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リアクション
第1章
さわさわ。さわさわ。
世界樹の葉擦れの音が、耳に心地よい初夏のイルミンスール。ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)の正面から、重量感たっぷりの地響きをあげてムッキー・プリンプト(以下むきプリ君)が寮の廊下を走ってくる。何やら必死な形相で、スピードを緩める気配は微塵もない。
風圧に煽られた髪を押さえ、ショコラッテはすっ、と道を開けた。通り過ぎるむきプリ君の後ろから、プリム・リリム(以下ぷりりー君)がごめんねという仕草をしながら追いかけていく。
「そこどいてどいて! 轢かれるよー! ああっ! だから言ったのに!」
どたばたと遠ざかっていく筋肉達。
「……あの2人って……もしかして噂の……?」
「やった、ホレグスリGETだ! 好きにしろと言われて1本で済ます手はないからなー」
次にやってきたのは、凹凸の激しい布袋を抱えた男子生徒だった。袋の中身を覗いてにやにやしている。
(……ホレグスリ……)
前から欲しかったこともあり、ショコラッテの足は、自然とむきプリ君の部屋へと向いていた。扉が揺れている入口から躊躇なく中に入り――出てきた時には、ピンク色の小瓶を握っていた。
その頃、当の和原 樹(なぎはら・いつき)はむきプリ君がピノ・リージュンと接触する現場を目撃していた。
「空京に行ってホテルを借りる! そこでホレグスリを製造し、通行人にぶっかけて仲間を得る! そしてこいつを人質に、蒼空学園にホレグスリ研究所を作らせるのだ!」
ピノは最初こそ嫌がっていたものの、ホレグスリという単語に明らかな好奇心を示している。
「……誘拐?」
呆然と見送る間にも、むきプリ君はきゃあきゃあ言うピノを抱えて猛進していく。その後を謝りながら続く少年。どうにも緊迫感の無い光景だ。
「どうかしたんですか? 何か、みなさん驚いた顔をしていますね」
そこに、世界樹の外へ行く途中だったザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が声を掛けてきた。
「あ、うん。クリスマスに、ここで騒ぎがあったの覚えてる? あの時、最初に薬を飲んだ人が出て行ったんだ」
そうして、今さっき見た光景を説明する。
「あの子を人質に……ですか。絶対に、失敗しますね」
「あんまり害なさそうだったよ。楽しそうだったし、むしろ率先して騒ぎそうな……」
「……それは……すごく想像出来ますね……」
2人共、一応ピノとは面識がある。先日、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)の結婚式にてケーキまみれになっていた少女だ。
「まあ一応、蒼空学園に連絡しておきましょう」
ザカコは携帯電話を取り出し、蒼空学園の番号に掛ける。コール音を聞きながら思うことは。
(ファーシーさんにも、伝える必要がありますよね……)
「……よし、居ないね!」
宇佐木煌著 煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)は部屋に戻ると、宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)とセイ・グランドル(せい・ぐらんどる)が不在なのを確認してそそくさと調合道具一式とプチ鍋を持ち出した。腕に提げた竹篭には、早朝にジャタの森で採取した薬草がいっぱい入っている。
「ホテルを借りるって言ってたよね! 早く追いつかないと!」
空京にはホテルがごまんとあるから、落ち着く前に合流して――
「ホレグスリの研究をするよー! みらびには内緒、内緒!」
「さすがイルミンスールね。すっきりしたわ!」
クェンティナ・レンティット(くぇんてぃな・れんてぃっと)は図書館から出ると、情報を書き写したノートの中身をぱらぱらと確認した。そこには、疑問に思っていた魔術についての情報が書き込まれている。
「良かったですわね。では、帰りましょうか」
ほっと胸を撫で下ろし、リザイア・ルーラー(りざいあ・るーらー)が言う。シャミア・ラビアータ(しゃみあ・らびあーた)と2人で出かけようとしていた所、また悪さをしでかさないようにとついてきたのだが――意外にもクェンティナは普通に本を探していた。調べ物は滞りなく終わり、リザイアは心底安心していた。女王の加護が第六感に警告していたが、気のせいだったのだろう。
そう思った時。
「ヒャッハー! このまま帰るなんてつまんないぜ! ついでに冒険してかない?」
「はい!?」
予想外の言葉に、リザイアは驚く。
「こんだけ広いんだし、きっとお宝があるわよ。さて、さっそくトレジャーセンスを使って……と。おっ、反応があるじゃん! 何か面白いモノだといいわね!」
意気揚々と先へ行くシャミア。
「ちょっと、シャミアさん!」
「仕方ないわね。調べ物、手伝ってもらったし……付き合いましょ?」
クェンティナが背中に腕をまわしてきて、言う。
「えっ? でも……何か嫌な予感がしますわ。このまま帰った方が……」
「ちょっとめんどくさいけど、こうしてれば、私は別に退屈しないし〜」
そして、クェンティナはリザイアの胸をさりげに掴んだ。
「あ! やだもう、どこさわってるんですかーーーー!」
(私がしっかりしなければいけませんわ。私が……)
クェンティナに密着されながら、リザイアは2人の監視の必要性を再確認――
「きゃ! もう、やめてくださいーーーー!」
再確認、した。
「ただいまー」
樹が自室に戻ると、ショコラッテがティーカップを載せたトレーを持って奥から出てきた。
「おかえりなさい。ちょうどお茶を入れたところなの。飲んで?」
「ん、ありがとショコラちゃん」
受け取ると、ショコラッテはフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)にもカップを渡す。お茶を1口飲んでから、樹は言った。
「さっきそこで、蒼空学園にホレグスリ研究所を作るんだーとか言ってる人がいたよ。大丈夫なのかなぁ、あの人。無事だといいけど」
やはり、安否を気遣われるべきはむきプリ君の方らしい。
「ホレグスリ? あれはまだ製造されていたのか……」
フォルクスは呆れつつ、カップに口を寄せる。だが、ショコラッテの手元にあるなにやら怪しげな瓶を見て動きを止めた。ものすごく見覚えのあるあの色は……まさか。
「待て、樹! この茶は……」
「え?」
慌てて立ち上がるフォルクスに、樹は反射的に目を遣った。
「これで、樹兄さんの本音が……」
ショコラッテがぼそりと言う。
「大丈夫よフォル兄。樹兄さんのにしか入れてないから」
「……え、何言ってんのショコラちゃんっ。俺のにだけって……もしかして……今のお茶……?」
言ってる間にも、フォルクスが好きだという気持ちは大きくなってくる。
「ちょ、ちょっと! 俺、解毒剤持ってないよ!」
フォルクスから出来る限り離れてから、樹は叫ぶ。
(お互いに好きだと効かないって聞いたことがあるけど、結構効くじゃないか……!!)
「ショコラッテ……こういう悪戯はあまり好ましくないぞ」
パニックになる樹をよそに、フォルクスはショコラッテをたしなめた。彼女は伏し目がちに反省の意を示しつつも、言う。
「ごめんなさい。でも、いつまでも今のままじゃ不安なの。……樹兄さんとフォル兄には、ちゃんと夫婦になって欲しいから」
「……いや、我らは夫婦になる訳では……伴侶ではあるが」
困ったように樹を見ると、彼は過敏にその視線に反応した。
「わわわっ、こっち見るなって!」
「…………」
苦笑して、ショコラッテに向き直る。
「ショコラッテにとっては、どちらも変わりないか」
おそるおそるという感じで、樹が距離を縮めてくる。
「ショコラちゃん……不安にさせてるのは謝るけど、こういうのは」
「ごめんなさい。フォル兄に言ってあげて欲しかったの。……好きだ、って。……ずっと離れずに家族で過ごすのが、私の夢だから」
「「…………」」
どうやら、本当に悪気はなかったらしい。フォルクスは、1回息を吐く。
「我も解毒剤は持っていない。仕方ないな……」
「仕方ないって……どうするんだ。……変な手出しは、するなよ。絶対するなよ。この状態で強く迫られたら拒否しきれるか自信が……」
「それはつまり、手出ししてくれという意味か?」
試しに近付いてみると、樹は顔を真っ赤にして、また壁際まで後退した。
「……冗談だ」
「いや、それ冗談にならないから! 特に今は!」
可笑しそうにしてから、フォルクスはふっと真顔になる。
「樹。『一つ』聞いておくが……」
「……!」
直後、樹の中で何かが反転する。これまた、覚えのある感覚だ。
「あんた、その言葉……っ」
言うは遅し。『一つ』という単語をきっかけに、本音が隠せなくなるとかいう副作用が出るのはよく知っている。フォルクスその筈だ。
「我ばかりが本心を語るのでは割に合わん。たまにはいいだろう? で……樹、我をいずれ、受け入れてもいいとは思っているのだな?」
「……〜〜〜〜!」
誰がしゃべるかとも思うが、この薬の効力に抗うことは出来ず――
気付くと、樹は座り込んで自然と口を開いていた。
「……お、思ってるよ……。理解できない歳でもないし……。でもさ……同性同士の恋愛に拒絶反応はないけど、受け入れる側の立場だとやっぱり……。……あっさり認めちゃうのもどーなんだろとか、一度甘えたら際限なくなりそうで怖いなーとか思う訳で……って」
そこで我に返り、ショコラッテを見る。彼女は、一言一句聞き漏らすものかという表情をしていた。
「……ショコラちゃんも居るのに何言わせるんだこのド変態ー!」
にやにやしているフォルクスに鉄拳をお見舞いする。これももう、本能といってもいいかもしれない。
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