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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。

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第十章 空に咲いた花は枯れ落ちる。


「瀬蓮ちゃん」
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)に声をかけられて、瀬蓮は顔を上げた。
「わ、先生の浴衣姿、きれいっ」
「そう? うふふ、ありがとう」
 あゆみの姿は浴衣姿。濃紺に白の波模様、色々な種類の小花が舞う、ちょっとモダンな柄のもので。
 それはあゆみの柔らかな雰囲気にとてもよく似合っていた。
「あ、でも、きれいよりも可愛いかもしれないですね〜」
「うーん、私、もういい年齢なんだけどな」
「瀬蓮ちゃん、ボクは?」
 あゆみの隣でメメント モリー(めめんと・もりー)がぴょこぴょこと飛び跳ねる。その恰好は、紺に絣の甚平だ。マスコットみたいで、とっても可愛い。
「モリーくんも、すっごく可愛いよ」
「ボク、カッコイイって言われたかったな」
「もちろん。カッコイイのは当然だよ」
「へへ、ホント?」
 モリーが嬉しそうに笑った。
「そうだ! かき氷買ってきてあげる! ボクイチゴ味が好きなんだ、瀬蓮ちゃんとアイリスちゃんは何味が好き?」
 申し出に、かき氷屋の屋台に居た志方 綾乃のことを思い出して。
「…………」
 黙り込んでしまった。
 表情の陰りにあゆみが気付いたらしく、
「瀬蓮ちゃん。私ね、花火が綺麗に見える場所を知っているの。アイリスちゃん、モリー。一緒に行きましょう?」
 優しく優しく、声をかけてきて。
 こくり、頷いて前を歩くあゆみの後をついていく。
「ここ。よく見えるのよ」
 案内された場所は、少し高台にあり空が広く見えた。必然的に花火も良く見える。
 大輪の花を眺めながら、しばし黙り。
「瀬蓮ちゃん」
「……はい」
 あゆみに声をかけられた時、何か言われるのかな、と少し身構えて。
「この先あなたの立場が変わってしまったとしても、私が瀬蓮ちゃんの将来の夢を、未来を応援したい気持ちは変わらないわ」
 構えを、やんわりと解かれた、気がした。
「応、援?」
「私ね。瀬蓮ちゃんくらいの年の頃はピアニストになることが夢だったの」
 けれど今、あゆみは先生だ。優しくて、素敵な、お姉さん先生。憧れの、先生。
「難しかったの。いろいろね。結局、今こうしてピアノの先生になったのだけれど。弾き方や、曲を子供達が楽しみながら覚えてくれるのがとても嬉しかったわ。
 私は、夢と違う方向に進んでいったけれど。進んだ先には新しい喜びもあるのよ」
 わかるんだ。だけれど、はい、と素直に頷くこともできず。
 静かな時間。
「ずっとね、シャンバラの子供達を守るにはどうしたら良いか、考えているの」
 沈黙を破ったのは、あゆみの言葉。
「どんな生まれや環境の子でも、お腹いっぱいご飯を食べられて、安心して眠れる家があって、望む限りの勉強が出来る……そんな国になれないかしらって」
 それは、当り前のようで難しいこと。
「瀬蓮ちゃんも、良ければ一緒に考えて欲しいわ」
 にこり、笑ったあゆみの顔。
 私には何ができるだろう?
 瀬蓮は自問する。
 私には何ができるだろう?
 答えはまだ、出ない。

「せっかくのお祭りだから、楽しんだ方がいいのに」
 モリーは、あゆみと瀬蓮を見て呟く。
 なんだか難しい話をしているなぁ、というのがモリーの感想だ。
 お祭りなんだから、笑って遊戯を楽しんで、かき氷で舌を青くしたり緑にしたりしてへんなのーってからかい合えばいいのに。
「難しいな」
「アイリスちゃん。……難しいの?」
 問い掛けに、彼女は曖昧に微笑んだ。モリーは、その笑みの意味までは理解できなかったけれど――ただ、なんとなく深く突っ込まない方がいいのかな、と思った。
「アイリスちゃん」
「うん?」
「アイリスちゃんが、皇女様でも、神様と一緒に過ごしていたことがあっても、シャンバラが東西に分かれちゃっても」
「……うん」
「今、アイリスちゃんは祭りを楽しんでいる一人の女の子なんだ。可愛い浴衣を着た、一人の女の子なんだよ」
 だから、楽しんでほしいな。
 答えは、さっきのような曖昧な笑みではなくて、嬉しそうな笑みだったから。
 なんだか、モリーまで嬉しくなった。


*...***...*


 逢えるかな。逢えるといいな。
 そう、エース・ラグランツはずっと思っていた。
 夏祭りに参加したのだって、アイリスさんと高原が来ると聞いたから。
 ちゃんと挨拶をしておきたかった。
 いろいろと、変わってしまったから。
 さすがに学校に忍び込むのは憚られるし、逢えなかったら――困ったなぁ、と思っていた、祭り終盤矢先のことである。
 アイリスと瀬蓮を、見つけられた。
「アイリスさん、久しぶり」
 声をかけると、「や」と片手を上げて挨拶された。
「久しぶりだね、エース」
「元気だった?」
「僕は元気さ。君こそどうだい?」
「見てのとおり元気だよ」
「元気? そうかな、浮かない顔をしているように見えるけれど?」
 どきりとした。
 あれおかしいな。笑みを作っていたつもりだったのに。隣を歩くエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)にだって、突っ込まれはしなかったぞ。
「僕の前で無理しなくていい」
「……敵わないなぁ」
「ふふ」
 そっちだって、いろいろと大変なんだろう?
 どうしてそんなに、人の事構っていられるの。人の表情に気付けるの。
 本当、敵わない。
「実は先日、蒼空学園へ転校したんだ」
 打ち明けると、アイリスが驚いた顔をした。
「……それは、……」
 そして次に言うべき言葉を探すように、途中で途切れる声。
「西シャンバラに行く。だから、今までのようには百合園に遊びに行けないと思う。今まで、……」
 今までいろいろと楽しかった。ありがとう。
 予定では、そこまでさらりと。それはもうカッコよく言うつもりだった。
 つもりだった。
 言葉が出てこない。
 もう逢えないかもと思うと、その言葉を言い切れない。
 馬鹿。きちんと、お礼とお別れを言わないと駄目だろう?
 わかっているのに。
「これ」
 先に、渡す物を渡そうなんて。
 別れの言葉は後に回そうなんて。
 ちっちゃな考えだなぁ、なんて。
「今までの感謝の気持ち」
 白のアルストロメリアと、勿忘草の小ぶりな花束。
 アイリスと、瀬蓮に各々渡して、……嬉しそうな顔をしてもらえると思ったのに、あれどうして二人とも悲しそうなんだ?
「そんな、今生の別れみたいに言うなよ」
「……まさか、そんなつもりないさ」
「エース。君は今、自分で思うほど笑えていないよ」
 そんな馬鹿な。にっこりと、今までにないほど上手に笑顔を浮かべているつもりなのに。こう、にっこりと。そう、にっこりと。
「僕は、シャンバラを統一できるように、努める」
「……」
「また、気軽に行き来できるようにする。だから今までありがとうなんて、言わないぞ」
 ふわり、甘すぎない甘い香り。すぐ近くにアイリスが居て、
「言う言葉は、また会おう、だ」
 耳元で囁かれた。
 声が、離れない。
 彼女は、離れていく。
「……っ、また! いつか絶対、また会おう!」
 ひらり、手を振られた。
 また明日、とでも言うような、そんな気軽さで。

 エースはどうやらアイリスさんが気になるのですね。
 今日一日、ずっとデジタルビデオカメラで動画撮影や写真撮影をしていたエオリアはそう思った。
 アイリスに会うまでは視線がふらふらふわふわとさまよい。
 アイリスに会ったら、瀬蓮を見たりしながらもアイリスばかりを目で追って。
 きっと、転校も心残りだろうなと推測する。
 内緒だけれど――転校理由は、エースが将来地球に帰れないと困るから、だ。
 実家にいずれ帰らないといけない。
 パラミタでは自由にやっている彼だけれど、地球でのしがらみを無視する事はできないようで。
 無視できたら、よかったのだろうか?
 ふと、思う。
 どうなのだろう。
 たらればなんて、存在しないからわからないけれど。
 エオリアにできることは、思い出を形に残すことだ。
 エースが好きな女性の、綺麗な姿を残すことだ。


*...***...*


 夏祭りももう終わりに近づく。
 そんな、大量に上がる花火の中、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は瀬蓮とアイリスを見つけて一緒に花火を観る事にした。
「瀬蓮ちゃん、花火綺麗だねー」
「そうだね、美羽ちゃん」
「やなことも全部、花火みたいに綺麗に吹き飛んじゃったらいいのにね」
「でも、吹き飛んじゃったら大変だね」
「そっか」
「そうだよ、打ち上げるのも労力が要るっていうもの」
 のんびりとした会話。
 後ろでは、アイリスと、パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が話している。
 花火が上がる。
 瀬蓮は、静かにそれを見上げている。
 隣で美羽は、何を考えていたかというと。
 何も考えていなかった。
 何も考えていなかったけれど、ただ、瀬蓮の手を取って。
 一歩前へ。
 二歩。三歩。早足。走り出す!
「み、美羽ちゃん!?」
 瀬蓮が驚いた声を上げるけれど、構っているほど考えていられなかった。
 何もない、まっさらの頭に浮かんできたことは、これまでのこと。
 エリュシオン帝国。
 謀略。
 それによってシャンバラで起こったこと。
 混乱。
 帝国が黒幕だった、鏖殺寺院による破壊と殺戮。
 シャムシエルが糸を引いていた、十二星華による争乱。
 いろいろ、見てきた。
 胸が締め付けられるような悲劇を、たくさん、見てきた。
 今でも悲しくなるし、苦しくなるし、帝国を許すこともできない。
 なのに、ヴァイシャリーは帝国寄りの立場になった。アイリスは龍騎士として総督に就任することになった。
 瀬蓮ちゃんはどうなるの?
 そのことばかりが、ぐるぐると回る。
 帝国のことは、許せない。許せるわけがない。これからだって、帝国と対立していく。
 でも瀬蓮ちゃんは?
 帝国寄りの立場になっちゃうの?
 私から離れていくの?
 そう思うと、怖い。
 ひどく、怖い。
 ――このまま、逃げちゃおうか。
 そう言ったら、瀬蓮はなんと言うだろうか。
 一緒に逃げてくれるだろうか。
「美羽ちゃんっ!!」
 瀬蓮の声で、はっと我に返った。慌てて瀬蓮の手を離す。瀬蓮の手も、美羽の手も、真っ赤になっていた。
「あ、……ごめん」
「ううん、平気。どうしたの?」
 にこりと笑って瀬蓮は訊いてくる。
 辛い立場なのに。誰かから不満をぶつけられてもおかしくないような、辛い立場に居るのに。
 それでも笑って、美羽のことを気遣ってくる。
「やだよ……」
「え?」
「私、瀬蓮ちゃんと離れたくないよ……」
 じわり、視界が滲む。
 瀬蓮の顔が、ぼやける。
 ここに居るのに、見えなくなる。
「いやだよぅ……」
 手を伸ばして、瀬蓮に抱きついて、ぎゅっと抱きしめて。
「ずっと一緒に居てほしいよ……!」
 ようやく言えたと思ったら、涙も嗚咽も一緒に溢れてきた。

 美羽が瀬蓮の手を引いて、はぐれて行ってしまった。
 ベアトリーチェはアイリスと一緒に人混みを探す。
「居ないですねえ……」
「人混みがすごいからな……花火も終わったし、そろそろみんな帰るとは思うけれど」
 この人混みでは見つかりにくいと、大きな道から少し逸れて人混みを見ることにした。美羽や瀬蓮を見かけたら、呼び止めて合流するつもりで。
「ごめんなさい、美羽さんが……」
「気にすることはない。彼女にも思うところがあるんだろ?」
「……美羽さんは、瀬蓮さんのこと、大好きですから」
「知ってる。セレンも妬けるよな、愛されてるよ。本当に」
 小さく、ごく小さな声でアイリスがごめんと呟いた。
 ベアトリーチェは聞こえないふりをする。誰に言ったものかも、わからないふり。
「私は、美羽さんだけじゃなくて……瀬蓮さんにも幸せになってほしい。
 美羽さんも、瀬蓮さんも、もちろんアイリスさんも私も。みんな、友達と一緒に笑顔で過ごせるような……そんな幸せを願っています」
「僕も同じ気持ちだ」
「! 本当ですか」
「本当だよ。だから尽力する」
 どこまでできるか、わからないけど。
 なんて、アイリスにしては珍しい弱音を訊いてしまって。
「待っています」
 大丈夫ですよ、とも、頑張ってください、とも、言えないから。
 ただ、待ちますと。
 今こうして、美羽や瀬蓮を待つように。
 来るかわからないものでも、待っています。

「私。瀬蓮ちゃんが好き。好き。だから離れたくない。ずっと一緒に居たい」
「美羽ちゃん……」
 抱きついて、泣きながら訴えてくる美羽の背中を、瀬蓮は撫でる。
 ただ、優しく撫でる。
 ここまで求めてもらえる事が、嬉しい。
 嬉しいけれど、
「……ごめんね」
 それには応えられない。
「どうしてっ!?」
「だって瀬蓮は、アイリスのパートナーだよ!
 アイリスにだけ、辛いこと、押しつけられないよ……」
「瀬蓮、ちゃん……」
 ごめんね、と思う。
 泣かせちゃってごめん。期待している答えをあげられなくてごめん。様々な、ごめん。
 だけれど、駄目なんだ。無理なんだ。
 視界がぼやけた。
 ずっと我慢してたのに。
 あんなこと言うから。
 嬉しくて、苦しくて、悲しくて、胸が締め付けられるようなことを言うから。
「瀬蓮だって、美羽ちゃんと離れたくないよ。できるならずっと一緒に居たいよ。
 でも、できないんだよ。一緒に居たいけど、できないんだよぉ……」
 そうやって、弱音を吐いて、美羽の胸に顔を埋めて。
 泣きじゃくったら、美羽が背中を撫でてくれて。
「ごめんね」
 謝られて、頭を振った。
 謝ることないんだ。誰も悪くないんだ。
 ただ私達は、一緒に居たかっただけなんだ。
 だけどそれは叶わない。
 悔しくて、悲しくて。
「ごめんね」
 同じように謝って。
 同じように頭を振られて。
 ああ、そっか、美羽ちゃんもこんな気持ちだったのかな。
 なんて、ちょっとでも理解したふり。
「私、手紙書くよ」
「うん」
「届かなくても、毎日、瀬蓮ちゃんに手紙、書く」
「うん」
「会いに行けそうなら、いつでも飛んでいくよ」
「うん」
「だから、今だけ」
「うん」
 今だけ泣かせてね。
 今だけ弱い女の子で居させてね。
 そう言って、二人で、泣いた。


*...***...*


 花火が終わって、人も居なくなって。
 残る静寂。
 火薬の香りと、たくさんの人が居た痕跡と。
 祭りの後は、寂しさが残るけれど。
 たくさんの想い出も、確実に残るから。
 だからきっと、寂しい事がわかっていても祭りはあるし。
 参加する人も居て。
 ずっとずっと続いて行くのかな、なんて。
 来年も、来れるのかな、なんて。
 答えが肯定的であることを、ただ祈る。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいははじめまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 夏が終わりますね。早いですね。びっくりですね。
 まあ灰島は、暑さに弱い生き物なのでそれ自体は別にいいんですけど(夏が好きな人ごめんなさい)。
 夏祭りや花火、浴衣などの和は好きでして。
 だけれど、今年は夏祭りの日、せっせと生活費を稼いでいたわけで――不参加です本当にありがとうございました嬉しくないっ!
 というもやもやを晴らすための、夏祭りシナリオでした。
 どうも皆様付き合っていただいてありがとうございます。

 カップル様でオデェトしたり。
 お友達同士でいらっしゃったり。
 カップル未満の甘酸っぱい感じだったり……!
 もうねもうね、ニヤニヤしっぱなし筆進みっぱなし。大変でした。
 それと人形師さんにアクションかけてくれた人ありがとうございますすげー可愛かったです(※親ばか)。

 やっぱり私はキャラとキャラの絡みが大好きなようです。
 すごく楽しんで書かせていただきました。
 その楽しさを、読んでいる皆様にもお裾分けできたらいいなあと思います。

 相変わらず、本文が長ければマスターコメントも長いですね。そろそろ自重しておきます。
 今回もご参加いただきました皆様。
 素敵なアクションをくださった皆様。
 文字数制限のあるアクション欄で、わざわざ灰島に私信を下さったあの方やこの方。灰島は夏バテも夏風邪も引かず、元気っ子で自重できないあほの子です。ありがとうございます。
 ぜひまたお会いしましょう。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。