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踊り子の願い・星の願い

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【12・暗躍の中の脱出】

 クイーン・ヴァンガードのひとりである影野 陽太(かげの・ようた)は、女王候補がお忍びで踊りに出かけるという情報が漏れていたのが気になっていた。
 情報の伝達経路を探りながら、彼は内通者がクィーン・ヴァンガードに紛れ込んでいるという最悪のケースも考え、独自に身元の怪しい人物をピックアップしていき。
 そのあと対象となる奴らに向けて、
『女王候補の居場所を突き止めました』
 それぞれ違う場所を指定したメールでの連絡を入れておいた。
 ただしこれはあくまで、臆病者な彼にとって心配の種は潰しておきたいという、保険に過ぎなかった。
 その、筈だった。
 けれどある隊員に送ったメールが、黒ずくめの男達の動きと連動しているのに気づいて愕然とさせられた。
 そして。
 陽太は協力を申し出てきた皇彼方と共に、路地裏でその相手に向き合っている。
「どうかしたんですか? おふたりとも、そんなに気を張っちゃって」
 クイーン・ヴァンガードに最近入隊した、十六歳の少年。
 特に目立ったところもなく、品行方正な一般人というのが印象の人物。
 陽太としても、出生に多少不明な点があったので一応入れておいた程度の相手だった。
「俺は腹の探りあいとか苦手だから単刀直入に聞くぞ。お前、鏖殺寺院のスパイじゃないのか」
 彼方はハッキリと言い放った。
(でも、隊員の通信が傍受されてただけかもしれないし)
 陽太はというと、ここまできてもそんな淡い期待を抱いていたが、
「参ったなぁ。どうしてバレたんですか?」
 あっけない自白にそれは砕かれ、逆に面食らってしまった。
「ほ、本当なんですか……本当に、きみが?」
「ええ。でもこんなに早くバレるとは思わなかったなぁ、アナタが調べていたんですか? 仲間を疑うなんて、いい根性していますね。おっと、褒め言葉ですよ?」
「話はもういい。それがわかれば、やることはひとつだ」
 彼方の怒りの篭った声に、陽太は怯えつつも加勢すべく星輝銃に手をかけるが、
「やれやれ。二対一でやりあうほどオレは力に自信がないんで、ここはひとまず退散させてもらいます、よっと!」
 少年は煙幕ファンデーションを使い、そそくさと遁走にうつり。
「くそっ! 待ちやがれ!」
 追いかけようとした彼方だったが、予想外に足が速くすぐに見失ってしまった。
「畜生! もしもし、テティスか? 大変なんだ、実は――」
 彼方はすばやく頭を切り替え、相方へと携帯電話をかけながらどこかへと走っていく。
 残された陽太はどうしようか迷ったが、とりあえず皆に警戒のメールを送ることにした。

 その後、彼方がミスドへ到着したとき。
 中ではルディが、シリウスとホイップにまた服を着せ替えたりしていた。
「……なにやってるんだ?」
「なにと言われれば、変装を施しているのですわ。この服はもう敵に知られているでしょうし、もう一度変えておくべきだと思いましたの。酒場までは若干距離がありますから」
「いや、そうじゃなくて」
「実は本来私、今日はホイップさんを誘って、お洋服を買いに行こうと思って来たんですけど。街には無粋な輩が闊歩していたので不安になって急いで探した末に、つい先程ようやくここで見つけたんですのよ」
「だから、あの」
「ちなみに今着せているのは、お出かけ用にプレゼントしようと持ってきたお洋服ですから、お金の心配は無用ですわ、えーっと……この服は……」
「あ、そのパーカーやコートは借り物なので」
「あらそうでしたの。ではこれ、お願いしますわ」
 ぽん、と彼方に投げ渡すルディ。
 ブチッ、と血管が切れる音がした。直後、ルディの腕を彼方が掴んだ。
「いい加減にしろ! ミルザム様はもう帰るんだよ。これ以上は危険すぎる、テティスも何やってるんだよ。さっさと保護して戻っ――」
「えっとあなた……皇彼方さんだったかしら? それとも遥彼方さんでした?」
「皇彼方で合ってるよ!」
「そう。では、皇彼方さん」
 直後。
 ルディは掴まれた腕とは逆の手で、彼方の腕を思い切り握り締め返した。
「たった一人の女の子になる時間は奪っては駄目ですわ。そんなことでは、この子はそれなりの女王にしかなりません。それなりの女王に治められる程この国は甘くないですわ」
「な……」
「それと。そろそろ手を離していただけません? あなたの行動が、この子の評判を落としてしまうこともあるのです。自分の立場を自覚なさい」
 彼方は、なんとも言えない敗北感を心に感じさせられつつ、ゆっくりと手を離した。
 ルディも手を離す。強めに掴んでいたにも関わらず、互いに手の跡は残っていなかった。
「さて、と。次はお化粧ですわね」
 ルディに押し切られてされるがままのシリウスとホイップ。
 彼女達はその間、シリウスと同じ名前で顔もよく似たシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)と、十二星華のティセラに似たリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)との話に没頭していた。
「それで、オレはそのとき踊りの新しいステップに気づいたんだ。そこから、かなり上達したんだぜ。もっとも、あくまでも自分評価だけどな」
「そうなんですか。今度ぜひ見せていただきたいですね」
「マジで!? あ、いや。本当に?」
「ふふ、無理に丁寧に言わなくていいですよ。マジです、社交辞令じゃないですよ」
 なにやら盛り上がっているシリウスとシリウス。
「わたくし、どうしてこんなにティセラと瓜二つなのでしょう」
「そんなに嫌なの? 似てるのが」
「それはそうですわ。そのせいで、何度トラブルに巻き込まれたことか」
「そうなんだ……色々大変なんだねぇ。私もつい最近色々あってまた借金がね……」
 苦労話で、盛り上がってるのか慰めあってるのか微妙なホイップとリーブラ。
「それで、ミルザム」
「はい」
「ここから出るなら、オレが敵の目を誤魔化してやるよ。オレが表から出て成りすますから、その隙にそっちは裏から出るんだ」
「え!? でもそれでは、あなたが危険な目に」
「いいんだって。どーせこの姿じゃ、結局目をつけられるんだから。それならいっそのこと力になってやるよ。気にすんな」
「でも……」
 その時、ルディが声をあげた。
「終わりましたわ」
 そうして出来上がったふたりは、
 派手になりすぎない程度の化粧に、
 いたって普通の白の半袖シャツを着て、
 シリウスは黄色のロングスカートを穿き、
 ホイップはオレンジ色のキュロットスカートを穿いて、
 それからふたりの長い髪は、結い上げて帽子の中に入れてある。
 さほど着飾っているわけでもないのだが、普段と違った印象が新鮮で、また違った魅力を醸し出していた。
「可愛いですわぁ、おふたりとも」
 ぎゅう、と両手に抱きしめるルディ。
 他の一同も、彼方を含めて全員同感であった。
「皆さん、寺院らしき連中がいます。そろそろ嗅ぎつけられますよ!」
 外を警戒していた刀真の声で、一気に場に緊張が走る。
「じゃ、いっちょやるか。リーブラ、そっちは頼むな」
「ええ、わかりましたわ」
 シリウスは、そのまま表から出て行ってしまい。
 シリウスは、それを止める暇も無かった。
「よし。こっちも行こうぜ、ヘタに時間を置いてたら囮の意味がなくなる」
 恭司が裏口へと走っていき、
「あまり大勢で出ると怪しまれますわ。少数精鋭でいきましょう」
 リーブラも後を追って裏口に進み、
「じゃあ行きましょうか。送りますよ」
 刀真も名乗りをあげ、シリウスの傍に立った。
 ホイップとテティスもそれにならい、彼方も……と思われたが。
「俺は表から出る。あっちも心配だし、その、今のままじゃ上手く護衛できる気がしないからな」
 どうやら彼もまた苦悩の渦にはまったらしい。
 テティスはそれを知りながら、今は何も言わず裏口へと急いだ。
 シリウスも続こうとしたとき、ルディがすれちがいざまに耳打ちをし、
「もし泣きたいことがあったら連絡しなさい、いつでも待っていますわ」
 携帯電話の番号を書いたメモを手渡してきていた。
 軽く会釈してそれを受け取り、今度こそシリウスは裏口へ急いだ。
「ありがとうございました〜。またお越しください〜」
 あとの店内には、店員の間延びした声が響き渡った。

 酒場の周囲を探索していたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)ダライアス・ヴェルハイム(だらいあす・う゛ぇるはいむ)は、怪しい人物と話していた。
「なあ。踊り子さん……っていうか、大人びた女性見なかったか?」
 そいつがどう怪しいかと言うと、
「見てない見てない全然知らない。もうすぐこのへん来る筈だからって待ち伏せとか全然してないそれはもうまったくしてないから安心してどっかいきやがれこのヤロウ」
 言動が怪しすぎた。
「なあ、絶対何か知ってるだろ。教えてくれって」
「知らない知らない言ってんだろコラ。いいかげんにしないと鏖殺寺院最強の俺のパンチが火をふくぞっていうかもう殴りかかってるけどねあれなんか顔面が痛いよなんでぇ?」
 襲い掛かってきた怪しすぎ男は、レイディスの反撃の拳を食らって倒れていた。
「鏖殺寺院か……ダライアス、ちょっと情報を引き出してみてくれ。俺なんかコイツ嫌だ」
「はぁ。正直私としても、あまり関わりたくない人種ですが、仕方ないですね」
「へっへっへっへ。情報なんて喋るわけないだろこういう場合流れで色々喋っちゃうのがお約束的だけど俺ってばそんなことしないもんねどうだまいったかフハハハごぼが!?」
 やかましい口に、ダライアスは七首の先端を思いっ切り突っ込んだ。
「ええ、喋りたくなったのなら喋って頂ければ……ただ、私……少しお酒が入っていましてね。酔った勢いで転びかねません……そうなったら、どうなるでしょうね?」
 容赦ない説得に対し、
「目標の踊り子さん。あっちの裏道逃げてるらしいですすいませんそれでこっちに逃げてきたら俺が仕留めるつもりでいましたすいません生まれてきてすいませんすいません」
 男はお約束的にぺらぺら喋り、やがて恐怖のあまり気絶した。
 それから。
「私は酒場に戻ってますので、踊り子様を連れて戻って来てください。そうですね……酒場へ向かうルート的に、あちらへ回り込めば良いかと」
 というダライアスと別れ、レイディスは携帯地図を頼りにバーストダッシュで裏道をあちこち走り回っていた。
「にしても、なんで鏖殺寺院の連中が踊り子さんを狙ってんだろう……? まあ連中の事だし、細けぇ事は関係無ぇか!」
「お前たち、鏖殺寺院だな?!」
 と、ひた走るレイディスの耳に誰かの叫び声が届いてきた。
 すぐさまそちらへ方向転換していくと、
 そこにいたのは水上 光(みなかみ・ひかる)。そして鏖殺寺院らしき灰色服の女が三人ほどいた。
「だったらどうなのよ、ボク」「その通りでありんす」「どうするか聞かせて欲しいねー」
「クイーン・ヴァンガードとして、そして平和を愛する者として、お前達を野放しにするわけにはいかない!」
「へぇ。今時珍しい正義感少年なのよ」「しかし、それで勝てるほどわっちらも甘くないのでありんす」「そうよねー、早く片付けて女王候補の後を追うのよねー」
 三人は、全員お揃いの大鎌を構えると、一気に襲い掛かっていく。
 裏道ゆえ大鎌は振り回しづらい感が出ていたが、さすがに三対一では分が悪い。
 そう分析する光と、レイディスとの目が合った。
「すいません、力を貸してください!」
 声が届く前に、レイディスは突撃して大鎌に拳をぶつからせていた。
「くっ!? 新手なのよ」「まとめて片付けるでありんす」「了解ねー」
 だがそれから一気に形勢は逆転した。
 一人で戦うのと二人で戦うのとでは天地の差があるということを裏付けるように、レイディスが相手に鉄拳を食らわせ、背中がガラあきになったとしても。そこを光がグレートソードで防御に入り、また光が攻撃に転じればレイディスがサポートに周り、時には共に猛攻をしかけたりもできていた。
「こんなバカな、なのよ」「信じられないでありんす」「予想外よねー」
 おかげで瞬く間に三人全員取り押さえられていた。
「ありがとうございました。助かりましたよ」
「なに、気にすんな。んじゃ、俺は先急ぐからな」
 そして、再びバーストダッシュで裏道をひた走っていくレイディス。
 やがて。裏道を抜けようかというところで先を警戒して隠れている一団を発見した。
(あれ、ミルザムに……ホイップ!? そういうコトか)
 見覚えのある人影に、大体の状況把握をするレイディス。
 近づいてきた彼に気づき、シリウス達は身を強張らせかけたが、それが顔見知りだと気づいてすぐ緊張を解いた。
「大丈夫、あんたが逃げて来た通路に居たやつらは片付けたよ」
「え、そうなんですか? あなたはえっと……クイーン・ヴァンガードの方ですか? すみません。またご迷惑をおかけして」
「……ああ、俺はクイーン・ヴァンガードじゃねぇよ。踊り子さんの舞踊を見に来た、ただの剣士だ。ほら、酒場で皆が待ってる。踊るのが好きなんだろー? 迷惑かけたとか言うなら、その分楽しい踊り見せてくれよ」
「あ、はい。わかりました!」
 シリウスは、このとき満面の笑顔を向けていた。
 その笑顔が、すぐに崩れてしまうとも知らずに。