは陣どっていた。幸いにして、霧が彼女たちの姿を隠してくれている。
「あの中にココちゃんたちが入ったきり、戻ってこないんだよね?」
 心配そうに、秋月 葵(あきづき・あおい)ジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)に訊ねた。
「ああ。すでに一日が経っている。それで以前世界樹で面識があった者たちに連絡させてもらったのだが、こうして多くの者が集まってくれたことに感謝する」
 ジャワ・ディンブラが、その場に集まった学生たちに軽く頭を下げた。
「そんなのいいってことよ。まっ、突然の話でびっくらこいたけどな」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、気にするなという口調で言った。
 他にも、ジャワ・ディンブラはジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)狭山 珠樹(さやま・たまき)に連絡をとったわけだが、彼女たちは彼女たちなりの思惑で直接城へむかったらしい。それでも、情報は彼らから広く伝わったようだ。ただ、あまりココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)たちの動向が広まりすぎて敵に筒抜けになるのは面白くないが、今はそうも言ってはいられない。
「さすがに、この図体では、中に乗り込んでいって家探しするというわけにもいかんのでな。今まで何かと関わりあったのも何かの縁だ。そのよしみを頼らせてもらいたい」
「それで、リンちゃんたちは、いったいどうしちゃったのかなあ。よく分かんないんだけどー」
 一応イルミンスールの大浴場で裸のつきあいをしたことのあるリン・ダージ(りん・だーじ)のことを心配して、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が言った。
「女王像の右手を買ったというストゥ伯爵の住み処がこの古城だとやっとつきとめられたので、意気揚々とそれを奪い……いやいや、ゆずってもらおうと乗り込んでいったのだがな。ココはいつも通りとしても、ペコからも連絡の一つもないというのはおかしい。おそらくは、伯爵の手の者に捕まったのであろうな」
 闇市の事件からは、すでに結構な日にちが経っていた。この場所をつきとめるのにそれだけ時間がかかったわけなのだが、捕まるのは一瞬だ。それでも、生真面目なペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)が連絡もよこさないし、携帯を取りあげられたにしてもチャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)が魔法で何らかの合図をよこしてもよさそうなものであった。つまりは、それすらできない状況に追い込まれているということだ。ジャワ・ディンブラが内心気が気ではないのも、うなずけるというものである。
「遺跡を二度も吹っ飛ばすほどなのに、あっけなく捕まるとは情けない」
 おかしいだろうというニュアンスを込めて、白砂 司(しらすな・つかさ)が言った。
「相手が強かったのですね」
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が、不安をあおるようなよけいなことを言う。
「それだけ注意しなくちゃだめだということだよ」
 高村 朗(たかむら・あきら)が、油断なく言った。軽く考えて、ミイラ取りがミイラになってしまっては本末転倒だ。
「とにかく、早く助けに行かないとよね。でも、どこにいるんだろー」
 逸る気持ちを抑えながら、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が霧の間に垣間見える古城の城壁を見あげて言った。その周りには濠があるはずで、迂闊には近づけない。確実な出入り口は、正門に渡された橋だけだ。
「そうですわね。中は結構広そうですし……。べ、別に、迷子になりそうだなんて、これっぽっちも思ってはいませんですわよ」
 思わず口走ってしまってから、藍玉 美海(あいだま・みうみ)があわてて否定した。
「さすがに、中の細かい見取り図までは分からないけど、だいたい、このへんの城は似たような構造だからねえ。奧に主が居住している館があって、客間とかホールとか倉庫みたいな部屋は、たいていそこに集中していると思いますよぉ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が、簡単に説明を買って出た。
 ここしばらく、いろいろな物を集めているコレクターの噂は、タシガンでも話題になっていたからだ。それだけであれば貴族の道楽で済む話なのだが、どうにも古城の主であるストゥ伯爵の噂はあまり芳しくない。まあ、いろいろなお宝を買い占めているという噂は普通だろうが。他の好事家からのやっかみもあるのだろうが、タシガンで行方不明になった美女は伯爵がさらったのだとか、お宝を盗みに入った泥棒がそのまま出てこなかったとか、ぼったくろうと訪れた商人がそのまま消息を絶ったとか、どれも危険な香りのするものばかりである。
 ゴチメイたちが耳にしたのも、そんな噂の一つだったはずなのだが、軽く考えていたのか、あまり注意しなかったようだ。
「建物としては、定番の塔はあるはずですねえ。牢か、物置になっていると思いますけれどお。後は、中庭に井戸とか厩とか使用人の小屋があるはずですがあ」
「使用人の数も、争いになったらやっかいかもしれないな」
 白砂司が、油断なく考え込む。
「まあ、中の様子なんてもんは、入ってみなくちゃ分からねえがな。にしても、腑に落ちねえのは、ストゥ伯爵なんて名前、俺は聞いたことがないってことだ。偽物かなんかじゃねえのか。だいたい、調べたらこのへんは大昔の戦場だったそうじゃねえか。城なんてのも、ほとんど放置されていたらしいぜ。きっと、その一つに勝手に住み着いて、伯爵気取りで悪さしてるだけじゃねえのかなあ」
 タシガン在住の吸血鬼であるソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が、首をかしげつつ言った。
「それにしては、たちが悪いな」
 高村朗が、眉を顰めた。
「自称伯爵だなんて、悪い人ですよね。経歴詐称です。もしかして、ボロボロだったりして」
「いや、いまのところ、しっかりとした堅牢な城に見えるが。まあ、間近に行けば、違うかもしれないが」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の言葉に、ジャワ・ディンブラが答えた。
「やっぱり、さっさと中に入るしかないんだよね。正面から橋を渡って行くか、空から箒で行くかのどちらかしかないかなあ」
 どちらにしようかと、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が悩む。
「毎度のこととはいえ、あまりぐずぐずしない方がよさそうだな」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)が、救出を急ごうと提案した。
「それで、どうやって侵入するのよ?」
 決めることは決めないとと、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が高月芳樹に訊ねた。
「正面から行ったのでは二の舞ですじゃ。それに、いきなりぞろぞろと客が増えるのも不自然だろうしのお。ここは、こそっと忍び込んだ方が、面白いですじゃ」
「私はお任せします」
 伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)の言葉に、マリル・システルース(まりる・しすてるーす)は静かにうなずいた。
「では、私はちょっと考えがありますから」
 そう言って、千石 朱鷺(せんごく・とき)は出発していった。
「よし、行くか」
 それがいいと、高月芳樹が腰をあげた。
「まあまあ、そんなにあわてずに。急ぐときこそ、じっくりと構えた方がいいですよ」
 のんびりと構えた月詠 司(つくよみ・つかさ)が、高月芳樹をなだめた。
「その通りじゃ。おお、ちょうどいい、フギンムギンが戻ってきたようじゃぞ」
 ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)が、偵察に出していた二羽のカラスが戻ってきたのを見つけて言った。霧が濃いために、突然現れたという感じの二羽のカラスは、慣れない飛行だったのかちょっとふらふらしているようにも見える。それでも、ウォーデン・オーディルーロキの両肩にみごとに着地し、その耳許に何かささやいたように見えた。
「ふむふむ。おおよその建物は、まったく予想通りのようじゃのう。霧のせいでやや不正確じゃが、やはり正規の入り口は正門へ続く橋しかないようじゃ。周囲は、ぐるりと水の張った濠に囲まれており、裏口はないようじゃな。幸いにして、霧は建物をすっかり呑み込んでいるようなので、よほど近くまで行かないと人の姿は見えそうにないようじゃ。これなら、空からなら忍び込み放題じゃのう」
 間抜けなことだと、ウォーデン・オーディルーロキが笑った。
「ある程度霧がこちらの味方なのはいいですが、タシガンの霧とは、ここまで濃い物だったでしょうか?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が訊ねた。
「いや、ここは特別だな。むしろ、異常と言ってもいいかもな。いくらなんでも、こんなに霧が濃かったら、普通の生活は無理だろ」
 ソーマ・アルジェントが、あっさりと否定した。どうにも、この霧には皆が違和感を感じている。
「お化けとか、出ないといい……」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、不安そうに言った。
「確かに、注意した方がいいよね」
 九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が言った。
「あんたたち、忘れかけているかもしれないけれど、ここにくるまではそんなに霧はなかったよね」
「確かにそうよね」
「うん、ちゃんと道が見えたものね」
 秋月葵と小鳥遊美羽がうなずきあって、九弓・フゥ・リュィソーに答えた。
 あたりまえだが、三歩先ですらあやふやになるほどの濃い霧の中、人知れぬ地を目的地まで正確に歩いて行くなどということはできるはずがない。
「つまり、ここの霧だけが特殊というわけですよ。たとえば、城を人目から隠すための隠れ蓑になっているとかですね」
 九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が結論づけた。
「でも、わたくしの勘に頼れば、こんな霧の中でもバッチリですわ」
 なぜか、マネット・エェル( ・ )が胸を張る。
「それはおいておいて。隠しておきたいことがあるのかもね。霧が意図的なものだとしたら、外に何かあるのかもしれないけれど」
 九弓・フゥ・リュィソーがちょっと考え込んだ。
「そういえば、ここの伯爵って、錦鯉も買い込んだんですわよね?」
「それは、見てみたい気もするのう。濠に放し飼いにでもしているのではないのか?」
 唐突気味な佐倉 留美(さくら・るみ)の言葉に、ラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が目を輝かせた。
 そのまま、二人は濠の水面へと近づける道を探しに行ってしまった。それを合図にするようにして、城へむかう者たちも順次出発していった。