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リアクション
SCENE 07
温かな湯気、あるいは冷気、空腹を刺激する香は、ソースか醤油かそれともカレーか、色とりどり様々な屋台が建ち並ぶ中を、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)とヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)は巡っている。いや、正しくは、『ヴィアスが珂慧を引っ張り回している』というのが近い。彼女は彼の腕をとってずんずん歩いているのだ。
「ヴィー、腕をそんなに引っ張らないで……ちゃんと歩けるから」
「だって白菊ったら、足を止めたらすぐプールを見るんだもの」
「プールって、小学校の授業以来なんでね。だから見とれてただけさ、懐かしくて」
「本当? 水着の女の子に見とれてたんじゃないの?」
「ちがうちがう、見とれたりしないよ。それに、水着の女の子なら目の前にいるし……ね?」
「え?」
はた、とヴィアスは振り返った。
「似合ってるよ。ヴィー」
珂慧はやわらかな笑みを見せる。本日、ヴィアスの水着はチェック柄のビキニ、ほんのりとしたピンク色が彼女の性格を表しているようで可愛い。薄手のパーカーを羽織ってはいるが、着痩せする体型まで隠しきれてはいなかった。
「え……あはは、そう? これ、今日のために新調したんだ」
似合っているか自分から訊くつもりが、先に言われて嬉しいやら恥ずかしいやら。照れながら人差し指で、つんつんと珂慧の腕をつつく。
「そういう白菊だって、とっても似合ってるよぅ」
珂慧の水着はロングトランクス型、紺地のシンプルな柄だがそれが、実直な彼らしさを表現しているかのようだ。
「ありがとう。これはヴィーが買ってくれたものだから、それもお礼を言わなくちゃね」
プールに誘われておきながら水着を忘れた珂慧である。しかし「そんなこともあろうかと」とヴィアスは前もって水着を用意していたというわけだ。
「さ、なんか買おうよ白菊、お腹空いたよ」
「そうだね、僕は手始めにホットドッグスタンドでも寄ってこようかな。ヴィーはなにがいい?」
「うーんとね、アイスクリーム全部!」
「えっ?」
「アイスクリームショップのメニュー、全部!」
「……ヴィー、体、冷えるよ?」
肩をすくめつつも白菊はわかっていた。彼女の要望どおり「全部」頼むことになるだろう。
珂慧は思う。ヴィーと一緒にいると彼女から目が離せない、と。
でもそれがいい。だから彼女と一緒にいると楽しいのだ。
そんななか、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も自分の店を出して忙しく働いていた。なにせ食べ盛りの学生達が相手だ、作るそばから売れていく。
「かき氷〜! かき氷はいかぁっすか〜! あ、はい、こちらはコーヒーフロートでしたね、はい、あざ〜っした〜!」
はきはきと注文をさばくミルディアの腕のおかげも勿論だが、繁盛の理由は看板娘こと和泉 真奈(いずみ・まな)の活躍にもありそうである。健康的なセクシーさをかもしながら、たくさんのお客を呼んでいる。
「うーん、やっぱり真奈最高っ! 看板娘作戦大成功だね♪」
「ミルディ……さっきからずっと訊いてるんだけど」
すいーっ、と戻ってきた真奈が言う。
「これはどういうことなの?」」
「どういうこともなにも、こういうことなのさっ♪」
「一緒にバイトしよう、って話だったよね? 飲食店の」
「してるじゃない」
「でも『水着で』とは言わなかったでしょ!」
気恥ずかしさで頬を真っ赤にしながら真奈は抗議の声を上げるのだった。
まさしく! 水着!
クリーム色したワンピース、その胸にピンバッジを付けているという真奈のスタイルは、まるでどこかのミスコンだ。手には銀のお盆を乗せており、しかも「これで動きやすいはずだよ」などとミルディアに言われ、ローラースケートまではかされているのである。そんな彼女は抜群のスタイルなので、ミスマッチながら、なんともえっちなウェイトレスとして仕上がっているのだった。
ミルディアは白い歯を見せて笑う。
「だってほら、お客さんに喜ばれてるじゃん?」
「なんですかその、つかみはOK! とでも言いたげな顔は! この姿で注文を届けるたび、ニヤニヤするお客様はいらっしゃるし、口笛を吹かれたり、なんだか気の毒がられてチップをいただいたり……何とかしてください!」
「なに言ってるの、喜んでもらうのが接客業の宿命! あ、この『宿命』には『さだめ』ってルビをふってね? ほらほら、一番テーブルさんで注文の手が挙がってるよ〜!」
ミルディアはそう言って真奈を急かすのである。
「んもう……はい、ただいま参りますー!」
根が真面目なので仕事とあらば、半端はできない真奈なのだ。再びすいーっとローラーで滑走する。右足、左足、リズミカルに出すたびに、その豊かなバストがぷるぷるとたわむのである。普段は長いローブを着ている真奈なだけに、この変貌ぶりに背徳的な官能すら感じてしまう。このスタイルをチョイスしたミルディアの審美眼はなかなかであるといえよう。
「おっ!」
相方には気の毒ながら、ミルディアはガッツポーズした。
このとき、すてーん、と真奈が転んでしまったのだ。大きく開脚して尻餅、内股をさらす格好で停止してしまう。多くの男性の目がそこに吸い寄せられたような……。
(「さすが真奈、見せ所をわかってる! ……なんて言ったら怒るだろうなあ」)
小声で笑うミルディアに、
「かき氷二つ。シロップはいちごとブルーハワイで」
四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が声をかけた。
「はいはいっ、少々お待ちを」
見ると少女の二人連れ、唯乃の隣には赤羽 美央(あかばね・みお)がいた。流れるプールで楽しく遊んだ後、休息に立ち寄ったのである。二人ともイルミンスールの公式水着、綺麗な髪の色もよく似ており、遠目には姉妹のようだった。
「いやぁ、参った参った。流れるプールで足がつかないポイントがあるなんてね。美央ちゃんが肩貸してくれなかったら溺れるところだったわ」
「ふふっ、唯乃さんは大袈裟です。そんなに簡単に溺れたりしませんよ」
「いやいやいや、私ってこう見えてドジなんでね、今ごろはドザエモンだったかもよ? はい、これは助けてもらったお礼ね。私のおごり、ブルーハワイ好きだったよね?」
ミルディアからかき氷を受け取ると、唯乃は一つを美央に手渡す。
「そんな、いいんですか……ありがとうございます」
歩きながら一口目をすくって、しゃりっとした食感と冷たさを味わう。
かき氷は美味しかった。その味だけでなく、唯乃の心遣いも美央は嬉しい。
(「唯乃さんはいつもビシッとしてるけど、実は優しい人です」)
そんな彼女と知り合えたこと、同じ下宿に暮らせること、そして、こうやって一緒に遊べること、そのすべてが幸せだと思う。
「どうしたの美央ちゃん、急に黙っちゃって? あ、わかった、急いで食べたもんだから頭がキーンってなったんでしょ? 頭キーン!」
「え? 違います違いますっ、ちょっと考えごとをしてただけで……」
「考え事? 少し休憩したら、今度はビーチボールで遊ぼうかな、とか?」
それは良い考え、美央は微笑した。
「はい、そうです!」
そんな美央と唯乃に、声をかける女性があった。
「あ、そこのお二人さん、少々お待ち願えますかな」
飾り気のないスポーティなビキニ、これを着てしゃんと背を伸ばしているだけで、なんとも格好いいのは身にまとう雰囲気のためだろうか。彼女は道明寺 玲(どうみょうじ・れい)、恭しく自己紹介して、
「実はそれがし、スプラッシュヘブンの運営側に依頼されて、新規パンフレットおよび雑誌紹介用の記事を書いている最中でしてな。さしてお手間は取らせません、写真数枚と、簡単なインタビューにお答え願えませんか」
さっとカメラを取り出す。見れば、玲は『取材』と書かれた腕章も巻いていた。
「どうします?」
「いいんじゃない? じゃ、お恥ずかしながらお願いするね」
美央と唯乃をカメラに納め、感想など聞いて玲は彼女らと別れた。
「ふぅむ、お二人とも良い表情でしたな。さて、次は屋台のチェック、と……」
たとえボランティアだろうと、仕事と名の付くものはそつなくこなす、それが玲の心意気、まずは屋台ゾーンの遠景を撮影、つづいて中に入っていく。手のメモ帳にも忙しくペンを走らせていた。
「なるほど、このカレーは通常の三十倍まで辛さが調整できるのですな」
「フランクフルトは定番ですな……なんと、いただけるので? それはありがたい」
「北京ダックまであるのですか、なんとも本格派ですな」
と、玲は店の情報チェックに余念がない。カップル向け友達同士向け、あるいは家族向け、それぞれにお奨め店をメモした上、スィーツの店を探し求める。そろそろあの人と会えるはずだと思ったからだ。案の定、
「よろしおすなぁ」
すぐに朗らかな声が聞こえてきた。そう、玲のパートナーイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)である。
「やはりここにおられましたか」
「甘いものには目がありませんよって」
くすっ、とイルマは微笑む。
「でも、麿とて遊んどったわけやあらへん。ちゃんと取材しとったんどす」
彼女が手渡してくれたメモには、たしかに屋台の、それも甘味処中心の取材レポートがびっしりと書き込まれていた。
「どないです?」
「良いでしょう」
イルマのメモをざっと見て、玲は彼女の正面の席に腰を下ろした。
「んっ、いけずな人……どうせ褒めてくれるんやったら、『良いでしょう』なんて短いコメントやのうて、『すごい! ビューティフル! イルマさんキスさせて下さい!』とか言ってくれたらええですのに〜」
「はは、そこまではさすがに無理ですが、それがしとて感謝はしているのですがね。つまり、お陰様で、取材を休んでここでお茶を頂く時間ができたというわけです」
口元に涼やかな笑みを見せ、玲はウェイターを呼ぶべく指を鳴らす。
(「もうっ、いちいち格好いいお人! 惚れ直してしまうわあ」)
イルマは胸の内が熱くなるのを覚えた。意識的か無意識的か知らないが、玲はわかっているのだ。イルマは無闇に絶賛されるより、態度で信頼を示してくれることのほうを喜ぶということを。
「そういえば、ローラースケートのウェイトレスの子が可愛(かあい)らしかったどすえ」
「ローラースケートの子、ですか。後で取材してみるとしますか」
「あ、そういえば……」
「何か?」
「あそこに絶好の取材対象が」
イルマが流し目したその方向には、同じテーブルで食事する御神楽環菜と影野陽太の姿があったのだ。どうやらデートらしい。なにを話しているのか、あの環菜がクスクスと笑っている。瞬時、玲は片眉を上げるも、
「……野暮はやめておきましょう。会長が一人になったときにでも取材するとしますかな」
軽く笑って、運ばれてきたティーカップを手にするのである。
デートといえば、ヴィアスと珂慧も楽しいひとときも続いていた。
「このジェラート、すっごくおいしいよっ!」
「良かったね。僕も頼めば良かったかな」
珂慧は眼を細めた。
(「ほんとうに、幸せそうに食べる子なんだ……」)
見ているだけで、自分も幸せになる。
するとヴィアスは目を輝かせて、
「じゃあ、一口あげるっ……。はい、あーんして?」
と、ジェラートを一口すくい、珂慧の口元に差し出したのだ。
「え……えっと、僕は……」
思わぬ不意打ちに照れる彼に、
「はい、あーんだよっ」
頬を染めながら彼女は迫るのだった。
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