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リアクション
*消えた機晶姫*
煙幕が晴れて、数十分ほどたったころだろうか。向日葵庭園では、すすり泣く声が響いていた。せっかく用意した料理や、お菓子のならんだテーブルが破壊されていたのだ。銃器を使っていたのは、音で確かだった。だが、グレートソード、ランスを使ったらしい後も見受けられた。
運よく、花束とプレゼントは被害を受けずにすんでいたようだった。
「ルーノさん! 返事をしてください!」
「オーディオさん!? どこへいったんですか!?」
煙幕が晴れて、そこにいたはずの二人の機晶姫が姿を消していた。参加者は辺りをくまなく探したが、見つけることはできなかった。
「やはり、名探偵のいるところ、事件は起こるのね!!」
「ブリジット! 貴方のせいで出遅れたんだから、まじめに探してください!」
「ふっふふ〜ん……何のためにこのカメラで録画していたと思うの?」
ニヤリ、と笑った青い瞳の奥にはなにか核心めいたものが映っていた。急いでそれをメモリープロジェクターにつないで投影すると、煙幕のところから真っ白になって中身が確認できない。
「……ブリジット」
「ちょちょっとまって! ここよ! ここ!!」
カメラの映像を、拡大してその真っ白な中に動く人影があるのを見つける。動いている影の数は、4つだった。
「ルーノさんと、あの機晶姫と、その二人を一人ずつ抱えてさらったってコト?」
クラーク 波音が首をかしげながら問いかけると、ブリジット・パウエルは自信満々に言い放つ。
「そう! 恐らくはこの二人によって攫われたのよ。きっと、機晶姫さんはニーフェさんと間違えられたのね」
「それなら、どこかにその二人の痕跡がまだ残っているはず!」
「……足跡」
丁度、その場所……ルーノ・アレエが攫われた位置にしゃがみこんだアシャンテ・グルームエッジが地面に触れながら、小さく呟いた。その後ろに、蓮華を肩に乗せたままのニーフェ・アレエが不安そうに問いかける。
「あの機晶姫さんと、姉さんと……」
「他にいるな……」
「ニーフェさん」
「オーリャ先生……」
「先ほど私が渡した、貴方達の携帯電話……実はある仕掛けをしてあるんです。電話をかけるだけで、その居場所がわかるように……パートナー契約をしていない二人には、必ず通じる何かはもてませんが、これで離れ離れになってもわかるだろうって……そう、願いを込めて機能を追加したんです」
そういいながら、オルレアーヌ・ジゼル・オンズローはニーフェ・アレエの真新しくなった携帯電話を操作した。液晶画面に映し出されたのは、地図と、明滅するルーノ・アレエ自身の居場所らしきものだった。それは、移動し続けているように見える。
「連れ攫われている最中、か」
きっぱりと言い放つ金色の瞳に、ニーフェ・アレエは握る手に力を込めた。そして、そのまま大地を蹴り、駆け出していた。
「ニーフェ!?」
「ニーフェさん!」
その呼びかけが回りのものの耳に届くよりも速く、ニーフェ・アレエは向日葵庭園から駆け出していた。
「ニーフェちゃん、とにかく探しに……あれ!?」
秋月 葵が辺りを見渡しても、緑の髪の機晶姫の姿はなかった。エレンディラ・ノイマンは少し青ざめた顔で呟いた。
「もしかして、ルーノさんを追って……?」
「どうしよう! そうだ! グリちゃん、匂いで探して!」
「えええ!? 匂いでって……イングリット犬じゃないし……誇り高き白虎の獣人だから、無理なんだにゃー……」
「イングリット?」
そう笑顔でエレンディラ・ノイマンは白虎の獣人に語りかけるが、背後に異常なほど黒いオーラが見えた。だが、それでできるようになるわけでもないので、負けじと物陰に隠れながら訴える。
「で、でも、においなんてわからないにゃー……」
イングリット・ローゼンベルグがそうぶーたれていると、アシャンテ・グルームエッジのつれているパラミタ虎のグレッグがあざ笑うかのように白虎の獣人を睨みつけた。
それに対抗意識を燃やしたのか、イングリット・ローゼンベルグは身の毛を逆立てて、足跡に鼻をこすりつける。そしておもむろに、尻尾を立てて顔を持ち上げる。
「こっちだにゃ!!」
「グルァオーーーー!!」
グレッグとほぼ同時に雄たけびを上げ、ある方向に向かってまっしぐらに走っていった。
「凄い! 猫まっしぐらだね!」
「イングリットは猫じゃなくって虎よ、葵ちゃん」
「どっちも突っ込みどころが違うと思うんじゃがのぅ。とにかく、ニー嬢を探すのが先決じゃ! ついて来い!」
シルヴェスター・ウィッカーが声を上げると、各々光る箒や、レッサードラゴンを使ってその方角を目指して駆け出していった。だが声を上げた機晶姫のパートナーであるガートルード・ハーレックは冷静に考えながら、庭園内に残っているメンバーを見渡した。
「……俺がここに残ろう。連絡役は必要だろ?」
閃崎 静麻の言葉に、一つ頷くと彼女も後を追って駆け出した。彼とロザリンド・セリナは誕生日会中に既にほぼ全員と連絡先を交換していたので、二人はモバイルパソコンで手早くリストを作り上げる。
「なんだか、いやなことが起こることがわかっていたみたい……ですよね」
「いやいや、こういっちゃなんだが、こういう波乱は覚悟していたさ。だが、ここまでいきなりとは思わなかったが……」
「ロザリンドさん! 静麻さん! 自分たちは、あのオーディオという機晶姫さんを探してみるよ」
「ああ。あいつももしかしたらルーノと一緒かもしれないな」
ケイラ・ジェシータの言葉に、視線を向けないまま答える。その言葉に、ケイラ・ジェシータはうつむいてしまう。
「連れてきちゃったせいかな……」
「いや、話によると、チラシを持ってたらしいじゃないか。だとしたら、いずれは来ていた可能性がある。今までどおり、やれることからやろうぜ。その機晶姫が敵だって、決まったわけじゃない」
力強く頷くと、ケイラ・ジェシータはソア・ウェンボリスらと箒にまたがって飛び出していった。代わりに駆け込んできたのは、ヴァーナー・ヴォネガットだった。
「イシュベルタおにいちゃんは、どこにいるか分かるですか!?」
「え?」
「あ、そうだ! この手紙」
緋山 政敏は手紙の封を切り、中を見る。だがほとんどが祝いの言葉と、近況を知らせるためのもので特に彼の居場所を示すことは書いていなかった。
「クソ!」
「まって! これ……」
カチュア・ニムロッドが最後のところに書かれた名前を見て、顔をあげる。そこには見知った名前があったのだ。
「俺たちはアルザスのところへ行く。後は頼んだぞ!」
「はい。急いで戻ってきてくださいね。せっかくの料理がだめになってしまいますから」
浅葱 翡翠は冷静にそう返すと、駆け出していく仲間の背中を見送った。
「ここに残るのは俺たちだけか?」
「ええ。あとは遺跡に向かった方もいます」
「ルーノさんたちの足取りがつかめ次第、そちらに集中してもらいましょう」
浅葱 翡翠の言葉に、閃崎 静麻とロザリンド・セリナは頷いた。それを見て、九条 葱や九条 蒲公英と共に、向日葵庭園の片付け……もとい、保存作業に移った。
可能な限り、帰ってきたときにまた再開できるように、料理なども保存して、プレゼントや花もきちんと整え……
「悪い子には、葱の鉄槌でお仕置きを……!!」
「いいわ、葱。あたしが許可する! その自慢の葱で、犯人をぶっ叩いてきなさい!!」
ているにもかかわらず、そんな話題で盛り上がる二人のハーフフェアリーにため息を漏らし、浅葱 翡翠は九条 蒲公英の頭を掴む。
「いたたたたたたた!!?」
「ぱ、パパ! じょ、冗談だからそんなに睨まないでくださいぃ〜」
浅葱 翡翠の笑顔が彼女たち二人には恐ろしいにらみ顔に見えたようで、リストを作っている二人は顔を見合わせて笑ってしまった。
「まったく! いいですか? 今私たちは大事な仕事をしているんです。ルーノさんの誕生日を、いつでも再開出来る様にするための」
「「はぁい……」」
しょんぼりとしながら、まだ手のついていない料理にラップをしたり、氷術で凍らせてみたりしながら、会場を右往左往する。
しばらくしてその作業がひと段落すると、リストを造り終えた二人のところに、浅葱 翡翠は珈琲と紅茶を持っていく。
「お疲れ様です」
「ああ。まだ連絡が入らないな」
「大丈夫です。皆とても優秀な方々ですし」
ロザリンド・セリナが微笑むと、閃崎 静麻は頷きながらコーヒーに口をつけた。
数日前、ニーフェ・アレエが誕生日会を開くという話を聞いて、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)と共に荒野を小型飛空挺を使って飛び回っていた。
彼が探しているのは、ルーノ・アレエ、ニーフェ・アレエの兄である【イシュベルタ・アルザス】、そして母であり、姉である【エレアノール】だった。
二人は金銀姉妹が兵器化するその【呪い】を解く為の方法を探しに旅に出ていた。
製作者であるエレアノールは、一時的な記憶喪失であるため、その方法もまた失われていた。その記憶を取り戻すことが旅のメインでもあるが、あらかじめプログラムされた兵器化の機能を消すことは容易ではない。エレアノールの記憶だけではなく、さらに新たな技術、古い知識を求めて、二人は旅を続けている。
そしてその二人はいま、トライブ・ロックスターの目の前にいた。赤い目に映る二人は、ただの旅人の風貌で、粗末なテントの中で書類に埋もれながら生活をしていた。
「このシャンバラに今何が起こってるか知ってて、よく旅が続けられたな」
「幸い、今は分かたれてしまった校長たちどちらからももらってる、この許可証のおかげだ」
イシュベルタ・アルザスはぴら、と薄い二枚のカードを取り出した。一枚はIDカード、もう一枚は豪華な細工が施されたカードだ。どちらも、どこへいっても彼らが不自由しないだけの援助を受けられるようにと蒼空学園の校長と、百合園女学院の校長が彼らに渡したものだった。それぞれに校章が入っている。
コト、と土製の湯飲みがトライブ・ロックスターと王城 綾瀬の目の前に置かれる。受け取って口元へ寄せると、ハーブの香りが鼻をくすぐった。
青い瞳はにっこりと細められ、イシュベルタ・アルザスの隣に座る。その雰囲気は幾度となく合間見えたアンナ・ネモでも、ニフレディルでもなかった。
エレアノールは、長く緩やかな巻き毛を耳にかけて、自分の入れたお茶に口をつける。その雰囲気は、まさしく色違いのルーノ・アレエそのままだった。
「エレアノールさん、記憶のほうはどうなんだ?」
「ええ。大半は何とか……でも、役立ちそうなことはあまり」
「まぁ、もともと期待はしていなかった。だが、悪い情報ならいくつかは、な」
イシュベルタ・アルザスはファイリングされた書類をトライブ・ロックスターに手渡す。
「これは?」
「ルーノたちの身体の構造は、確かにエレアノール姉さんが設計したものだが、兵器としての力を発揮する【何か】は、あの博士どもが作成したらしい」
「はぁ……なら、あの箱にお伺いを立てなきゃなんねぇのか」
「その件ですが……あの記憶移送装置は、欠陥品なのです」
エレアノールは、まっすぐに言い放つ。そのとき、テントに転がり込んでくる人物達がいた。その様子は本当に言葉通りで、先頭に立っていた少女は泣きじゃくっていたのだ。
「イシュベルタおにいちゃあああんっ」
「お前は……!」
ヴァーナー・ヴォネガットは、その姿を見るなりその懐に飛び込んでいった。赤くはれた眼が、いつも笑顔を絶やさない彼女らしからぬ表情だと理解し、その後ろに立っていたものたちにも視線を向ける。
「緋山、一体何があった?」
「ルーノたちが、攫われた」
短くそれだけ伝えると、そこにいたイシュベルタ・アルザス、エレアノール、トライブ・ロックスターは火がついたように立ち上がった。
「てか、何でここがわかったわけ?」
王城 綾瀬はけだるそうに問いかけると、ヴァーナー・ヴォネガットが目をこすりながら答える。
「お手紙に、イシュベルタおにいちゃんからのお手紙にトライブちゃんの名前が載ってたんです」
「それで、ロックスターたちの足取りを探したんだ。そのほうが早く見つかった。どういうわけか、アルザスは人目を避けてうろついているようだったからな」
「色々事情があるんだ。仕方がないだろう」
緋山 政敏の言葉に、イシュベルタ・アルザスはややとげのある物言いで返す。だが、それも以前の彼の言葉より丸みを帯びていた。ある程度の信頼関係があるからこその、強い物言いなのだろうとヴァーナー・ヴォネガットは理解した。
「お願いです、ルーノおねえちゃんを助けるの、手伝ってください!」
「ヴァーナーさん、ですね。あの子達のお友達?」
「はい! ルーノおねえちゃんと、ニーフェおねえちゃんは、ボクの大事な親友です!」
にっこりと笑う彼女の頭を、エレアノールは思わず撫でていた。王城 綾瀬は大きなあくびをもう一つすると、ようやく立ち上がった。
「で? 心当たりはあるわけ?」
「今、コチラにデータを送ってもらって……丁度届いたわ」
リーン・リリィーシアが携帯に受信したデータを、メモリープロジェクターで再生する。それは、ブリジット・パウエルが録画していた、煙幕が晴れるまでの映像だった。
「……この機晶姫は……!」
「エレアノールさん、見覚えがあるのですか?」
「これは、ボタルガに連れて行かれた、石を入れられていない機晶姫によく似ています」
カチュア・ニムロッドの言葉に、エレアノールは真っ青な顔で返事をした。そういえば、とトライブ・ロックスターは割って入る。
「さっき言ってた、欠陥ってどういうことだ?」
「……あの装置は、もともと……生前のアルディーンが作ったものと聞いてます。あくまでも、ランドネアから聞いたらしいという話ですが……」
ランドネアとは、イシュベルタ・アルザスの姉、アルディーン・アルザスにその身体をのっとられたといっても過言ではない女性の名前。アルディーン・アルザスの記憶の一部を植えつけられ、自我と他人の自我を強制的に共存させられたのだ。それもまた、彼らの関わっていた鏖殺寺院の博士達の実験の一つだったという。
今、ランドネアはアルディーンという自我から開放され、シャンバラ教導団にてリハビリを受けている。
「ランドネアも詳しくは知らないといっていました。私も、このことは日記で知ったのできちんと記憶が戻ったわけではないのですが、どうやらあの記憶をいじる機械は、全ての記憶を移し変えることはできないらしい……ということです」
「そうか、一人分全部じゃないから、元のランドネアの自我が残る余地があった。だから、二人分はいってる形になっちまったのか」
「そう、聞いています。あとは……ランドネアに話を聞くことが出来れば可能かもしれませんが」
「今はルーノさん救出が先決です。この機晶姫が攫ったにしても、とにかく居場所を見つけましょう」
「可能性があるとしたらどことか、わからないかしら? 貴女が予想できる範囲でいいの」
カチュア・ニムロッドと、リーン・リリィーシアは優しげな声色で問いかける。エレアノールは可能な限り期待にこたえようと、しばらく唸って、ようやく口を開く。
「あの遺跡、それと、ボタルガの可能性が高いです。私が知る限り、あの二箇所はいまだに研究に使える機材を隠してあるはずです」
「よし、ならどっちにいく?」
トライブ・ロックスターが立ち上がっていつでも出立できるようにすると、丁度そこへ連絡が入る。閃崎 静麻からだった。
『ニーフェが、ボタルガにいるらしい』
「なら、遺跡に行きましょう。ボタルガはニーフェに任せて」
エレアノールの強い眼差しは、ルーノ・アレエが時折見せる決意の表情に酷似していた。緋山 政敏は忘れないうちに、と懐から小さな包みを取り出して差し出す。
「これを」
「え……これは」
「携帯電話。何かあったときには、俺の連絡先が入っている」
柔らかいスカイブルーの色合いは、彼女のためにあしらったかのようだった。しかも既に番号を入力済みと聞いて、イシュベルタ・アルザスは鋭く睨みつける。
「お前、どういうつもりだ?」
「野郎にプレゼントする趣味はない」
「まぁまぁ、お二人さん落ち着いて。とにかく、遺跡へ急ごう。そっちに向かってるメンバーもいるみたいだしな!」
トライブ・ロックスターが場を押さえると、一同は出立のためテントを後にした。一人、王城 綾瀬だけは退屈そうにあくびを漏らしていた。
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