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リアクション
聖地は、元通りの静寂を取り戻した。……かのように、見えたが。
「出遅れたようだな」
榊 孝明(さかき・たかあき)が、誰もいない墓所を前に、ため息まじりに呟いた。
「そう、みたいだな。ごめんな、榊ちゃん」
桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)がそう詫びると、孝明は「何故謝るんだ?」と返す。
「だって、会いたかったんだろ? カミロに」
「……また機会はあるだろ」
孝明はそう言うが、落胆していることは景勝には明白だった。
景勝がこの森にやってきたのは、孝明に同行を頼まれたからだ。なんでも、どうしても尋ねたいことがあるらしい。
「ただ、景勝、すまないが…」
「あー、そんときは気にしなくていいから、話続けてくれ。俺はなにもきーてねーよー?」
「……ありがとう」
心から礼を言う孝明の姿に、景勝はなおのこと、彼の真剣さを感じたのだが……。
残念ながら、願いを叶えることはできなかったらしい。
「本当に、残念です」
景勝の隣で、しみじみとリンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)が呟き、肩を落とした。だが、こちらは孝明とはかなり事情が違う。
「……ニーバーは、カップリング考察のためだろ」
「景勝さん、そこは大事なところです」
リンドセイはきっぱりと言い切ると、一気に語り出した。
「私にはルイーゼさんが男の娘にしか見えません。カミロ×ルイーゼさんでルイーゼさんが気の弱そうなルイーゼさんに言い寄り、双方楽しんでると私は見ました! ですから、是非男の方なのかどうか、確認したかったんです!」
「わかったから、そんなに力説すんなよ……」
聞いている景勝のほうが、なんだか恥ずかしくなる。第一、今はとうていそういう空気ではないと思うのだが。
「ところで、確認って、どうやってするつもりだったんだ?」
「え、もちろん、こうですよ」
と、リンドセイは、両手を空中でもみもみと動かした。……直接胸を揉むつもりだったらしい。
「…………」
そんな二人をよそに、孝明は空虚な墓所を見つめたままでいた。
孝明は、カミロに尋ねたかった。信念のためとはいえテロリズムに参加していることに疑問は無いのか、と。
また、寺院とエリュシオンとの関係についても。
何故そう尋ねたいのか。その理由の一つは、結局は自分自身に、迷いがあるからなのだろう。
孝明には寺院の活動については理解できないが、今の体制が必ずしも理想じゃないことくらいはわかっているつもりだった。
しかし、問いかけに答えはなく、結局は自分自身で、道を見つけ出す他にないのかもしれない。
(孝明……)
そんな孝明の背中を、益田 椿(ますだ・つばき)がじっと見つめていた。
(寺院側のエースパイロットと、結局話したところで分かり合えるものじゃないと思うけど……孝明の気持ちの整理が必要ってところかしら)
契約者だけあってか、椿はそのあたりをきちんと理解していた。とはいえ。
(……まあ、正直あたしとしてはどうでも良いけど)
そう、内心で付け加えていた。
「孝明。もう帰ろう。いつまでもこんな所にいたって、もう意味ないよ」
彼が傷つけば、自分にも影響がある。早いうちに引きはがしてしまいたくて、椿はあえてそう口にした。
これ以上孝明のこんな姿を見ていたくないという、そんな思いも、奥底にはあった。
「そうだ、な」
大人しく孝明は頷き、彼らに向かって踵を返す。……が、そのときだった。
「わーっはっはっ! 主人公とは、常に最後に現れる者だっ!」
黒薔薇の森にこだまする自信たっぷりな笑い声。
「そこの貴様っ!全身黒できめているようだがまだまだだっ! ……と、違うか。マントで決めているようだが、まだまだだっ!」
ビシッと孝明を指差すその人は全裸に薔薇学マントの変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。人の気配に、あわてて登ったのか、ぜいぜいと肩で息しをしつつも、木の枝に仁王立ちしている。
「な、んだありゃ」
「きゃああ!!」
景勝が呆然とし、椿は悲鳴をあげた。……だが、変熊仮面は怯まない。
「飲んだら乗るな!飲みすぎちゃったらイコンの力! ……とうっ!」
意味が半ばよくわからないことを口走りつつも、華麗に黒薔薇の墓所に飛び降り……たが。
バキベキボキベキバキ。
「……………」
見事に着地に失敗し、黒薔薇の茂みにつっこんだ。
「……ふ、トラップをしかけておくとは、卑怯なり。カミロとやら、貴様は所詮その程度の男か!」
茨に全身血まみれになりつつ、変熊仮面が立ち上がる。
「いや、トラップというより君が勝手に落下したわけで、しかも俺はカミロじゃない」
つい冷静に孝明がつっこんだ。
「なに!? ……じゃあ、お前だ!」
「えと、俺は桐生 景勝ってもんだけど……」
「もう、なんなの!? なんなの、こいつー!!」
椿は半ばパニック状態だ。
「まぁ、もう誰でもいい! とにかくこの美しい俺様の肉体を見よっ!」
バァサッ!
変熊仮面のマントの下の全裸は、全身に吸血鬼のキスマース、触手植物が絡まったままであった。
……ここまでの苦労が伺い知れる。なるほど、そのせいで遅れたのか……と、誰もが納得した。
「な、なんだ! その態度はぁ!」
「っていうか、うるさいのよ、あんたぁ!」
完全にキれた椿が、サイコキネシスでもって、あたりの小石やら葉やらを変熊仮面に浴びせかける。
だが、その場の誰も、椿を止めるつもりはなかった。
「い、た! 細かく痛っ! しかし、カミロがいないのなら仕方がない。 さては私の美しさには適わないと逃亡したか。賢いやつめ……。では諸君、さらばだ!」
再び高笑いとともに(襲いかかる石つぶてに背中を丸めつつ)、変熊仮面は華麗に退場していった。
「……なんだったんだ……」
彼の消えた森を見やり、景勝が呟いた。なんだか、疲れた。がっくりと疲れた。
その横から、瞳をキラキラさせながら、リンドセイが尋ねてくる。
「景勝さん。今の方は、受かしら、攻かしら?」
「……どっちでもいいだろーーーーー!!!!」
景勝の心からの叫びが、森の中に虚しく木魂していった……。
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