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リアクション
(なるほど。イルミンスールにも薔薇学にも、スパイはいるってわけですね)
彼らの背後に潜んで様子をうかがっていた神裂 刹那(かんざき・せつな)は、冷徹な表情を変えぬままにそう思っていた。
ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)と二人で、カミロの動向をさぐるうちに、この森へとたどり着いた。
鏖殺寺院のイコンに敗北した経験のある刹那は、そのパイロットたちのリーダーらしき男、カミロにたいしての興味を抱いていた。とはいえ、とても一対一で勝ち目がある相手とも思えない。あくまで目的は、動向を探るだけだ。
ルナは、その隣で、吸血鬼たちの動きに目を光らせていた。――刹那が、吸血鬼に良い思い出がないことを、ルナは知っている。その経験上、ひどく警戒していることも。
刹那がカミロに意識を集中している分、その背後を守るのが、ルナの今の己に課した使命だった。
カミロたち一行は、森の奥へと向かうようだ。追跡を続けながら、風にのって、「ウゲン」「墓所」といった単語が刹那の耳にも届く。そういえば、先ほど由唯もそのようなことを口にしていた。
(ウゲンを探してここに来たということですか。けれども、何故?)
そのときだった。
「そこにいるのは、誰です?」
ルイーゼの言葉に、刹那とルナは息をのんだ。
……しかし。
「私よ。名前は……ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)」
その言葉とともに、姿を現したのは、鮮やかな赤い髪を三つ編みにし、貴族服に身を包んだ、一人の少女だった。
「それと、こっちに俺もいるぜ。鏖殺寺院鮮血隊副隊長だ」
こちらは、仮面をつけた銀色の髪の少年……だが、外見は一見女性にも見える。名前は、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)というのだが、今のところそれを名乗るつもりはない。
咄嗟さに、クリスティがルイーゼをかばうように立ちはだかる。カミロとクリストファーは、微動だにしなかった。
(よかった。こっちが気づかれたわけじゃなさそうですね。けれども、彼らは一体……?)
緊張を解き、刹那は再び、彼らの観察を続けることにした。
「初めまして。以後、お見知りおきいただけると、嬉しいですわ」
ドルチェはそう挨拶をすると、スカートの裾を持ち、優雅に頭を下げた。使い魔のエイレンも、そばに控えている。
「お会いできてよかった。あなたに、協力させていただきたいの」
「…………」
カミロはちらりとドルチェを見やる。その視線に、ドルチェは穏和な笑みを浮かべて返した。
「君も、我々の思想に賛同すると?」
「勿論よ。……私、地球人なんかじゃないわ。生まれながらの吸血鬼よ。地球のことも、好きじゃない」
ぴくりとカミロの眉が動いた。
事実、ドルチェは地球人であり、パラミタの民ではない。しかし、彼女自身は、その育ちのために強くそう信じているのだ。
そして、カミロに近づいたなによりの目的は、自らの家名をあげること……そのためには、強い者についたほうが得策だ。
「来るならば好きにしろ。ただし、助けはしない」
「わかったわ」
それくらいの返答になるだろうとは、予測していた。とりあえず第一段階としては成功だ。この先、化け物や邪魔者もいるだろうが、カミロの強さには敵わない違いないのだし。
さっそく一行に近づいたドルチェに、「面白い子だな」とクリストファーが呟いた。
一方、トライブはさっそくルイーゼに近づいて、その手を取った。
「鮮血隊副隊長……?」
ルイーゼは耳慣れぬ単語を再び口にだし、トライブに対してまだ警戒を解かずにいる。だが、彼はかまわずに口を開いた。
「よろしくお見知りおきを、姫」
気障ったらしく挨拶をすると、白い手の甲にそっとキスをする。ルイーゼは眉をぴくりと動かしただけだ。
「なんだか、森の中はどうも色んな奴がうろうろしているようだしな。俺が護衛に入るぜ。……っていっても、主に俺が守りたいのは、あんただけどな」
さらに、ウインクをひとつ。そんなトライブに、ルイーゼは呆れたようにため息をついた。
「カミロ様……」
「かまわんだろう。急ぐぞ」
ルイーゼは、トライブと同行するのは嫌な様子だが、カミロにそう言われては仕方がない。
「よろしくな!」
ひとまず、カミロ一行に合流することには成功した。トライブはそう、仮面の下できらりと赤い瞳を光らせた。
水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)は、ひょんなことから土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)と森の中で出会った。また、そこに、シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)とミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)の姿もあった。
カミロを探しているという点で、目的は一致している。しかしその目的は、様々ものだった。
「ミネシア、今回はカミロさんと戦いに来たわけではありません。早まった真似はしないでくださいね」
美しい銀の髪を微かに揺らし、シフがミネシアに釘を刺す。小柄な少女はしかし、見た目とは裏腹に「もー、シフは甘いなぁ」とやや辛辣な言葉を返した。
「敵だったら理由がどうあれ、結局は戦うしかないんだよ? ま、好きにすると良いけどさ」
ミネシアの言には一理あるが、とりあえずはシフの言うことを大人しく聞く気はあるようだ。
シフはそれ以上は何も口にせず、冷徹なアイスブルーの瞳で霧に包まれた周囲を注意深く観察している。
そんな二人を、ちらりとエルザルドが見やった。……ミネシアがもう少し豊満な胸ならば、割合と好みなのだが、などと考えつつ。「エル? どうかしたのかよ」
元より鈍感な雲雀が感づいたわけもないだろうが、エルはただ「いや?」と軽く咳払いをして誤魔化した。
「カミロは、現れるでしょうか……」
睡蓮が不安げに呟く。彼女の背後を守るように、ぴったりとついている九頭切丸は、その黒色の装甲の下、何も言葉を発することはない。
「この森に来ているとの情報は得ています」
「リンクスロウ殿、そうなのでありますか!」
「ええ。……しかし、何故あれほどの実力者が、テロ組織になど」
「その通りであります!」
雲雀がエル以外と話す口調は、シャンバラ教導団に入ってから覚えた軍人言葉だが、彼女の小柄な外見からすると相当に違和感だ。
「何かを……得るため、なのでしょうね……」
睡蓮がおずおずと口を挟む。彼女の銀色の瞳は、不安に揺れていたが、その奥には秘めたものを隠しているようだった。
「なにかって、なにを?」
躊躇なく睡蓮に尋ねたのは、ミネシアの方だ。幼い少女に見上げられ、睡蓮は細い指先を口元にやると、「あ、いえ、そんな気がしただけです。ごめんなさい……」と詫び、そのまま黙ってしまった。もとから睡蓮は、ひどく人見知りなのだ。
そこへ。
「ったく、だからこんな森に入るのは止めようぜ。って言ったんだよ!」
「大丈夫ですよ〜。あ、ほら、人が! すみませ〜ん、道に迷ってしまったので良かったらご一緒させて頂けませんか〜? ……て、あ〜、どうも〜!」
迷子とは思えない暢気なテンションで現れたのは、玉風 やませ(たまかぜ・やませ)と、契約者の東風谷 白虎(こちや・びゃっこ)だった。やませは、シフと同じ天御柱学院だ。見知った顔に出会い、やませはにこにこと笑った。
「やませさん。何故ここへ?」
シフの言葉に、やませはのんびりと「なんだか、謎っぽい森があったので〜」と答える。
「あ、そうだ〜。あんパン食べますか〜?」
「私はけっこうです」
「自分は、いただけると嬉しいであります!」
そう、シフが断り、雲雀が立候補したときだった。
ざわり、と空気の色が変わる。白い霧を染め上げるような、黒い『力』の気配。
やませと雲雀のぞいた一同が、同時にそちらの気配にむかって振り返った。……一拍遅れて、あんパン片手にやませと雲雀も振り返る。
「…………」
現れた一人の、長身の男。そして、そばに控える黒い翼の守護天使。一同は顔をほとんど知らなかったが、気配だけでもわかる。その男こそが、カミロ・ベックマンなのだと。
しかも何故か、数人が彼らを守るように控えている。どうやら、裏切り者は案外いるらしい。……そして、ここにも。
「カミロさんですね」
そう口火を切ったのは、シフだ。携えていた武器を地面に放り出すと、敵意のないことを彼に示す。
「お久しぶりですね…と言っても、あなたはご存じないですか。この間のタンカーでの戦闘の際にお手合わせ頂いた者です」
「……そんなこともあったかな」
「単刀直入に伺います。あなたほどの実力者が鏖殺寺院に居る理由は何ですか? テロ組織に加担せずとも良いのではないのですか?」
シフの問いかけに、カミロは口元に薄く笑みを浮かべた。……それはどこか、自嘲めいてもいた。
「私にとっての最良かつ唯一の手段を選んだだけのことだ」
「最良……ですか? それは」
「ああ。君も我々と来ればわかるだろう。いかがか?」
誘いかけたところで、シフが来ないということは承知の上といった態で、カミロはそう促してきた。
「けっこうです」
きっぱりとシフが否定する。しかしその隣から、睡蓮が強く足を前に踏み出した。
「カミロさんに、ついて行くことはできるのですね?」
「睡蓮さん……?」
今までずっと、大人しく九頭切丸の陰に隠れていたような彼女だったが、そう問いかけた言葉は意外な強さに満ちていた。
「私は、イコン研究に携わりたいのです。幸い、ここには葦原明倫館の人間はいません。……スパイとして、働くこともできます」
「おっまえ……!」
驚きに雲雀がいきり立つが、九頭切丸に間に立たれ、同時にエルに制止される。手を出すなと、そう言うように。
「……ならば、来るが良いだろう」
カミロが右腕をあげる。それに誘われるように、睡蓮は九頭切丸とともに、カミロの陣営に移動した。
「さぁ、もう行きましょう、カミロ様」
ドルチェがそう促すと、カミロは頷いた。
「ちょ、ちょっと待つであります!」
雲雀が引き留めるが、彼らの姿は霧の中へと解けていった。
ちょろちょろとカミロについて行こうとするやませのことは、シフが止めた。
「やめなさい。裏切るつもりなら、止めはしないけれども」
「え〜、そんな〜」
やませは、ただ森の案内をしてもらいたかっただけなのだが。まぁでも、シフたちとともにいても、帰ることはできるだろう。
「いいから、大人しく帰ろうぜ」
白虎にもたしなめられ、やませはそうすることにした。
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