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ペンギンパニック@ショッピングモール!

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ペンギンパニック@ショッピングモール!
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リアクション

 第一章

 高い位置から眺める。
 高い高い、広告塔の上から眺める。
 黒い点がわらわらと、この広いショッピングモール――ポートシャングリラのほうぼうを動いているのが分かる。
 いや、正確にいえば『点』は黒単色ではなく、黒と白と黄色の三色だ。黒と白と黄色、燕尾服を着込んだ紳士のような姿、それがちょこまかと歩く様は、見ていてなんともなごむのである。これすなわち、パラミタコウテイペンギンのお散歩なのだ。
 ペンギンの群れは整然と一定方向に移動しているのではない。むしろ逆、あまりに無秩序に、もっといえば自由に、それも、どこか楽しげにちょこまかちょこまか歩んでいる。たまにクワクワキュウキュウと鳴いているのがこの位置からでもよく分かった。
「さて……やるとしますか」
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、笑みをこぼす。彼は自覚しているのだろうか? その爽やかな笑みが異性にとって、たまらなく魅力的だということを。
 和輝は、用意していたものをするすると降ろしていく。彼が身を乗り出しているこの場所こそ、屋内に用意された広告塔なのだった。

 地上に目を移そう。
 黒白黄色の紳士たち、パラミタコウテイペンギンの歩みは、地上で見ると『のてのて』としている。のてのてと歩む彼らは好奇心旺盛な目をきょろきょろさせ、美味しいものや楽しいもの、友達を探しているのだ。
 そんなペンギンの眼前に魚が出現した。よく育った色つやのいいイワシだ。それも、ふりふりと泳ぐかのように空中で踊っている。
「クア?」
 迷わずぱくりとこれをくわえたペンギンは、なんと、
「クアア??」
 次の瞬間には空に浮かんでいくではないか!
「まあ……正直、友好的な方法とは言い難いですけど、大暴れされるのはきついので……」
 種明かしをすればなんのことはない、和輝が釣り竿にイワシをつかった仕掛けを取り付け、はるか広告塔の上から引いていたのだった。これぞペンギンの一本釣りだ。
「針は使ってないので痛くないはずですよ。さあ、しっかりくわえていてくださいね」
 和輝はペンギンにケガさせないよう、釣り竿をすっと水平に移動させる。
 すると、
「ああ……ええっと……もう少しですっ」
 釣り上げられ目を丸くしたまま空飛ぶペンギンを、さっとキャッチする網があった。
 網を出したのはクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)だ。母親が赤ちゃんを抱くように、やさしくペンギンをくるんで捕まえた。ペンギンは怒るでもなく、きょとんとした表情でイワシを呑み込んでいる。
「この調子で保護していくといたしましょう」
 と、クレアは和輝に笑いかけつつ、
「ただ、ペンギンを一時保護する為の場所も探さないといけませんわね」
 きりり凛然と、目を滑らせて確保場所を探すのである。
 この二人に帯同した安芸宮 稔(あきみや・みのる)は、多少行動方針が違うようだ。
「さて、周囲に濡れて困るものはなし……やるとしましょうか」
 頑健な肉体をぴったりしたサッカーユニフォームで包み、丸太のような腕で大口径の放水銃を抜く。
「そーれ! 派手にいきますよーっ!」
 両手で握ったその口を、天に向けて解き放った。轟然、音を上げて爆発的な水が噴出し、豪雨となって降り注ぐ。銃の反対側はホースで消火栓とつながっているのだ。
 稔は無意味に放水をしているのではない。銃口の先には襲撃者の姿があった。甲高い声を上げ、天窓を破って攻め寄せる半人半鳥の怪物――凶暴な変異トウゾクカモメだ。頭部はカモメ、それも、眼光の鋭いカモメ、しかしそこから下は亜人という怪異な姿である。羽毛に包まれた体は筋骨たくましく、手には長く鋭い爪が生えている。噛み合わせた嘴が、金属同士を激しく擦り合わせるような音を立てていた。この怪物が鳥である証拠は頭だけではない。体格に比してアンバランスな形状の翼が、背で力強くはためいている。
 砕けた天窓が、光のシャワーのように散乱する。
 早くも放水銃を受けて、何羽ものトウゾクカモメが墜落していた。だがボトボトと落ちるそばから連中は立ち上がり、槍を掲げ貪欲な雄叫びを上げて向かってくるのだった。
 当然、ペンギンは逃げ散る。カモメはこれを追わんとする。
 この瞬間、早くもポートシャングリラは争乱に包まれたのである。物的被害を押さえて応戦するには、確かに放水銃は適しているといえよう。
 また、放水銃には思わぬ副作用もあった。
 ……床が滑りやすくなるのだ。
「はい、こちら、ポートシャングリ……きゃ!」
 慣れぬ扮装ゆえか歯止めが利かない。六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は床に足を取られ転倒してしまう。
「うむ……すまん」
 大丈夫ですか、と稔が放水銃を抱えたまま声をかけるが優希は気丈だ。
「はいっ、大丈夫です。私、ジャーナリスト志望ですからっ」
 報道のためならたとえ火の中、優希は明るく答えながら、転倒の勢いを殺さず起き上がり地を蹴って立つ。よし、ハンディタイプのビデオカメラは無事だ。これさえあれば報道は可能!
 優希はカメラのスイッチを入れ直し、雲雀のような声で述べた。
「こちら六本木優希、ポートシャングリラからお送りしています。ご覧のように現場は混乱しており、さらに変異トウゾクカモメの一群が……」
 とカメラを向けたまさにその怪鳥が、槍を振りかざして優希を突いてきた。
 閃光走るが如き強烈な突きだ。優希がただのレポーターであれば、ここでそのジャーナリスト魂は天に召されていたに違いない。
 だが。
「!」
 手応えを想像しほくそ笑んだトウゾクカモメの顔が、驚愕に引きつる。
 優希は槍の穂先に片手付いて跳躍、これを紙一重で回避し、そればかりか、
「オイラの優希ねーちゃんに何するんだ!」
 次の瞬間には、後方からブラス・ウインドリィ(ぶらす・ういんどりぃ)が放った矢がカモメの翼を貫いていた。
 ぎゃっと叫び後退するカモメを一顧だにせず、優希はブラスに振り返った。
「ブラスさんダメですよ、また『オイラ』なんて言って」
「ごめん……オイラ、いや、僕、とっさのことで……」
「いいえブラスさん、怒っているわけじゃないですっ。気をつけてほしいだけ……さあ」
 優希はブラスに微笑みかけて、
「取材続行ですよっ、まずはペンギンさんたちのたくさんいそうな場所に向かいましょう」
 たたっと駆け出す。もちろんカメラは構えたままだ。
「よし、僕もがんばるよ!」
 弓を背に回しアイスボックスを担いで、ブラスは優希の後を追った。アイスボックスの中には、生イカや魚など、ペンギンを喜ばせるものが詰まっている。

 トウゾクカモメの第一波は撃退したが、これはまだ序の口だろう。討ち取ったカモメもまだ数羽にすぎない。
 だが当面の危機は去った。逃げ散っていたペンギンは、稔の放水がシャワーのように降る中恐る恐る様子を窺っている。
 音井 博季(おとい・ひろき)は燃えていた。使命感に燃えていた。
(「まだペンギンは怖がっていますね……無理もない、トウゾクカモメの急襲を受けたばかりなのですから……。ならば、ここで彼らを安心させることこそが僕の使命ッ!」)
「よしフレア! 幽綺子さん! ペンギン確保作戦に突入!! 各自判断にて行動せよ!」
 駆け出す。
「……というわけで僕はペンギンと親睦を深めてくるからそのつもりで! いざ!!」
 燃える博季の決意は、その扮装に現れているといえよう!
 すなわち!
 着ぐるみ!
 英語で言うとKIGURUMI!
「ペンギンたちペンギンたち、僕は友達、友達なんですよーッ! いや、ペンギンが言葉を話すのはおかしいですね……ペンペンペン、いやクワクワキュッキュー!」
 ペンギンの着ぐるみであるのは言うまでもない。ダッシュ&スライディング、ずざーっ、と水に濡れた床を勢い良く滑って、水飛沫とともに博季ペンギンが登場した。即座に博季は立つと、オリジナルペンギンソングを楽しげに踊って親しみをにアッピールするのである。手足バタバタ、ジャンピングもローリングも披露する。だが姿は似せてもしょせんは着ぐるみ、盛り上がりすぎる博季を恐れてか、ペンギンたちはこれを遠巻きに見ているばかりだ。
「ああ、なぜこのハート・アンド・ソウルが届かないのでしょうッ! 分かって下さい! 僕は友達、どっかのサッカー少年がボールを友達と呼ぶレベルでペンギンのリアル親友なんですからーッ! ペンペンペンクワクワクキュー!」
 この暴走ぶりに彼のパートナー、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は頭を抱えて、
「……ああもうこの子は本当にやりすぎなんだから……。そんなにはっちゃけたらペンギンたちが怖がるじゃない」
 まあ気持ちはわかるけど、とフォローしつつ、ぐいと博季ペンギンの襟首をつかんでこれを『保護』した。博季はじたばたと抵抗する。
「あうーご容赦をー。せめて、せめて今だけはこの至福の時をー……。ペンギンと遊ばせてください幽綺子さんー……武士の情けをー」
「着ぐるみペンギンの武士がどこの世界にいるっての……? ほら、ペンギンと親しくなりたいならフレアちゃんみたいにやるのよ」
 幽綺子が指さした方向にはフレアリウル・ハリスクレダ(ふれありうる・はりすくれだ)がいて、嬉々としてペンギンに餌を配っている。
「うわー幽綺子ねーちゃん、博季、見てよ! 可愛いねー! ペンギンがすっごく集まってきたよー!!」
 フレアリウルの言う通り、ペンギンたちはキュウと鳴きながら彼女を囲み、魚を口にして喜んでいる。
「さわってもいいのかなー? いいよね? わー、ペンギンの手って思ったよりしっかりしてるんだね。でも羽毛がふわふわー」
 フレアリウルは満面の笑みを浮かべている。
「うう……フレアに先を越されてしまった……しからば僕もお魚配布で」
 しゅたっ、という効果音が似合う感じで、博季は餌を抱えてペンギンの群れに飛び込んだ。
「さあさ食べて下さい。食べて下さいこの魚! 僕の愛とまごころと武士の魂のつまった魚を!!」
「だから普通にできないの!? 普通に!」
 幽綺子は半ば呆れ口調ではあるがその実、楽しそうに博季の後を追うのだった。