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ゴリラが出たぞ!

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第2章 スーパードクター梅の総回診です・その3



 何も食べずに昼過ぎともなれば、スーパードクターもお腹が減る。
 ランチタイムの代役に抜擢されたのは、見るからにヒマそうな偽医学生の如月正悟だった。
「いや、俺に診断しろって言われても……」
「これまでの診察を見てきたならやれるはずだ。アエロファン子くんもついてる、心配はいらない」
「はぁ、まぁ……」
 なんだか自信満々に説得されて、正悟は心ならずも代役を引き受けた。
 これまでの診察からたぶん反論は受け付けない、とスーパードクターの性格を判断したのである。
 椅子に腰掛けると、すぐに次の患者である浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)がやってきた。
「あれ、なにやってるんですか、こんなところで?」
 予想だにしてなかった患者に、正悟は思わず「ゲッ!」と言ってしまった。
 実はこの二人、顔見知りなのだ。
 しかし、正悟はトラブルがあった時のため、他人の空似でこの場をやり過ごすことに決めた。
「人違いですよ。俺は『田中』って名前なんです。だから、医療ミスがあったら田中が悪いんですからね」
「……何を当たり前のことを言ってるんです? ですが、私の知り合いによく似ていますよ」
「そ、その話はやめましょう。それで、浅葱さん、どういった悩みがあるんです?」
「その……、よく年寄り臭いって言われるんです。おそらく言動が酷く丁寧なのと珈琲好きが影響しているのではないかと思うのです。因みに珈琲にはカフェインタンニンカフェー酸等が含まれていて眠気や疲労感を取り中枢神経を刺激して呼吸や運動機能を高める効能や……(中略)……とこんな風に珈琲は素晴らしいのですよ!」
「って、いきなり話が脇道に逸れてる! ダメだこの子、早く何とかしないと……!」
 パートナーの北条 円(ほうじょう・まどか)は疲れた様子で頭を抱えた。
「申し訳ありません、話が逸れましたね。そして、【蒼空サッカー】での『人生の味』発言で一気に疑惑が表面化した感じなんです。そこで年齢偽証疑惑を解くにはどうすればいいかと友人に相談した所、脱げば解るさ、と言われましたので、【泥魔みれのケダモノたち】で実際に脱ぎ、疑惑を解いたと思ったのですが……」
 予想外過ぎる告白に、円は口からスプレーショットのように唾液を飛ばした。
「ちょ、ちょっと翡翠、脱いだって何!? そんな話私は聞いてないわよ……?」
「言ってませんから」
「嫁入り前……じゃなくて、婿入り前にそんな破廉恥な真似をしたなんて、お姉さん許しませんからねー!?」
 やれやれと肩をすくめ、翡翠は正悟に言った。
「先生、どうすれば渋いだの若年寄だの、挙句の果てにはおじいちゃんとか言われなくなりますか?」
「うーん、そうだなぁ……、オッパイ党に入党してみるのはどうでしょう。やはり性というのは若さのシンボルですから。枯れたイメージを払拭するためには、性欲がヤバイんだぞってところをアピールしていかないと」
「治療と引き換えに、なんだか大切なものを失ってしまいそうです……」
 翡翠はオッパイ党の資料を受け取り、なんだか複雑な顔で去っていった。
 初診察はわりかし上々のようである。
 続いて診察室に、琳 鳳明(りん・ほうめい)とパートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が通された。
「先生! スーパードクター梅先生! 私の妹分の天樹ちゃんが大変なんですっ!」
「琳さん、落ち着いて下さい」
「……あれ? 梅先生じゃないんですか?」
「スーパードクターに後を任された男、ドクター田中です。で、どうされたんですか?」
 実は……と言って、無口なパートナーの異常な性癖について語り始めた。
「きっかけは【少年は空京を目指す】でした。天御柱学院の教官の指折って、逃げてきたなんて言ってたから、もしやって思って注意して天樹ちゃんを見てたんです。そしたら、なんだか私のこと見てる時も、街中で他の人見てる時も、いっつも肘とか膝とか肩とかジッと見てるんです。試しに「天樹ちゃんは肘とか膝が好きなの?」って聞いたら「(……うん、好き。……外したくなる)」って悪びれもせずに素直な答えが返ってきちゃって……」
「それはまた難儀な趣味ですね……」
「気づくのが遅れたのは、私の観察不足だったと思います。教導団の近接格闘教練だと組んでからの練習は異様に上手かったり。一度間接技や締め技を極めたらタップしてても中々外さなかったり。私の隣で寝てると、たまに寝ぼけて私に間接技極めてきたり。一度、後ろから抱きつかれたと思ったら私気絶してて……後で聞いたら締め落とされてたらしかったり……って、ああ、なんで今まで気づかなかったんだろう!」
 語れば語るほど、鳳明は自分の観察眼のなさに憤る。
 そんな鳳明の様子に、天樹は自問を繰り返した。
「(ボク、おかしいのかな……? でも、間接って、面白くて格好よくて可愛いよ……? 間接を基点に曲がったりするのに、反対側に曲げると外れちゃうんだよ……? ひっぱりすぎても外れちゃうんだよ……? 強引に外すと、ペキッていうけど……、上手く外すと、ポコッていうんだよ……? ダメなの……?)」
 彼女は悲しげな表情で、小さな手を正悟の手に重ねた。
 美少女のはかない手の感触に正悟ははっとする。
 そうだ、この子は俺に助けを求めてるんだ。スーパードクターのいない今、助けられるのは俺だけじゃないか。
 新たに情熱を燃やした瞬間、ポコッと音を立てて、彼の指があらぬ方向に曲がった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 悲鳴を上げる間もなく、今度は手首がおかしな方向に曲げられた。
 さらに天樹の趣味の時間は続く、肘まで手を伸ばし、あっさりと関節を外した。
「だ、ダメよ、天樹ちゃん!」
 慌てて鳳明が止めた時には時既に遅く、正悟はショックのあまり気を失っていた。
「あわわわわわ……! し、しっかりしてくださいー、田中先生ーっ!」
「(……満足)」
 部屋の中を右往左往する鳳明を横目に、天樹は鼻息荒く精神感応で呟いた。


 ◇◇◇


 正悟がタンカで運ばれていったあと、スーパードクターはランチから帰還した。
 アエロファン子から事情を聞き、最近の学生は根性がないと全否定、スーパードクターはとても厳しい。
 そして、愛用の椅子に腰掛けるとすぐに新たな患者、国頭 武尊(くにがみ・たける)がやってきた。
「先生、聞いてくれよ。最近、パートナー達のオレを見る眼がちょっと変なんだ」
 深々とため息を吐いてこぼす言葉に、スーパードクターは眉尻を上げた。
「普段と違ったことをしている心算はないんだけど……、オレのことを『パンツドランカー』とか言うんだよ」
「しかし、そう呼ばれるには理由があるはずだ」
「うん、まぁ……、たぶん発端は【空賊よ、星と踊れ‐ヨサークサイド‐2/3】での行為だと思う。そして、【空賊よ、星と踊れ‐ヨサークサイド‐3/3】を経て、【決戦! マ・メール・ロア!!】が決定的だった。あいつらのオレを見る眼が変わったよ。表面上は変わってないように見えるがオレにはわかる、アレは人を哀れむ眼だ」
 スーパードクターはカルテで事情を確認し、武尊の異常な遍歴に言葉を失う。
「……だから、先生。オレが正常ってことを証明して下さいよ。正常の診断書を見せれば、連中も納得すると思うんだ。今日はセンター街のカリスマギャルのカリスマパンツを狙うのを止めて来たんだからさ、頼みますよ」
 しかしながら、スーパードクターは神妙な面持ちになった。
 ふとカリスマパンツを狙ってしまう病状が、その深刻さを如実に語っていることだろう。
「無意識にパンツを求めるパンツドランカーの末期症状が出ている。気の毒だがもう手遅れだ……」
「え……、ま、待ってくれよ、先生。パンツドランカーってほんとにあんの!? つか、末期!?」
「君の装備欄を……、その手に握ってるものをよく見てみたまえ」
「はぁ? 手って……ふおおおぉぉぉぉ!!! なんで、ティセラのパンティーがこんなところに!!」
「国頭さん……、あんたのその手はパンツを掴めと輝き叫んでいるんだよ!」
 よろよろと膝をつき、床をおもくそ殴りつける。
「クソ! オレの身体はもうパンツなしじゃ生きていけねぇのかよ!」
 現実の苦さに頭を抱える武尊だったが、その耳にゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。
 むっとして振り返ると、扉のところに瀬島 壮太(せじま・そうた)が立っている。
「ゲッ……、瀬島壮太……!」
「パ、パンツドランカーって……ぶっはっはっは! お、おまえ、そんなアホな病気にかかってたのかよ!」
「ひ、人の不幸を笑いやがって……、この野郎……!」
 悔しい。けど、ちょっと言い返せない。自分でもアホな病気だって知ってるから。
 ひとしきり武尊をからかうと、荘太はソファーにどっかと腰を下ろした。
「よっ、センセー。そんな末期患者はほっといて、とっととオレの診察をすませてくださいよ」
 彼もまたスーパードクターの診療を求め、やってきた患者のひとりである。
 詳しい事情を尋ねると本人ではなく、パートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)が答えた。
「壮太が時々おかしな行動を取るんです。でも、本人はそのこと覚えてないみたいで……」
「おかしな行動とは、具体的にどんな行為なんだね?」
「ワインボトルとか向日葵を手に持って、自分の股間にあてがいながらオレの光条兵器! って叫ぶんです」
 その瞬間、スパコーンと荘太の後頭部を、武尊は殴りつけた。
「何がアホな病気だ、コラァ! てめぇのがよっぽどアホな病気じゃねぇか!」
「う、う、う、嘘だっ! デタラメだ! そんなアホな病気があってたまるか!」 
 とは言え、カルテには証拠となる【ンカポカ計画】の第一話と二話がしかと記録されていた。
 全力で真実から目をそらす荘太に対し、ミミは真剣にスーパードクターに懇願する。
「このままじゃ荘太が社会で生きていけません。時と場所を問わずに発症しちゃうし……、何かあってからじゃ遅いんです。コウゼンワイセツ罪とかで警察や自警団につかまっちゃう前に何とかしてあげてください」
「おい、やめろ! これ以上、オレの爽やかなイメージを破壊すん……な……」
 その途端、トロロ〜ンと荘太の目が虚ろになった。
 そして、ミミの持っていた光る箒を股に挟むと、病院中に聞こえるような大声で叫んだ。
「オレの光条兵器! オレの光条兵器! オレの光条兵器! オレの光条兵器ッ!!」
 突然の奇行に一同は鎮まり返り、そしてこの光条兵器使いは正気に返る。
 己の股ぐらに挟まった箒をまじまじと見つめ、みるみるその表情に絶望が浮かぶ。
 スーパードクターはため息を吐き、荘太にとっては辛い宣告を口にした。
「瀬島さん、いろいろな意味で残念だ。私ではもう手の施しようがない……」
「そ、そんな……、センセー!」
「どうも細長いものが症状を誘発するようだ。今の私には近くには行くな、としか言えることはないな」
「クソ! デフォルトで細長いものが股間についてるのに……、どうしろってんだよっ!」
 苦悩する彼の肩をポンと、武尊がニヤニヤしながら叩いた。
「見せてもらったぜ……、お、おまえの光条兵器……ぶっはっはっは!」
「ひ、人の不幸を笑いやがって……、この野郎……!」


 ◇◇◇


 続いて部屋に通されたのは、椎名 真(しいな・まこと)だった。
「椎名さんか、ここには別の怪我の治療のついでに立ち寄ったとのことだが……?」
「ええ、生傷が絶えなくて……。それも関係してるんですが、俺、変な性癖があるかもしれないんです……」
「大なり小なり、男子ならば倒錯した性癖は持っている」
「俺の場合はこんな感じです。空賊シリーズの説教部屋で、放置されて電気喰らったのに少し心地よかったり、それなりのレベルはあるのにしばしば大怪我や瀕死になる状況に陥ったり、特に按条マスターのリア全般の重症率は5割越えてたり、貰った称号も、ナラカに1番近い男とかそろそろナラカにいきそうとか、FWなのにブロッカーとかベストマゾヒストとか……、でも、そんな状況も悪くないよな、って思ったりするんですが……」
「完全にドMじゃないか」
「そうなんです、ハードMなんですって……、違います! 俺、ギリギリ踏みとどまってると思うんです!」
「いやいや、完全に君は異界の住人だろ」
「し……、失礼ですよ。カルテもろくに見ないで即答するなんて……!」
「わからない奴だな……、こんなもの見るまでもない。どう見たって、君はとんだマゾ野郎だよ」
 軽蔑するように鼻を鳴らして、スーパードクターはカルテを床にブチまけた。
「な……、ひ、人のカルテを……!」
 拾おうとひざまずいた真のあごを、エネメル靴のつま先でくいっと持ち上げる。
「あっ! な、なにを……!」
「ふん、本当は私に責められたくてここに来たんじゃないのか? まったく卑しいやつだな、君は……」
「な、なんてことを言うんだ!」
 真はギリギリと歯を食いしばる。
「卑しいだと……、次はどんな酷いことを言うつもりだ。靴を舐めろとでも言う気か、それとも床を舐めさせる気なのか。酷いやつだ……、で、どっちだ、どっちを命令するんだ!? くそ、まさか焦らす気なのかっ!?」
 完全に欲しがり始めた真だったが、それを無視して、スーパードクターはカルテを拾い集めた。
「ああ、もういいですよ、椎名さん。テストは終わりましたから」
「え……?」
 カルテに『やっぱとんでもないドMです』とペンを走らせ、処方する薬の手続きを始めた。
「じゃあ、ボールギャグを処方しますから、一週間着用してくださいね。命令ですよ」
「な、なにが命令だ! こんな屈辱を味わわせて……、絶対に許さないぞ! また来るからな!」
「はい、お大事に」
 真はプンスカ怒りながらも、どこか満足げに去っていった。
 スーパードクターの言いつけ通り、ボールギャグを使用したのかどうかは、読者諸兄のご想像にお任せする。
 さて、これで総勢15名の診療が終わった。
 もう忘れてしまった人もいるかもしれないが、これはあくまでギャルとゴリラと動物園の物語である。
 オマケ的要素だったこのパートが肥大化してしまったことに、現代社会の病巣を垣間見る次第だ。
 では、本日最後の患者、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の診察に移ろう。
「私の弟子は混乱したりパニックになると訳のわからないことを言い始めるんですよ」
 そう話を切り出したのは、玲奈の保護者であるレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)だった。
「あなたもご存知のように、【空賊よ、風と踊れ‐ヨサークサイド‐(第3回/全3回)】ではマスターハギと言う人物の名前を叫びだしてますし、【空賊よ、星と踊れ‐ヨサークサイド‐3/3】では十二星華を前に計算を始めています。KUMON‐STALE春の無料体験がどうこうとも……、この先いろいろと心配で仕方ありません」
「またマスターか、最近はよくわからないことをいう人間が増えたものだ……」
 スーパードクターが一瞥すると、玲奈は頬を膨らませて立ち上がった。
「黙って聞いてれば好き放題言って! ちょっと師匠、私の頭はおかしくないよ! 私がおかしいならマスターハギもおかしいんもん。いくら自分が忙しいからって、半裸の知り合いを縄で縛って飛ばすなんて変だよ!」
「うん、まぁ……、それは変だけども……」
「それともそういう趣味? Sなの? まさかヒヴィ・ア・ラッタって人がそういう趣味? ドMだったの?」
「コラ、各方面から怒られそうなことを訊くんじゃないっ!」
 余計なことを言ったら、スーパードクター梅が誰かのリアクションで吊るされるじゃないか。
「それと、ずっと気になってるんだがKUMON‐STALEって……」
「KUMON‐STALEを馬鹿にしたらダメよ。経験者なら誰もが『やっててよかった!』と思える恐るべき流派なんだから。さあ、今なら夏の無料たいけ……夏はそろそろ終わりか、なら秋の無料体験に……」
「あのなぁ……、なんだKUMON‐STALEってのは? KUMON‐STYLEじゃないのか!」
「えー、だって、ハギが! マスターハギがKUMON‐STALEって書いたんだもん!」
「え……?」
 ポリポリと頬を掻き、スーパードクターはどこかに電話して確認を取る。
 それから、マスターハギのカルテに『英語が苦手』とペンを走らせた。
「ま、それはそれとして……、重度の『マスターハギ依存症』を発症しているようだな、如月さん」
 マスターハギ依存症とは、現実と虚構の区別がつかなくなる恐ろしい精神疾患である。
 こじらせると『ヒヴィ依存症』などに発展する恐れがあるが、まあ、発展したところでどーってこともない。
「しかしまぁ、非常に珍しい病気なので研究させてもらおう。一週間ほど入院してってくれ」
「ええーっ、入院ー!?」
 驚愕する玲奈を尻目に、スーパードクターは鼻歌まじりに入院の手続きを始めた。
 いつの時代も、医学の進歩に犠牲はつきものなのである。


 気が付けば夕刻、今日もたくさんの人間を救った。
 しかし、この世に心を病む患者がいる限り、スーパードクターの戦いは終わらない。
 頑張れ、スーパードクター梅! 負けるな、スーパードクター梅!