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第5章 選定 2

「あの娘……!」
 コビアが驚きに目を見開いた先には、彼に助けを呼んでいたあの少女がいた。
 彼女はまるで幽霊かなにかのように悠然と彫像を見つめ、そして言った。
「『アール』……もう人が選定される時は終わったのよ」
「終わっただと…………終わっただと……! いや、終わってなどいない! 人がこの世に存在する限り、私の選定は終わらないのだ! 私は、究極の者を造り上げる! どんな状況であれ、どんな困難が立ち向かうのであれ、選択を、答えを間違えることのない、完璧なる人を!」
「……あなたは哀しい機晶姫だわ。ずっと過去の忘却にすがって、誰も必要としない者を造ろうと必死になっている。挙句には、制御用の私まで封印するなんて……」
 少女は哀しげな目で言う。
 それを呆然としたように聞いていたコビアに、少女は聞いた。
「コビア……鍵はまだ持ってる?」
「う、うん……」
「その鍵を、あいつ下に空いている穴に挿し込むのよ。そうすれば……この馬鹿げた『試練の回廊』も終わるわ!」
「この鍵を……」
 少女の決然とした言葉に引っ張られるように、コビアは鍵を構えた。
「生意気な真似を……! 不完全な人ごときが、私に立ち向かうというのか! 選択を誤る、答えを見出すことの出来ぬ不完全な者がああぁぁ……!」
 彫像の目が眩く紅く光り、獣の如き咆哮がコビアを威圧した。さらに、地響きを起こす敵の魔の手が、懐へと走るコビアに差し迫る。
 だが――
「悪いが、邪魔をさせるわけにはいかない」
 彫像の猛進に振るわれる腕をレン・オズワルドのはたからは華奢であろうとも見える腕がせき止めた。
「貴様は……! 答えさえ述べることの出来なかった未熟者ではないかッ!」
「……生憎と素直に試練に向き合う柄じゃないんでな」
 レンは苦笑めいた表情を浮かべた。
「お前さんの思惑は分からないではないが、こっちは生きた人間。こんな用意された舞台で出された答えに満足されちゃ困る。……ここに辿り着くまでに多くの契約者が血を流した。お前さんが求めた答えがそこに有っても無くても、彼らの流した血の熱さだけは忘れることのできない真実だ」
 彼の脳裏に浮かぶのは、かつて力を追い求めるあまりに自らを闇へと堕とした魔獣のことだった。彼の影が、レンの心を、静かに鼓動させる。
 用意された舞台。用意された選択肢。それが何の意味を成すというのだろう。
 かの魔獣が見せた『答え』は、そんなくだらない紛い物のハリボテなんかではない。彼自身が歩んだ交錯する軌跡が、そしてそれに心から向き合った多くの者たちが、やがて彼の見せた『答え』の力となったのだ。
「……コビア! 誰にも用意されたわけではない、お前の答えだ。お前自身が導く答えだ! それを、そいつの重みというものを、見せてやれ……!」
「…………はい!」
 レンの声に押されて、コビアは彫像の真下まで到達した。
 そこには、まるで過去から忘れ去れたかのように朽ちた、装飾さえもかすれて読み込むことができない鍵穴の姿。
「き、貴様…………やめろおおおぉぉぉ」
 カチ――コビアの持つ鍵が鍵穴の中に挿し込まれ、右回りに回された。すると、それはまるで曲の演奏が突然止まったかのような呆気のない幕切れ。
 遠くから聞こえてくるような機能の停止する駆動音が鳴ると、彫像の赤く瞬いていた目は光を失い、そして――止まった。
「やった……」
 コビアは、彫像を見上げながら呆然と歓喜に震えた。
 終わった。これで、全てが終わったのだ。この試練も。そして、この『試練の回廊』も。
 そう思った矢先――突然建物の中が揺れ始めた。
「な、なに……!?」
「本体であるアールの機能が停止して、試練の回廊そのものが崩壊しようとしてるわ」
「崩壊……!?」
 少女の淡々とした言葉に、コビアは慌てふためいた。
「ど、どうしよう……! 早く逃げないと!」
「おい、こっちだ!」
 コビアたちが途方にくれていると、そこに彼らを呼びつける声が聞こえてきた。そちらに目をやれば、通常の入り口とは違った、別の通路から顔を出している若い青年がいた。女性とも思しきほどに容姿端麗な美形の青年の隣には、暑苦しそうなほどに甲冑だけに身を包んだ者がいた。
「こっちに脱出用のルートがある! 急げ!」
「あ、あなたは……?」
「俺はセリス・ファーランド。こっちはヴェルザ・リだ。それよりも、ここから普通に戻ってたんじゃ間に合わない。こっちからなら、緊急用の通路に行ける」
 手短に自己紹介をしたセリスは、コビアたちを誘導した。
 天井や壁の機械が壊れて崩壊していく中、コビアたちはセリスの案内で地上への脱出を図ったのだった。