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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
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【6・塔の頂上】

 塔の十二階は、本来の目的である展望台そのままの役割のようで。
 四方に窓が置かれてそれらの前に双眼鏡が設置されている。もっとも、蜘蛛の巣はこの階も変わらず張り巡らされているが。
 そんな巣に気をつけながら歩くのはリネンとヘイリー。
「上へのぼればのぼるほど、蜘蛛の数も増えてるわね」
「やっぱり上の階に何か大切なものがあるのかな? ここまでは、特に気になる部屋とか宝物とか特に見当たらなかったけど」
「可能性は無くは無いけど……ただ、事前に空京大学で調べて来た限りだと、ここって実際そう深い歴史のある場所じゃないのよね。建てられたのも二年くらい前みたいだし、宝があるような記述も無かったし」
「えぇ? なんだ、そうなの? 今更そんなこと言わないでよー」
「あ、でもね。隠し通路があるかもしれないとは、書いてあったの。だからもう少し調べてみようよ」
 そうしたリネンの話を聞きながら、寄ってきた蜘蛛に対して適者生存で脅かすヘイリー。
 すると意外とあっさり逃げていった。
「だけど、蜘蛛たちは操られてる様子も無いし。正直張り合いがないのよね……あれ?」
 何気なく石壁を撫でていたヘイリーは、ふとその中に色合いの違う石が混ざっているのに気がついた。
「ん、どうかしたの?」
 ヘイリーが指差す先の石に対し、トラッパーを用いて調べてみるリネン。
 その石は他が少し青白いものなのに比べ、そこだけレンガのように赤茶色をしている。しかもまるで触ってくださいと言わんばかりに、容易く触れられそうな位置にある。
「これトラップなのかな……やけにあからさまだけど」
 けれど何か違う気がした。本当にトラップであるなら、こんなにわかりやすくはない筈。
 先程自分で言った通路のことも考慮し、慎重にその石をゆっくりと押してみた。
 すると、どこかでなにかが動いた音がした。
「やっぱり、トラップに見せかけた何かのスイッチだったみたいね」
「でもこの近くじゃないみたいよね。もしかしたら別の階……?」
 そこでリネンは念の為、近くでどこか変わったことは無いかメールを送っておいた。

     *

「はぁ、はぁ……うわっ、と!」
 その頃。
 壁を必死で登ってきた弥十郎はメールの着信音で、危うく落ちそうになっていた。
 ただ、実は先程とうとう十三階の窓まで辿り着いたのだが。
「ねぇ。よく見たらまだこの上にも何かあるみたいだから、ついでにそっちも見てきて」
 直実の容赦ない言葉により、まだ登らされる羽目になっていたのである。
 もはや反論が無意味だと理解している弥十郎は、渋々残された体力と気力を振り絞り、塔の頂上へとようやく辿り着いた。
「これは……?」
 しかしそこにはこの塔のモチーフらしき、黒い大きな球体があるだけだった。
 遠目にこの塔を見たら、頭だけ小さいこけしのように見えたことだろう。
 それに触れてみてもなんの変化もなく。周囲をざっと見渡しても、特に何も無さそうだと判断した弥十郎は、登ってきた石壁を慎重に降り、気配を伺うのもそこそこに十三階の窓から中へと飛び込んだ。
 この階も用途はやはり景色を眺める目的のみらしく、四方の窓に双眼鏡が備え付けられているだけの簡素なものだった。
「はぁ……さすがに疲れたよぉ」
 そのままぺたりと尻餅をついて、座り込んで呼吸を整える弥十郎。
 そんな彼の視線の先に、暗闇に浮かぶ真っ白な影が映った。
「うわあああ!?」
「わあ!?」
 弥十郎は幽霊かと思い驚いて大声をあげ、そしてその幽霊が驚いた声を出したことに、また驚いた。ちなみに直実はそんな弥十郎を放置して双眼鏡を覗いている。
 そんな驚きの連鎖を崩すように、光精の指輪を灯りがわりにして白い影は口を開いた。
「びっりしました……驚かさないでくださいよ」
 それは幽霊ではなくエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)だった。
「ああ、ごめんねぇ。いきなりだったから。そ、それよりどうしてそんな格好でここに?」
 エメが顔に巻いていたスカーフをおろして素顔を晒してようやく気づいた弥十郎は、ばつが悪そうに苦笑いして、話を逸らした。
「私はただ、蜘蛛に寄生されてるこの塔が痛々しくて思って。退治の依頼も出てましたから、こうして足を運んできたんです」
 そして、埃を被るのが嫌だからという理由からフードつきの白いマントを被っており、スカーフを顔に巻いていたのだと説明していった。潔癖症なので手袋もきちんと嵌めている。
「結構早くからこの塔には来ていたんですけどね。巣を掃除しながら進んでいたので、上に来るまでこんなに遅くなってしまいました。それに……っ、危ない!」
 と、話すふたりの死角から、二匹の蜘蛛が近づき紫の液体を放射してきた。
 エメは軽く後ろに下がって避けたが。弥十郎が手に軽くそれを浴びて、顔をややしかめさせた。
 しかし切り替えは早く、続けて放たれた糸に対して弥十郎は忘却の槍を振り回して防ぎ、糸が途絶えた直後を狙って、口元へ突きをくらわせてまず一匹を黙らせた。
 間髪を入れずエメも、身を翻そうとした残りの一匹に轟雷閃を放ち仕留めてやった。
「大丈夫でしたか? 手、見せてください」
 一応警戒はしながらエメはヒールをかけつつ、話を再開させる。
「こんな風に、掃除する先から別の蜘蛛が出てきて参ってるんです。やはり元凶を断たないと事態は解決しないでしょうね」
 手当てを終えてエメは改めてこの階を見渡す。
 隅にはところどころ異臭を放つ蜘蛛の死体が散乱しており、それに若干の寒気をおぼえ、再びスカーフを口元に巻きなおした。
「でも、最上階まで来たはいいけど、首謀者らしき人物はいないんだよな。どういうことだろ」
 双眼鏡を覗くのに飽きて戻ってきた直実の言う通り、ここには女生徒も亡霊も先生の姿も無かった。
 手詰まりになって考え込む三人。
 そのとき下の階から、爆炎波らしき火柱が舞い上がってきた。
 かと思うと階段を上がってきたのは、パワードスーツを頭から爪先まで全身着込んだ姿のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)
「ここまで蜘蛛が沢山いると、虫嫌いの俺もさすがに慣れて……は来ねぇな、やっぱりな。これで砕音先生と会えなかったら悲惨だぜ」
 ぼやきながら窓から周りを見渡してみるエヴァルトだったが、近くは真っ暗でほぼ何も見えず。遠目に街が明かりがぽつぽつと点在しているくらいだった。
 部屋の中にも目をやるがやはり特に目を惹くものはない。
「なんだよ、ここまで来てなにもなしとか言わないだろうな」
「いえ。そんなことはなさそうですよ」
 それに答えるのは、エヴァルトの後から階段を上って来た影野 陽太(かげの・ようた)
「実はこの階でやっと、それらしい反応が来たんです」
 左手にあるのは、くまなく塔をマッピングした銃型HC。
 彼はこれまでナゾ究明やトレジャーセンスのスキルで、塔の内部を調べてきたのだが。そんな彼の調査にひっかかるものがあったらしかった。
「女生徒か先生か誰かが隠れているとしたら、後はもうこの階しかないと思うんですが」
「そうなのか。でも、その女生徒ってこの塔と何か関係があるのか?」
「その繋がりを探るのには時間がかかりましたけど、一年ほど前に一度だけ社会見学でここを訪れているんですよね。砕音先生と一緒に」
 ユビキタスと博識のスキルを元に調べておいた知識を披露する陽太。
「それでそこを基点に詳しく調べてみたところ、その頃から相当砕音先生に心酔してたみたいでかなり怖い噂も聞きました。あ、でもバックに何かがいるとかじゃなくて、その」
 なぜか言いよどむ陽太に、エヴァルトが続きを急かそうとした。
 そこへ、
「ここよ! ここだわ!」
 何やら大声があがった。
 十三階にいた全員が視線を向けると、隅の方にいる超感覚によるうさ耳を生やした霧島 春美(きりしま・はるみ)と、パートナーの超 娘子(うるとら・にゃんこ)がいた。
「さっき調べてたときは気がつきませんでしたけど、ここに何かあるの。ほら図にしてみたら、下の階に比べて床と天井の寸法も違っているし」
 メジャー片手に春美が指差す天井を見れば、一箇所色合いの違う赤茶色のタイルが顔を出していた。
「でも、こんなにわかりやすいのに、どうして今まで誰もわからなかったのかニャ〜?」
「多分、どこか別の場所でスイッチか何かが押されたのかも。それをしたのが誰なのかはわかりませんけど、感謝しないとですね」
 そして春美は早々に空飛ぶ箒に乗って、その場所をさすったり叩いたりして調べていく。
 一分ほど経過して、ガコン、という音がしてそのタイルが外れ、更にできあがった穴から梯子が滑り落ちてきた。
「やったぁ、さすが私! マジカルホームズ霧島春美にかかればこのくらいカンタン……ってわぁあ!」
 自画自賛していた春美だったが、その拍子に天井の蜘蛛の巣がはがれおちて、からめとられて落下し、すんでのところで娘子に拾われていた。
 傍から見ていた他の皆は、感心していいのか呆れていいのかわからず、とりあえず醜態は見なかったことにして梯子を上り始めた。
「春美、だいじょうぶ? さあ私たちもいくニャ!」
「……ああ、でもちょっと待って」
 出遅れたふたりの近くにはいつの間にか、巣を壊されて怒っている様子の蜘蛛達がゾロゾロと集まってきていた。
「先にこっちを片付けないと、ねっ!」
 春美はそう言ってファイアストームを放つ。
「わかったニャ! ニャンコの空手が唸るのニャー☆」
 娘子も迫ってきた一匹に突きをお見舞いしたあと、
「ウルトラニャンコがいる限り、悪い奴らは許さない。とうっ!」
 ちょっとだけ瓦礫が積みあがった場所にジャンプしたかと思うと、
「正義のヒロイン☆ウルトラニャンコ、ここに参上! さあ覚悟するのニャ!」
 律儀にビシッと名乗りをあげていた。
 そんなパートナーを傍から眺めつつ春美は、なんとなく蜘蛛達がちょっと呆れたような目で娘子を見ているような気がした。あくまで、気がしただけだったが。
「うなれニャンコの拳と肉球! 轟け怒濤の超魂ニャンコ稲妻キック! 砕くぞ悪の心と野望! 世界を乱す悪物はウルトラニャンコが許さない! チェスト〜☆」
 それでも。ドガバキドガーンと、なんとも楽しそうに殴ったり蹴ったりしている娘子を見ていると、春美もやや不謹慎ながら楽しい気分になっていたりもした。