天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

灰色の涙

リアクション公開中!

灰色の涙

リアクション


・灰色1


「ええっと……此処はどの辺りなんでしょう?」
 月詠 司(つくよみ・つかさ)は、自分の現在地が分からなくなっていた。途中まではPASD本隊と一緒だったはずが、機甲化兵・改との混戦の中ではぐれてしまったのだ。
 彼はマッピングデータも持ち合わせていないため、再度合流するのも難しい。
「分からんのう。じゃが、来た道を戻ればなんとか……それが分からないからこうしておるのか」
 ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)が司に言う。が、彼女はそんな事を口にしつつも、そそくさと歩き出す。
「ロキくん、余り勝手に動かないで。ウォーデンくんも、何とか言って下さいよ」
「そうは言っても、動かなければどうしようもないからのう」
 その途中で、ゲリとフレキという名のペットの狼がそわそわとし始める。何者かの気配を感じているようだ。
「誰か、いますね」
 司も殺気看破でそれを感じ取っている。
 機甲化兵・改の時は一切殺気看破に引っ掛からなかった。機械相手にはあまり効果を発揮しないらしい。
「え……女の人?」
 そこに現れたのは、一人の女性だった。なびく髪、身に纏うドレス、その全てが『灰色』の。
 彼は、いつ彼女がそこにいたのかを認識出来ていなかった。まるで突然目の前に現れたかのようだった事もあって、目を見開いている。
「わたしに出会ってしまったのね」
 『灰色』が口を開いた。
「うむ、お主は何者じゃ? っとこういう時はこちらから名乗るべきか。我はウォーデンじゃ」
 軽く自己紹介を済ます、ウォーデン。
「そう。でも、ごめんなさいね。答えたところで、あなたもう終わりだから」
 彼女が言い終わる頃には、もうウォーデンは倒れていた。
「何を、したんですか!?」
 司には何が起こったのか理解出来なかった。
 すぐさま『灰色』に向かって武器を構えようとするが……
「……!!」
 彼もまた、血を流して倒れた。斬られた瞬間がまるで分からなかった。
「ごめんなさいね。今は、命令に従うしかないの」
 『灰色』は何の感情も見せずに、ただ倒れている二人を見下ろした。
 彼女は、出会った侵入者を殺すように命じられている。だからこそ、今度ばかりは躊躇ってはいられないのだ。
「あれは、あの遺跡にいた……!」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、司達がやられる瞬間を目撃していた。そして、それをやってのけた人物の姿は彼の記憶にあるものだった。
 彼が出会ったのは偶然だった。今は周りに他の人はなく、しかも『灰色』も彼女に気付いている気配はない。
 目の前でPASDとして来た者がやられた。『敵』と判断するには十分である。
(まだ気付かれていない、ならば)
 『灰色』の姿は見えている。まずはその身を蝕む妄執を彼女にかける。幻覚をかけるつもりだ。
 彼がそれを使うのに合わせ、パートナーの『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)が禁じられた言葉で魔力強化を図る。
 『灰色』はその場を一歩も動かない。幻覚が効いたのだろうか。
 続いて、彼は煙幕ファンデーションを使い、敵の視界を塞ぐ。同時に、隠行の術で彼女に近付く。
(そこです!)
 『灰色』の気配を読んで、ブラインドナイブスを仕掛ける。自らの機動性も生かし、しかも相手にとってはそもそも避けられる距離ではなかった。
 栄光の刀を、彼女に向かって斬り上げる。そこには毒使いによって毒が塗られている。手ごたえはあった。
 だが、
(そんなはずは……!?)
 そこに『灰色』の姿はなかった。
 しかも、次の瞬間には自分の身体から数本の傷が走り、血が滴り落ちた。
「無駄よ。わたしの姿を『視た』時点で、あなたの敗北は決定しているの。わたしが『視て』も、ね」
 『灰色』に対しては速さも、毒も、幻覚も、何もかもが意味をなさない。そもそも、彼女を捉える事が出来ないのだから。
「まだ……ですよ」
 ウィングが立ち上がる。彼の傷が、リジェネレーションで治っていく。さらに、シルスールが彼にヒールを施す。
「そう……」
 どこか残念そうな顔をして、『灰色』が彼と目を合わせる。彼女は、ただ黒い刀身の剣を持って立っているだけだ。
「――ッ!!」
 一切その場から動いていないにも関わらず、ウィングの身体に無数の線が走る。いつ斬られたのかを認識する事すら出来ない。
 それでも、『灰色』に向かって立ち向かう。
 どんなに斬られても、彼は彼女の能力を見極めようとする。『灰色』という曖昧な存在の持つ力を。
 いくらリジェネレーションとヒールがあるとはいえ、限界はある。何度も攻撃を食らい、次第に彼は疲弊していった。
「大したものね。これだけ食らっても倒れないなんて」
 その瞬間、『灰色』の姿が消えた。
 彼が気付いた時には、彼女はもうウィングの真横を通り抜けていた。
「……逃げる気ですか?」
「いえ、もうあなたも終わってるわ」
 ウィングの全身から血の気が引いていく。リジェネレーションがなければ間違いなく致命傷だった。
 とはいえ、それだけの傷を負った以上、立ち上がる事はもはや出来なかった。彼のサポートをしていたシルスールも、知らぬ間に『灰色』の攻撃を受け、倒れ伏した。

            * * *

「ふふ、やっと見つけました」
 『灰色の花嫁』を探してアークの中を彷徨していた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、彼女の姿を捉え、笑みを浮かべる。
 アルコリアの本能が『灰色』を渇望しているからだ。
「誓え、パートナーよ。契約者アルコリアに」
「誓う、契約者殿に与えられた大恩に報いる為に」
「誓いますわ、マイロード。わたくしの全てを貴女に」
「誓おう、契約の名の元に。ボクの忠義を」
 彼女の契約者であるランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が誓いを交わす。
 二度目の敗北は、自分達の矜持が許さない。
 全力を持って、『灰色』との再戦に臨む。