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ポージィおばさんの苺畑

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ポージィおばさんの苺畑
ポージィおばさんの苺畑 ポージィおばさんの苺畑

リアクション

 
 
 スイーツよりもスイートに 
 
 
「羽純くん、早く早く!」
「歌菜、腕をひっぱるな。少しは落ち着け」
 何でそんなに元気なんだ、とぼやきながら月崎 羽純(つきざき・はすみ)遠野 歌菜(とおの・かな)に引っ張られるままに、スイーツフェスタにやってきた。
「焦らなくても食べ物は逃げないだろ?」
 だから急ぐ必要はないという羽純に、歌菜はダメダメと首を振る。
「逃げはしないけど、人気のあるスイーツは直ぐに売り切れちゃうんだからねっ」
 店に到着するのももどかしく、歌菜は並んだスイーツを真剣な目で選び出した。やれやれ、と羽純は思うけれどそれは不快な感覚ではなく、こんなのも偶にはいいか、と思えるような感覚だ。
「うーん……ムースもいいけど、タルトも捨てがたいよね。ああでも、苺のショートケーキはスイーツの基本だし」
 歌菜は食べたいものが多すぎて悩みに悩んでいる。羽純もスイーツのショーケースに目を走らせ、これなら迷うのも仕方ないか、と思った。皆に大っぴらには言っていないが、実は羽純も甘いもの好き。旬の苺がたっぷり使われたスイーツの魅力はよく分かる。
「羽純くん、羽純くん!」
 不意に歌菜の呼ぶ声が耳に入り、羽純は意識をスイーツから歌菜へと戻した。
「なんだ?」
「はい、半分こ!」
 買ったばかりのスイーツを半分に割って、その片方を歌菜は羽純に差し出している。
「自分で食べればいいだろう」
「だって……2人で分けて食べた方が、たくさんの種類が食べられるでしょ?」
 名案、とばかりに歌菜は笑う。
「本当にお前は……」
「あ、もしかしてこれ、好きじゃなかった?」
 歌菜の顔が曇りかかるのを見て、羽純はさっとスイーツをひき攫った。
「分かった、食べる。食べたらいいんだろう?」
 半分ずつ分けて食べるスイーツは……どこか不思議な味がする。歌菜はと見れば、幸せそのものの顔でスイーツを食べていた。
「美味しいねぇ~」
「あぁ、悪くない」
 そう、今日ぐらいはとことん歌菜につきあうのも悪くない。不思議な味のする美味しいスイーツに免じて。
 
 もう食べられないという処までスイーツを楽しんだ帰り道。
「歌菜。……今日は楽しかった。サンキュ」
 礼を言われて歌菜はきょとんとした。まさか羽純からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったから。
「……なんだよ。そんな顔するな。俺だって、礼くらいは言う」
 そう言う羽純の表情は、どこか照れているようにも見えて、歌菜は微笑む。
 羽純には過去の記憶がほとんどない……ということは、過去の思い出がほとんどない、ということ。歌菜にはその過去を取り戻す力はない。けれど新しい思い出を作っていくことは出来る。
(誘って良かった)
 今日の食べ歩きもまた、きっと楽しい思い出の1つになることだろう。
 
 
 シャンバラで起きている様々な事件や出来事の所為で、最近は羽を伸ばす機会がなかった。十二星華など気になることは多いけれど、たまにはこんな場所で骨休めがてらデートするのもいい。
 食べ歩きがデートっぽいかどうかは疑問だとも思ったけれど、七枷 陣(ななかせ・じん)の心配をよそに、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)も久しぶりのデートの誘いを嬉しそうに受け入れてくれた。
 バレンタインにリーズと真奈、2人と恋人になってから、こうして楽しみの為に出かける機会がなかなかなかった。それだけに2人の期待もひとしおだ。
「わー! わー! 美味しそうなお菓子が一杯だー!」
 特にリーズはテンションがあがりっ放し。スイーツに誘われて走っていっては、振り返って陣を呼ぶ。
「陣くん、これ食べたいー!」
 それなら、と注文しかけて陣は真奈にも食べるかどうか聞いた。
「はい。どのような味なのか興味があります」
「そっか。なら、これを2つ」
「陣くんは食べないのー?」
 売り子に注文する陣をリーズが見上げる。
「オレはまだこのクレープがあるからな。まったく、何でそんなスピードで食べられるんや」
 一緒に苺とバナナのクレープを買ったはずなのに、リーズのクレープは既に全部お腹の中に消えている。
「早く食べないと次のが食べられないんだもん」
「オレも甘いモンは嫌いじゃねーけど、よくそこまで次から次へと食べられるな」
「おいしいものはどんどん入るよ~。はぐはぐ……わぁ、これおいひぃよねぇ~、真奈ふぁん……はむっ」
「ええ。家でも再現してみたいですね。レシピとか教えていただけるのでしょうか」
 真奈が売り子にレシピを尋ねている間にも、リーズはまた次のスイーツを物色し。
「ねーねー陣くん、あれも食べたいな。あ、でもむこうにあるのも美味しそう……目移りしちゃうねっ。うーん、いっそ全部! ……んに?」
「ったく……ちょっとは自重しろ……っ!」
「い、痛いよぉ~!」
 陣にもみあげの髪を引っ張られ、頭を押さえるリーズを見かねて、真奈がフォローを入れた。
「ご主人様、せっかくの美味しいものの祭典なのですから、リーズ様がはしゃぐのも無理ありませんよ、ね?」
「それにしてもはしゃぎすぎだぞ、全く……口の周りにクリーム付きまくってるしよ」
 もみあげを引っ張っていた手を放すと、陣はリーズの顔についた生クリームを拭いてやった。
「そんなこと言うけど、陣くんだってクリームべったりじゃないかぁ」
 ほら、とリーズは恥ずかしそうに陣の頬に顔を寄せると、ぺろっと舌でクリームを舐め取った。
 陣はしばし硬直していたが、周囲の視線を感じてはっと我に返る。
「公衆の面前で人の顔舐めんなよ」
 真っ赤になってリーズを止めるその反対側で、真奈が陣の頬に指を伸ばす。
「こちらにも飛んでいます」
 さすがに直接舐めるのを恥じらい、真奈は指で陣についているクリームを取った。そしてくすっと笑いながら指についたクリームを舐める。
「……甘い、ですね」
 直接でなくとも、これも十分恥ずかしい。2人の恋人に挟まれて、陣は周囲の視線に耐え続けるのだった。
 
 
 琴子の貼り紙を見た佐々良 縁(ささら・よすが)は、料理は苦手だから、苺のお菓子の売り上げに貢献することで協力しよう、とスイーツフェスタに来ていた。けれど、小さい頃の夢が『苺になりたい』だったくらい、苺が好き好き大好きな縁のこと。苺スイーツや苺畑から採りたての苺が並んでいるのを見ているうちに、気分は急上昇。
「いちごさんの~お~か~し~。うふふ~」
 ちょっと危ない浮かれっぷりでスイーツフェスタ会場を落ち着きなく巡っている処に、ふと声が掛けられた。
「縁ねえ?」
「あれっ? 虚雲くんもスイーツを食べに来てたんだぁ」
 振り返ってそこに虚雲を見つけ、縁は目を見開いた。
「ま、まあな」
 目的はスイーツではなくて、スイーツフェスタに行くと人伝に聞いた縁と逢いたかったからなのだが、それを当人に告げるのは照れくさすぎて出来ない。
「せっかくだから……一緒に回らない?」
「ああ、そうしよう」
 恥ずかしそうにそう言ってくれた縁の誘いが嬉しくて、虚雲はさりげなく縁の手を取ろうと手を伸ばす。けれど……指がほんのわずかに触れた途端、虚雲はぱっと手を引っ込めた。意識しすぎている自分が厭で、もう一度、と勇気を出して手を伸ばした……が。
「あーーっ! 見て見て、あのタルト苺がすっごくいっぱいのってる!」
 だっと縁が駆けだして、虚雲の手は空振りする。
「……え?」
「おいしそうー……」
 タルトの前までダッシュして、じゅるり、と見つめる縁の様子は明らかに普段のテンションと違う。
「よ、縁ねえ……?」
 呆然とする虚雲に、縁ははっと我に返った。
「虚雲くんごめんねぇ、急に走ったりして。あ、このタルト下さい……って、どうしてこんなにいちご大福の種類があるの~! 私への挑戦?」
「いや、違うと思うぞ」
 思わず突っ込む虚雲に構わず、縁はいちご大福も購入すると、早速オープンカフェで幸せいっぱいにかぶりついた。
 それからも、縁は苺に酔ったようにあっちへふらふらこっちへふらふら。
「苺好きだとは聞いていたが、そこまで苺が好きだったのか……」
 普段はそれなりに年上然としている縁の変貌ぶりに驚く虚雲に、縁はうわぁと苦笑する。
「何だかみっともないとこばっか見せてるなぁ。虚雲くんの前だとつい、ねぇー」
「縁ねえ、それって……」
 意味ありげな縁の言葉に、どきりと虚雲の胸はざわめいた。
 
 スイーツフェスタを存分に回った帰り道。少しずつ落ち着いてきて、今日のことをしきりに恥ずかしがる縁に、虚雲はそんなことないと首を振る。
「縁ねえの新たな一面が見られて嬉しかった。楽しい時間を有難う。今日来て本当に良かった」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」
 苺を食べている時のようないい笑顔で答える縁に、それと、と虚雲は赤くなっている頬を隠すように視線を泳がせながら、小さな包みを渡す。
「バレンタインのお返しまだだったから……その、コレ……」
「ありがとう。開けてもいいかなぁ?」
 わくわくと縁が包みを開けると、中には苺を象った銀のペンダントが入っていた。苺の花と葉の間でころんとした苺がゆらゆら揺れる。
「嬉しいなぁ。大好きなんだよねぇ」
 やっぱり意味ありげな縁の言葉に、また虚雲の胸はどきんと高鳴るのだった。