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●第18章 う゛る゛と゛ら゛☆ い゛ち゛ごち゛ゃん゛ばに゛っく゛

 目を覚まして着替えようと鏡の前に立つと――おかしかった。何もかもが。

「……これは…」
 彼は呟いた。
 今日は空京で薔薇学の紅月と遊ぶ約束をしていた。
 彼はシャンバラ教導団騎兵科の鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)、30歳。
 朝起きたら犬耳付きの女だった。
「…な、なんですか…これは」
 眠気も吹っ飛ぶ神様のサプライズに、鷹村の意識は完全に覚醒した。
 長い銀髪の【大】美人。
 190を越える長身は変わらないままに、性別だけが女だった。
 悪くはない。けして、悪くはない。いや、かなり…イイ。だが、デカかった。おまけに犬耳まで生えている。まあ、これについては自分のパートナーに獣人がいるので、なんら問題は無かった。超感覚を使えば、耳だのなんだのは生えてくるものだ。
 しかし、この耳は超感覚の時に生える耳とは違うようだ。
 音も聞こえ、感覚もあるのだが、その音同士が二重に聞こえたりすることはない。不思議な感覚だ。もしかしたら、魔法か何かなのかもしれなかった。
「さて、もう出かけないと…」
 本当は気にしたいのだが、気にしていたら遅刻するので、とりあえずは出発とバイクで空京へと向かおうとした。

(尻尾が邪魔ですね…はぁ…)

 鷹村は溜息を吐いた。
 服は女性用の服の持ち合わせも無いし、むしろ、あったら怖いのだが。パートナーの服はサイズ合わないしで、普段の自分が着ている黒シャツにジーンズで出かけることにした。
 幸いしたのは、自分の胸が大きくないことだった。
 無い訳ではないが、鍛えていた身体のため、脂肪は少なく筋肉ばかりが目立つ色気の無い胸なのだ。傍目から見ると、外人エアロビインストラクター風と言えばいいのだろうか。
 そんなわけで、自前の服で十分イケルのが大助かりだ。
 ヒラニプラからバイクで走り、空京に向かう。
 鷹村は空京に入ると、駅のバスターミナルへとバイクを向かわせた。そこには、タシガン行き飛空艇発着所経由のターミナルバスが着く。
 バイクを端に寄せてとめ、鷹村は紅月を探した。
 待ち合わせ場所は、バスターミナルの広場にある花時計の前。
 鷹村は花時計の前に立った。
 自分はあまり変わってないと思うのだが、耳も生えてるし、気が付いてくれるだろうかと心配だった。
 だが、場所が駅ビルから離れているため、人間の数が少なくて、それも杞憂に終わりそうだ。
 紅月の外見も変化してるのではと思って、よく探してみる。約束の時間まで、あと10分。
 遅刻をする子ではないので、もうすぐ来るだろう。携帯を開け、電話でもかけようかと見つめるが、なんとなくすぐ来るような気がして、閉じた。
 しばらく待っていると、黒髪ロングヘアの美少女が犬耳と尻尾を揺らして走ってくる。
「ん?」
 執事服に似たパンツスタイルのゴシック服で、鷹村はどこか見たことのある服だなと思った。
 その美少女が近付くにつれ、かなりあられもない姿であることに鷹村は気が付いた。胸に押されてシャツが閉まらず、シャツを大きく開けて谷間がバッチリ見えている。真っ白な肌が艶めかしいく、豊かな胸は走るたびに揺れた。意志の強そうな瞳は涙で濡れていて、誰かに襲われかけたのを逃げてきたといった風情だ。
 その美少女は速度を落とすことなく、そして、鷹村に抱きついた。
「わッ! ……なんでしょう…か…。あ、え? 城さん?」
「鷹村の兄貴〜〜〜……うわぁぁぁん!」
 紅月は兄と慕う鷹村に抱きついて泣きはじめる。
 相当混乱しているのか、巻きつけた細い腕をぎゅうぎゅうと締めた。一歩も離れたくない。そんな感じだ。道中、随分と怖い目にあったらしい。
 宥めるように背中をポンポンと叩くと、鷹村は言った。
「どうしたんですか?」
「…ひっ…く…わふぅ…お…俺、女の子に…なっちゃっ…たよ」
 肩を震わせて泣く様子は本当に女の子のようだ。耳は垂れて弱々しい。尻尾もと垂れている。
 でも、顔は紅月だった。元々、中性的な美貌のため、違和感はまったくない。
「そんなに泣くことないじゃないですか」
「わふっ…わぉーん! わん! だって…男が寄って来るんだよぅ! ヤダって言ってるのに、撫で回すから! う゛ううーッ、わん!」
「城さん、薔薇学なのに…あ、言葉が変ですね。姿もですけど、犬みたいですよ」
「…う゛ーっ…朝からこうなんだ。直らないし、腹が立つと【わん!】しか言えなくなるんだよ。腹立つっ!!」
 わうん!と吼えた。
「それは…災難ですね…」
 わふわふ言ってるのは可愛いのだが、本人にとってはたまったもんじゃない。
 鷹村のパートナーに獣人がいるので、紅月は兄貴の姿に違和感を感じていなかった。…と言うよりは、自分のことに精一杯だった。
「でも、城さんだって悪いですよ。ボタンはちゃんとしないと、襲ってくれって言ってる様なものです」
「閉まんないだよ。窮屈なの。はうっ……脱ぎたい」
「こんなところで脱がないで…」
「あ、兄貴。シャツ貸して、シャツ。兄貴カッコいいし、脱いでも問題ないモーマンタイだぜ☆ きっと道行く女の人が喜ぶよ。教導団で鍛えてるんでしょ? なら、貸してくれるよね、シャツ」
 紅月が本気で迫ってきた。鬼気迫るものがある。
 余程、嫌なことがあったのだろう。
 憐れだとは思うが、断じて承服できない鷹村真一郎30歳だった。
「だッ、ダメですよ!」
「平気だって。大丈夫だって!」
「こらっ…だめで……」
「えいっ!」
「あー!」

 ぶちっ☆

「だからっ、や・め・ろー!
「わっふ…わぁん! ごめんなさい」
 不意に大きな声を出されて、紅月は反射的に謝ってしまう。
 そして、鷹村の肌蹴たシャツの隙間から、あってはならぬものを発見して目を見張る。
「…あ、れ?」
「ん?」
「あ、にき……む、ね…」
「あぁ、これですか…」
 怒ってしまって悪かったかなと思った鷹村は強い口調を抑えて言った。
ですが?」
「…え?」
「だから、です…よ?」
「〜〜〜〜!! わかんないよ、むしろ、変わんないよ!」
「変わってもらっては困りますよ、はぁ」
「でも、ハスキー犬みたいだっ♪」
 そう言うと、紅月は鷹村をじっと見る。
 ふわふわと揺れる尻尾を追いかけて、ちょんちょんと指で突く。
「…あなたも犬ですね」
「うん♪」
 そんな昼下がり。
 まだまだ一日は長そうだった。


☆★☆★☆★

 鷹村と紅月はとりあえず服を買いに行き、その後、二人はオープンカフェで食事をした。

「ふう…お腹がいっぱいになったら、ちょっと安心した」
「それはよかったですね。で、城さん…その格好…」
 コーヒーを飲んでいた鷹村は、不意に紅月に言った。
「なに?」
「いや、その…何でゴスロリ服なんですか?」
「わう? ゴスロリじゃないよ、ゴシック」
「俺にはゴスロリとゴシックの違いがわからないんですが…」
「まあ、普通はそうだよな」
 紅月は言った。
 今着ているのは、いつも買うゴシック服メーカーの女性用の方だった。
 細いラインが命の美しい服は紅月に似合っている。
 チャイナカラーが印象的なドレスは裾がアンシメトリーになっていて、ウエストをリボンで編み上げて着るタイプだ。それに黒いエナメルの編み上げショートブーツを合わせている。
 髪の毛はポニーテールにして、黒薔薇の髪飾りを付けている。
 鷹村の方はと言うと、新しいシャツを買って着ているぐらいだった。
 だが、普通のシャツではなくて、ゴシック風のシャツだ。先ほど、紅月がシャツのボタンを千切ってしまい、シャツもクタクタによれてしまったので、紅月がゴシックブランドのメンズ部門から似合うものを選んでプレゼントしたのである。
 ボタンのつけ方が変わっていて、シンプルながら裾が広がった綺麗なデザインだった。背中のラインが綺麗なので、自分のイメージとは違うが、それなりに鷹村は気に入っていた。悪くはない。それに、紅月が買ったのだから、着る機会は少ないが大事にしようとは思っていた。
「メンズとレディースで同じ服作ってるところなんだよ、ここのブランド」
「そうなんですか」
「それで、着比べてみたかったってところかなぁ〜」
「そんなものですかね」
「んー、フリフリドレス着て欲しかった?」
「……結構です」
 似合うとは思うが、安易に肯定してしまえるこの状況が怖い。
 辺りを見回せば、獣耳の女の子と口調のおかしい男の子なんと多いことか。

(明らかにおかしいですね…この状況は)

 鷹村は溜息を吐いた。
 サンドイッチに手を伸ばそうとコーヒカップを置こうとした瞬間、携帯がテーブルの上でブルブルガタガタと踊り始めた。天板の薄いテーブルの上で鳴ると、時々、携帯電話はこんな状態になる。
 震動に驚き、鷹村は慌てて電話を手に取った。
「もしもし?」
『あ、鷹村さん?』
 知人の水上 光(みなかみ・ひかる)だ。一体、何の用だろう。
「どうしたんですか?」
『事件だよ、事件! ボクは解決しなきゃいけないと思ってさ』
「ちょっと待ってください。なんか事件なんてありましたか?」
え!?
「うわッ…そんな大きな声でいきなり叫ばないでください」
『あ、ごめん。こんな状態を事件と呼ばないなんてっ! ふぅ…こっちは結構騒いでてさっ…辺りの様子はどうかなぁ? 犬耳女の子とか……いない?」
「いますよ、目の前に。むしろ、私も犬耳女ですが」
『何だって!! くそおおおお! 羨ま…っ、じゃなかった』
「え?」
『蒸し返さないでくれるかなっ! この状況に腹を立ててるんだからね! (…何でボクだけ仲間はずれなんだ…ブツブツ…)
「……」
 鷹村は最後の方で聞こえた言葉を無視することにした。
 言わずとも、内心の程は知れている。
『とにかくね! この状況は、迷惑な代物をばら撒くやつらの仕業に違いない!』
「ですね……」
「きっと、性転換薬かなんかだ! そんなものボクが没収してやる!』
 息をまいている、光。
 やましいオーラがふつふつと携帯を伝って感じられるが、鷹村はそれをも無視をした。
『ねぇ、何か知らない? 教導団って、警察も兼ねてたんだよね?』
「えぇ、そうですよ。でも、俺はその任に当たってませんから、何も知りませんよ」
『そっかぁ…チェッ! やっとわかりそうな人を見つけたと思ったのに』
「俺でお役に立てなくてすみませんね」
 と言いつつ、重大な事件だったら親友にでも話せないんですがと思う鷹村だった。軍隊とはそういうものだ。
 ブツッ!っと電話が切れる。
 その電話を象徴するかのように通りすがりの少年が、パートナーらしき女の子に話しかけていた。その内容はこの現状を直し、犯人を見つけることだった。
「私にこんな屈辱をあわせた奴には、絶対に私以上の辱めを受けて貰うわ!! 忍、あんたは私と一緒に犯人を捕まえることいいわね!」
 そう言っていた。
 ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)と言う名の元、女の子だ。今は美少年になっている。
 地球人らしい人がその少年と話し合いながら歩いていく。顔立ちの端正な綺麗でスタイルのいい女性だ。蒼空学園の生徒だが、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)と言う名を知るものはパートナーしか居ない。空京は広かった。
「兄貴、今の電話は友達?」
 話を聞いていた紅月が訊ねた。
「えぇ、俺の知り合いですよ」
「そうなんだ」
 紅月はさして興味も無いのか、視線を逸らす。
 そして、なにかを発見して、そっちの方をずっと見つめた。
「どうしました?」
「んー……友達っぽい子が…」
 紅月は言った。
 近付いてくる子は見覚えのある顔だ。犬耳でメガネをかけていて、頼りなさそうで、泣き虫そうで……賑やかな少年が付き添っている。
 皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だ。
 紅月は声をかけた。
「わおーーーん! 陽! テディーーー!」
 大きな声で呼ばれて、陽はビクリと背を振るわせた。顔を上げ、声のした方を見る。
「じょ、城…さん? 城さんなんですか…?」
「わふっ♪ そーだよ! なにボケっとしてんだよ、こっち来いよ。テディも!」
 紅月は元気に手を振った。尻尾もうれしそうに振っている。ふわふわ、ゆらゆら。その度に、テーブルの上のお皿がガチャガチャとぶつかった。
 さっきまでの女の子らしい雰囲気はどこかに行ってしまっている。いつもの城だった。
 友達を見つけるとこんなにまでも元気になれるものだと感じ、鷹村は笑った。
「じょ…う…さん…城さーーーん!」
 ずっと何かを我慢していたのだろう。陽は一生懸命走っていくと、紅月に抱きついた…と言うか、盛大にコケた。
「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「うわっ!」
 慌てて紅月は陽を抱きとめた。
「よかったぁ……ボク、もう一人になっちゃうのかと思って…」
「ばっかだなぁ〜、俺だってテディだっているじゃん」
「う、ん…うんっ!」
 再会を喜び合い、陽と紅月は抱き合った。尻尾がパタパタ揺れる。
 傍目には、犬耳美少女たちが抱き合っているようにしか見えない。
 特に陽の方は二度と学校に入れず、紅月に会えないんじゃないかと思っていたところだった。
「ほんと…会えて嬉し…っ…」
 ぽろりと出た本音。
 思わずじんわりして、紅月はぎゅーっと抱きしめた。
「よ、陽から離れろー!」
 テディはちょっと嫉妬して言った。我慢できなかったようだ。
「わふっ…なんだよぉ」
「陽は僕のだ!」
 テディは紅月の腰に抱きついて引き剥がそうとしている。
「わかったよ、お前も来いよ」
「え?」
 そんなことを言っている間に紅月がテディを引き寄せる。
 紅月には【自分が男である】ということが頭にあって、自分が今は【女】だということを忘れていた。
「うわぁ!」
「テディ、げっとー☆」
 紅月はテディを引き込むと陽との間に入れて、紅月のたっゆんと陽の美乳との間で、テディをもにゅもにゅほにゅほにゅした。
「うわっ! ぶッ…」
「わぁ、テディが…。城さん! テディが窒息してるよー!」
「…あ、ゴメン」
 なんと羨ましい…いや、なんと淪落していくような光景だろう。
 きゃんきゃんわふわふっ☆と騒ぐ乙女と少年のおしくら饅頭を鷹村は苦笑しながら見つめていた。というよりも、口が出せないのであった。

 三人が再会を喜んでいると、今度は泣きながら歩いてる白髪の美少女を発見し、陽が呼び止めた。
「…あ、あれ? もしかして、ルシェール!?」
「え?」
 その少女は振り返った。
 同じ学校、薔薇の学舎に集うルシェール・ユキト・リノイエだ。
 小さな白兎といった印象のままに、ぷるんと胸の揺れる可愛らしい少女になっていた。ちなみに耳は白兎だ。
 陽と紅月を発見すると、泣きながら走ってくる。
「わぁああああん! 陽くーーーん!」
「ルシェ!」
 抱き合う四人。
 犬耳美少女の抱き合う姿は人目を引き、ちょっとした人だかりが出来た。
 特上の犬耳付き美少女三人と可愛らしい少年、テディが混ざり、きゃっきゃウフフしている様子はやはり目立つ。
 そして、そこに翡翠からはぐれた二色 峯景(ふたしき・ふよう)がやって来た。
 いつだか、紅月はどこぞのパーティーで峯景と知り合いになった。とあるお嬢様のお相手を二人でしたのだが、結構長く話したので峯景のことを見誤ることはなかった。
「峯景、お前…何やってるんだよ。目つきが怖いぞ」
「俺はナンパしなくちゃいけないんだ。元に戻るには男から愛の告白を受けなければならない…そうしないとこの姿は直らない!」
 峯景は言い切った。
 その後ろで、『女神の手記』アテナ・グラウコーピス(あてーな・ぐらうこーぴす)がニヤニヤしている。
「そんなことあるわけないじゃんか! 今まで、何度もナンパされたよ、女の子にも!」と返したのは、紅月。
 頷く、陽とルシェール。 
「今日中に告白を受けられないと、一生女のままだって聞いたぜ」
「あ、ありえない…ですよ、それは」
 鷹村は言った。
「時間が惜しいし、やるからには徹底的にと思ってな」
「だから、それはデマじゃないですかね」
「でも、恥じらいながら男性に声をかける峯景さまもカワイかったんですよ!!!」
 峯景のパートナー、アレグロ・アルフェンリーテ(あれぐろ・あるふぇんりーて)は瞳を輝かせて言った。
「そ、そうですか…」
 そう答えるしかない鷹村だった。
「今の姿の俺ならば、無理な条件ではないはずなんだけどな。なかなか上手くいかなくってさ。紅月どうだった? そこのお前たちも」
 峯景は紅月と陽、ルシェールに言った。
「「「え?」」」
 一瞬、三人は考えた。
「お、俺は……ナンパ…どこじゃなかっ、た…」
「ナンパどこじゃないってどういうー…」
「聞くなよ、馬鹿ぁ! やだ…もぉ…女の子って…大変だなぁ」
 峯景は察した。
 それ以上は聞かない方が親切だ。ここにいるということは、大丈夫だったということだ。
「ぼ、ボクは…テディがずっと怒りながら歩いてたし…道を教えてくださいって言ってる人がいたのに」
「陽! あれはナンパだよっ! もう…自覚無くって、放っておいたらどうなるかわかったもんじゃないよ」
 今もテディは周囲を威嚇していた。
「俺はね、変なおじさんがお菓子買ってくれるって…でも…」
「でも?」
 ルシェールは溜息を吐いた。
「走って逃げてきた」
「何も無くてよかったな…」
 やっぱりデマかなぁ〜と峯景は思い始めた。
「なぁ、俺…写真撮りたいんだけど」
「え?」
 峯景は目を瞬いた。
「好きな衣装を着れる写真館が出来たって聞いたんだ。こんなに人数が集まったんだし、行こうぜ」
「ん…記念かぁ…良いんじゃないか?」
 記念に撮るならと一同賛成した。
 鷹村は反対する術が無く、やむなく賛成となった。
 そして、一同は写真館へと移動する。
 丁度、そこを通りかかった上月 凛(こうづき・りん)ハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)にも声をかけた。

「おーい、凛」
「え?」
 振り返った凛が見たものは、変わり果てた姿の友人たちだった。
「なに、それ?」
 小柄で儚げな美少年――凛はびっくりして言った。
「あぁ、凛は大丈夫だったんだ。よかった」
 ホッとしたようにルシェールは言う。
「う、うん…」
 凛が驚いていると、そこに軍用バイクにまたがった緑の髪の美女が声をかけてきた。ライダースーツのファスナーを限界まで降ろし、両胸と自慢の肢体を見せつける。知る人が見れば、12星華の蛇使い座シャムシエルに似ている、かもしれない。
 だが、それもコスプレをしているいう具合のものでしかなく、本当に知るものは騙されないだろう。第一、獣耳が付いている。
 でも、魅惑的なおねーさんであることにはかわりない。
「バイクの隣が寂しいんだけど、私に『試乗』なさらない?」
 その美女はハールインに言った。
 ターゲットはハールイン。
 ハールインは声をかけられるとは思っていなかったらしく、硬直していた。
 じっとその美女を見ていた鷹村が、ハールインの隣に来て相手を見やる。
「霧島?」
「ゲッ……鷹村か?」
 相手はシャンバラ教導団の人間で、知り合いだった。
 この美女は霧島 玖朔(きりしま・くざく)。元は男だ。
 事実を知ったハールインは動悸が隠せない。このまま捕まっていたらと思うと、怖いものがあった。
 バイクの後ろで見ていた霧島のパートナー、伊吹 九十九(いぶき・つくも)は呆れて見ていた。
「だから言ったでしょう? こんなことやってる場合じゃないわよ、って。ちっとも、聞きゃぁしないんだから…」
「チェッ、元、男だってバレちゃー面白くない」
「さすがにパートナーと一緒ならわかりますよ」
「そうだなぁ…なんだ、鷹村。今日は集団デートか?」
 ハールインが紅月の知り合いと言うことで、霧島はナンパするのをやめたが、今度はターゲットを鷹村に向けたようだ。別な意味で。
「デートじゃないですよ。遊びに来たんですけれどね…って、俺も女になってますよ」
「え? 女? どこが…」
「変わらなく見える方が嬉しいですね」
「へぇ…女ねえ…それで、これからどこに行くんだ?」
「写真館ですよ」
「……しゃ、写真…」
「誤解しないでくださいよ。俺は付き合いです」
「そ、そりゃ…まぁ、そうじゃなくても良いんだが…フヒヒ」
「嫌な笑いですね」
「騎兵科の連中が見たらどんな顔するか…まぁ、俺も付き合うかな」
 せっかくだからと霧島は写真館についていくことにした。

 ドアを押し開け、入っていくとそこは意外と現代的なスタジオだった。基本的には自分たちで撮影し、希望があれば、スタッフが一眼レフで撮影してくれる。
 最初、スタジオの人間はびっくりしていたが、空京の街をゆく人々の変わり様に納得したスタッフは来店を喜んでくれた。
 そして、一同は好きな衣装を取り合って騒ぎ始めたり、携帯で写真を撮りまくったりしはじめる。
「ん?」
 峯景は見た。
 着替え途中の、紅月のたっゆんを。
 陽の美乳もけしからん。
 ルシェールのぷりぱいも収穫時だ。凛は脱いでくれない…。
 霧島はデカイが、ナカミが好みじゃなかった。

 たっゆんになった者はみんなに幸せをあたえる義務がある。我々は、ぱいちゃんをこの手に揉みしだく権利があるのだと、おっぱい党。

 信条を胸に、峯景は紅月たちに襲い掛かる。
「もぎ取れ、果実!」
「「「俺(ボク)は男だ(です)!」」」
「今は女だ!」
「わぅぅッ!(お前もだ!)」
 紅月は吼えた。
「俺は無視ですか?」
 呆れている鷹村は無表情だった。
「いやですっ…そんなに…揉まない…で」
「オマエ、陽から離れろぉ!」
 テディが峯景に飛びつこうとした。
 避けた峯景は、今度は紅月に襲い掛かる。
 野心家で自信屋。やるからには徹底的に――が信条の峯景は、人当たりのよい風を装う隠れドS。面白い事は好きだが、俺自身が面白いことになるとは思わなかったため、弄って遊べる相手を見逃すはずもなかった。
 紅月に白羽の矢を立てた峯景は、強弱をつけて揉み始めた。
「俺のテクニックを持ってすれば、落ちないヤツなどいない!」
「ひッ! ぅ…わふっ…や、やめ…ろ…俺で遊ぶなぁ!!」
「ここか! ここだな! …ふふ…他愛も無い」
「ちょ…おまっ…わう゛ぅ…遊びすぎだぁぁッ!」
「フヒヒ♪」
「霧島…止めてくださいよ」

 どたばたどたばた☆ わふわふわふっ♪

 揉み合い乱れる獣耳っ娘。揺れる尻尾。脱げかけのパンツ。お餅のような、柔らかそうな胸。生足、生足、生足…。
 傍目から見れば、萌えなシチュエーション(男の娘だがな)。
 しかし、さすがに鷹村は放っておけなくなって、一同を一喝した。

「五月蝿い黙れっ、全員せいれぇーーーーーーつ!!」

 ピタッ☆

 反応した一同は、一糸乱れぬ動きで一列に並んでしまった。
 それはまるで、幼稚園児をタンバリン一つで動かしてしまう体操のお兄さんのようだった。
 さすが、兄貴。さすが、軍人であった。

☆★☆★☆★☆★☆★

 その後、皆は写真を撮り、建物の外に出る。ハールインはまだ建物の中だ。
 ちなみに、鷹村はスーツ、紅月はチャイナ服と着物、陽はドレス、ルシェールは振袖で写真を撮った。後日、各住所に配送されるらしい。
 外に出ると、そこには偽薬を持って彷徨う鳳明がいた。
 気になって鷹村は声をかける。
「鳳明?」
「わきゃぁ!」
 慌ててヒラニィの作った薬を鳳明は隠した。
「散歩…なわけないですね。買い物ですか?」
 自分たちや街の状況を考えて、鷹村は方名が男の子にでもなったのかと思って声をかけた。
「あ、ううん……ちょっと」
 鳳明はどうやって誤魔化そうかと思案に暮れた。手にあるヒラニィの薬の存在が恨めしい。
 同じ教導団の人間に出会ってしまって、鳳明は焦っていた。
 しかし、運命は鳳明の味方をしたようだ。
 運命のあや織り糸はいろいろなものを絡め取るもので、その場に志方 綾乃(しかた・あやの)袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)仲良 いちご(なかよし・いちご)の三人をも連れてきたのであった。
 綾乃も袁紹もしっかりと男になっている。
 ということは、受ければ半死確定のいちごちゃんの愛――ベアハッグ、の対象になるのであった。
 三人は騒音と砂埃を巻き上げながら街を失踪する。走りながら、いちごちゃんは手当たり次第におにいちゃんたちをベアハッグしていった。
「綾゛乃゛お゛姉゛ぢゃん゛ど、袁゛紹゛ぢ゛ゃん゛ぞっぐり゛の゛お゛に゛−ぢゃーん゛♪」
「袁紹ちゃん! 一緒にいちごちゃんから逃げるのです!」
 綾乃は叫んだ。
 『いざとなれば袁紹ちゃんの足を掛けて転ばせて、自分だけでも逃げきってやるのです! 非情なようだけど志方ないね!』…と思っているのは抜群に秘密だ。
 今がチャンスと綾乃は足を引っ掛ける。

 ていっ!

 綾乃はやった。

 迷いも無く。

「袁紹ちゃんは犠牲になったのでーーーーーーぇす!」
「綾乃ェーー!! なにするのじゃ…げげぼえぐごごげげッ!!
「お゛に゛−ぢゃーん゛♪」
 いちごちゃんはお兄ちゃんが大好きで、男性に誰彼構わずベアハッグしちゃう危険体質。面食いで、背が高くてハンサムなお兄ちゃんが好きなのだ。
 ボロキレにされた袁紹をぺいっ!と捨てると、いちごちゃんは振り返った。

 そお。
 そこに素敵なおにーちゃんがいた。
 今は女になっているが、191センチのおねーちゃんなんて、おにーちゃんと一緒だ。ちなみに、160センチのおにーちゃん(鳳明)なんか、いないも同然。

 ターゲット、ロックオン!

 「も゛う゛待゛ち゛き゛れ゛な゛い゛よ゛〜ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ー!」

 【先の先】を取って思いっきり抱きしめちゃうんだから! とばかりに鷹村に近付いてくる。

 鷹村は運が悪かった。
 同情してあげても良いぐらいに運が悪かった。
 ついでに疲れていたのだろう、普段なら避けられるはずなのに、それもできなかった。
 さようなら、兄貴。
 君の雄姿は忘れない…

「ぞごの゛す゛でぎな゛お゛に゛−ぢゃーん゛♪」

 嗚呼! 純真な漢女の、愛のベアハッグ♪
 受け止めてよ、おにいちゃん。

「ああああああ!?????」
「鷹村の兄貴ィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 べきっ ぼきっ ごきゅっ☆

「うぎゃあああああああああ! ど、どうということも…なくぅ…。うおぉッ! ゴブッ!
「兄貴を殺さないでぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「鷹村、傷は浅いぞ! ……フヒヒ♪」
「お゛に゛い゛ち゛ゃーん゛♪ …あ゛っれ゛〜? 元゛気゛な゛い゛よ゛? じゃあ゛、元゛気゛に゛し゛て゛あ゛げる゛っ♪」
「兄貴ィ! 兄貴ーーー!」

 じゅびっ、じゅびっ、じゅびっ♪ ←(注:アリスキッスの音)

「わぉぉーーーーん!! 死んじゃう! 兄貴が死んじゃうよ!」
「ご馳゛走゛様゛ぁ゛〜♪」
 いちごちゃんは無情にも鷹村を地面に放り出した。
 倒れ伏した鷹村を、紅月は泣きながらヒールで回復する。
「元気になって…兄貴…」
 しかし、それは死人にムチを打つ様な、ヒドイ行為なのであった。
「あ゛?」
 いちごちゃん、元気になった兄貴を発見。
「もしかしてっ!?」

「も゛う゛一゛回゛抱゛き゛し゛め゛さ゛せ゛て゛く゛れ゛る゛ん゛だー♪」

「違っ!」

「お゛に゛い゛ち゛ゃーん゛♪」

「きィゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ!!!!」

「〜〜〜〜ぁ…」

 ごきゅっ☆

 再度、ベアハッグ。
 鷹村、無念の撃沈。

 災難で、残念な、30歳の夏……だった。