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踊り子の願い・星の願い

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【7・誤解と戦闘】

 先程の逃走の後。三人は裏道にあるビルの陰に座り込んで休憩をしていた。
「でも、本当によかったのでしょうか。テティスさん達を放ってきてしまって」
「平気ですよ。ああいった、形式や御神楽環菜の指示に囚われてばかりの人には、何を言っても仕方ないです」
「う〜ん……そういうものなのかなぁ?」
 見た目も中身も13歳である凶司の年らしからぬ発言に、シリウスとホイップは正直面食らっていた。
「もちろん僕はクイーン・ヴァンガードですけれど、命令に従うのではなく、ただミルザム様の味方をするだけですから安心してください」
「そ、そうですか。それはどうもありがとうございます」
「それでシリウスさん。これからどうするんですか? やっぱり、踊りに行くのを諦めたわけじゃないんでしょう?」
 ホイップに問われ、一瞬返答に困ったシリウスに、
「あ、そうです。皆に踊りを見て貰いたいんでしたら、こういう方法はどうでしょうか」
 凶司がいきなり銃型HCの画面を、ふたりの眼前へと持っていく。
 覗き込むとそこには、ある動画が映し出されていた。
「これは、ミルザム様の踊りを録画したものを、髪や眼の色を変えて本人特定されないよう加工したものです。これを例えば、動画共有サイトに匿名で公開してみるのはどうでしょうか? そうすれば沢山の人の目につきますし、ほかにも色々考えられる手段が……」
 続けようとした凶司の頭に、ぽん、とシリウスの手が乗せられた。
「お気持ちはとても嬉しいです。でも……そういうことじゃ、ないんです。きっと」
 凶司が目を動かすと、間近にシリウスの笑顔があった。
 やさしく、それでいて悲しそうでもあり、嬉しそうでもある笑顔が。
「私は直に観客と向き合って、自分の踊りを見せたいんです。だからこうしてお忍びで出てきてしまった。わがままだというのは、わかっているんですけれど」
 言いながらやがてシリウスは立ち上がり、
「お気持ちだけは本当に嬉しかったですよ。おかげで、少し気も楽になりましたし。それでは、そろそろ行きましょうか」
「? あ、待ってよ。シリウスさん!」
 なぜか元気に走っていくシリウスと、それを追うホイップ。
 実際彼女は自分で自分の行動を口にしてみて、なにかしら思うところがあったのかもしれない。
 ということを凶司は考えつつ。自分も後を追いかけようとしたが。
 密かに撮った先程の笑顔をHCに保存しておくのを優先したため、結局そのまま見失ってしまった。

 裏道を走るシリウスと、後に続くホイップの姿を、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は遠目に見かけていた。
 カレンもホイップを誘って、空京でショッピングをしようと思っていたひとりなのだが。
 例のごとく宿屋にいないのを確認後、仕方無く街を歩いて時間を潰し、また後で宿に寄ろうと考えていた。
 そこへふたりの姿が視界に飛び込んできたのである。
(あれ? 見覚えのある女の子が、誰かに連れられて走ってる)
 と思い、数秒後にその対象が探していた人物だと気づかされた。
「ねぇ、今のは確かにホイップだったよね? でも……もう一人は誰だろ?」
「わからない。被っていた帽子のせいで顔がよく見えなかったからな」
 実際、ふたりはミルザムの名前は知ってるのだが、直接会って話したりしたことがないので、顔を見たとしても誰なのかはわからなかっただろう。
 そのことと、先程から物騒な連中が街中を闊歩しているらしい、との噂を耳にしていたことが重なり。ふたりの思考が徐々にややこしい方向へと流れていく。
「ねぇ、これってもしかしてまたティセラのちょっかいじゃない?」
「ああ。ティセラに汲みしない十二星華は、奴に何らかの被害を受けているからな。これはどうやら、悪い予想が当たってしまったか」
「うん、今回もきっとそうに違いないよ! 急いで謎の人物から助けなきゃ!」
「よし。了解だ」
 両者共に誤解したまま、改めてふたりが逃げて行った方向を見据えたあと、
「えっと、今この裏道をこっちに行ったから……多分向こうの住宅街に出る筈だよ!」
 カレンは先回りすべく走り始め。それに続くジュレールはいつでも戦闘に入れるよう、護身用に忍ばせた、さざれ石の短刀に手を添えておいた。

 渋井 誠治(しぶい・せいじ)は携帯を耳にあてていた。
「そうか。こっち方面には来てるんだな」
『ああ。テティス先輩の証言だから、まず間違いない』
「わかった、慎重に探してみる」
 そこまでで携帯を切った。ちなみに相手はクイーン・ヴァンガードの滝沢彼方。
 誠治もまたヴァンガードの一員なのだが、彼はテティス達とは違う場所を捜索している。
「さっき目撃されたのがここで、オレが探してきたのがこっちだから……」
 銃型HCを活用し、捜索済みの場所をマッピングして細かく潰しつつ歩く誠治。
 だが建物が多ければ裏道や路地裏も多くなり、捜索範囲も広くなるもので。
 それゆえ誠治は禁猟区やトレジャーセンスなども駆使して、仲間の情報を頼りにして、しかしまだ見つけられないでいた。
(さっきから何となくそれらしい気配は感じてるんだけどな)
 空京の広さを改めて実感しつつ、もう一度銃型HCに視線を向けて歩く。
 が、そちらに集中を向けたせいで、曲がり角で走ってきた相手と危うくぶつかりそうになった。
「きゃ」
「あ」
 その相手も、さすがに何度もぶつかったりしていれば同じ事を繰り返すことなく、衝突は避けられた。
 ということで、ちょっと相手に対しのけぞった体勢で向かい合う形になった両者。片方は勿論誠治、そしてもう一方は……
「ミルザムさん! やっと見つけた」
「あ、あなたは……?」
 誠治は探し人の発見に喜びを見せるが。
 シリウスは誠治が手にしている、ヴァンガードに支給される銃型HCを見るや、あからさまに警戒の色を見せて叫ぶ。
「っ! 何と言われても、私はまだ帰るつもりはありません!」
「え?」
「お願いです。ことが終わりさえすればすぐに戻りますから!」
 なにやら一方的に喋ってこられたので、事情が把握できず誠治は反応に困ってしまった。
 そんな彼の様子に気づいたシリウスは首を少し傾がせた。
「もしや、私を連れに来たのではないのですか?」
「あ。まぁ、クイーン・ヴァンガードとしてはすぐにでも連れ帰りたいとこなんですけど」
 また警戒の色を復活させるシリウス。言ってからしまったと思ってももう遅い。
 隣のホイップも、シリウス寄りの姿勢なのかやや尖った目でこっちを見ていた。
(困ったな。どうしたものだろう……)
「ん〜。別に戻ってくるならいいと思うけどなぁ?」
 と、思案する誠治の後ろから声がかけられた。
 そこにいたのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)
 彼女もまたクイーン・ヴァンガードで、誠治と同様に個人で追っているひとりだった。
「だって、かたっくるしい場所にいたら、あたしだって逃げ出したくなるし! ねぇ?」
 同意を求められた誠治は、肯定も否定もせずとりあえず沈黙する。
「今回のことは、本当に申し訳ないと思っています。けれど女王候補のミルザム・ツァンダではなく、ただの踊り子のシリウスとして、私の踊りを心待ちにしている人達を裏切るわけにはいかないんです! だから、行かせてください!」
 誠治とミルディアが聞こうと思っていた、なぜ抜け出したのかの理由を自分の方から話してくれたシリウスに対し。
 ふたりはその答えを、やや身勝手な考えだと思ったが。それと同時に、踊りに行く約束を守りたいという切なる願いも感じ取っていた。
 先程のリースのように、責められることさえ承知の上で踏み切ったのだろう。
 そうした彼女の意思を知った上で、誠治は携帯をかけた。
「あ、もしもし。テティスさん?」
『どうしたの? ミルザム様は見つかった?』
「ええ、無事保護しました」
 唇を引き締め、シリウスは一歩後ろへと下がった。
『そう、よかった。それじゃあ急いで連れてき』
「だから後は任せてください。ミルザムさんの用事が済み次第、戻ります」
『え? どういうこと? ちょっ――』
 携帯を切る誠治。しっかり電源もOFFにする。
 シリウスは下げた足を元に戻し、不思議そうな顔を向けていた。
「えーと、まあなんて言うか。オレもクイーン・ヴァンガード隊員としてじゃなく、渋井誠治個人として。踊り子のシリウスさんに協力することに決めただけだから」
 これじゃあ隊員としては失格っぽいな、と考えつつ頬をかく誠治だったが。
 それを聞いてやっと自分に笑顔を向けてくれたシリウスを見て、まあいいかと思い直すのだった。
「それじゃ、あたしも自分自身としてシリウスに協力するとしよっかな。あ、でも用事が済むまでだからね!」
 ミルディアは一応念を押しつつ、更に耳元に唇を近づけると、
「戻れる処があるってのは幸せなことなんだよ? だから、そこを無くすことだけはヤメてね……」
 少しだけトーンを落としての言葉をかけておいた。
 対するシリウスは、ミルディアとしっかり目を合わせた上で、こくりと頷いた。
 彼女達の様子をひとり見守っていたホイップは、事態が収束したようでホッと胸をなでおろしかけたが、
「いたぞ!」「いたか!」「いたわ!」
 追っ手の声が聞こえ、一気に戦慄させられる。
「よし、ここはオレに任せて!」
 言って誠治はシリウスの背中を強引に押し、逃げるように促した。
 そこから星輝銃を構え、連中に向けて弾幕援護を使つ。放射された星の光で視界を遮り、相手が怯んだ隙に自分も逃走を図る。
 しんがりとなった誠治が何度か後ろを牽制しながら一分ほど走り、さあ裏通りを抜けられようかというところで、
「見つけたっ!」
 その前に立ちはだかる者がいた。カレンとジュレールである。
「ホイップを放して! 放さないと、ただじゃおかないよっ!」
 少し怒り気味の叫び声に、空気が軽く震えたが。
 叫ばれた側のシリウスはその言葉の意味が掴めず、ぽかんとするしかなかった。
「わかってるんだよ、またティセラの差し金なんでしょう! 今度は何企んでるの!?」
「放さないというなら、我らは実力行使に出ることも厭わないつもりなのだよ」
 ずい、と詰め寄ってくるふたりにシリウスは慌てて、
「あ、えっとなにか勘違いをしているようですけど。私はそういう手合いではありません」
「そうだよ! ふたりとも聞いて。この人は踊り子のシリウスさん。それからもうひとつの名前はミルザム・ツァンダ……そう言えばわかるよね?」
 シリウスの弁解とホイップの補足に、カレンとジュレールは目を丸くさせる。
「……って、あなたがミルザムさん?」
「本当であるか? 我も会うのは初めてだが」
 ようやく勘違いに気づいたふたりは徐々に気を沈めていくが、
 迫ってくる足音のほうは、明らかに気が立った様子だった。
「と、とにかく一旦通りに出て出て!」
 ミルディアの言葉に押され、住宅街前の大通りへと出る一同。そしてそれに続く形で鏖殺寺院達も細道から抜け、改めて対峙することになる両陣営。
 寺院の今度の追っ手は男女交じりの三人。彼らはこれ以上逃げられる前に、とばかりに問答無用でカルスノウト、ロングスピア、ブロードソードを手に斬りかかってきた。
 まずカルスノウトの男が、誠治にこれ以上銃を打たせまいと彼に向かっていき。
 ロングスピアとブロードソードの女達が、シリウスとホイップへ飛び掛った。
 思わずふたりは身構えるが、
「シリウスさんは下がっていて!」
「事情は知らないが、いきなり刃物を振り回すのは無礼であろう!」
 ロングスピアはミルディアのハルバードが、
 ブロードソードはジュレールのさざれ石の短刀が、それぞれ受け止めていた。
 そのまま戦闘が始まる中。あぶれたカレンはまだ少し困惑調子だったが、シリウス、ホイップから簡単に事情を聞くなり満足そうに頷いた。かと思うと、
「なるほどね、よくわかったよ。そうとわかれば、話はカンタンだよっ!」
 カレンもジュレールと同じくさざれ石の短刀を構えた。
 直後にブラインドナイブズで、カルスノウトの男の背後に回っていた。
 不意をつかれた男は逆袈裟に斬られ、いきなり戦闘不能に追い込まれた。見事と言える手際だったが、
「あっ、あぶないな!」
「ああっ、ごめんねー」
 同時に危うく、そいつと交戦していた誠治をもろともに斬ってしまうところだった。もう少し立ち位置が近かったら本当に危なかったかもと、誠治としては冷や汗ものだった。
 ともあれカルスノウトの男は倒れた。
 同胞がやられたことで女ふたりは軽く歯噛みし、切り結んでいた相手と一度距離をとる。
 誠治とミルディアがシリウス、カレンとジュレールがホイップを守っている現状をどう切り崩すべきかと女達は思案しつつ、ゆっくりと彼女らを挟むように右と左に分かれていく。
 そのまま何秒間か膠着状態が続いたが、事態はすぐに動き出す。
「まずい、他の寺院連中も集まってきた」