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ネコミミ師匠とお弟子さん(第2回/全3回)

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ネコミミ師匠とお弟子さん(第2回/全3回)

リアクション


第3章 森の修行風景


「人は神ではない、不完全な存在。ゆえに、人は過ちを犯す……」
「……私は一体どういうリアクションをとればよいのでしょうか? あら、先客がいらっしゃいますわ」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)はゴビニャーのサインを目的に彼の家までやってきたようだ。クロスたちが帰った後も、ゴビニャーは他にお客が来るような気がして今日は修業を控えてのんびり過ごしていた。レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)は先に到着しており、縁側で緑茶をすすっている。プレゼントのアドバイスをもらっているようだ。千歳とイルマはその様子を木陰から眺めている。
「見た感じ、並木さんはあまり女の子っぽいのは好きじゃないみたいだし、お守りの方がいいと思うんだよ」
「身につけられる物のほうが、女の子は嬉しいですかにゃ?」
「お守りってさ、大切に思われてるって感じがするでしょ?」
「そうですにゃー」
 千歳は購入した油性ペンを握りしめ、周囲の地形を確認し、前回のような不覚を取らないように慎重に行動しようとした。イルマは多少あきれながらも彼女がやり過ぎた時はセーブしようと一応準備だけしている。
「……ゴビニャー選手は前回のことで私を警戒しているかもしれない。そう、ネコミミ愛好家が配布していたこのネコミミセットを付ければきっと大丈夫なはずだ」
「……チャンスは逃しません」
 イルマは千歳のネコミミ姿を携帯のカメラで隠し撮りし、個人コレクションに加えている。千歳は真剣になり過ぎて方向性がおかしなことになっているが、常在戦場の心意気だ。本気と書いてマジなのだ。
「制服のヒラヒラは苦手なんだ。並木さんもそうなんじゃない?」
「しかし、話を聞くと並木とやらはあまり女という感じがせぬな。パラ実には幼女趣味がおると聞いたことはあるがの」
「並木君は元気いっぱいですにゃー。おっとっと!」
 レキはTシャツにスパッツ姿の活動的な服装だった。ゴビニャーのすきを見てえいやっと抱きつこうとするが、相棒のミアがいたずら心で間に入りむぎゅ〜を堪能している。ゴビニャーはそういうやりとりを女の子っぽくてかわいいと思った。

「にゃあ、にゃにゃにゃん、にゃん!!!」
「同じことをするのは、私のプライドが許しませんわ……」

 突如木陰からネコミミを付けた千歳が現れる。レキ、ミア、ゴビニャーは目が点になった。ちらっと、イルマを見る。
「……見た目は少しアレですけど、決して不審者ではないのです」
「にゃー。ごろごろぷにゃにゃー!!!!」
「サインを是非いただけないかと言っております」
「あ、はい。了解ですにゃ」
 ゴビニャーはサラサラとサインを書いて千歳に手渡し、何を言っているかわからなかったが握手もしておいた。千歳はつま先立ちでくるくると回り、涙で前が見えなくなっていた。そのため、前方に宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)宇佐木煌著 煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)が、見てはいけないものを見た気がして回れ右をしたのには気が付いていない。
「どうもありがとうございました。ほら、千歳」
「にゃー、にゃんごろにゃー!!!」
 2人はぺこりとお辞儀をすると森の奥に消えていった。
「もふもふか……オナゴが喜びそうなヤツじゃからのう」
 ミアは八重歯を見せてからからと笑っている。
「弟子入りを先送りにしてる感じがちょっとするからさ。入学祝いを渡したら、弟子入り試験をしてあげるんだよ〜?」
「夏休みが来たら弟子入り試験をやりますにゃん。並木君は猪突猛進だから、しばらくはきちんと通ってもらわないと駄目ですにゃ」
 どうやら、ゴビニャーは夏休みに弟子入り試験を考えているようだった。


 日も暮れてきて洗濯物を取り込んでいると、今度は通い弟子希望の面々が訪れた。鬼崎 朔(きざき・さく)ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が師匠が姉弟子のプレゼントを探していると聞いて駆け付けたのだ。ゴビニャーは肉球拳法を教えること自体は歓迎しているので、希望者には稽古をつけている。朔たちを通い弟子として認めているようだ。
「……師匠、稽古をつけていただきたくまいりました。……風のうわさで姉弟子の贈り物で悩んでおられると」
「いらっしゃいにゃー。これ取り込むまでちょっと待ってにゃー」
「スカサハも手伝うであります!!」
 朔は本弟子昇格を狙いつつ、弟子心としては師匠のために何かしたかった。彼女の心中は複雑である。
「……自分だったなら、身を守れる……護り刀とかが欲しいですね」
「鉄甲のほうが格闘家らしいよ!! 攻撃よし、護りよしの万能武器だからね♪」
「プレゼントと言ったら……ドリルであります!!!」
 口には出さないものの、ゴビニャーは何かが違うと感じた……。ドリル……パラ実らしいかもしれないけど。考えているうちにフリーズしてしまった師匠の様子を察してブロッドクロスは話題を変えた。ちょっと気になってさ、と前置きをしながらさりげなく情報収集に励む。
「ゴロニャーさん」
「ゴビニャーですにゃ」
「聞きたかったんだけど。どうしてゴビニャーさんは本弟子を今まで取らなかったの?」
「……妻のそばにいたかったのですにゃ」
 ゴビニャーの奥さんは体が弱く、手術が必要な病気にかかっていたそうだ。そのため格闘家としてファイトマネーを稼いでいた。手術が無事に成功してからは表舞台からは姿を消し、ジャタの森で静かな生活を楽しんでいた。奥さんは数年前に他界してしまったのだが、今でも彼女のことは心から大切に思っている。
「朔君。私は、技術や知識は誰かのために使ってこそ意味があると思うのですにゃ。妻との時間を大事にしたくて弟子をとらなかったのもあるけど……この答えで今日は勘弁してくださいにゃ」
「……姉弟子はパラ実ですか。自分は……パラ実の生徒は個人的に好きですが……彼らが信仰する者は……嫌いです」
「嫌いでもいいにゃ。でも、協力はできないですにゃ」
「……ドージェは神なんかじゃない。……ただの人殺しですよ」
「え、えっと! えっと!
 あの武骨でありながら洗練されたフォルム! 単純でありながらも圧倒的な螺旋の破壊力! スカサハはドリルをプレゼントされたら、とっても嬉しいのであります!!!」
 朔の表情が暗くなったのを見ると元気いっぱいに話題を変えようとするスカサハ。ゴビニャーもうんうん、と頷いてプレゼントの話に戻していく。
「やっぱりドリルは危ないですにゃん」
「……う〜ん、じゃあ、指輪なんてどうでありますか?」
「……姉弟子も女性なのですから、女性物のネックレスとかの方がいいかもしれません。……女性はそういうものをもらって嫌がる人は早々いませんからね」
 ブラッドクロスもそうだねーと笑っている。朔の恋人のことでも思い出しているのだろうか。
「指輪には魔除けの力が宿ると聞くのであります! その…送り主様の事を大切に想えば、このパラミタならご加護が宿るとスカサハ思うであります!」
「……まあ、極論を言ってしまえば、ゴビニャー師匠が心込めて贈ったものなら、姉弟子は何でも喜ぶと思いますけどね♪」
 ゴビニャーが返事をしようとすると、黒乃 音子(くろの・ねこ)がお土産を下げてやってくるのが見えた。
「ねえ、朔ッチ。お客さんが来たようだし、今日はこれで帰ろうか」
「……そうだな」
 気を利かせてブラッドクロスが提案すると、少しほっとしたように朔もうなずいている。いろいろ、考えたいこともできたのかもしれない。
「……ボクは朔ッチの傍にいるよ」
「スカサハもであります!!」
 無言で、こくりと頷いた。


 音子はニジマスと鮒寿司を持って肉球拳法を習いに来たようだ。
「こんにちは、お土産ありがとうですにゃ」
「ボク、師匠の技に惚れました! 着ぐるみのにゃんこができそうな技を教えてください!」
「まずは基礎からしっかりですにゃー」
 ゴビニャーは今回、音子に掌底のやり方を丁寧に伝授した。肉球拳法は拳よりも掌底がメインの流派であり、体の柔らかさも大切なので正しいストレッチの知識が必要である。
「毎度ぉ〜、宇佐木薬局でぇ〜す☆」
「眠いれす〜……」
 突然、明るい声が修行場に響く。煌星の書がみらびを連れて薬の訪問販売にやってきたのだ。宇佐木薬局と書かれた手作りのおそろいのエプロンを着て、ジャタの森で採取した材料を使い薬学と魔法の知識を生かしてエコでナチュラルなお薬を作っているのだ。
「ゴビニャーちゃん。調子どお?」
「こんにちは、きらびさん。前にいただいた肉球のお薬、とってもつやつやしますにゃん」
「えとえとっ。今回の薬には、うさぎも材料採取の段階から関わりました! 使ってもらえると嬉しいですっ」
 はてな、とみらびの手元を見れば櫛と小さなクリームの容器が乗っている。みらびは今朝、祖母にたたき起され気づいたらジャタの森にいたらしい。前日は徹夜でエプロンを作っていたようで目が真っ赤になっている。夕方のこの時間帯は眠くてしょうがないようだ。
「少量をブラシにとって梳かすだけでサラツヤになりますよっ。少しだけ『またたび』成分を配合してます。ほんのちょこーっとなので気分が明るくなる程度です!」
「その名も『毛・つやつ〜や』じゃん!!」
 音子も猫に使える薬だと聞いて物珍しそうに眺めている。ニャオリ族兵にも使えるだろうか?
「これって、どんな猫でも大丈夫?」
「試供品もありますよっ」
 みらびに尋ねるとお試しセットをもらった。持参した日本酒を飲みながら、今日はいいお土産ができたと得した気分になる。ほくほく。
「すごいにゃー。毛並みがぴかぴかしてるにゃー」
「朝使えば明るい気持ちでるんるんサラツヤDAYが過ごせます〜」
 ゴビニャーは夏毛に生えかわる時期なのでブラッシングを毎日やっているのだが、最近モフモフ目的の女性ファンが増えたためもみくちゃにされてボッサボサになりがちだった。しかし、そんなあなたもこの商品を使えば積年の悩みともおさらばです。それが、『毛・つやつ〜や』!!
「ゴビニャーちゃんとこ行かなきゃ、って思ったのが遅くなっちゃってさ」
 籠いっぱいの材料を見せて煌星の書はニカッと笑う。その孫はもじもじとゴビニャーの背中を気にしていた。
「どうしてもゴビニャー師匠の背中にアップリケ付けたいんですけど……ダメ、ですよね?」
「え? ……そうだにゃー!!!」
 ゴビニャーはピンときた。
 皆からもらったアイデアによると女性からは身につけるもの、男性からは野球道具や文房具など実用品が多かった。
「みらび君は手芸が得意ですにゃん。並木君に『スパッツ』を用意してほしいにゃん。明日じゃなくてもいいので、アップリケが付いたやつとか色々ほしいですにゃ」
「みらび、作ってやんなよ」
「ぴょっ! が、頑張りますっ!」
 ゴビニャー自身はジャタの木を使ってバットを作ることにした。修行の合間に音子に協力してもらって、女の子でも使いやすいバットが準備できたようだ。


 夜になり寝間着に着換えたゴビニャーは布団にもぐってそろそろ眠ろうとしていた。
「にゃんだか、鈴のような音が……」
 念のため確認に出てみるとジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)岸辺 湖畔(きしべ・こはん)とともに季節はずれのサンタのトナカイで空をドライブしていた。
「ゴビニャー師匠、明日の送迎用の準備ができましたわ〜!!」
「……お姉様にしては珍しく根気の要る事柄に耐えているのですもの、負けてはいられませんわね。はあ」
 ずどーん!! 土ぼこりをあげながら到着するとジャージを着た3人とブルマ着用のジュスティーヌが軽やかにお辞儀をした。
「あの……お姉様、修業はやぶさかではないのですけれど、私だけなぜブルマなのですの?」
「そんなのサービスに決まっていますっ」
「よく判りませんわ?」
「マッセナは強さを求めるじゃん! だから通い弟子のモンクとして修業するじゃん!」
 どうやらジュリエットたちは、緊急時にゴビニャーを並木のもとに送ってくれようと気を回してくれたようだ。
「一大事が起きたら事ですわ! その時が来たらお乗りになってくださいまし」
「ジャタ森とキマクの間でどれほど空賊がはびこっているか判りませんけれど、護衛なり囮なりの需要はそれなりにありそうですし」
「ありがたいお話だけど、今回はお気持ちだけにするにゃん」
 確かにパラ実はあまり評判がよくないけれど、本人が決めた学校に通うのだから辛いことがあってもそれは自己責任。その程度の覚悟はあって当たり前のはずだから、学校生活に関して口をはさむ気はないらしい。今夜は修業に関するアドバイスを行うのみにした。
「正直修業はダルいからさっさと強くなる方法があるならお願いしたいもんだけど、無理そうだから渋々耐えてみせるじゃん!」
「わたくし、則天去私を会得しましたので肉球拳法的な活用法をご教示願いたいですわね」
「肉球拳法らしい則天去私なら、奥義・猫ビンタだにゃー」
「猫ビンタって変な名前じゃん!!」
 肉球拳法のオリジナル技は2つ。遠距離バリア効果の肉球パンチ(遠当ての派生技)と、近距離攻撃技の猫ビンタ(則天去私の派生技)である。肉球パンチはラルクとの戦いで使用したが、猫ビンタの効果は現在不明である。
「これは……興味深い」
 湖畔は肉球拳法の響きに惹かれて修行を希望した。修行内容を見てふうむ、と考えているようだ。ゴビニャーが提示した修行内容はストレッチや走り込みが中心だが、そのうちの1つに『写真を撮る』という謎の内容があった
「ワックス掛けやペンキ塗り、特殊な卵掴みや錆びた日本刀での薪割りといった一見理不尽な修業……は、想像していましたの。でも、写真撮影が修行とはどういう意味がありますの?」
「それはですにゃー……」
 理由を説明しようとしたゴビニャーの前に、でっかいリボンのかかった箱がどすん! と降ってきた。てっきりサンタのプレゼントかと思ったが、アンドレも湖畔もきょとんとした顔をしている。
「ゴビニャー師匠! 女の子はかわいい物が好きなんです! 特にモフモフっとしたやつが! 格闘グッズなんかいけません!」
「あきらめが悪いのにゃ!!」
 変熊仮面の声が暗闇の中から聞こえたが、本人は出てこない。先ほど毒島にほどこされた手術が原因で、全裸だと出にくい格好になっているのかもしれなかった。冷静に考えれば全裸が一番まずい気もするが、女の子がたくさんいる状況では逆によかったのかもしれない。
「と言う訳でこちらをどうぞ。必ずや並木にお渡しください!」
「必ず渡すにゃ!」

「だが断る!」

 湖畔は話に口をはさまれたのが気に入らなかったのか、にゃんくまの入ったプレゼントを自分のサンタのトナカイに乗せる。
「さすが湖畔じゃん! 俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
 湖畔は怒りにまかせてにゃんくまをどこかの誰かのもとへ発送してしまった。ジュスティーヌはこれは大変、と姉のジュリエットを引っ張ってにゃんくま回収に急ぐ。
 こうして、嵐のように現れた4人は嵐のように去っていった。


「げ、元気ですにゃー」
 ふああ、と大きな欠伸。そろそろ明日に備えて眠ることにした。