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来たる日の英雄

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来たる日の英雄

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第四章 いつか誰かの涙のもとで 1


 力を求めたとき行き着いた先で待っていたのは、光も届かぬほどに濃い闇の世界だった。悠然と佇むそれの中で、弱き自分の心は蝕まれる。いつしか心は消え去り、残ったのはただ漠然とした空虚にも似た本能。
 どこにいるのか。自分の中で問いかけても、英雄の居場所は分からなかった。目の前で蒼白と決然、そして決別を宿した瞳で自分を見つめる奴のみが、それを分かっていたのかもしれない。
 お前はどこにいる。この心は悠久の時を越えて再び動き出す。
 狼の咆哮が轟いた。
 
 
 神殿の最下層の中心部、礼節をわきまえるべき空間であったのだろうその場所で、来訪者を凄然と見下ろすのは巨大な狼を模した石像であった。いや、あれは模しているのではない。狼そのものが、そこに生気を宿している。来訪者たちは、誰もがその圧倒的な威圧感に身を震わすだろう。石像であるにも関わらず、双眸は常に敵を捉えているような酷薄を持っていた。
 ガオルヴ――かつて、英雄ゼノ・クオルヴェルが封印した伝説の魔獣。
 いま、魔獣は膨大な瘴気の波と風を引き起こし、己の復活をいまやと待ち望んでいた。封印の力は綻んでいる。あと幾ばくかの時間さえあれば、完全に世に顕現することは不可能ではない。
 そして今や、綻びから溢れ出る瘴気はガオルヴの復活を守ろうとする守護者として、魔の化身たる甲冑を生み出していた。血塗られたように紅い甲冑を主軸として、甲冑軍は来訪者に牙を剥くのだ。
「面白い……これほどの闇の力、相手にとって不足はないです!」
 独立傭兵団「風の旅団」団長――ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、目の前の甲冑をきっと見据えて叫んだ。
 集落が送った援助要請は、「風の旅団」にまでも及んでいた。より強くなる――ウィングにとって、この依頼ほどそれにふさわしいものはない。
 ウィングは、襲いくる甲冑軍に真っ向から突き向かった。背後や左右から迫る剣戟は、超感覚と殺気看破によって予測することができる。正面からの敵の動きも踏まえた上で、彼は最も最善であろう行動をとる。曰くそれは、傍から見れば風が通るよう――残像を残して、ウィングの腕が唸った。
「はああああぁぁ……!」
 唱えられたファイヤーストームの奔流する炎の波に混じり、彼の剣が風を切って線を描く。それだけではない。一瞬の隙を突いて召喚された石の巨兵ゴーレムは、ウィングの屠りきれなかった甲冑を剛腕で殴り伏せた。
 まさしく、旋風の如き戦いを魅せるウィング。そんな彼でも微かな傷を負うことはあるが、それも己のリジェネーション、そしてファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)の力を持ってして回復していった。
「ウィング……任せました」
 更に、ファティはパワーブレスでウィングの力を倍増させる。ウィングとファティの連携攻撃に、甲冑たちは圧倒されていった。
「みんなー、切って切って切りまくってねー!」
 霧島 春美(きりしま・はるみ)は氷術を使って敵を次々と凍らせていき、そこに同調したように鹿島 斎(かしま・いつき)カグヤ・フツノ(かぐや・ふつの)が混じりあって暴れ回っていた。
「カカカッ! これはまた愉快な遊びだな!」
 迫り来る甲冑を春美が氷術で固め、それを斎が刀で斬りつけていく。斎は周りの緊張もどこ吹く風か、呵々と大笑して楽しそうに敵をなぎ倒していっていた。
 ――必然か、あるいは偶然か。
 討ち滅ぼされていく甲冑たちが守ろうとするガオルヴの石像が、崩れんばかりに震えだす。
「ありゃあ……!」
 甲冑と戦っていた五条 武(ごじょう・たける)が、思わず目を見張って声を上げた。
 風がうねった。瘴気の風だ。壁を、柱を、床を、天井を――。全てを共鳴させる、轟風が吹き荒れた。闇が近づいていることに、人は愕然と立ち尽くすしかない。
 やがて、ガオルヴの目が光る。赤く光り輝いた双眸から、徐々に閃光は大きさを増し、そしてその場にいた全員の視界を奪った。
 途端――風も、瘴気のうねりも止んだ。
 開けた視界の先にいた存在に、思わず誰かが呻きのような声を洩らした。熱かった汗が、ひんやりと一気に冷たくなって背中を伝っている。
 ガオルヴ――復活。闇をまとった巨大な狼が、紅の瞳で来訪者たちを見据えていた。
 
 
「てめーを倒すのはこの俺だああぁ!」
 五条 武が、ガオルヴに向かって先行して突っ込んだ。特殊スーツに身を包んだ彼は、曰く、改造人間パラミアントとして戦う。身軽さを生かして壁を蹴り、ガオルヴの頭上からチェインスマストの乱撃を与えんとする。
「任せたぜテッドォ!」
「あいよ。ったく、しゃーねぇな」
 武の呼び声に応えて、テッド・ヴォルテール(てっど・う゛ぉるてーる)が炎の意識を呼び起こす。手のひらから放たれた火炎が、ガオルヴの体を包み込んだ。炎の精霊であるテッドだからこそ、その火術の力は並のそれを遥かに洗練している。
「炎しか使えねえワケじゃねーけど、やっぱ炎が一番だぜ!」
「よしいくぜぇ!」
 テッドの炎に包まれたガオルヴへ、武が落下と同時に乱撃する。確かに、肉体を捉えた。そして、続けざまにパワーを全開にした爆炎波をお見舞いする。
 轟音と共に爆撃が鳴った。武は確かな手ごたえを感じて飛び退いた。
「どうだぁ!」
 だが――
「んな……!」
 ガオルヴのまとう瘴気を前にして、その力は僅かな傷を与えているに過ぎなかった。まるであざけ笑うかのように、ガオルヴはすでに準備していた闇の炎を口から放つ。まるで津波のように押し寄せた炎から、武は間一髪で逃れた。
「うわわわっ! すごいなぁっ!?」
 メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)は闇の炎をかろうじて避けて、その圧倒的な力に冷や汗を
流す。
「炎が属性、というわけではないでしょうか。私の氷術でなんとかなれば……」
「うーん、やってみる?」
 屍枕 椿姫(しまくら・つばき)の提案に、メルティナはとりあえずやるだけやってみようと思った。今はとにかくガオルヴが本格的に動かぬよう、時間を稼ぐ必要がある。やれることはとことんやるのだ。
 2人は目配せしたい、ガオルヴが暴走したように吐き出す闇の炎を避けて敵の懐に近づいた。椿姫は敵を見上げて、冷気を手のひらに生み出していく。そして、集まった冷気を一気に放ち、ガオルヴの体の一部を徐々に氷づけにしていった。
「いまだねっ!」
 そこに、メルティナが装備していたカタールで斬りつける。だが――
「!」
 手ごたえはあった。しかし、氷ごと斬りつけたその肉体は、まるで時間を元に戻すかのように再生するのだ。
「これが、瘴気の力?」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が呟いた。
 ガオルヴの炎が、呆然とするメルティナに狙いを定める。ミルディアはすぐにそれに気づいて、駆け出した。
「あぶない……っ!」
「うわああぁっ」
 炎がうねりを上げてメルティナに襲い掛かるその直前、ミルディアが彼女に飛びついて部屋の端まで転がり込んだ。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう。でも、あなたも怪我して……」
「えへへ、このぐらい平気! みんなを守れるなら、このぐらい、へっちゃらだよ」
 ミルディアは腕についたすり傷を見て、恥ずかしそうに笑った。そう、これ以上森を傷つけないためにも、森の人を守るためにも、このぐらい、何てことない。それに、いまここにいるみんなのことも……。
 ミルディアは必死にガオルヴの攻撃から逃げながら、戦う者たちをサポートしていっていた。自分は戦えるほどのすごい力はないが、護るだけなら。気持ちだけは、誰にも負けないつもりだった。
 だが、気持ちがどれだけあろうとも、魔獣に傷をつけることは難しかった。ウィングや武といった甲冑をあれだけいとも簡単に倒していた者たちの攻撃でさえも、魔獣にとってすれば、全ては同じなのである。
 どれだけ傷をつけられようとも、ガオルヴがまとう瘴気はそれを無のものにする。まさにそれは、伝説の呼び声高き魔獣に相応しいほど、絶望を感じさせる力だった。
 だがそこに、足音が聞こえてくる。思わず、皆が振り向いた。それは、まるで救いの足音のようにも聞こえたからだ。
 その先にいたのは、一人の獣人の少女。そして、それを守る地球人たち。
「やはり復活していたのね、ガオルヴ……! これ以上、お前の好きにはさせないっ!」
 少女は声高々に叫び、剣をガオルヴに突きつけた。その姿を見たミルディアは、どこか漠然とではあるが、思った。きっと、ゼノ・クオルヴェルも、彼女のような目をしていたのではないかと。