天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

紅葉ガリガリ狩り大作戦

リアクション公開中!

紅葉ガリガリ狩り大作戦

リアクション


追い込み漁


 二本の木が走り回っているさらに奥、紅葉狩りの為に開放されていないうっそうとした森の中にジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は足を踏み入れていた。
「お弁当を盗む木とやらは、会場の方に出ているのではなかったかな?」
 一緒に歩いていたガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)がそう尋ねる。
「ええ、そうなんですけど。少し気になって……」
「はぁ……確かに、泥棒が来たとしたら森の奥からと考えるのが妥当だろうな」
 まだだいぶ日は高いはずだが、森の中は全体が木々の葉によって覆われて薄暗かった。
「大きな変化は無いようですね」
 食べ物を欲しがるのは、空腹だからだ。空腹になるような異変が森のあったのか、それを確かめるためにジーナはここまでやってきたのである。
 正確に調べたわけではないが、こうして歩いている限りは何か異変があるようではなさそうである。
「ふむ、しかしそうなると、何故木がお弁当などを狙うのかわからんな。偶然何かのきっかけで味を覚えてしまったとでもいうのだろうか」
「どうでしょうね」
「しかし、そうなるとこれは窃盗として扱うものになろう。木というのは、果たして法で裁くことができるのであろうか。ただ裁くことだけは、できるだろうがね」
「そうですね。事情があるのなら、聞ければいいのですけれど……」
 あまり奥に向かっては進まず、森の入り口付近を一通り探索していく。大きな変化はやはり見つからないでいた。
「お待たせしました」
 軽い足取りで、二人のところにやってきたのはユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)だ。
「この辺りの方から、お話を聞いてきました」
 ユイリは樹木の精霊なので、こういった森での活動は得意だ。そこで一人で先行し、意思疎通ができそうな樹齢の高い木を探しに行っていたのである。
「どうでした?」
「どうやら、最近どこかからはわからないのですが、二本の木がこちらにやってきたそうです。話を聞く限りでは、もともと歩き回れる木だったみたいですね」
「歩き回れる木ですか」
「ええそうらしいですよ。何でやってきたのかはわからないそうです。ただ、その木はここで生活するには背が低く、もっと日の当る場所を求めてさらに移動したそうです。お日様が当らないと、木には辛いですからね」
 見上げても空は見えないこの場所では、雑草なんて言われる草はほとんどない。あるのは、日陰につよい一部の植物と、あとは苔ときのこぐらいだ。高い木が地面を覆うような場所では、ほかの植物は繁栄しづらいのである。
「そうですか……よかった」
「どうかしましたか?」
「いえ、こちらの話です。それでは、こちらを調べていてもこれ以上は何も見つからなさそうですね。戻って、他の人たちのお手伝いをしましょうか」
「終わったら、お弁当とお菓子をもらいにいってもいいですよね?」
「残っておるとよいがな、もう売り切れてしまっておるかもしれないぞ」
 ガイアスの言葉に、ユイリは不安そうな顔をする。
「大丈夫ですよ。今日のために、すごい量を用意してましたから」
 ジーナの言葉に「ですよねっ」とユイリが同意する。
 お弁当を盗む木を捕まえるため、三人は森をあとにするのだった。



 走り回る木は、疲れなんてものは知らないようで、一向にその勢いが止まる気配が無い。追いかけていた人の方が先に疲れが見え始めていた。
 問題なのは、その速さとスタミナもそうだが、一番の問題は別のところにあった。
「人がくくりつけられてるから、魔法が使えないんだよね」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、少し離れたところからその様子を眺めて腕を組んでいた。
「なんで縛られているんですかね?」
 神和 瀬織(かんなぎ・せお)の疑問は最もだったが、彼らにはその理由はわからない。
「きっと、何か盗んだりしたんじゃないかな。お弁当とか?」
「共犯ですか。それじゃあ、あの木はあの人を養うためにお弁当を取ってたんですね」
「どうだろう?」
 なんて話をしつつ、木の動きを観察する。今までの様子を見る限り、木はあまり奥へと入りたがらないようだ。何故か同じような場所をぐるぐると走り回っている。
「うまくいくといいね」
「先ほど、レティシアさんに教えてもらった落とし穴に誘導するんですよね」
「うん。それでも暴れるようなら、【さざれ石の短刀】を使うつもりだよ」
「大人しくしてくれればいいですね」
「そうだね」



 用意された落とし穴は、ラムズとアスカ達が作ったものだ。一晩で作ったにしては、かなりの深さがある。根を足代わりにしている木は、簡単には這い上がってこれないだろう。
 そこに、走り回る木を落とすためには、誘導を行うのがクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)の役割だ。
「来るぞ」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が声をかける。
 木の振りをしている時とは違い、現状ならば【禁猟区】で探知できる。
「いきます!」
 クリスが、木の進行方向に氷の塊を【氷術】で出現させ、進行方向を妨害する。
 さらにユーリも【光術】で進行方向を妨害。わざと相手に認識できるよう、十分な距離をとっての発動だ。
 追われている木は、道を戻ることはできない。無理やり突破する可能性もあったが、予定通りに木は進行方向を変えて進んでいった。
「ちゃんと、見えてるみたいですね」
「………そうだな。他のみんなも、うまく誘導できればいいが」
「そうですね」



 作戦は順調に進み、木は確実に落とし穴へと誘導されていった。
 既に木は最後の直線に入っている。あとは、落ち葉の敷かれた落とし穴にはまってくれれば完璧だ。
 だが、一つ問題が残っている。牙竜がその木にはくくりつけられたまんまで、そのままの勢いで穴に落ちたりなんかしたら、大惨事になってしまう可能性がある。あの縄をなんとかして外してしまえばいいのだろうが、走っているせいで左右にも上下にも激しく揺れているため狙撃するのは少し難しい。何より、失敗したら牙竜に直撃する可能性がある。
 ちなみに、くくりつけられている本人はその上下運動で酔ってしまっているらしく顔が青ざめていたりする。
「あちきの思ってくれた通りなら、いいんですがねぇ」
 今まで、木は走り回っていたが、轢かれた人はいない。それに、誘導が上手くいっていることから、少なくともなんらかの方法で前方を確認し、人の居ない方へ逃げていることは間違いない。
 だから、レティシアは少し賭けてみることにした。
 さも通行人の振りをして、彼女は落とし穴をはさんで木の前に飛び出したのである。
 賭けとしては、かなり分のいい方だっただろう。今まで人を避けてきた木が、目の前に人が飛び出して加速するとは思えない。だが、万が一もある。
 結果は思った通りで、木は突然の人の姿にブレーキをかけて、適度に速度が落ち着いた状態で落とし穴にしっかりと嵌ってくれた。
 終わってみると、驚くほどあっさりだ。
「ふぅ……さすがに、ちょびっとだけ、怖かったですねぇ」
 大きく息を吐いて、レティシアはその場に座り込んだ。
 木は半分ぐらいが穴の中といった状態で、牙竜の髪の上の方だけが穴の外に飛び出していた。今まで追っていた人たちが中を確認している、様子を見る限り大きな怪我とかはしていないようだ。
 これで、走り回っている木はあと一本。
「ミスティの方も、うまくいってるといいんだけどねぇ」



 もう一つの走り回る木の捕縛も、佳境に入っていた。
 こちらも概要はほぼ同じで、最後が落とし穴ではなく、ルカルカ達の用意したワイヤーで足となっている根をひっかけるというものになっていた。
 最初の作戦では、餌に食いついた木をワイヤーでがんじがらめにする予定だったのだが、走り回っている木はもう食べ物に興味はないらしく、より単純に動きを止められる方に狙いがシフトしたのである。
 カルキノスを含む、力自慢がワイヤーを抑え、あとは同じくそこまで誘導すればほぼいい。だけのはずだったのだが、少しだけ問題があった。
 枝に人が引っかかっているのである。
 餌釣りによって木を捕まえようとしていた満夜である。弁当を釣っていた紐が足に絡まって、抜け出せないらしい。
 自力で脱出できない彼女を救うには、直接木に取り付いて枝を折るなり紐を切るなりする必要がある。枝は高いところにあるため、【空飛ぶ箒】は必須だ。
 ミハエルとエースとルカルカの三人は、ひっかかっている彼女を助けるために木を追いかけていた。
 既に誘導は始まっており、時間はあまり残っていない。
「つーかまえたっ!」
 ルカルカが、最初に追いつき満夜の手を掴む。
「よし、こっちも」
 さらに、エースも彼女のもう片方の手を取る。これで、足が離れても落ちる心配はない。
「満夜を、放せぇぇっ」
 ミハエルは箒から木に飛び移り、借りてきたナイフで一息に彼女を拘束していた紐を切り落とす。ルカルカとエースの二人の腕に、彼女の重さが伝わり完全に木から離れたのを確認すると、お互いに頷いて木が離れていく。
「早く離れてろぉ!」
 カルキノスの怒号が響く。もう、トラップまでほんの僅かだ。
 既にワイヤーは張られている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ」
 間一髪、ミハエルは倒れていく木に巻き込まれることなく、後方へと飛び出した。
 無理やりな体勢で飛んだものだから、うまく着地はできなかったが怪我はなく、すぐに立ち上がった。振り返ると、既に木は地面に横たわっている。
「ミハエルっ、大丈夫ですか?」
 駆け寄ってきたのは、満夜だった。
「そっちこそ、大丈夫なのか?」
「ずっと逆さまだったから、頭が少しぼーっとしますけど、大丈夫ですよ」
「そうか、それは……良かった」
 彼女が枝にひっかかってから、ずっと張り詰めていた緊張がするすると解けていく。
「全く、手間をかけさせる」
「すみません。でも、助けてくれてありがとうございます。ミハエルが来てくれて、嬉しかったです」
「……そう、か」