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お見舞いに行こう! せかんど。

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お見舞いに行こう! せかんど。
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リアクション



第十二章 人形師さんといっしょ。そのさん。


 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)はお怒りである。
「クロエちゃんにしんぱいかけたら、め〜なんです!」
 ぷんぷん、怒りの擬音を発生させながら、リンス・レイスに詰め寄った。
「悪かったって……」
「め〜ですよ! なにかがあってからじゃ、おそいです」
 事態をそれほど重くとらえていない様子のリンスに、ヴァーナーは怒るのだ。
「ゴハンをたべないとしんじゃうです。だから、クロエちゃん! リンスおねえちゃんが、ちゃんとゴハンをたべてるかチェックしてほしいですよ」
 くるり、クロエに向き直り。きゅっと手を握って、ヴァーナーはクロエに言い聞かす。
「ごはんチェックすればいいのね?」
「そうです。クロエちゃんは、ものわかりがいいですね〜」
 にこにこ笑んで、頭をなでなで。
「それに、えらいえらいですよ。クロエちゃんがリンスおねえちゃんのピンチをおしえてくれたから、おねえちゃんたすかったです!」
 そう、もしもクロエがいなかった場合。
 一人暮らしのリンスは、倒れていることを見つけてもらえなかったかもしれないのだ。
 そう考えると、彼女はかなりの功労者と言えるので。
 ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でて。「くすぐったいわ」とクロエが笑っても、頬ずり。
「えらいですえらいです〜」
「えらいのー?」
「えらいですよっ。だから、」
 抱きしめるのを一度止めて。
 真っ直ぐ、クロエの瞳を見た。
「またこんなコトにならないように、毎日、『ゴハンたべなさい!』って、クロエちゃんがリンスおねえちゃんのおねえちゃんになって、ビシビシチェックしてください」
「リンスのおねえちゃんになるの?」
 クロエがくるり、リンスを見遣った。ヴァーナーも一緒にリンスを見る。
「それが、ヴァーナーお姉ちゃんからのお願い事みたいだね。どうするの」
 リンスはそう言って、クロエに判断を任せるので。
 じっ、とヴァーナーは、クロエを見つめる。
 クロエはというと、リンスとヴァーナーを交互に見て。
「じゃあじゃあ、わたし、おねえちゃんになるわ!」
 楽しそうに、笑った。
「えらいです〜」
「うふふ! だからっ、リンスはこれからわたしのことを『クロエおねえちゃん』っていうのよ!」
「えっ何それ恥ずかしい」
「めっ!」
「め〜、です!」
「えー……」
 ゴハンたべなかったリンスおねえちゃんがわるいです〜、とヴォネガットは笑い飛ばして。
 クロエもそれに便乗して「きゃはは!」と笑ったら。
 リンスまで「はいはい」と微笑んだから。
 楽しくなって、また笑った。


*...***...*


 見舞いの品としてバナナを持ったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、パイプ椅子に座って一息ついてから、
「倒れるまで仕事とは……ワーカーホリックにもほどがあるだろう?」
 怒った調子にならないように気をつけつつ、声をかけた。
 そういうつもりはなかったんだけど、とリンスはぼやくが、つもりでなくとも実際に倒れているのだからどうしようもない。
「リンス氏よ。クロエさんに体調管理を任せてはど」
 うだろうか、と言いかけたところで。
 噂すれば、なんとやら。

 ズドォム!!

「がはぁッ!!?」
 何かが、物理法則を超える勢いでぶつかってきた!
「く、クロエさーん!?」
「無事ですか!?」
「わ、だ、誰か壁にめり込んでますけど!」
 どうやらその何かは、クロエのようだ。ケイラ・ジェシータ高務 野々の声によって把握できた。
「あ、わっ。おにぃちゃん、大丈夫っ? わたし、かびんのお水かえようとして、でも、はやくびょうしつもどらなきゃーって、走っちゃって、それで……!」
 壁にめり込んだエヴァルトへと、クロエが近づいてきて声をかける。……それはつまり、走って、転んで、この結果ということか。彼女には走らないように注意しないと。
 無論、大丈夫ではない。が、それは通常の人間の場合だ。エヴァルトは、この程度で音を上げるようなヤワな鍛え方などしていない。
「大丈夫だ、問題ない」
「マルトリッツ。鼻血」
 壁から脱出したら、リンスがそう言ってボックスティッシュを投げてきた。キャッチして、ティッシュを二、三枚抜き取って鼻に当てつつ。
「クロエさん」
「な、なぁに? いたかった? ごめんなさい、おにぃちゃん」
「このことについては気にしなくていい。それよりも、もう病院では走らないほうがいいだろう」
「はいっ、ごめんなさい」
 素直に頭を下げる彼女の頭を撫でて、
「いい返事だ。それと、もうひとつたのみたいことがあってな」
 本題。
「クロエさんは、料理を学んだり栄養士の資格を取ったりしたほうがいいな」
「どうして?」
「リンス氏の健康管理をしてもらいたい」
「りょうりをおぼえて、えいようしさんになればリンスはたおれない?」
 それは、本人らの努力次第である。
 いくらクロエが頑張っても、リンスに治す気がなければ意味はないし。
 リンスが治そうとしても、知識がなければ空回るし。
「二人の頑張り次第だ」
 な、とリンスを見ると、「まぁね」という返事。真意は測りかねるが、これだけ心配されていて何も対処法を考えないほど馬鹿ではないと、エヴァルトは思っている。
 だからあとは、クロエの努力。
「むずかしいの?」
「きっとな」
「わたし、……がんばる。リンスがたおれたら、イヤだもの」
 そう、ぐっと握り拳を作る彼女に、微笑みかける。
 リンス氏は、いい相棒を持ったようだ、と。
「……ところで、おにぃちゃん」
「ん?」
「はなぢ、ひどいわ……」
 ぼたぼたと、ティッシュ一枚じゃ到底抑えきれない血液が。
 病院の床に、垂れていた。
「大丈夫だ、問題ない」
 二度目のそのセリフとともに、くらり世界が揺れて。
 く、急性貧血だと……!?
 そんな締まらない終わり方は嫌だ、と思いながら、視界がブラックアウト。


*...***...*


「よかった……元気そうですね」
 巨大な花束を抱えたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、リンスの顔を見るなりほっとした顔をしてそう言った。
「うん。元気元気。にしてもその花束大きすぎない?」
「美羽さんが、花は心の栄養だよ! って言って店で一番大きなものを購入しまして」
 運んでくるのも一苦労です、とベアトリーチェが苦笑すると、リンスも苦笑した。
「花瓶に入るかな」
 活ける活ける、と手を伸ばすクロエに、ベアトリーチェは花束を渡す。大きさにふらふらしながら、クロエが花を活けた。
「きれい!」
「だよね!」
 クロエの言葉に、遅れてやってきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が笑う。
「美羽さん。どこに行ってたんですか? 私に花束押しつけて……」
「んっふっふー♪ これを買ってたんだ!」
 じゃーん、と美羽が差し出したもの。
 オレンジを基調とした、長方形のパッケージ。『ミス・ドーナッツ』とロゴが躍る、
「空京で最も美味しい、空京ミスドのチョコドーナッツー! 並んで買ってきたよ!」
 現在空京で最人気の、ドーナッツ屋さんのものだった。
 美羽はパイプ椅子に座り、クロエを手招きしてその膝の上に乗せ。
「カカオと糖分は元気の源。教えてあげるね。
 まず、カカオにはたんぱく質、アミノ酸、脂質、糖分、炭水化物、食物繊維、テオブロミン……、あとなんだっけ、ベアトリーチェ〜」
「マグネシウム、亜鉛、カルシウム、ビタミンE、その他ミネラルなどですよ。それからカカオポリフェノールですね」
「……が、含まれててね! それと、その含まれているテオブロミンの効果で食べた後に幸福感が得られたりするの」
 覚えてきた知識を披露すると、クロエが真面目な顔で頷いて。
「すごいのね!」
「すごいんだよ! だから、はい、クロエ」
 美羽はドーナッツを手渡した。
 きょとん、とした顔で居るクロエに、
「食べさせてあげて?」
 言うと、クロエは笑顔で「はーい!」と言って、リンスはあからさまにうわぁという顔。
「何よぅその顔。チョコ嫌いだっけ?」
「チョコは好き。ただ、食べさせてもらうのが」
「恥ずかしいんですね?」
「わかってるなら止めてよアイブリンガー」
「あ、それは無理です。ごめんなさい」
 無理って、とまだぼやくリンスに、にこり笑顔。
 だって、美羽の思惑を知っているから。
 クロエがベッドによじ登り、「はいあーん!」無邪気な笑顔でチョコドーナッツを差し出して。彼女の、好意しかない行為に口を閉ざすこともできず、リンスが「あー」と口を開けた。不本意そうに。
「そうそう、そうやって、クロエがリンスにご飯を食べさせてね」
「? こーやって?」
「うん。リンスって、あまり自分から食べないでしょ。だから、リンスが退院した後も、クロエがいろいろ食べさせてあげてね。また栄養失調で倒れないように、気遣ってあげてね」
「わかったわ! わたし、がんばる! だからリンス、あーん!」
「あーんしてるから、早くしてよ恥ずかしい……。あと甘いからお茶ほしくなった」
「じゃあ、私買ってくるよ」
 椅子から立ち上がり、美羽が病室を出て行って。
「リンスさん」
「?」
 ベアトリーチェは、今のうちかなと相談事を切り出した。
「美羽さん、どう見えます?」
「ちょっとは立ち直ったなって感じ。前より元気そうだけど」
 ドーナッツを咀嚼して飲み込み、リンスが言った。言葉の後半で首を傾げる。
 ふるふると、首を横に振って。ベアトリーチェは笑う。
「あんな風ですけど……御神楽 環菜校長の暗殺で落ち込んでいるんです。それに、瀬蓮さんやアイリスさんのことも、まだ」
「まぁ、そんな簡単に吹っ切れるわけないか」
 ため息を吐くリンスに、またふるふると頭を振る。
「それでも。
 それでも美羽さん、クロエちゃんやリンスさんと話しているときはすごく楽しそうなんです」
 笑顔だって自然になって。
 無理している感も少なくて。
 そうして楽しそうに笑う美羽を見ていて、安心するから。
「美羽さんがリンスさんの工房に遊びに行ったときは、またよろしくお願いしますね」
「いつでもどーぞ。仕事して放置するかもしれないけど」
「そうしたら、クロエちゃんと遊んでいます。ね」
 呼びかけると、話しに割り込まないようにとドーナツを持ったまま待機していたクロエがニコォと笑った。
「あそぶわ! みわちゃんと、べあとりーちぇおねぇちゃんと、あそぶわ!」
「ただいまー、遊ぶって何? 病院で?」
「びょういんであそんだら、おこられちゃうのよ」
「?? うん、……うん?」
 このタイミングで戻ってきた美羽は、話の流れについていけないようで。
 疑問符を浮かべながら、クロエの頭を撫でる。
 その顔は、困惑しつつも楽しそうで。


*...***...*



「……うぁ、」
 目が覚めて、琳 鳳明(りん・ほうめい)は不明瞭な声を上げた。
 今日も病室は騒がしい。
 本来ならば、病院――しかも、病室が騒がしいということはあるまじき事態であるのだけれど。
「今日もリンスくんは人気だ……」
 ぼーっとした頭で、そんなことを思う。
 自分と同時期に入院してきた、リンス・レイスへの見舞い客は、良くも悪くも騒々しい。
 ちなみに、鳳明への見舞い客は居ない。なぜなら、鳳明が入院したことを明かしていないからだ。
 鳳明の入院理由。それは、『一日に三回献血をした結果、貧血で倒れたから』だ。
 そんなこと、情けなくて誰に言えようか。
 おまけに、リンスの入院も自分のせいなのだ。
 余計、誰にも言えない。
 リンスが同じ部屋に搬送され、その入院の理由が貧血と栄養失調で倒れたと訊いて。
「私のせいだもんなぁ……」
 仕事のしすぎ。
 きっと、自分のせい。
 この間、人形作成の件で頭を悩ませることとなってしまったから。「げっ」とか、言ってたし。
 作りたくもない人形を作れなんて、そりゃ、やだよね。倒れちゃうよね。
「謝ったほうが、いいんだよねぇ……」
 そう、思うのだ。
 思うのだけど、
「こんなやつれた顔見せられないよー……」
 と、同室入院して早数日。毎日、リンスの存在を気にした瞬間から悩んでいる。
 運のいいことに、ベッドのカーテンは閉め切っていたし、鳳明のベッドがドアのすぐ隣。さらにはリンスのベッドは病室の一番奥で離れていたということが重なり、こそこそとしていた結果顔をあわせずに済んでいた。
 退院するまで大人しくしている。元気になったら、会って謝る。
 そうしようと決めて、今日もこそこそ、トイレへ向かう。

 しかし彼女は気付いていなかった。
 今まで運が良かっただけだと。
「あ」
「あ!?」
 トイレからの帰り道、廊下でばったりリンスに遭遇。
「な、あ、え、えぇ!? うわぁ!!」
 当然、今日も会うことはないだろうと思っていた鳳明は、驚く。それはもう挙動不審に。一方でリンスはじっと鳳明を見ていて。
「あ、あ、あ、あのそのあの! ごめ……!」
 とりあえず何か言われる前に謝ってしまえ!
 そう思って言いかけた言葉が、伸びてきた手に遮られる。
 えぇ!? 何、叩かれる!? それくらい怒ってる!?
 ぎゅ、と目を瞑った。
 同時に、くい、と服が引っ張られる。
「病院着。ってことは、入院してたんだ」
「う、うん。その、貧血で」
「俺と同じだ」
 お揃い、と、引いている点滴台を指差して言う、リンス。
「知ってるよ、だって何で入院したのか聞いてたし、……あ」
「知ってた? 何で。……あぁもしかして、ずっとカーテン閉めっぱなしのベッド。琳が使ってたの?」
 しかも墓穴を掘って同室入院までバレた。
「ご、あの……っ、あの、ごめんなさぃ……」
 涙目で謝る。こんな、まさか、心の準備もなにもない状態で遭遇するとは思ってもみなかった。油断していた。驚きと申し訳なさで、泣きたかった。
「? 何が?」
 けれど、リンスはきょとんとした様子で問いかけてきた。何が、じゃない。全て言わせる気か。そういうアレか、そういう怒り方なのか。ひどい。
「だって、……私のせいで入院……」
「俺の入院は俺のせいだよ。なんで琳が責任感じてるの」
「だってだって。貧血で、お仕事のし過ぎで、それはつまり私が無茶な発注かけたからで、だから」
 自身も貧血でぼうっとする頭。断片的になりながらも、謝る理由を口にすると、「馬鹿?」と言われた。本当にひどい! いつもの割増し、ひどい!
「あ、謝ってるじゃんん〜!」
「だから、馬鹿? って」
「なんでよぅ!」
「入院、本当に俺のせいだってば。琳の発注が原因とか、ないから。大丈夫だから」
「……本当?」
 問うと、「本当」と優しく言われた。そのままぽんと頭に手を載せられる。くしゃくしゃっと髪を撫でられて、目を瞑る。
 そのまま数秒撫でられて、「戻ろ」と言われ、頷いて二人並んで廊下を歩いた。
「貧血って何かあったの」
「え、献血……」
「だけで?」
「一日に三回やったら、倒れちゃった」
「馬鹿なの?」
「だ、だってさ、『あなたの血を必要としてる人が沢山います!』とか言われたら普通断れないよ!?」
「ああ……馬鹿だなぁ琳は」
「なんでよー!?」