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秋の空と恋模様 2



「くそっ、なんて速さだ。これでは、気配を殺している余裕が無い」
 仕方なく、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は全力疾走で牙竜を追った。
 彼の手には、ビデオカメラが装備されている。あとでネタにするために、記録しとこうという算段だったのだ。
「なっ、まだ速度があるのか!」
 物凄い速度で逃げる木を見て、何故か恭司の闘争心に火がついた。
「負けるか、絶対に撮影しきってみせるぞ!」
 多くの人が木を捕まえるために追う中、一人カメラを持った彼だけはどこか明後日の方向に向かって全力疾走をしているのであった。



「おーい、こっちだ」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)がキョロキョロしながら歩いているのを見つけた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が、大きく手を振りながら声をかける。その様子に気づいた正悟は、すぐに駆け足でやってきた。
「ごめんごめん、遅れちゃったよ」
「俺もついさっき来たところだ」
「あれ、みんなは?」
 正悟は周囲を見渡してみるものの、今日集まるはずだったメンバーが見当たらない。
 佑也と一緒に居たのは、ラグナ アイン(らぐな・あいん)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)の二人だけだ。
「正悟さん、こんにちわ」
「どうも」
「うん、こんにちわ。それで、みんなは?」
「悠は今ここの保健室に運ばれていっちまったよ」
「へ?」
「他のメンバーのうち、何人かは……ほら、あそこ」
 少し離れたところで、大勢の人が何故か走っている。よく見ると、見知った顔もいくつかあるようだ。
「なに、あれ? 秋の運動会なの?」
「ドラマの撮影です」
「へ?」
 いきなりなアインの発言に、正悟は奇妙な声をあげてしまった。
「ストーリーはわからないんですけど、走る木に牙竜さんをくくりつけて、それをみんなで追いかけるシーンなんだそうです。恭司さんが、カメラを持って追いかけていたので間違いないと思います。ですよね、ツヴァイ?」
「ええ、あれはドラマの撮影なので間違いありません……ですから、絶対に邪魔をしてはいけませんよ、姉さま」
「わかってますよ。終わったらお弁当届けてあげましょうね」
「はい」
 ドラマの撮影なんて話は聞いてないんだけどなぁ、と首を捻る正悟に佑也がそっと耳打ちする。
「ツヴァイは牙竜にアインを取られないか心配なんだよ」
「……ああ、なる。そういうことか」
「杞憂とは言い切れないのが凄いところだよな、実際。そうそう、この間の話なんだけどさ、俺が描いた絵欲しいって言ってただろ?」
「ああ、うん。心理学の課題で挿絵に使えるかなって」
「悪い、俺が来た時には既にあの状況で、まともにあいつらの絵は書けなかったわ」
「いいよいいよ。無理してアレに突っ込んで怪我とされても悪いしね。しっかし、アレは結局なんなんだろ?」
 牙竜がくくりつけられている木は、縦横無尽に走り回っているようだ。ところどころ、スタミナを切らして倒れこんだ人の姿が見える。
「弁当を盗む木ってアレらしいぞ」
「ああ、あれか。なんだ、てっきり木ともフラグを立てたのかと思ったよ」
「案外そうかもな」
「ありえなくはないかもしれない、と思えるから凄いよね」
「んで、追う? アレ?」
「だって、ドラマの撮影でしょ? 邪魔しちゃ悪いよね。あとで恭司に見せてもらうのを楽しみにしとくよ」



 お昼過ぎて、調理場には少し余裕が出てきていた。
 調理場で手伝いをしていたネイジャス・ジャスティー(ねいじゃす・じゃすてぃー)は、友人の分のお弁当もここで一緒に作ろうと考えていた。しかし、あまりの忙しさに友人の分のお弁当ができた頃には、時計の針は一時を軽く過ぎ、二時にかなり近い。
「戻ったぞー」
 お弁当の配送から戻ってきたヤジロ アイリ(やじろ・あいり)が声をかけてくる。
「ごくろーさま。さっそくで悪いんだけど、次これ持ってってくれる?」
「もう二時近いのに、忙しいんだな。やっぱり無料だからか」
「だろうね。でも、随分とマシになってきたよ。今は順番で休憩してるところ」
「ふーん」
「そのお弁当届けたら、アイリも休憩していいよ。お弁当作ってあるから、終わったら取りにきて」
「あいよー。で、誰に届ければいいんだ?」
「クー・フーリン達のとこ。あ、この包みを分けてるのは、クー・フーリンのだからね」
「わかった。からかってくるから、遅くなるかもだぜ?」
「別にいいけど、燃やされても知らないからね」
「へいへい」
 お弁当を受け取ったアイリは、さっそくどんな風にからかうか考えながら歩き出した。
 この配送作業は、ついでに例のお弁当泥棒の木がいないかと探すのも目的に入っているのだが、今のところ彼女はそれらしい木を見つけていなかった。
 ほどなくして、東雲 いちる(しののめ・いちる)の姿を見つける。ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)と、クー・フーリン(くー・ふーりん)も一緒だ。
「お弁当お待たせ、悪いね遅くなって」
「ううん、大丈夫ですよ。みんなのお手伝いをしてるアイリちゃんの方が大変じゃないですか?」
 と、いちる。
「そうでもないよ。ぶらぶらしてみると、結構面白いものを見れたりするんだな、これが。さっきなんて、頭突きでスイカ割りしてる連中がいたぞ」
「この時期にスイカかよ。しかも、頭でってどんな一発芸だ?」
「皆思い思いに、紅葉狩りを楽しんでるんですよ」
「頭突きしてた奴は、気絶しちまったみたいだけどな」
「大丈夫ですかね、その人」
 なんて談笑をしつつ、アイリは持ってきたお弁当を差し出した。
「あ、この包みが別のはクー・フーリンのだってさ」
 さっそく三人はお弁当開けて、遅めのお昼を頂くことにした。アイリも、お茶をもらって一緒に会話に加わる。
「ほら、いちる、ギルにアーンしてやれよっ」
「なっお前何言ってるんだ」
「いいじゃんいいじゃん? それとも、お恥ずかしくてたまらない、と?」
「にやにやしてんじゃねーよ。たくっ……ん?」
 なぜか、クー・フーリンだけお弁当を全然食べていない。
「どうしたのですか?」
 いちるが少し心配そうに問いかける。クー・フーリンの表情は、あまりよろしくはない。
「い、いえ。大した事ではありませんよ、姫。ただ、その……このサンドイッチからはみ出している赤いソースが……」
 彼は辛いものが苦手だ。
 サンドイッチからはみ出る毒々しい赤色のソースに、危機感を感じているのだ。
「トマトケチャップかなんかじゃねーのか?」
「そうですね。きっと、そうでしょう」
 意を決したようにして、クー・フーリンはサンドイッチを口にいれた。
 どうやらそのソースは、ケチャップではなかったらしい。クー・フーリンの顔は見る間にどんどん赤くなっていき、そしてダラダラと汗をかき始めた。
「だ、大丈夫か?」
「いえ……大丈夫です……。いや、ネイジャスは器用ですよね。私も時折料理にチャレンジするのですが、こう上手くは……」
 そこまで語り、クー・フーリンは途端に静かになった。燃え尽きてしまったようだ。
 呆然とその様子を見詰める三人。
 その頃―――。
 休憩から戻ってきた人と入れ替わり、休憩をもらったネイジャスはアイリの分ともう一つのお弁当箱を持って、駆け足でいちる達のいる場所へ向かっていた。
 そしてみんなのところにたどり着いた。
「間に合わなかった」
 クー・フーリンは、どうやらあのお弁当を食べてしまったらしい。
「ごめんなさい。間違えて、私のお弁当を間違ってアイリに持たしちゃったの」
 動かなくなっていたクー・フーリンが、ぎこちなく顔をあげる。
「……いえ、大変おいしかったですよ」
 絶対そうは見えない顔でそれだけ言うと、またがくりと首を垂らして動かなくなった。



 紅葉狩りの会場の空では、飛行艇がゆっくりと旋回していた。
 それに乗っているのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)の二人だ。
 二人は、お弁当を盗む紅葉を捕まえるという名目で、空から監視をすることになっていた。名目なんて言葉を使うのは、既に二人は地上なんか見ていなかったからだ。何を見ていたかといえば、お互いを見ていた。
「タシガンではそろそろ動きがありそうです。ジェイダス校長が何か大きな事を考えてるようで…」
「そうか、気になるな」
 互いが口にしているのは、互いの国の情勢だったり、または物騒な噂だったりと真面目なものだった。話している内容は重要なことも少なくなかったが、しかし二人共少しうわの空といった様子である。
 持ってきた情報が互いに無くなると、言うことが見当たらなくなり二人とも黙り込んでしまう。
「少し、冷えますね」
「空の上だからな、これを」
 ダリルがエレーナに自分の上着をかけようと近づくと、彼女は彼の胸そっと自分の体を預けた。
「こうして、もらえますか?」
「……ああ」
 ダリルは、上着をかけるとそっと彼女の肩を抱いた。
 そんな様子を傍から見ている人が居た。
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)である。
「……ふむ。まぁ、いいムードでよかったよ。しかし、余計に降ろしてくれとは言いづらくなったな、これは」
 飛行艇を発進させる時に、何の間違いか一緒に乗ってしまった彼女は降りるタイミングを見つけられないで居た。一応、役割分担では地上の担当だったはずなのだが。
 彼女は二人の恋を応援している身である。なので、極力邪魔はしたくない。しかも、今にもキスをしてもおかしくない、いいムードだ。
「まぁ、なに皆も優秀だから、きっと大丈夫だ」
 捕り物に参加できないのは少し残念だが、二人のためだし諦めよう。
 そう思い、二人から離れようとすると妙な音が聞こえてきて彼女の足が止まった。その音が携帯電話の振動音だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 見ると、すぐ近くに見慣れない携帯が落ちている。ダリルのだろうか、と表示されている画面を見るとザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と表示されている。
 人の携帯に出るのはどうかと思ったが、あの二人の邪魔をするわけにはいかないし、なにより知っている名前だ。わかってくれるだろう、とイリーナは携帯を取った。
「もしもし」
「あれ? ダリルじゃない?」
「ああ、私だ。イリーナだ」
「番号間違えてないですよね? あれ?」
「ダリルの奴が携帯を置きっぱなしにしていたんだ。知っている名前だから、私が取ったが重要な連絡か?」
「あはは、少しダリルをからかおうと思っただけなんですけどね。もうエレーナさんしか見えてないようで」
「ふふ、あまり邪魔をしてやるな。しかし、久しぶりだな」
「そうですね」
「元気そうで良かったよ」
「イリーナさんもお元気そうで。あれ、なんか変な音なってません?」
「ん、ああ、どうやら更に電話が来てしまったようだ。ルカルカだな」
「自分と同じ考えかな? それじゃ、一旦切りますね。あとでみんなでお弁当食べましょう」
「ああ」
 電話を切り、そのまま次の電話を受ける。
「ねぇ、何やってんの! さっきから木動きまわってるんだから、ちゃんと連絡してよ!」
「ルカルカ、いきなりどうした?」
「あれ? ダリルじゃない? イリーナ?」
「ああ、彼は今―――」
「とーにーかーく。今、すっごく大変なの! 怪我人もいるみたいなんだから、とにかく早くあの危ない木を捕まえないといけないのよ!」
 ちなみに、怪我人とは悠のことであるが、彼は別に木が原因で怪我したわけではない。
「なに?」
 エレーナは身を乗り出して地上を見下ろすと、二本の木がかなりの速度で走り回っている。
「こいつは………」
「そういうわけなんだよ!」
「………くっ」
 ダリルとエレーナの邪魔はなるべくならしたくない。しかし、怪我人が出ているとは相当だ。確かに、あの速度で体当たりされたら大変なことになるだろう。二人には悪いが、あの動き回る木を捕らえるには空かの監視は有用な手段だ。
「わかった」
 二人には悪いが、まずはあの二本の木に大人しくなってもらうしかない。
「すまない。しかし、これは緊急事態だ」