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終章 答えなどなくて

 ――全てが終わった。
 『試練の回廊』が崩れ去るとき、大地はまるで自らの姿を思い出そうかというように変動した。
 シャンバラ大荒野は元の姿を取り戻し、コビアたちは無事に生還することを果たしたのだ。
 『試練の回廊』は荒野の地下深くに沈んだのだろう。もはや、二度とその姿を、アールと呼ばれた機晶姫を見ることは叶わぬ。
 話によれば……かつて『試練の回廊』は単なる一都市の作った戦士の関門儀式に過ぎなかったらしい。しかし、いつからだろうか。時を経てそれは畏怖の存在となり、『試練の回廊』は只の儀式という概念から、本当の意味で――試練の場所となったのだ。
 それはおそらく、アールの中の自律回路が優秀すぎたせいなのだろう。彼は自らが人を試『試練の回廊』の主であるという事実に、盲目を抱き始めたのだ。曰く、人が人のために私を生んだのではなく、私が人を選定するべくして生まれたのだと。
 『試練の回廊』は数多くの死者を生み出していく末に、悩み、そして失敗を経ることを当たり前とする人という存在には絶対不可能の領域となった。
 ――もはや、アールの望む「人」は、この世に存在しなかったのである。
 暴走したアールを止めるべく、ともに試練を任されてきた制御用の少女型機晶姫――シアルは、彼の機能を停止した。そして、自らも機能を停止することで、悠久の眠りについたのである。
 誰がアールの機能を再び起動させたのか。いや、もしかすれば彼は機晶姫という作られた存在の限界を越えて、自ら動きはじめることができたのかもしれない。
 いずれにしても――終わったのだ。
 アールはもうこの世にいない。永年の時を越えて、試練の回廊は終わりを告げたのだった。



 荒野の夜の一角を彩るのは、無事にコビアと生還したことを喜ぶジンブラ団の宴だった。
 何かと血気盛んな若者も多い一団である上に、今回は様々な仲間たちも一緒である。となれば、考えることは単純で、とりあえず生還を祝おうではないかとなったのだった。
 中心部で盛り上がる大人たちの団体から離れて、コビアは岩の間にいた。
 片手に握った飲み物は、もちろん果実類のジュースだ。子供ご法度のお酒には、まだまだ手は出せなかった。
 手ごろな石に座り込んで、彼はこの冒険を思い返すように静かに空を見上げている。
 そんな彼のもとに、足音が近づいた。
「寂しそうに、なにやってんだ?」
「そっスよ。こっちでみんなで呑もうっス」
「オイラお酒のんじゃうもんね〜」
「(ふるふる)」
 政敏にアレックス、それにトーマとミュリエルといった面子が顔が出した。それだけではない。彼らを皮切りに、ニアリーやファイリアを初めとして、コビアの仲間たちがやってきたのだった。
「風が気持ち良くってさ。すぐにそっちにも戻るよ」
「ほら、こっちでなんかサイコキネシス万歳ビンゴゲーム! やるみたいッスよ?」
 まずその名前に疑問を抱かないでもなかったが、間違いなくキャラバンの中のノリの良い誰かが言い出したに違いなかった。
「うん、分かった。じゃあ後で行くよ」
「早く来ないと、料理もオイラが全部食べちゃうぜ〜」
 トーマたちがコビアのもとを後にすると、残ったのは……ニアリー、ファイリア、そしてコビアだけになった。
「ファイたちは……行かなくていいの?」
「うーん……ファイは気になることがあるのです」
「気になること?」
「コビア様が……何か考え込んでるようにも見えましたので……」
 ニアリーの言葉を受けて、コビアは少し驚いた。しかし、彼女たちなら確かに、気づいてもおかしくない。それほど、二人の優しさはよく知っている。
「何か悩み事でもあったんですかー?」
「ちょっと……ね」
「ちょっと……?」
 ファイリアのきょとんとした顔に、コビアは苦笑を浮かべる。
「……本当に、あれで合ってたのかなって思ってね……」
「アールのこと、ですか?」
 ニアリーが聞くと、コビアはゆっくりと、頷いた。
「……アールの言う通り、確かに僕らは弱くて、とんでもなく小さな存在で、とってもちっぽけなんだと思うんだ。だからきっと、アールのやろうとしてたことは、そんな僕たちのためを思ってのことだったんじゃないかな……。もちろん、それを全部認めることは、したくない……けど……」
 彼は再び空を見上げて、思いを馳せた。
「……その気持ちが分かるから……自分のやったことは、僕が選んだあの方法は、本当は間違いだったんじゃないか、とも思うんだ……。もしかしたら、もっと他に良い方法があったのかもしれなくて、それも、僕じゃなくて他の、一人前の人だったら、出来たのかもしれなくて……」
 コビアは少し泣きそうな顔になるが、誤魔化すように苦笑した表情を作った。
「はは……ごめん、こんな馬鹿な話で」
「そんなこと、ないです」
 ニアリーはコビアに笑顔を向けた。
「コビア様が鍵を持って呼ばれた理由が、なんとなく分かる気がします。きっと、そんな風に悩んで、後悔できるコビア様だから、他人のことを、自分のことのように思い悩むことのできるコビア様だから……私は……」
 ニアリーは何かを言いかけたが、口をつぐんだ。哀しげな目が、コビアを見つめる。しかし、彼女はまるでそれを隠すかのように微笑んだ。
「……すみません……何でもありません。……でも、あの娘を助けたかったコビア様の気持ちは、きっと間違いなんてないと思います」
 そう言ったニアリーの視線の先には、一人岩の上で佇んでいる少女――シアルがいた。彼女は、これからどうして生きていくのだろう。
「……行ってあげてください」
 ニアリーは言った。
 自分を見つめるコビアに頷いてみせると、彼は立ち上がり、シアルのもとへと向かった。
 それを見送るニアリーの微笑みはどこか穏やかで、しかし、一滴の涙を流している。
「コビア様……今のまま、勇敢で優しい方になって下さいね」
 そんなニアリーを見て、ファイリアは少し考えるようにした後、彼女に飛び掛った。
「きゃ……ファイリア様……!」
「大丈夫ですー! ニアリーちゃんならきっと、もっと良い男を見つけるですー!」
 ファイリアなりの励ましなのだろう。……台詞は何気にひどいことを言ってる気がしないではないが。
 空元気なようににこにこと笑う彼女を見て、ニアリーはつられて微笑んだ。
 きっと彼女も、そしてコビアもこれからたくさんのことを経験していく。そして良い男と良い女になるかどうか……。果たして後悔はするのかどうか。このときの選択は正しかったのかそうか。それはまた、別の話、であった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずはリアクション公開が遅れてしまったことにお詫び申し上げます。
申し訳ありませんでした。

今作では試練がキーワードであり、質問に回答することが多かったですね。
そのためか、皆さまの心情が多く語られることになりました。
自分も執筆しながら、様々な人の心を見て、とても興味深かったです。

当初予定していたよりも大幅に路線を変更し、結果的に試練の回廊は崩壊しました(苦笑)
アクションの力は偉大だなーと、改めて思った次第です。
さてさて、シアルとコビアが今後どのような道を歩むのか。
一体二人はどうなってしまうのか。
それはまた、別のお話……。

では、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

※8月11日 キャラクターの口調や武器の表記を一部修正いたしました。