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黒薔薇の森の奥で

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黒薔薇の森の奥で
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 ――墓所。またの名を、聖地。
 吸血鬼たちは、ここへは立ち入らない。邪悪な生き物も、また、存在しない。
 この黒き森の中で、たったひとつ、静寂な場所だ。
 黒薔薇が咲き乱れるここが、何故そう呼ばれるのか。
 理由はただ一つ。……ここに、ウゲンその人が眠っているからだ。
 黎の呼びかけもあり、ウゲンの元を目指す薔薇学生徒たちは、大きな固まりとなっていた。
 やや遅れて歩くグループには、榧守 志保(かやもり・しほ)骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)そして護衛とついてきた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がいた。
 詩穂は女性で、空京大学に所属しているが、今は男装の麗人、騎沙良 詩音と名乗っている。
 本当は、薔薇学の華麗な日常を(腐った目線から)愛でたいという動機でもって、校舎侵入の上で楽しんでいたのだが、その際に校長からの命令を耳にしたのだ。
 皆様にお仕えするメイド(男装の以上、執事かもしれないが)としての使命は、やはりお助けをすること! ……との理由で、詩穂は薔薇学生徒たちと同行してきたのだった。
「皆様、もうすぐのようですね!」
 明るく声をかける詩穂に、志保が微苦笑を浮かべた。
「吸血鬼にもあわないで済んだし、まぁ、よかったな」
 ……といっても、志保は自分が吸血鬼に襲われるタイプではないと自覚している。契約者の、骨右衛門にいたってはなおさらだ。志保は年よりもやや老けた印象がある、という男なだけだが、骨右衛門はなにせぼろぼろの鎧をまとった骸骨だ。ご丁寧に今日は、折れた矢まで刺さっている。校内でたまに見かけてもぎょっとするのに、こんな森の中では、正直……怖すぎる。
 とはいえ、骨右衛門本人は、なにより心霊現象が苦手なのだが。それに関しては、志保も同様で、『実体のあるなし』がその恐怖の分かれ目らしい。
 この森の場合、薄気味悪いだけで、出てくるのは化け物と吸血鬼だから、それほど怯えずには済んでいる。
 一方、骨右衛門の外見がどうにも苦手なサトゥルヌスは、なるべく美しい黒薔薇を見るようにしていた。志保がああいったのは、いかにもサトゥルヌスが吸血鬼に好まれそうな外見の美少年だからだ。
「やっぱり、黒薔薇が前に咲いていた場所より、ずっと奥だね。……でも、ここも薔薇は綺麗だな」
 美しいものが好きなサトゥルヌスは、そう言うと可憐に微笑んだ。
「そうですね! とっても綺麗です」
「だからここを選んだのかな……こんな、森の奥で」
 詩穂の相づちに、サトゥルヌスは人見知り故に短く返すと、その続きは内心でだけ呟いた。
(どうせなら、普通に屋敷の地下とかで寝てればいいのに……面倒だなぁ)
 ……『面倒』のほうが、正しく少年の本音であった。
 ただ、もうそろそろ目的地にはたどり着けそうだし、校長の命令を遂行することはできそうだ。
(さっさと見つけて、早く帰らないとね)
 その頃には、かなり遅くなってしまいそうだ。今まで来た道のりを引き返すことを考えると、少しばかりサトゥルヌスは憂鬱になった。
 しかし。
「……退け」
 背後からそう声をかけてきたのは、カミロだった。ついに追いつかれてしまったのだ。
「わ……!」
 サトゥルヌスが驚きの声をあげる。みなぎらせた気の力に、それだけで後ずさってしまう。そんな彼を、咄嗟に詩穂が背後へと庇った。
 志保と骨右衛門も、息をのんでいる。
「皆様、ここは私に任せてウゲン様の元へ!」
「あ、ああ」
 先を行く生徒たちにも、伝えなければならない。志保はサトゥルヌスの腕をとると、骨右衛門とともに駆けだした。
「…………」
 無表情のまま、さらに足を進めようとするウゲンの前に、詩穂が立ちはだかる。
「たった一人で、なにをする?」
「倒せるとは思ってません。足止めができれば充分です。……私は騎沙良詩音!皆様を守るためにイエニチェリを目指す騎士です!」「……イエニチェリを、か」
 カミロが微かに微笑んだ。その意味を考える前に、詩音は両足に力を込め、先ほどまでとうってかわった『強者』の光をその瞳に宿した。
 剣戟の音が、鋭く響く。華奢な少女の身体とは思えぬほどの『力』でもって、カミロとのつばぜり合いを詩穂は繰り広げる。……しかし、思わぬ邪魔が入った。ルイーゼの補助があるだけではない。トライブの攻撃と、変わらず背後から見守る、秀臣の仕業だ。
「く……っ」
 一対一であれば、あるいは。しかしそれは、今さらどうにもできないことだった。