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【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪

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【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪
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第1章 馳せる人

 日課であり仕事であり、日常の一部であり、染み着いた動作の一部である。
 蒼空学園の校長、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)はパソコン画面を流し見つめる中で、一通のメールに目を止めた。

 「 To 環奈会長

    来る7月7日の七夕の日に、パラミタ内海の信号機諸島にて「サマーバレンタイン祭が開かれる事は、ご存じでしょうか。
    日頃の感謝の気持ちを込めて愛する人にプレゼントを贈るという祭りだそうです。
    お暇でしたら黄島で待っていて頂けると嬉しいです。

   From 影野 陽太(かげの・ようた) 」

「サマーバレンタイン……?」
 文面をもう一度に読み返した。環奈自身、この行為にも、また鼓動が変調した事にも違和感を覚えていた。
「サマー …… バレンタイン……」
 繰り返しに、つぶやかれる。光を放つ画面上では、パラミタの地図上のどこかしこにも太陽ばかりが笑み揺れていた。



「ねぇ〜行こ〜? 一緒に星空を見ようよ〜」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言ってもみても、ノーム教諭の白い背は正面を見せたままであった。
 イルミンスール魔法学校、ノーム教諭の研究室の一輪の華、アリシアも、サマーバレンタインを話題にした途端に、ツンと顔をそむけてしまっていた。
「巨大なイカの凧でも夜空に浮かべて息を抜いてくると良い、くっくっくっ」
 言われたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は検体から目を離そうとはせずに。言われた事にも気付いていないようだった。
「でもでもっ、夜には花火も上がるみたいだし、屋台も一杯でるってチラシに…」
 バーンとチラシを開いて見せても、視線が集まる気配すらない。
「これは……… まずい…」
 興味すらなさそうな教諭に、気のない様子のアリシア、耳にも入っていないダリル
 引っ張ってでも連れていかないと、ダメ…?
 楽しい愉しい祭りに誘っているはずなのに。気付けば、なぜか完全アウェーに…。
 ルカルカは孤軍の奮闘を予感しながら、チラシを強く握りしめた。



 今日も白と黒が映える薔薇の学舎内の一室で、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はテーブルに凭れながら目を細めていた。
「障害を乗り越えて、ねぇ」
 お気に入りの漆白のクロスを、一枚のチラシが台無しにしている。
 ”当日には、諸島間の海には「シーワーム」と「巨大クラーケン」を、空には「化け烏」を放ちます。”
 ”立ちはだかる障害を乗り越えて「大切な人」に愛を伝えませんか?”
「はぁ…」
「おっと」
 差し出した皿に落ちそうになる弥十郎のため息を避けてから、熊谷 直実(くまがや・なおざね)は改めて皿を差し出した。
「素麺? 頼んでないよぅ?」
「七夕には素麺を食べるという風習がある、食うと厄が晴れるそうだ。一足早いが、ほれ、食え」
 麺汁に箸を受け取り、唇を突き出したままに麺を解す。何ともキレのない箸捌きに、今度は熊谷がため息を雫した。
「何がそんなに気に食わないんだ。水神とのデートなんだろ?」
「それはまぁ、そうなんだけどさぁ…」
 恋人であるさん とのデート。ようやく、やっとにデートができる、それなのに。
「だってさぁ、海を渡ったり、戦ったり… 恋の障害って、こういう事じゃないと思うんだよねぇ」
 お祭りだから、と言われればそうなんだけど、何かこう乗せられている感じが釈然としないというか。
「いやいや、愛の前には何が立ちはだかるか分からない… いや! むしろ何もかもが愛する2人にとっては障害となる! 海やモンスターごとき、乗り越えられなくてどうする!」
「そうかなぁ? ひと足早く黄島に行って、デートの下調べをした方が−−−」
「2人で乗り越えようと言われたんだろ?」
「うっ、そうだけど…」
「待っている、と言われたんだろ? お前にとっての水神はそんなものなのか?」
「違うよっ! ぅぅぅっ、分かった! 分かったよぅ! やるよ! やれば良いんだろ、やれば!」
 何かもう色々と納得いかないけど、乗り越えろと言うなら、それが樹さんへの愛の証となるなら、やってやろうじゃない。
 素麺を強引に解して口に頬張る姿に「何て品のない…」とは思ったが、熊谷は口端を上げるだけにした。
 何にせよ、気は十分に満ちたようだ。機は明日の夕刻、16時から21時。
 弥十郎が障害を乗り越えられるよう、無事に水神さんに会えるように、織り姫じゃないが、祈るとするさ。



 太陽が、近い。絶対に昨日よりも近づいている、そうに違いない。
「顔を見せろ、とは言ったが、近こう寄れ、とは言ってないぞ」
 手のひらで陽射しを遮りながら、林田 樹(はやしだ・いつき)は踵を返した。クーラーの効いた船内までは歩数にして、およそ50。せっかくだからと船頭まで来たことを激しく後悔した。
「涼しいー」
 全身の汗が冷却剤に変わる瞬間を噛みしめていると、暑苦し−−− いや、ハリキリテンションの高いジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が瞳を吊り上げて歩み寄ってきた。
「どこに行かれてたのです? さぁ、樹様も早く準備をなさって下さい」
「準備と言っても、私はカフェの給仕なのだろう? 今は特に−−−」
「何を言っているのです! 樹様には屋台と客席の設置をお願いしましたでしょう。今のうちに、船内の椅子を使って客席設置のリハーサルをしておいて下さい!」
「客席設置の… リハーサル??」
「そうです、本番までに如何に準備が出来るのかが勝負の分かれ道なのです、今できる最高の準備をなさって下さい」
 やはり暑苦し−−− いや、言うまい。ジーナは「エイドステーション兼カフェ屋台」を成功させたい一心なのだ、何日も前から食材や衣装を準備している様を見てきた。あの情熱に応える為に、私もリハーサルを−−− そう、客席設置のリハーサルを−−−?
あんころ餅緒方 章(おがた・あきら))は勝手にしやがれ、として」
 ガシャン、ガシャンという音に瞳を向ければ、ジーナは目当ての林田 コタロー(はやしだ・こたろう)を見つける事ができた。自分よりも一回りに小さいレジを舐めるように見回している。
「どうです? 上手くいきそうですか?」
「うあー! こた、れじがかりしゃんとするれす」
「えぇ、お願いしますね」
「こた、あと、おきゃくしゃんよぶぉー」
「こたちゃんの分の衣装も用意してますから、楽しみにしてて下さいね」
 コタローは柔らかくも張りのある頬を目一杯に上げ笑んでから、レジに向き直ると、握りしめたペンチでバネの調整を始めた。
 コタローの鼻歌? が聞こえてくる。それほどにモチベーション高く準備をしていると言うのに。
 ジーナが疑いの瞳をに向けたとき、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の手元の薬瓶を手に取っていた。
「怪我人、出ないと良いな」
「そうだね、怪我人で騒ぎになる祭りなんて、論外だからね」
 祭りの実行委員側がモンスターを放つと言っている以上、当然のように怪我人は出るのだろうが。看護する者としては、それは決して歓迎できる事ではない。
 聞けばエースエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は看護所のスタッフとして参加するだという。
「内容が内容だから怪我人は出るだろうし。会場も広いみたいだから、エイドステーションをしてくれるなら、こちらも助かる」
「人数に限りはあるし、それに大きな怪我まで対応できるか分からないけど。怪我だけじゃなくて、知らずのうちに気分が悪くなる人もいるだろうから、カフェに来る人もよく観察するようにしなきゃとは思ってる」
「楽しさのあまりで気付かないって事か」
「えぇ」
「それにこの暑さ、ですからね」
 窓際に歩んだエオリアは、差し込む陽射しを手に当てると、それを握りしめた。
「熱中症も心配です。氷やおしぼりなどは用意しましたが、僕たちも含めて十分に水分を取る必要があります」
「そういう意味じゃ、俺たちもエイドステーションの役割を担うって事になるのかな?」
 アイスコーヒーを片手に、皆の視線が集まるのを感じると、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)はパートナーの北条 円(ほうじょう・まどか)に小さく頭を下げて合図をした。
「インスタントですけど、如何ですか?」
 汗をかいたコップと、ぶつかり合う氷の音が冷水を一層冷たく感じさせた。
「珈琲は私の趣味ですが、他にも紅茶やスポーツドリンク等も一通り用意しています。吸水所を兼ねた簡易喫茶店といった所でしょうか」
 アイスコーヒーでありながら、非常に香ばしい。一口を含んだジーナが笑みを雫していると、が羨めしさも混じえた顔を向け寄っていた。
「客席のリハーサル… って、会場の見取り図とか無いと、やりようが…」
「はい! はい、それはあちらです! はい、お願いします!」
 グラスを手渡して、部屋の一角を指さして背中を押しました。あぁ、そう押す前に体の向きも変えましたね。
 ぞんざい? いいえ、適切で無駄の無いと言って頂けると。向かわせた先では実行委員の方たちが会場の見取り図を広げているのですから。会場の様子が分からないからリハーサルが出来ませんでした、なんて言わせませんわ。
 黄島の全体は直径4km。
「目一杯を会場にしてるんだな」
 広げられた地図を見て、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は線で囲われた部分に目を向けた。島の海岸部分を残し、殆どが祭りの会場として設定されていた。もともと大きくない島に集まる参加希望者の多さを考えれば当然とも言えるが。
 バー風の屋台を出す自分たちにすれば、陽が陰り始めるまでに島内を見て回る時間もあるかと思ってたけど、ゆっくり出来るのは海岸くらいしか無さそうだ。
「ほら、アリア、ここが私たちの出店場所だ−−−」
 居たはずの傍らにヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)の姿がなかった。少しに探して見れば、山のようなリュックの前であぐらをかく男の正面にしゃがみ込んでいた。
 神代 正義(かみしろ・まさよし)は面を拭いていた。一つを丁寧に拭いては置き、リュックの中から新たな面を取り出しては拭き始める。
「お面、好きなの?」
「…… あぁ、お面の屋台を出す。これは売り物だ」
「キミが被ってるお面も売るの?」
「これは…… ヒーローの証だ」
「………… 暑くない?」
「そうさ、この私こそ正義の−−− 暑くない? あ、あぁ、あぁ、暑くないぞ、ヒーローは雪にも夏の暑さにも負けない丈夫な−−−」
「このお面キレイだね、盾みたいにピカピカしてる」
「お、おふっ、そう、そうなのだ、その面はシルバーに切れ長の目が特徴の神御那機関の女幹部で−−−」
 なんか、いまいち噛み合ってないけど、涼介は放っておくことにした。一方の部屋の隅では、静かに瞳を閉じ手を合わせているソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)の姿が見えた。
 待ち人を信じ、祈っているのだろう。真剣な表情から想いが伝わってくるようだった。
 皆それぞれに祭りに向けての高揚感を抱きながらに過ごしている。本番よりも楽しいとは誰が言ったのだろうか。実際の準備は島に上陸してから始まるのだが、それ以上に本番は楽しいに違いない、楽しめるに違いない。
 船内アナウンスが、まもなくの到着を高らかに宣言すると、船内は一気に喚声に包まれた。