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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 ザンスカール市街
「あれ、ファーシーさんじゃないですか?」
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)に袖を引っ張られ、匿名 某(とくな・なにがし)は彼女の視線の先に目をやった。車椅子の背が、世界樹に向かっている。水色の髪と、それを包むヴェールがひらひらと揺れていた。
「そうだな……ちょっと挨拶するか」
 ファーシーには聞いてみたいこともある。追いかけて声を掛けると、彼女は顔を振り向けた。
「あ、久しぶりね!」
 車椅子を反転させようとする。だが、ヴェールが機械に絡まりかけて慌てて、バランスを崩す。
「ほら」
 支えた上でヴェールを外してやると、ファーシーはぱっ、と笑顔になった。
「ありがとう! 今日はデート?」
「あ、ああ、まあ……な」
 ダイレクトに言われて焦る某に、綾耶が寄り添う。
「新しいショップが出来たって聞いて見に来たんです。自然系のお店で、素敵でしたよ! いくつか、小物も買ってもらったんです」
「へー。わたしも行ってみたいなあ……」
「そ、それよりファーシー、新しい人生はどうだ?」
「あ、そうです! 今はどうしているんですか? 蒼空学園に入学したんですよね」
 綾耶が言うと、ファーシーは頷いた。
「身体や生活に慣れるのが先だからって、まだ授業とかには出てないんだけど……車椅子って、結構難しいのね」
「大変そうだな……」
「でも、みんなが遊びにきてくれるし、ルミーナも、よく勉強を教えてくれるのよ。知らないことがいっぱいあって、毎日飽きないわ! そろそろ、教室にも行けると思う」
「楽しんでるんですね! 良かった……。今度、私もお邪魔させてもらいますね!」
「ところでそれ……移動中は外した方が良いんじゃないのか? またひっかかるぞ」
 某がヴェールを指すと、ファーシーは恥ずかしそうに笑った。
「普段は仕舞ってるんだけどね。結婚式につける特別な物っていうことも教えてもらったし……ただ、今日は少し、特別なの。ザカコさんやルカルカさんがイルミンスールの中を案内してくれるっていうから、嬉しくなってつけてきちゃった」
「ああ、それで世界樹に……あー……ファーシー」
「? 何?」
 若干、言いにくそうに頬を掻く某に、ファーシーはきょとんとした。
「せっかくだから聞きたいんだけど、あの時日比谷もいたんだって?」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)の名前が出ると、彼女は1回瞬きをしてから目を伏せた。
「うん……」
「……ちょっと、その時のこと、ていうかあの騒動で日比谷と何があったか、話してくれないか?」
「え? どうして……」
 顔を上げるファーシーに、某は皐月との関係を説明する。
「日比谷とは結構付き合いが長いからな。最近は連絡つかないことも増えてたわけだけど、あれからまたいろいろあって、会うのも難しくなってきてる。だから……出来れば、あの日のことについて知っておきたいんだ」
「そう……」
 ファーシーは暫く考えていたが、それから決意したように某を見た。
「わかった。話すね」
 1ヶ月程が経っても、あの日の――否、この身体を得るまでの出来事を、彼女は鮮明に思い出すことができた。丁寧に丁寧に、当時の雰囲気を改変してしまわないように気をつけて語る。
「で、引き摺られて帰っていったわ」
「へえ……」
 事情を知った某は、皐月に直接会ってみようと考えた。何故か、この辺にいるような気もする。
「……な、某さん?」
 不安そうに見上げてくる綾耶の頭にぽん、と手を乗せ、言う。
「少し、探してみるか」
「……はい!」
 嬉しそうに同意した綾耶を連れて、ファーシーと別れる。捜索の特技とトレジャーセンスをうまく使えば、見つかるかもしれない。
「ん? トレジャーセンス?」
 自然に浮かんだその考えに、自分で疑問符をつける。
 ……皐月は既に、金銀財宝レベルであるらしい。

「友達っていいなあ……」
 1人になったファーシーは、2人を見送りながらどうしてか暖かい気持ちに包まれていた。そして、はたと気付いて契約したばかりの携帯電話をチェックする。
「やっぱり……! 待ち合わせ!」
 時間が過ぎているのを確認すると、彼女は車椅子のスピードを上げた。

「ザカコ、お待たせー!」
 校門前に立っていたザカコに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は手を振って挨拶した。
「ファーシーはまだみたいね。どこかで迷ってるのかしら」
 首を傾げるルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)の横で、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が世界樹を見上げる。
「ザンスカールまで来ていれば、迷うことも無いと思うが。これ以上目立つ目印もないだろう」
「うーん、でもちょっと心配ねー、電話してみよっか!」
「あ、来ましたよ」
 ルカルカが携帯を出したところで、ザカコは近付いてくるファーシーの姿を認めた。
「ごめんごめん! 遅れちゃった!」
 照れたように笑うファーシーに、ルカは明るく言う。
「ファーシーまた会えたねっ! 新しい体、馴染んだ?」
「うん、だいぶ慣れたよ。ほら!」
 そうして、座ったまま柔軟体操をするように身体を動かす。脚も振ってみる。
「良かった! ねぇねぇ、今日は思いっきり遊びましょっ☆」
 ファーシーに抱きつくと、ルカルカは先頭に立って世界樹の中に入っていった。
「ルカは何度も来てるから、あちこち案内できるよ! どこに行きたい?」
「その前に案内図が必要だろう。……で、購買はどこだ?」
「ああ、それは……」
 ダリルに場所を伝えてから、ザカコはファーシーに話しかけた。
「ファーシーさん、無事に銅板から移れてなによりです。ところで、お耳に入れておきたいことがあるのですが……今、イルミンスールで、ホ……」
「煌おばあちゃんーっ! どこですかーっ」
 そこで、みらびが煌星の書を探して上から降りてきた。5人に目を留めて近付いてくる。
「ごめんなさいー、煌おばあちゃん見ませんでしたかっ? 金髪で、うさぎの髪飾りをつけてる12歳くらいの……」
「うさぎの髪飾り……? その方なら、先程校門から出て行きましたよ。何か、荷物を持っていましたが……」
「ええっ!? それ……それ、お鍋とかじゃありませんでした? どこに行ったか分かりますかっ?」
 いつまで経っても戻ってこないと思ったら、いつの間にか部屋にあった煌星の書愛用の調合道具が無くなっていて、みらびは何かとても嫌な予感がしていた。
(また、変なことに首を突っ込んでいるような気がしますー!)
「煌おばあちゃんは薬剤師なんですー」
「薬剤師……? それなら、彼を追いかけていったのかもしれませんね」
「え、だ、誰ですかっ?」
「むきプリ君とかいう、ホレ……」
「あれ〜、みなさんどうしたんですかぁ〜? こんな所で〜」
 廊下を歩いていた神代 明日香(かみしろ・あすか)が、とてとてと歩いてくる。手には箒を持っていて、これからどこかへ出かけるようだ。
「のんびりしてると飲まされちゃいますよ〜? 今、好きなだけ手に入るみたいですし〜」
「? 何の話?」
 ルカルカが好奇心に満ちた顔をする。
「知らないんですか〜? ホレ……」
「ホレグスリです!」
 そうしてザカコは、樹から聞いたむきプリ君の企みをみらび達に話した。ついでに、むきプリ君がこれまでどんなことをしたのか、クリスマスをきっかけにどんなアホなことをして今どうなっているのか等を話した。彼が借金まみれであることはあの件に関わったことがある魔法学校の生徒の中では周知の事実だった。ピノが一緒であること、彼女が楽しそうであったこと、一応蒼空学園に連絡したこともつけ加えておく。
「ふーん……」
 ファーシーは、少し考えるようにした。
「煌おばあちゃんなら、絶対行ってますよねえ……」
 みらびはがくりと肩を落とすが、すぐに背筋を伸ばし、慌しく上に戻っていく。
「大暴走する前に止めなきゃ! セイくん! セイくん! 煌おばあちゃんを探しに行きますよーっ!」
「私もピノちゃんの所に行きますよ〜。一緒に遊びたいのですぅ〜。ファーシーさん、イルミンスールを楽しんでくださいね〜」
 そうして、明日香も離れていった。ダリルが呟く。
「……誰も、その子の心配はしないのだな……むきプリとは、よほど弱いのか?」
「うん、ピノちゃんは心配なさそうだわ! ねえ、まずはどこ行く?」
 世界樹をぐるりと見渡して、ファーシーは言った。