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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
蜘蛛の塔に潜む狂気 蜘蛛の塔に潜む狂気

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【2・肝試しと思惑】

 塔を入ったところで、レーゼマンと明は不自然なほどの寒気を感じて身体を震わせた。
 火照っていた明の顔も、再び青くなり始めている。
 握っている手に力が込められるのをレーゼマンは感じながら、一階フロアを見渡す。
 広さはせいぜい公立学校の体育館がいいところで。大した展示品もなく、申し訳程度に燭台の灯りが点っているだけという、殺風景にも程がある場所であった。
 ところどころ石の台座だけがあるのを見るに、金目の物は盗賊か誰かに盗まれたのかもしれない。
(それにしても、これは本当に亡霊の類がいても不思議ではないな)
 壁にところどころ四角に切り抜かれた窓があるにも関わらず、天候が曇りのせいで星の光も月の光も入らず周囲は薄暗く、どうにも不気味さが拭えなかった。
 先に入った誰かが用意してくれたらしい小さな燭台をひとつ拝借したレーゼマンは、ぐるりと辺りを照らしてみる。
「これはまた、随分と蜘蛛に占領されてるな」
「ヒッ……!」
 天井や壁には大量に蜘蛛の巣が張り巡らされていて、灯りを向けられた蜘蛛達がワサワサと動き明が小さく悲鳴をあげた。
(ん?)
 そんな中、レーゼマンは入り口脇がなぜか不自然に凍り付いているのに気がついた。
 戦闘でもあったのかと一瞬勘繰るが、どうも違う気がした。
 何にせよいつまでも棒立ちしていても仕方ないので、ふたりは共に階段へと歩を進める。
 奥にエレベーターもあったが、見事に扉がひしゃげていて階数を示すランプも完全沈黙しているところを見ると、どうやら故障したまま放置されているらしい。
「暗いからな、足元に気をつけて」
「大丈夫、です。ちょっと怖いけれどこれぐらいは……ひゃぁっ!」
 石階段を一歩進もうとしたとき、何か冷たいものが首筋に触れたのを明は感じた。
 この状況下ではそれが何かなんてことよりも、得体の知れないものに接触された事実だけが明にとっては最重要で。
 次の瞬間には恐怖のあまり、思わずレーゼマンの腕にぎゅぅとしがみついた。
 そのまま数秒、両者を違う意味で惑わせる静寂が訪れた。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
 やがて我に返った明は、ぱっと離れて自分で自分の行為に赤面していた。
「あ、いや。私は別に構わない。それよりもどうかしたのか?」
「そ、それが。首になにか冷たいものが当たって」
 思い出してまた青くなる明。
 赤くなったり青くなったり、歩道信号みたいな明に密かにレーゼマンは苦笑しつつ。
「大丈夫、きっとここで戦った人の氷術の名残か何かだよ」
 これ以上明を不安にさせないように気をつかい、また自分から手を繋いでゆっくりと階段を上っていった。
 ほどなくして二階へ着いたふたり。
 その階はどうやら遊戯室になる予定だったようで。
 まっぷたつになったビリヤード台や、中にぬいぐるみがひとつも存在しないでUFOキャッチャーがあり、それらがまた場の空気を悪くして明を怖がらせていた。
 そんな放棄された遊び場を、レーゼマンは慎重に、明はビクビクといった歩調で進み。
 数メートル進むのにも多大な時間をかけつつ、やっと部屋の中央辺りに来たところで。
「誰かいる」
 レーゼマンは前方で何かが動いたのを見逃さなかった。
「え? な、なに? あ、きっと、先に入った誰かですよね? ね?」
 希望的観測を述べる明の手を強く握り返しながら、反対の手に持つ燭台の灯りを掲げた。
 すると薄暗い通路の奥から――

 ところどころが赤黒く染まった、鎧武者が姿を現した。

「「!!!!」」
 明は再びレーゼマンの腕に抱きつく。
 今度は恥ずかしがる余裕も消失して、がっちりとホールドしたまま離さない。
「遊ぼ……アソボ……?」
 更にその武者から、ナラカの底から響いてくるようなかすれた声が響いてきて。
 一歩、また一歩とふたりに向かって近づいてくる。
「き…………っ! …………っ!」
 もはや「きゃあ」という悲鳴すらあげられない明。
 レーゼマンはそんな明を心配し、ここは退くべきかとも考えたが。
 カタリ、と後ろでも何かが動くのを感じた。
(参ったな。挟まれたみたいだ)
 彼にとってここで問題なのは、前と後ろ、どちらが危険な相手かということなのだが。
 レーゼマンは自身の頭に浮かんだある推論の元に、
「どけっ!」
 武者へと一喝し、そして腕を掴んでいる明を半ば引き摺るような形になりながら前へと進む選択をした。
 武者にとってそれは予想外だったのか、腕を伸ばそうとしたもののそれだけで終わった。
 レーゼマンは自分の予想が当たっていたのを確信しつつ、そのまま走り抜けようとした。
 が、
「うっ……?」
 突如、自分の脳がいきなり揺さぶられたかのような衝撃がレーゼマンを襲った。
 そのまま頭を押さえてうずくまってしまう。
「レーゼマンさん!? どうしたんですか? しっかり!」
 慌てたのは当然ながら明だった。
 自分を引っ張ってくれていた相手が突如苦しそうに呻いて膝をついているのだから。
 理由こそ明にはわからない。けれど、それを行なった元凶はわかる。
「レ、レーゼマンさんを虐める人は許しません! です!」
 明は恐怖のあまり涙目になっていたが、怖がっている場合でも無いとばかりに。
 ばっ、と両手を広げて再び近寄ってこようとした武者の前に立ちはだかった。
 するとその武者はなぜか、歩みを止め。
 そのまましばし互いに睨みあう時間が訪れた。
「ふたりに、手出しはさせないよっ!」
「あ、おい待て。あれは多分――」
 と、均衡はすぐに破られた。叫び声と共に駆け込んできたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、その後に続くカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)である。
 実はルカルカ達は、先程からふたりの後をついてきていたのだが。
 せっかく仲睦まじいふたりを邪魔するのもヤボかという考えの元、尾行しており危険を感じて飛び出してきたのだ。
 もっとも、手には未だに夜間用高感度ビデオ(録画中)があったが。
 ともあれルカルカは手が塞がっているので、勢いにまかせた蹴りを武者の顔面部分に思い切り叩き込んだ。
 それをもろに喰らう形となった武者は、けたたましい音と共に後ろへ倒れこみ「ぎゃ!」というなんだか間抜けな呻き声をあげた。
「あれ? なんだかあっけないわね」
「だからあれは……ああもう、ったく!」
 カルキノスが持ち上げて起こした武者の下、
「いたたたた……少しは手加減してくださいよ。正確には足加減ですけど」
 そこから姿を見せたのはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)であった。
 どうやら光学迷彩で隠れて、武者を操っていたらしく。
「え? これって、どういうことよ?」
「やっぱりそういうことだったか。それにしても……何やってんだおまえ」
 ルカルカは事態が把握できず困惑。レーゼマンはまだくらくらする頭を押さえつつ立ち上がり、明はそんな彼を不安げに見つめていた。
「あー、実はですね」
 ザカコの始めた説明によると、
 彼は塔の探索に来たのだが。そこで予想以上に蜘蛛達は厄介そうだとわかり、これは純粋に肝試しを楽しみにきている生徒にとっては洒落にならないレベルかもと考え、
「大きな蜘蛛のいる方へは、通さないために脅かして帰って貰うつもりだったんです」
 種明かしとばかりに、氷のついた釣竿を見せるザカコ。これを奈落の鉄鎖で動かして、明を脅かしていたらしい。
「あ、じゃあカルキもこの鎧武者が亡霊じゃないって気づいてたとか?」
「まあな。ディテクトエビルで気を張ってたけど、殺気をまるで感じなかったし。それに」
 と、カルキノスが持ち上げる武者の兜、そこに塗られた赤色もよく見ればただのペンキだった。これに気づけばもはや怖がりようもない。
「ただ、おふたりがそれでも頑として先に進もうとするものですから、ちょっと身を蝕む妄執で幻覚を見せたというわけです」
「なるほどな、とんだ災難だ。おかげでえらいもの見せられたよ、全く……日野、大丈夫か?」
「あ、はい。私は全然。それより、えらいものってなんです?」
「あー……日野は知らないほうがいいであろう事だよ」
「え? そ、そうなんですか」
「それはそうと。助けるつもりが、逆に助けられたな」
 レーゼマンは苦笑しつつ、明の頭を軽く撫で。
 それに明のほうはまたまた顔を赤くさせつつも、抵抗することはしなかった。
「ふふっ、おあついですねぇ」
 ルカルカのひやかしに、明が振り向いて文句を言おうとした。
 そのとき。
 色々と運が悪かった。
 ルカルカは光精の指輪で自身を下から照らしていて。
 更に彼女の背後には、ペットとしてついて来させていたレイスが丁度顔を覗かせており。
 それを間近にしてどうなったかというと。
「わきゃああああああ!?」
 すっかり安心して油断していた明は、くたくたと横倒しになって気絶してしまった。
「お、おい日野? 大丈夫か?」
 あらら、とルカルカはばつが悪そうに頬をかきつつ、
「この子達は陽光嫌うから夜に散歩してたの。なんで恐がるかなぁ、可愛いのにねぇ」
 レイスを本心から可愛らしそうに撫でていた。
 そんな相方に、同じネクロマンサーとはいえ若干カルキノスも引きつつ。
「ルカは幽霊とか恐くねえのか?」
「生きてる人間の方が、ずっと恐いじゃん」
「そらまぁ、そーだがよ」
(それに……カルキより恐い魔物とか、そう居ないしね)
「ん? どうした?」
「あ、ううん。なんでも! あ! 今、上の階にいたのラルクさんだよ! おーい!」
「あ、ちょっと待ってって!」
 そのまま後処理皆無で走っていたルカルカ達に、
 レーゼマンはやれやれとばかりに首を振り、明を背負って元来た道を引き返し。
 残されたザカコは、再び生徒を脅かす役目に戻っていった。