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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


・3days ――機械仕掛け――


 前日。
「さて、準備はどんな感じかな?」
 傀儡師が戻ってきた。腕を直し、ヒラニプラと同じ和服少女の姿をしている。
「アインによる再生は済んだみたいだね。それにしても、あっちのワーズワースは無用心だよね。あの『壊れかけ』を残して、留守にするんだから」
「あの場所を知っているのは、私と芹沢と向こうのワーズワース殿だけです。私がこちら側についてるとは思ってなかったのでしょう。もちろん、ずっと悟られないようにしてきたわけですが」
 伊東と傀儡師が話していた。
「しかし、修理してくるにしては随分時間がかかりましたね」
「依頼主からの仕事もあったからね。まあ、結果は見ての通りなんだけどさ」
「上手くいかなかった、という事ですか」
 傀儡師は頷いた。
 しばらく後、伊東がその場を去り、傀儡師が残る。そこに別の人影が現れた。
「聞いたよ。知識が欲しい、だからそのために邪魔者を排除してくれるってね。それは僕の仕事だったんだけどさ」
 目線の先にいるのは、雄軒だ。
「まあ、一昨日の事があるからいいけどね。それで、確か夢幻糸についても知りたい、と?」
「ええ。私の事を信頼出来るようになってからで構いませんが」
「君はサファイアの時に率先して動いてくれたじゃないか。折角だから教えてあげるよ」
 ひゅん、と袖から夢幻糸を垂らす傀儡師。
「夢幻操糸流、という糸術でね。まあ創始者は僕なんだけど。ちゃんと型として作ったのはここ千年くらいかな」
 その技術のさわりの部分を教えようとする。
「見えないのは、ただ死角と光の反射を利用してるだけだよ。すごく細いからってのもあるかな。だけど、当然使用者の目にも映らないから、普通の人間に扱うのは難しいね」
 ナラカの蜘蛛糸でも使い方次第では同じような糸術が出来るが、決して簡単なものではない。しかも、それ以上に大規模なものを目の前の傀儡師はやってのけているのだ。
「僕も含め、今現在これを使いこなせるのは世界で三人かな。もっとも、今の僕には夢幻灯篭の一番上の奥義は使えないんだけど。そうすると、これを本当に極めているのは一人だけかな」
「あれ以上の技があるのですか?」
「夢幻灯篭は全部で五つあって、籠ノ鳥は終から二番目だよ。最終は、『理ノ扉』っていうのさ」
 その他にも、雄軒は夢幻操糸流の技術の説明を受けた。分かったのは、高度な技術を要する戦闘技術であるということだった。
 実際にそれを使える人物に師事しなければ習得するのは困難だろう。もちろん、一日、二日でどうにかなるレベルのものではない。
「いずれ、ご教授願いたいですね」
 依頼主の目的が達成された後であれば時間もある事だろう。そのためには、何としてもこちら側での仕事を成功させなければならない。

            * * *

 雄軒と傀儡師の会話から数時間後。
「ん、今度は君達か」
 佐伯 梓(さえき・あずさ)カデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)の姿を、傀儡師が捉えた。
「あのさ、マキーナ」
 梓は口を開く。
「よく俺達みたいなのを仲間にしてくれたよなー。もしかしたら、後ろからぐさっとやられちゃうかもしれないのにー」
「そうするつもりだったのかい?」
「まさかー」
 そういう不意打ちを考えていたわけではない。あくまで可能性の話だ。
「どっちにしても、これはただの『人形』だから、壊されたところで大した問題じゃないよ」
 今梓の目の前にいるのは、あくまで請負人としての傀儡師がどこからか操っている人形に過ぎない。それにしては、動作の一つ一つはごく自然であり、機械的なものを感じさせない。
「だからって、自分を粗末にするのは良くないよー。分身みたいなもんだろ」
 さらに、梓は付け加える。
「あと挑発するよーな言葉あんま言っちゃやだ。サファイアを唆そうとしたり、してたけど、ああいうのは見てらんないなー」
「あれはあくまで仕事だから、だよ。自発的にこちらに来てくれればそれで問題ないわけだし。それに感情があると、ああいう言葉で揺れたりするものじゃないか」
 傀儡師はしれっと口にする。
「僕には感情がないからね。こういうのは、あくまで仕事上必要だから表面的に見せてるだけさ」
 とはいえ、それは演技にしてはリアルであった。
「そうは見えないなー。何かあったから、そんな捻くれちゃってる?」
 苦笑いしつつ梓がマキーナを見遣る。
「……こんなおとぎ話があるんだ」
 マキーナが語り始めた。

 その昔、一人の少女がいました。彼女は独りでしたが、孤独ではありませんでした。周りにはたくさんの人形がいて、少女は人形達と仲良く遊んでいました。でも、彼女は自分の友達が人形だとは知りませんでした。
 人形を自由に操れるのが彼女だけだという事も、当然。
 やがて、大きな争いが起こり、少女も巻き込まれました。傷つき、意識を失う前に彼女は、傷口を見て気付いてしまいました――自分自身もまた、人形だったのだと。
 目が覚めた時、少女は別の人形の身体に入っていました。しかし、他の人形を操る力は失われていませんでした。
 彼女はその力を使って、たくさんの人を殺しました。その力を必要としている者の頼みを受けて。自分の身体が壊れるまで。
 それでも、その力が必要になる度に、彼女は目覚め、戦い抜きました。何百年も、何千年も。
 彼女は自分が何者かであるかを求め続け、悟ります。そして――ただ自分の力を欲する者に力を与えるだけの存在になりました。
 彼女の力を誰もが必要ないと思えるようになるまで、少女は永遠の呪縛の中を彷徨い続けるのでしょう。

 
「それって――」
「あとは想像とやらに任せるよ。とにかく、この少女と同じように、僕も請負人として力を振るうだけだよ。善も悪も関係ないさ。ちょっと喋りすぎたかな」
 マキーナはそのまま身を翻し、姿を消そうとした。
「待って!」
 梓が咄嗟に声を発する。
「その力をいい方向へ使って欲しいって人がいれば、マキーナは傷つけるやり方をしないで済むって事だろ。だったら――」
 マキーナに向かって手を差し出す。
「俺からお願いするよ。えーと、友達として……って駄目かなー?」
 傀儡師の『おとぎ話』から、わずかな希望を見出した梓。
「残念だけど、先約と矛盾するから出来ないよ。せめて……もう少し早ければ、違った形になってたのかもね」
 その時の傀儡師の顔は、どこか淋しげであった。そのまま梓の顔を見ることなく、マキーナは消えていった。

「アズサ」
 カデシュが梓に声を掛ける。
「マキーナさんは、好きでやってるわけではないみたいですね」
「……何とか、止められないのかなー?」
「さっきの話が本当か嘘かは分かりませんが、難しいでしょう」
 依頼主を裏切る事は出来ない、それが傀儡師の性質だ。

 マスター・オブ・パペッツ――人形の支配者
 エクスマキーナ――機械仕掛け

 他人に必要とされ、その目的のためにしか動く事が出来ない、操り人形。
 もしかしたら、『おとぎ話』の少女は本当に傀儡師なのかもしれない。それを確かめる術はないが、梓とカデシュにはおそらく、何か感じるものはあった事だろう。

            * * *

 そして、出発の日。
「さあ、みんなはどうする? このまま協力してくれるかい、それとも――」
 傀儡師が確認を取る。
「僕達を倒してみるかい?」
 試すかのような物言いだが、この場で反旗を翻す者はなかった。
「では、皆さん奥へ。目的地に転送致します」
 伊東が一行を案内する。その途中で、黒幕が傀儡師に対して口を開いた。
「仕事だ。フィーアを連れて来い」
 その直後、傀儡師から表情が消えた。
「マキーナ、どうした?」
 北斗がマキーナの顔を覗く。反応はない。
「さすがに戦闘型二体を同時には操れぬか。まあ、ある程度は自動制御も出来るようになってるようだが」
 今の傀儡師はただの抜け殻のようなものらしい。最低限の動きはするが、意識は別にあるとのことだ。
 傀儡師はただ依頼主に付き従うようについて歩くだけだった。
 そして一行はある一室に足を踏み入れる。
「アール、転送準備だ」
 指示を受け、アールマハトが術式を展開し始める。
「ちっと確認しときてぇんだがよ」
 大規模な術式が発動しようとする中、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が黒幕を見据える。
「行き先は内海付近であってんのか?」
「無論だ。なぜそのような事を聞く?」
「いくら強ぇったってこの人数だ。PASDの連中だって何十人がかりとかでその辺調べてるかもしんねえぜ? だからよ、ナガンの伝手で助っ人を呼んどいたぜ」
「だから行き先が合ってないと困るってわけか」
 メニエスと黒幕の会話から、パラミタ内海へ向かう事を知ったナガンは、こっそりと連絡を取っていた。すぐに合流出来るように。
「そういえば、お前も誰かに助力を頼んでいたようだったな」
 次に黒幕が目をつけたのは、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だ。
「ああ、パートナーに連絡を取って調査してもらってたんだ。先客がいたら、あんた達だって厄介だろ?」
 悠司もまた、外部と連絡を取っていたのである。
「それで、結果は? 報告は受けていないが」
「昨日の時点では、周りには誰もいなかったってよ。ただ、今日の事に関してはまだ分からねーけどな」
 彼はこの時点ではまだリヴァルトの失踪を知らない。ちょうどこの時、PASDの面々もまた内海の施設に足を踏み入れている事も。
「……お前には別の仕事を任せた方が良さそうだな。PASDの動向を調ベてこい」
 悠司が転送術式で一足早く飛ばされた。空京に。
(くそ、ここまでか。ただ、伝えたのは昨日だから、そろそろ情報は本部に伝わってるはずだよな)
 転送間際、そんな事を彼は考えていた。
「さて、我々も行こうか」
 術式の準備が完全に整い、内海にある施設へと、全員が転送された。