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リアクション
「こっち、こっちらお!」
8班の林田 樹(はやしだ・いつき)と、パートナーの英霊緒方 章(おがた・あきら)は、樹のもう一人のパートナー、ゆる族林田 コタロー(はやしだ・こたろう)の案内で、森の奥の方まで入って行った。
「ここ、おみずあるお! さんしゃいも!」
カエルの姿のコタローは、ひょこひょこと水場に近付いて行き、渓流の浅瀬に生える、あまり大きくない山菜を指差した。
「これとこれは、たべてもだいじょうぶらお! こっちも、ちょっとからいけど、たべられるお!」
「ちょっと辛い……ワサビのようなものか?」
言いながら、樹は水面から顔を出している石を足場にして水の中の山菜を取ろうとし、……うっかり足を滑らせた。
「ねーたん!」
「危ない!」
コタローも手を伸ばしたが、さすがに身長35cmで普通サイズの人間一人を支えることは出来ず、章が樹を抱き止めた。
「……ありがとう」
樹はほっと息をつき、章の腕の中で体勢を立て直して自力で立とうとしたが、なぜか章が腰を抱いた腕を離してくれない。
「もう、大丈夫なのだが……?」
「樹ちゃんは将来僕の子を産む予定なんだから、転んで腰を傷めたりしたら大変だからね……ってーッ!!」
いきなり足に衝撃を受けて、章は思わず樹を抱いていた手を離し、膝を抱えて座り込んだ。
「ふ、じにゃ(ジーナ)のいったとーりらったお! あきがそーゆーことしたら、めーってするように、じにゃからめーれーされていたんれす!」
空飛ぶ箒の柄で章のつま先を思い切りぐりぐりと踏んだコタローは、胸を張り、鼻息荒く言った。
「こた、ぐんじんさんらから、じょーかんのめーれーはぜったい!なんらお!」
「出発前に何やらジーナと話していたと思ったら、そんなことを言われていたのか」
パートナーの機晶姫ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)とコタローが話していた姿を思い出し、樹はやれやれとため息をついた。
「しかし、今は内輪もめをしている暇はないぞ。早く材料を集めて、本校に戻らねば」
涙目になっている章と、警戒態勢のコタローをなだめて、樹は山菜を採り始めた。
「あのう、ほんとにほんとに本気なんですか?」
11班の剣の花嫁レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は、本校を出発する前から繰り返している質問を、もう一度パートナーの金住 健勝(かなずみ・けんしょう)に投げかけた。
「もちろん本気であります。自分の故郷では、まあ今はあまり一般的にではありませんが食べるものなのでありますよ。地方によってはご馳走であります」
健勝は胸を張って答える。二人が片手に持っているのは柄のついた目の細かい網、そしてもう片方の手に持っているのは布の袋だ。
「虫を食べるなんて、私には信じられません……もっと美味しそうなものが、幾らでもあるのに」
「自分たちは軍人なのでありますから、万一の時には虫だろうが何だろうが食べて命を繋がなくてはならないであります。そのための訓練も兼ねている実習で、そんな泣き言を言っていてはいけないと思わないでありますか?」
きっぱりと反論されて、レジーナはうつむいて口をつぐんだ。
(本校での戦いが終わって、ゆっくりできると思ったのに……)
「うん、このあたりが良さそうでありますね」
本校から少し下がった草地まで来て、健勝は立ち止まった。周囲を見回し、やおら手にしていた捕虫網を振る。レジーナはびっくりして息を飲み、目を瞬かせた。
「ほら、こういうのを捕まえるであります」
網の中に入った緑色と薄い茶色のツートンカラーの、小指より少し小さいくらいの虫……地上で言うイナゴの類をレジーナに見せながら健勝は言った。
「……う……は、はい」
昆虫の大きな目と思わずにらめっこをしてしまったレジーナは、もう一度、本当にこれを食べるんですか、と呟いて、虫捕りを始めた。
健勝たちは昆虫だったが、対照的に、植物系の色物食材を探すメンバーがなぜか集まったのが13班だった。
「狩りをしている人たちに巻き込まれないように、注意していて下さいませね」
沙 鈴(しゃ・りん)は、獣道の脇の藪をしきりに気にしながら、後ろを歩くパートナーの剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)に言った。
「了解」
救急キットや登攀用の道具を背嚢にぶら下げた瑠璃が、ついついゆるみがちになっていた表情を引き締めて答える。
「……ああ、これですわ」
鈴が立ち止まった。少し先に、地上の紫蘇をごつくしたような植物が生えている。鈴は持っていたランスで、葉の脇から下がっている大きな実をつついた。すると、実がはぜて、中のものが勢い良く飛び出して来た。
「わっ!」
飛び出したものが周囲の草の葉に穴を開けたり、地面の上でコマのように回るのを見て、瑠璃は思わず声を上げた。
「ベイゴマと言って、今飛び出した種が通りかかった動物にくっついて広がって行くの。草自体はそう珍しくないのですけど、十年に一度しか実がならないので、実を見るのは珍しいかも知れませんわね」
鈴は、群生しているベイゴマから数本を刈って、そっと布袋に入れた。
「葉は薬味に使えますし、実の方は……」
そこで鈴が言葉を切ったので、瑠璃は首を傾げた。
「実が、どうかしたの?」
尋ねると、鈴は周囲を確かめてから、小声で囁くように答えた。
「『犬缶』の材料に使われるのですわ」
「……何も聞かなかったことにするわね」
瑠璃は小声で返すと、ベイゴマの採集を手伝い始めた。
教導団では、地上出身の生徒のために出身の国の料理を食堂で出したり携帯用の糧食にしているのだが、その携帯用糧食の裏メニューとして時々噂にのぼるのが、『犬缶』と『猫缶』である。犬猫のエサを缶詰にしたものをそう呼ぶことも良くあるが、この場合の犬缶猫缶は『人間が食べるために作られた、犬や猫の缶詰』という意味だ。教導団のイメージダウンにつながると考えられているのか、公式には存在が認められておらず、陳に聞いても
『そのことは口に出さない方がいいよ……』
などと言われてしまうのだが、必要な量は多くないものの一定の需要があるものなので、鈴は本校が鏖殺寺院に襲撃された後、わざわざ陳に犬缶のストックが無事だったか確認に行ったのだ。結局、ストックは特に被害を受けてはいなかったが、作るのにはベイゴマが必要、ということで、鈴はこれを集めることにしたのである。
「あの、まさかと思うけど、これから作る料理が犬料理っていうことは……」
「水渡さんは魚をメインにしたいと言っていたので、今回は葉を薬味にしていただくつもりですわ。もちろん、種は陳教官にお渡ししますけれども」
心配そうに尋ねる瑠璃に、鈴は微笑んで答えた。
鈴と瑠璃がベイゴマの採集に励んでいた頃、同じ13班の夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、森の中でとんでもないものと対峙していた。
「誰かに、一緒に来てもらった方が良かったかな。ちょっと活きが良すぎだよぅ……」
ムチのような蔓をひゅんひゅんと振り回しながら、こちらの隙をうかがうようにじりじりと近付いて来るのは、ミツアシウツボという植物である。地上の食虫植物のように、他の生き物を捕食する植物なのだが、地上の食虫植物との大きな違いは、幹の下部についている、三本に枝分かれした気根を足のように動かして、自分から獲物を探して歩き回ることだ。そして、獲物を見つけると、今夢見の目の前でしているように、ムチのような蔓でからめとり、袋状になった本体の中へ納めようとするのだ。
夢見としては、根元を狙って動きを止めた後、袋の周囲にフリルのようについている芽を持ち帰りたいのだが、蔓の動きが思ったより早くてリーチも長いので、なかなか光条兵器が届く範囲に踏み込めない。
「……はっ!」
しかし、にらみ合っていても時間が過ぎるばかりなので、夢見は意を決して、蔓を掻い潜ろうと足を踏み出した。
耳元で、風を切る音がする。身を屈め、その音を避けるように、夢見はミツアシウツボの根元に飛び込んだ。気根と本体の間を斬ると、本体が地面に転がり、蔓が動かなくなった。
「……ふう、これでよしと。後はこの芽を取って……と」
夢見はナイフを取り出し、芽をさくさくと切り取り始めた。
そして、意図せず色物食材を入手してしまったのが、10班のプリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)のパートナー、機晶姫ジョーカー・オルジナ(じょーかー・おるじな)だった。
「蜜……入っていないのだが」
ジョーカーはデザート担当のプリモに言われて、森に蜂蜜を採りに来た。しかし、事前に調べた『蜂の捕まえ方』を参考にして土の中から球形の巣を掘り出したというのに、中には蜂蜜は入っていない。入っている場所、いない場所があるのかと、巣を軽くばらして見てみたが、白い楕円形の、グミキャンディーのような触感のものが入っているだけだ。
「うーん……」
しばらく悩んだ後、ジョーカーは巣を丸ごと布袋に突っ込んだ。
「探し方は間違っていなかったはずだし、持って帰るのはこれでも良いよな、うん」
こうして、大量の『蜂の子』を手に入れたジョーカーは、その正体を知らないまま、意気揚々と本校へ引き上げて行った。
「この辺だと、色々食材がありそうだぜ」
14班は、大岡 永谷(おおおか・とと)を先頭に、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)とパートナーの機晶姫ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)、英霊ルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)、ドラゴニュートクー・キューカー(くー・きゅーかー)、そしてレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)とパートナーの機晶姫エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)が、森の中に食材を探しに来ていた。
「これから向こうに罠を仕掛けるから、山菜探す時は注意してくれ」
小動物が身を隠しそうな茂みを掻き分ける永谷に、
「どうする、ルーに何か呼び出させるか?」
と、デゼルが尋ねた。
「るーちゃん、狩り、たのしみ!」
ルーが飛び跳ねる。が、永谷はかぶりを降った。
「『野生の蹂躙』だと必要以上に集まって大変なことになりそうだし、こういう場所なら何か捕まるだろう」
「そうか。じゃ、とりあえず山菜とか木の実を集めるか。キノコはやめておこうな、毒はそうじゃないかの判別が難しいから」
朽木に生えたキノコに鼻を寄せて匂いを嗅いでいるルーに、デゼルは注意する。
「あの……ワタシは水場を探してきますね。湿った場所を好む山菜もあるので……」
「泥船に乗ったつもりで期待しててね!」
消え入りそうな声で言うレジーヌの隣で、エリーズが皆に手を振る。
「泥船じゃ沈むだろう……」
泥船じゃなく『大船』じゃないのかと、永谷が冷静に指摘する。
「え、あ、そうだったっけ?」
エリーズはごまかし笑いを浮かべると、レジーヌを引っ張って木立ちの中へ入って行った。
「よーし、クー、あれを取って来るんだ!」
その間も木の実を探していたルケトは、木の上に房のようになっている木の実を指差した。
「クー!」
クーはてくてくと木を登って行くと、房の根元に尻尾を絡めて引っ張った。軽い音と共に房が取れて落ちて来るのを、ルケトが上手くキャッチする。
「うん、殻をむいて中の実を炒れば、アーモンドとかクルミみたいに食べられるな」
念のためにポケット図鑑と照らし合わせて、ルケトはうなずく。
一方、森の中に入って行ったレジーヌとエリーズは、皆からあまり遠くない場所で湧き水を見つけた。
「これは、地上の『ワサビ』に似た味がするそうです」
湧き水の周囲に生える草を指差して、レジーヌが言う。
「辛いんだったっけ? 好きなの?」
エリーズが尋ねると、レジーヌはちょっと首を傾げた。
「辛いのが好きと言うより、日本のお料理が好きなんです。『ワサビ』は日本では代表的な香辛料ですし、これで何か作ってもらえたらいいなと思って」
「ふぅん、じゃ、集めて行こっか」
しばらくレジーヌを手伝って山菜を集めた後、エリーズは今度は上を見た。
「ねえ、あそこにオレンジ色の実がなってるけど、あれは食べられないかな」
「ちょっと待って下さいね、今調べます」
エリーズは山菜取りの手を休め、ポケット図鑑を取り出した。
「熟したものは、トマトみたいな味がするらしいですよ」
「トマトかぁ……本当は果物がいいんだけど、サラダとかソースに使うにはいいかもね」
エリーズは白の剣を抜いて、実をちょいちょいとつつき、落ちて来た実を器用に受け止めた。
「もう少しここで採集したら、場所を変えましょう。採り尽くしてしまったら、生態系を破壊することになりますから」
木に絡んだツタ状の植物の蔓からむかごを集めながら、レジーナは言う。
「……かかった!」
皆から少し離れた場所で獲物が罠にかかるのを待っていた永谷は、野ウサギが罠にかかったのを見て、意気揚々と獲物を罠から外そうとした。だが、ウサギが必死に暴れたため、うっかり捕まえていた手を離してしまった。
「悪いけど逃がさないぞ!」
慌てて永谷が氷術を放つと同時に、木立ちの向こうから小石が飛んできた。氷術と小石はほぼ同時に野ウサギに命中し、ウサギは地面に倒れ込む。
「今の当たったよな? 捕まえられたか?」
石が飛んできた方角から、デゼルが歩いて来る。
「るーちゃんのちから、やくにたったか!?」
その後ろから、ルーも駆けて来た。
「ああ、『ヒロイックアサルト』だったのか。うん、俺の氷術と同時だったけどな」
ウサギをぶら下げて、永谷はうなずく。その時、森の奥からレジーヌとエリーズが戻って来た。担いでいる布袋は、ぎっしりとは言えないが結構ふくれている。
「そろそろ時間だよ。これ以上粘ると、調理する時間が足らなくなっちゃう。調理する子たちが首を長くして待ってるよ」
「そうだな。おーい、ルケト、クー、もういいぞ」
エリーズに言われて、木の上でがさがさやっているクーと、その下にいるルケトに、デゼルは声をかけた。
「わかったー!」
ルケトが手を振り返す。
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