天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

踊り子の願い・星の願い

リアクション公開中!

踊り子の願い・星の願い
踊り子の願い・星の願い 踊り子の願い・星の願い

リアクション



【13・名も無き者の結末】

 囮や光達のおかげで、悠々とシリウス達は目的の酒場に到着できた。
 が、
「これは……」
 ようやく辿り着いてみれば、そこは見事なまでにボロボロに壊れてしまっていた。
 壁は四方穴だらけ、柱はことごとく折れ曲がり、傾ぎに傾いだ天井が床板を突き破っていた。
 当然中もぐちゃぐちゃで。カウンターの酒瓶は割れていないものを探す方が難しいし、テーブルも椅子もただの木片へと成り果てて、ステージは軽く焦げて細く白い煙を発している。
 酒場のマスターによれば、踊り子を探しに来た寺院連中が腹いせに壊していってしまったらしく。
 ひとりダライアスが無事な酒瓶片手に酔っ払っていて、傍で三毛猫が一匹のんきにあくびをしていたが、そんなことよりも。
 これでは到底踊れそうにないのは明白で。
 シリウスは思わず、ぺたんと膝をついてしまった。
(そうですよね……鏖殺寺院が私を追っていた以上、ここも無事に済まないのは予想できたこと。これが、わがままを通そうとした私への報いなのですね)
 目に涙はなかった。
 シリウスの心には怒りも悲しみも沸いて来ず、ただ喪失感が占めるだけだった。
 もっとも自分が一体何を失ったのかすら、このときの彼女にはよくわからなかったが。
 ホイップやテティスのほか、ここまで護衛についてきた皆も、この惨状になんと声をかければいいかわからずにただ立ち尽くすしかなかった。
 そのとき。
 崩れた酒場の陰、近くの路地、裏道、そこかしこから色んな連中が沸いて出てきた。
 黒い和服女に小太刀の女、緑ヘルメットのライダー、手や足に包帯巻いた男女、などが十数名。これまで逃げ延びてきた寺院達が一同に介していた。
 彼らは、すぐさまシリウス達を取り囲んでいく。
「女王候補、今度こそ覚悟するじゃんよ」
「ここまで来てもうたら、後には退かれへんさかいな」
 ショックを受けてへたりこむシリウスを確実に仕留めようと、じりじりと距離を縮めていく寺院達。
 ホイップやテティス、リーブラや恭司や刀真らまだ傍に控えていた皆は身構えるが。
 そこへ突如恐れの歌が響いてきた。
「な、なんでござんすか!?」
 恐怖で輪の一角が、膝をついて崩れていく。
 その向こうに立っていたのは、エヴァルトだった。
「ようやく見つけてみれば、またとんでもないところにでくわしたもんだな」
 小さく溜め息をついた後、今度は驚きの歌で更に陣形を崩していく。
「シリウスさん、とにかく立って逃げるんだ!」
 そこからの行動は早かった。
「シリウスさんは……わたくしが守りますわ!」
 できた隙に、リーブラがホーリーメイスを振り回して包帯巻きの男女を弾き飛ばし。
 広がった場所からホイップとテティスがシリウスの手をとって抜け出した。
「ちっ、しもた!」
 小太刀女が捕まえようとするが、そこに新たな人影が立ち塞がる。
 それは辺りを徘徊していた藤原優梨子だった。
「邪魔や、どきぃ!」
「あら、随分と殺気立ってますね。結構なことです」
 優梨子は簡潔に告げると、カウンター気味に忘却の槍を腹部へと突き刺していた。
 小太刀女は記憶の混濁と出血によって、無残に倒れ伏した。
 仲間がやられたのを見て、
 寺院達は激昂し我先にと襲いかかっていく。
 だがこちらの援軍も数を増していく。
 まず駆けつけてきたのは神崎優と、水無月零。
「ふう。いいところに間に合ったみたいだぜ」
「そうみたいね、よかったわ」
 更に浅葱翡翠、サファイア・クレージュ、永夜雛菊達も姿をみせる。
「やれやれ。やっぱりこういう展開でしたか、シリウス様、後でお説教ですよ」
「猫の情報というのも、馬鹿にはできないものね」
「さあ、シリウスさん。今の内に逃げて!」
 こうして彼らの足止めを背に、シリウス達は逃走を図っていく。
「チッ、逃がすわけにはいかないじゃんよ!」
 しかし諦めず黒の和服女が回りこんできたが。
「自分がいる限り、ミルザム様に手出しはさせません」
「お……わたしたちさえいれば、もう安心ですよ」
 そこにクイーン・ヴァンガードがふたり駆け寄ってきた。
 それはヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)と、アスト……
「わたしはシャンバラ人アストライヤー、よ。ちなみにパートナーとは別行動中なの、よろしくねえ」
「アストライヤーさん、危ないですよ」
 シリウス達に軽く挨拶していた、アストライヤーと名乗った濃い化粧と長い金髪が印象的なその女性を、
 ヴィゼントは蹴飛ばして女の日本刀による斬撃から守っていた。
 ただ、傍目にはわざと蹴ったようにも見えた。
「いってぇなこのヤロ……じゃなかった。いたいじゃない! なにするのよ!」
「だから守ってあげたって言ってるじゃないですか。頭悪いんですか」
「なにぃ!? もういっぺん言ってみやが……りなさいよ!」
 そうして、なんだか妙にギクシャクしっぱなしのふたりだったが。
 事態は急激に動いた。

「そこまでです」

 発せられたのは、ひとつの低い声。
 いつの間にかアストライヤーの背後に忍び寄っていたそいつは、今回の元凶であるスパイの少年であった。
 事前に彼のことを、彼方から知らされていたテティスは武器を構えようとしたが、
「おっと、ヘタな動きはしないほうがいい」
 少年は女王の短剣をアストライヤーの首筋に触れさせる。
「こいつがどうなってもいいのなら、どうぞかかってきてください」
「く……」
 テティスと、傍で憎まれ口を叩いていたヴィゼントも手出しができなくなり歯噛みする。
「さて。どう料理してあげましょうか? おい、おまえらも出て来い」
 少年の合図で、隠れていた黒ずくめの連中が更に十人ほど姿を見せ、もう一度シリウス達を取り囲もうと近づいていく。
「ここはやはり、なぶり殺しがいいですかね……ククク」
「なるほど。これで残っていた寺院は全員といったところなのか」
「? なんです、それがどうかしましたか?」
 アストライヤーの呟きに、首を傾げた少年は、
「なら、芝居はここまでってことだ!」
 アストライヤーは身体から光条兵器であるブレードトンファーを抜き放ち、それを振り回して少年を短剣もろともに弾き飛ばした。
「ぐ、がはっ……な、なんだ。なんなんだてめぇ!」
 地面を転がり、忌々しそうに口調を荒げる少年に対し、アストライヤーは長髪のカツラを外し化粧もぬぐいながら、言った。
「俺はアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。さっきまでのは全部、お前らを一網打尽にするための演技だったんだよ!」
 その宣言に呼応するかのように、
 上から飛来するなにかに、黒ずくめの連中が突如殴られはじめていく。
「な、なんだこれ」「がっ、ぐ……ど、どうなってんだ。隠れ身か?」
 彼らは知る由もない。
「やれやれ、今回は疲れる役回りだわ」
 アストライトとヴィゼントのパートナーであるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、近くのビルの高層階からドラゴンアーツを用いて拳を思い切り打ち下ろしている事を。
 空気抵抗を受けるせいで、威力こそかなり減じてはいたが、連中を混乱させるには十分だった。

 そこからは、ほぼワンサイドゲームだった。
 元々たいした実力のない連中の集まりだったのもあり、一致団結した皆の前に鏖殺寺院はひとりまたひとりと敗れ、縄で拘束されていった。
 そして最後のひとり、しつこく逃げ回っていたスパイの少年も。
 ついにテティスの星槍コーラルリーフを喉元に突きつけられ、がくりと膝をついた。
「へへ……ここまで、か」
「そう。ここまでよ、裏切り者さん。それとも、スパイさんって呼んだ方がいい?」
 テティスの怒りに対し、少年は嫌らしい笑みを浮かべたまま吐き捨てる。
「どっちでも同じだろ。特別なテティス・レジャさんにとってオレは、クイーン・ヴァンガード隊員その一とか、鏖殺寺院の敵B。みたいな扱いなんだからな」
 その台詞に、シリウスとホイップはようやく気づかされた。
 今日出会った鏖殺寺院達は全員、髪型や服装、喋り方や呼称、性格や思考、とにかく何でもいいから他とは違うことを求めていたことに。
 少年は、その場に集まった生徒達をぐるりと眺めつつ、告げた。
「くくく……パンピー生徒ども。この先もせいぜい頑張ることだなぁ、テメェらみてぇな端役が、どこまでこの世界を変えていけるか……ナラカの淵で見ててやるよ」
 そしてポケットから一丁の拳銃を取り出し。
 自分のこめかみに押し付けた。
「あっ! やめ――――」
 直後、
 銃口から大量の煙が吹き出てきた。
「え?」
 一同が驚いた隙をつき、その煙に紛れて少年は他の連中の縄を切って、
「へへっ、バーカバーカ! このオレがそう簡単に命投げ出すわけねーだろ! おぼえてやがれよてめぇら! いつか絶対、復讐しに来てやるからなぁ!」
 捨て台詞を残しながら逃げていく少年と鏖殺寺院達。
 その姿は、どう考えても主役になれない小悪党のそれであった。