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【4】

  PM 16:30
    百合園女学院 学生寮付近



「モテない男達の悲鳴が聞こえた気がして飛んできました、モテぬ男達の代弁者! 嫉妬のヒーロー! 嫉妬刑事シャンバラン! リア充と悪は今すぐ滅びろ!!」
 パラミタ刑事シャンバラン改め、嫉妬刑事シャンバラン――もとい、神代 正義(かみしろ・まさよし)はまずそう言い放つとビシリとポーズを決めた。
 格好いい。
 格好いいのだが、
「言っていることはただの嫉妬にまみれた悲しい男の発言」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が冷静にツッコミ。正悟は顔を隠すためかタオルを巻きつけていて、一見すると不審人物である。とはいえ、真赤な仮面をかぶって釘バットを持った正義には到底敵わないが。
「かく言う正悟も立派に嫉妬集団『血盟団』の一員でござる」
 その正悟へとツッコミを入れたのは椿 薫(つばき・かおる)だ。薫は右手にピコピコハンマーを持っている以外は普段通りの格好で、この三人組の中では一番まともそうに見える。
 言われた正悟は、返す言葉もございません、とばかりに肩をすくめて見せる。
 そう、ここに居る三人は、『彼女』や『リア充』という言葉とは程遠い――モテない男達。

「ククク……リア充よ、さあ見舞いに行くためにこの道を通るがいい……! だがな、この道を通ったその瞬間、貴様が築いてきた恋愛フラグはバッキバキにクラッシュされまくるだろう……!!」

「もう何を言っているのかわからないでござる」
「リア充が羨ましすぎて思考が回ってないよね」
「正悟は冷静すぎるでござる。もう少し嫉妬に狂うべきでござる」
「青い炎のような嫉妬が心の内に渦巻いてるから大丈夫、安心して」
「嘘くせー、外見モテ男だし」
「いやいや非モテだから。あとはそうだな、シャンバランの活躍を見たいからってのが大きいからかな」
 興奮冷めやらぬ正義と、正義の嫉妬が強すぎるあまりに少しの冷静さを見せる二人。
 しかし、その冷静さはすぐに消し飛ぶ。
 右手に日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の手を握り、左手側には望月 寺美(もちづき・てらみ)を連れ、幸せそうなにこにこ笑顔で道を歩いてくる日下部 社(くさかべ・やしろ)を見てしまったから――。
「両手に華……だと……?」
「いや、右の子はともかく。左は? 華? ゆるいんだけど、随分と」
「中の人が美人でござる、きっと。ああいうリア充の類が連れている子は大体そうでござる」
「許せんな」
「許せないでござる」
「女の子二人連れてるって時点でリア充認定するには十分か」
 よし、殺ろう。
 三人はそう決めて、ゆらりと社の方を向いた。

「やー兄、あれ」
 まず真っ先に気付いたのは千尋で、小さな手で血盟団の三人を指差すと不安そうに社の手をきゅっと握った。
「いや〜……病は気から、それが本当なら絶対に風邪を引かなさそうな類の人たちだね」
 寺美が呟く。感心半分、驚き半分の声で。
「あ、パラミタ刑事シャンバランやん! 何やってんねやろ?」
 社のその呟きの直後。

「リア充爆発しろおぉぉぉぉ!!!」

 正義が突撃してきた。

「うわ!!?」
 咄嗟に身体を捻って避ける。繋いでいた手が離れた。すかさず寺美が千尋を抱き寄せ、何かが起こっても庇えるような立ち位置に移動。正義の攻撃は止まない。バットが振り下ろされる。地面に転がった。ごろごろと転がり追撃をかわし、両手を地面について、腕の力で身体を浮かせる。そのまま跳ね起き、距離を取った。
「社!」
 寺美の切迫した声。
「やー兄ぃ……」
 千尋の泣きそうな声。
 そして、
「なんやヒーローは風邪が流行ってても元気やなぁ〜。その元気、病人さんに分けてあげたいくらいやな」
 底抜けに明るい社の声。
「アホでござる……」
 思わず薫も呟いた。バットでフルボッコにされかけてその発言とは、アホとしか思えない。いや、褒めている。これでも。
「くっ……そうやって心が広いアピールか! あれか、『余裕のある大人の態度に彼女もメロメロ☆』ってか! その上吊り橋効果まで狙って病人のお見舞いのなんだろ!? フラグ乱立させんなよ! 広げた風呂敷を畳むのは大変なんだよ!!!」
 正義が頭を抱えて地団太を踏んだ。放っておいたらこのまま憤死しそうな勢いである。
 社はにこにこと笑ったままだし、寺美はそのゆるい顔でこちらを睨んで威嚇しているし、千尋は目に涙を溜めつつも泣かずに血盟団の三人を見据える。
「……今ね、俺モテと非モテのなんたるかを今痛感してる」
「拙者もでござるよ」
「……むっ……?」
 地団太を止めた正義が、不意に動きを止めて辺りを見回した。
「……リア充の匂いがする」
「もはや人間技じゃないよね、その嗅覚」
 余裕のありすぎるリア充の相手は諦めたのか、しゅばっ、と正義は飛び退る。
「非モテ人間が居る限り……! リア充撲滅委員会『血盟団』の活動は止まん!」
 撤退のセリフを吐きながら、フェードアウト。正悟もその後を追い、薫は寺美にタオルを投げた。
「はぅ?」
「それで彼氏の汚れた顔を拭いてやればいいでござる。でもあんまりいちゃいちゃすんなよーまだお昼だし時間帯考えろー」
「あ、ありがとう! でも、彼氏じゃないですよぉ〜?」
 登場時のインパクトに気圧されつつも寺美がタオルを受け取ると、薫はニッと笑って正義と正悟の後を追った。
「なんだ……変な人たちだけど、いい人だったのかもねぇ」
「元気なんはええことやで♪ まず前提に元気じゃないと笑えへんしなぁ」
「やー兄、ケガ、なぁい?」
「大丈夫やで。ちーもよく泣かんかったな。えらいえらい♪」
「ちーちゃん、泣き虫じゃないもん。やー兄ががんばってるときは、ちーちゃんもがんばるもん!」
「そういえばあのひとたちは元気で風邪とは縁遠そうでしたけど」
 寺美が社の服や顔についた泥を拭いながら呟く。
「社も風邪、引きませんよねぇ。やっぱり馬鹿っぽいからかなぁ〜?」
「アホ。俺も笑顔いっぱい元気いっぱいの青少年だからや。第一、馬鹿だったら夏に風邪を引くんやぞ」
「じゃあ、ボクの頭の中では夏風邪を引いたことにしておきますねぇ」
「捏造すんなや!」
「元気なのはいいことだから、ちーちゃん、やー兄がばかでも大好きー☆」
「俺もちー、大好きー☆」
「たぶん、こういうやり取りを日常化させるから、さっきみたいに『リア充』って認定されるんですよぉ。はぅ〜」
 寺美がため息をついて、一段落。三人は再び歩き出す。


*...***...*


  PM 16:35
    百合園女学院 学生寮付近


 百合園女学院付近で、ちょっとした事件があった。
 その事件の解決に貢献したケンリュウガー――武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だったが、代わりに大怪我をしてしまっていて、
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ。あんたが気にすることはない」
「でも、私を助けてくれたから――」
「正義の味方がか弱き女生徒を助けるのは必定じゃないか? だからあんたが笑ってくれればそれでいい」
 頬を赤く染めた女生徒に手当てをしてもらっていた。
 もちろんそれは、

「リア充覚悟オォォォ!!」

 血盟団の嫉妬を煽るような甘い甘い現場で。
「!? あぶっ――ねぇな! あんたさっさと逃げろ!」
 死角から放たれた釘バットを避け、女生徒を逃がす。逃げた辺りで、追撃がかかった。避ける。先の事件で怪我した個所が軋んで痛む。
「シャンバランのアホ。ついに血盟団を作ったか! つーか正義の味方が武器を一般生徒に向けんな! 成敗してやるから覚悟しろよ!」
「望むところだ!」
「敵はシャンバランだけじゃないでござるよー」
 木の上から、薫が飛び降りてきてハリセンで一撃。スパアァァン、といい音が響いた。
「ちょっとケンリュウガー、気を付けないと。今ので頭が割れてたかもしれないんだよ?」
 少し離れた場所で、正悟がぼやく。二人の顔を確認して、牙竜がうんざりとした顔になる。
「つか、メンバー全員知り合いかよ……」
 アホすぎる、と脱力――してもいられない。バットもハリセンも、追撃、追撃、追撃……、
「二対一とか卑怯だろ!?」
「牙竜!」
 思わず叫んだところで、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)が牙竜の傍へと素早く駆け寄った。背中合わせに密着して隙をなくす。
「間に合ってよかった。怪我はない? ……って傷だらけじゃないの!」
「こいつらの相手で怪我したわけじゃない。それより気を付けろよ、シャンバランの様子がおかしい。いや元々変だが」
「わかったわ。でもあたしと牙竜が一緒ならどんな敵でもなんてことないわ」
「……頼りにしてる」
「任せて♪」
「助け合う男女とか、いいなー……羨ましいでござる」
 信頼を向け合う二人。思わず薫がそう呟いたりしたところで、
「お前……ケンリュウガー……見損なったぞ!!」
 正義が叫んだ。
 見損なった? 何に?
「だってさっきの女の子はなんなんだ! 明らかにフラグ建築してただろ?」
「え? ……フラグ?」
「なんだ、フラグって」
「とぼけるな、女生徒にその傷の手当をしてもらって、お前は『あんたが笑ってくれればそれでいい』なんてはにかんでいたじゃないか! そのうえパートナーといちゃいちゃ背中合わせでバトる? お前ふざけるなよ! このスケコマシ! 正義のヒーローの分際で、スケコマシぃー!」
「はぁ……?」
 何を言われているのか、牙竜にはわかっていない。
 だから、背中合わせでいるリリィが、ゴゴゴゴゴ……と嫉妬の炎に身を焦がしていることの理由も、牙竜はわかっていない。
「牙竜……あたしというパートナーがありながら……」
「いや、え? だから何の話――」
「問答無用! 喰らえ!」
 血煙爪を振りまわして、リリィが暴れる。避ける。正義のバットが飛んでくる。避ける。
 やばいかもしれない。いつまでも避けつづけるのは、無理だ。
 ……どこかで音が聞こえた。
 エンジン音。この音の大きさは、低さは、バイク?
「病人が近くに居るっていうのに、暴動起こしてるんじゃないですよ、このスカポンタン共……!」
 バイクを停めて、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が駆けてくる。正義に向けて、狙いすました一撃を――
 葱を、放った。
「ふがっ!?」
 すごい勢いで飛んで行った葱が、正義の顔に激突した。蹲る。そこに素手で一撃。
 ゆらり、と身体がゆらいで、そのまま地面に倒れ伏した。
 あまりに唐突。あまりに謎な葱投擲。しかし効果は抜群だった。
 倒れた正義をバイクまで引き摺って、翡翠はロープでくくりつける。
「…………なんで、葱なの……?」
 真っ先に硬直から立ち直ったリリィが問う。と、翡翠は大量の葱が覗く袋をつきつけ、
「風邪で寝込んでいる方に葱をプレゼントしに行くところだったんです。……ところが、誰かが寮の近くで暴れているという情報を受けましたので、阻止しに。パートナーに葱の配達を頼みましたけど、ねえ、まだこんなに残ってるんです。手伝いたいから早く帰りたいんですよ、私。
 暴動を起こすのは勝手ですけど、病人が近くに居るんですよ? 場所を考えてください、スカポンタン共」
 にこにこと笑顔のまま、翡翠は言い放つ。
「じゃないと喧嘩両成敗、もれなく皆様の首やらなにやらに葱を巻きつけて公園に放置、見世物とするつもりですが」
 その言葉を受けて、まず反応を見せたのは牙竜で、両手を上げて「悪かった」と謝る。続いてリリィを見て、
「ほら、怒られた。帰るぞ」
 声を掛けて手を差し伸べる。
 リリィはふてくされたような顔をしながらも牙竜の手を取って、「別に許したわけじゃないからね」呟く。
「何を怒ってるんだ、お前は」
「うるさーい、気付かないような鈍感さんには教えませんー」
「はあ?」
 阻止派の二人が穏便に帰って行くのを見送り、翡翠は薫と正悟を見た。無言と笑顔で二人に尋ねる。
 どうします? と。
 右手に葱。左手には葱袋。両手に葱。
 数秒の沈黙。
「帰ろうか」
「帰るでござる」
 二人はそう決めて、正義をバイクから引き剥がした。薫が上半身を、正悟が下半身を持って歩く。
「いい判断です。葱が無駄にならなくて済むので」
 にこにこと、翡翠。薫と正悟は同時に振り返り、
「リア充がセルフ爆発することを祈るでござるよ」
「いま、我々が撤退しても、第二第三の嫉妬団が……!」
「葱、投げますよ」
「「すみませんでした」」
 捨て台詞を吐きかけて、言えずに帰って行った。
 それらを見送って、翡翠はため息を吐く。両手の葱を見て、無駄にしないで済んだことに安堵しつつ、改めて配達に行こうとバイクに跨った。